第29話『人生最大の強敵、敗北するリンクス。絶望の中に咲いた希望の花と受け継がれる意志』


 そして俺が3班の場所に戻ると衝撃的なことがあった。


 ルクアがいなかったのだ。リリィもだ。


「あれ、ルクアちゃんは?」

 と俺はすぐに、バーベキューコンロの近くでランカちゃんと一緒に魔術の練習をしていたグレイに聞いた。


 彼女はすらりとしたモデルのような肉体に淡い水彩色の魔力を纏わせて、何かの魔術を使っていた。


魔力の靄がエメラルドのような美しい髪や、雅な顔、肢体に融和するように反応していて、少し神秘的であった。



 ちなみにフランクもいなかったが、どうせどこかに遊びに行っているだけなのは自明の理なので聞かなかった。



「ルクアさんは……数分前に確かリリィさんが、何やら人形の腕?

みたいなものと、学園の制服を模した小さな人形用の制服をみせるとふらふらとついていったわ」



 俺は一瞬、よくないことを考えてドキッとした。


 少しの間、何が何だかわからないでいたが、すぐに思い出すことができた。


 俺が人形になっていたときリリィに切り落とされた腕と、脱がされた制服や下着をまだあいつは持っていたのだ。


 だがなぜ今になって……。


 俺はまたリリィがよからぬことを企んでいるのではないかと思ってしまった。


「そういえば、リリィさんがルクアさんに何度も話しかけていたわ。

ずっと無視をされていたのだけど……その奇妙な人形の手をみせた途端、ルクアさんが会話に応じるようになっていたような……」


「あぁ、まじか。うわあ。リリィ…あいつ遂に……禁断の手段を……」


 俺はグレイの言葉を聞いて安心したのと同時に、顔に手を当ててめちゃくちゃ呆れた気持ちになった。


 リリィよ。

ついに手を出してしまったのか。

スーパーチャットに……。 


 彼女、対価を支払って、ルクアにスパチャ読みタイムを迫っているのだ……。


 別に言ってくれたらそんなことをしなくても会話ぐらいしてあげるように頼んだのに……。


 しかもだ。

彼女にとって人形の腕俺の腕と、制服と下着はルクアに対する最大限のプレゼントであるとともに、最高の交渉材料であったはずなのに……こんなことの為に、全部、全部使ってしまったのか……。


 ……哀れだ。なんて哀れなやつなんだ。


 俺はパチンコで有り金全部擦ってしまったオッサンをみているような気分だった。



 これに関してはもう仕方ないか、と俺は思ってやらなければならないことを思い出した。


 ルクア達がもどってくるまでに俺はどうにかして、グレイとランカの二人と会話しておかなければならないことがあったのだ。


 ポイントの話である。


 まじでどうしよう。

急に、ポイントを2つずつあげるとか言ったら怪しまれるよなあ。


 そこまで仲が良くなかった奴になぜか貢がれるような不思議な気分になるだろう。



 あとそれだけじゃなくて、なんかちゃんと彼女達の強さもある程度知っておいた方がいいかな。


 命が狙われているとか言ってたし、一応聞いておいた方がいいのか……。

どこまで自衛することができるのか知っておいた方が色々楽になるだろう。



 まずは怪しまれないように遠回し的に聞いてみよう。



「いやーごめんねえ。魔術の練習をしているところ。ちょっといいかな」

 

 と俺は職質する警官のように言った。


「どうかしたの?」


 彼女たちが魔術の練習をしているとはいっても、ほとんどグレイが魔術を行使してそれをもう片方の子がただ観察しているだけだった。


「なんか、君たち成績がやばいてきなことを言ってたけど、実際どれくらいなの? 模擬戦のポイントとかのこともあるからさ」


「私たちは………この模擬戦の結果次第では、進級できないわ」


 とグレイは、苦々しそうに言った。



「ええええ君たちそんなやんちゃしてたの!? 

陰で俺と同じぐらい悪さやってたのか!」


 俺は自らやろうと思って悪さをやっているつもりはないのだが何はともあれ驚いた。


 驚いた俺はまずいことを聞いてしまったと思って、高速で脳を回転させた。


 

 まさか、このクラスの中にあと二人も進級が危ぶまれる人間がいたとは。


 自分でいうのもあれだが進級できないって相当だぞ。


 『進級できない』これはそう簡単な言えるようなことじゃないのだ。


 登校初日に階段をぶっこわしたり、教師煽って授業妨害じみたことをしたり、魔術学園で一つも魔術を使わないという変態行為を重ねに重ねて、そして有害レベル7にもなってようやく”あなたは進級できません”と言われるレベルなのだ。目指してなれる領域ではない。


 大体の連中が、進級できないと言われる前に粛清部屋に送られるか、自主退学をするという理由もある。


 グレイは嘘は言ってないだろうし、ガチで俺と同じ、”進級できないフレンズ”だったのか。彼女達こう見えて、学校の裏番長的な存在だったのかな。


 こう考えると、真面目そうなグレイがインテリヤクザっぽく見えてきたぞ。


 そして恐らく、ほとんど無言を貫いているランカちゃんは、無言で殴りかかってくる系のホラーヤクザだ。


 命を狙われているてきなことをモーガン先生が言っていたが、不良が番長に挑みに行くような感じで命を狙われているという事なのか!?


『俺も命を狙われてみたい。そういうのこそ勇者みたいだ。』

とか一瞬でも思った気持ちを返してほしい。


 俺の班にやってきた理由も、陰キャすぎたとかじゃなくて、単純にヤンキーすぎてやってきたとかなのかもしれない。


 でも彼女たちはこの模擬戦の結果次第では上がれることは確定しているようなので、確定していなかった俺よりはまだ下である。あ、上なのか。


 

「あなたみたいに、好き勝手やってるわけないでしょう! 

説明はできないけど事情があるのよ」


 とちゃんとグレイにスッパリ怒られた。


 まあそうだよな。



 進級とかポイントのことは今はつつけなくなってしまったので、彼女たちの強さについて突っ込んで聞いてみよう。


 グレイの方は確か、風の系統の魔術がどうとか言っていたし、あの時何も答えてくれなかったランカちゃんから先に聞いてみよう。



「ランカちゃん。君――――――――どういった魔術が使えるの?

まあ、僕にはあまりわからない魔術だと思うけど」



 …………俺は、何も思わず、何も感じず、何も考えることもなく、ただ……気軽にそう聞いてしまったのだ。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜~~~~~~~~~

 神が存在しているのならば懺悔したい。

 

 絶望しました。後悔もしました。


 これほどの後悔はこの先やってこないかもしれない。

知らない方がよかったのだ。人生には聞かなくても良いことがある。


 そのパンドラの箱を開いてしまったのが今日だった。

このランカという少女、後に俺がノイローゼになるほどの悪夢のような存在であり、まさに化け物だったのだ。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜~~~~~~~~~



火球ファイヤーボール、です………」


 小動物のような、小柄な美少女。

桃色のボブの髪、オドオドしたような感じと青色の眼。

うつむきがちな表情と態度は、自分が人見知りであると体現していた。


 その相手の感情を探るような声色は、俺にはなぜか相手からの嘲笑に耐えようとしているような一種の予備動作のように見えた。



 俺はさっきより、びっくりした。

それはもうびっくりだった。


 びっくりという言葉は今の俺のために、この世が創り出してくれたのではないかと思うほどに。



「お前ファイヤーボール使えるのか!? すげえ!!」


 俺は普段の喋り方を忘れて思わず素で言ってしまった。


「あ……いやファイヤーボール使えるなんてすごいね。

ようやく出会えたような気がする……よ」


 すぐに俺は我に返った。

しかしそれもつかの間の休息であった。



「あっ、わたっ……私が使えるのは、火球ファイヤーボールだけなんです……」


「はあ!? ファイヤーボールだけェッ!!!??」


 と俺は驚きのあまり素っ頓狂な声を出して、吉本新●劇のように後ろにすっ転んでしまった。 


 驚天動地とはまさにこのことだった。



 ………火球ファイヤーボール

これは俺がこの世界へ転生してくる前から、唯一知っている魔術だ。


 マリ●が使ってるやつで、ルイー●もつかっているし、キノ●オも偶につかうことがあった。


 もちろん彼らは魔術として習得してつかっているのではなく、ハテナマークのブロックから飛びだしてきた謎の花を直で摂取するというドーピングを行うことで、副作用によって放っているだけだ。


 この世界に来てからというもの、皆、そろいもそろって訳の分からない魔術ばかりを使うので、今まで謎にファイヤーボール使いと出会うことができなかった。


 しかもそれ限定の魔術師と来たか……。

もはや有名人と出会ったような感覚がしていた。

キム●クがサプライズでやってきたのと同じ感動だ。(絶対来ないが)



 それもそうである。

この魔術はこれまで数多の勇者が使ってきたものなのだ。


 安心と安全、信頼、そして何よりの実績を備えている。


 勇者たちの並々ならぬ”ファイヤーボール愛”はもう狂気の域に達していた。


 ファイヤーボール一筋50年の勇者主人公なんてざらにいる。

中には一該回使い続けている人もいるのだ。一該回もつかっていたら、脳そのものがファイヤーボールになってしまって日常生活に支障をきたしてしまうレベルだろう。


 そして才能や呪いのせいでそれしか使えなくなった主人公、謎に強化されたファイヤーボールが一国を破壊してしまったなんてケースもあった。



 このランカとかいう少女、俺よりも勇者属性を備えているのではないか?

主人公らしいおどおどした態度、ファイヤーボールしか使えない点、謎に命を狙われている設定……。


 最早わざとソレを狙いに行っているとしか思えない。

恐らくこいつも普段から勇者に近づくためにあえて演技をしているに違いない。


 迂闊だった。

彼女はここまで俺に接近しておきながら、これまで一切バレずに影に身を潜めていたのだ。


「こいつ……こいつ!」


 俺は転んだまま、ゼエゼエと息を荒げてランカを見上げながら、ガタガタと身を震わせていた。


 なんて奴だ……。


 まさか―――――ついに来たというのか、”勇者”の座を掛けてやってきた強敵(ライバル)ッッッッ。競い合うのか!? 頂点を!!!


 俺は初めて出くわした勇者候補ライバルの女に、キッと強い視線を向けた。


 白々しくも彼女は、俺の視線におびえているような演技をしていた。



 そして俺は自信の震える膝を気合で抑えて、何とかして立ち上がった。

立ち上がる力をくれたのは己の”プライド”だけだった。


 いいだろう。一ラウンド目は、てめえに一発KOでくれてやろう。

 

 これから第二ラウンドだ。

もう俺からダウンすらとれないぞ、こいつが本物かどうか見極めてやる!



「とりあえず………握手とサインをお願いしてもいいですか。

サインの方はこの3.5次元ポケットという魔道具に直接書き込んでもらって大丈夫です。

この油性ペンをつかってください。サインが思い浮かばない場合は適当にランカとだけ書いてもらえれば」


 とりあえず、これはそう、とりあえずだ。

彼女が本物の勇者だった場合に備えて、サインをしてもらうことにしたのだ。


 そのために、服の中からハンペンのような形をした3.5次元ポケットを取り出した。


 

 俺は今、精神的に参っている。

疲れているので、彼女と抱き合うクリンチことで回復させなくてはならない。



「馬鹿にしないでください!!!

私に才能がないせいで、これまでッッ……」


 さっきまでおびえた感じでいた彼女は、勇気を振り絞ったかのようにそういうと、手渡そうとした油性ペンと魔道具を地面に叩き落とした。

 

 その勢いのままにペンが壊れてインクが漏れて俺の3.5次元ポケットに黒い染みが付いてしまった。

 

 本来の俺であればここで、魔道具に汚れをつけたことにキレて弁償をしてもらっていた。


 だが今はそんなことがどうでもよくなるぐらい、聞捨てならないことがあったのだ。


 そう、勇者になり得るという圧倒的な強運と才能を持った人間が、言うに事欠いて才能がないだとか言い始めたのだ。


「才能がない? ……才能がない? は……はは」


 と自分でも信じられないほどの、乾いた笑いがでてきた。

笑顔を作るのは誰よりも得意なはずなのに、表情筋が固まってうごかなかった。


 それじゃあ、なんだ? 

それ以下の俺は一体なんだというんだ。

モブですらない、蛆虫、ミジンコ以下ではないのか?


 結局俺はクリンチしようとしたら、彼女から鋭い右ストレートを貰ってしまった。


「私なんて才能がないから……才能がないから!

許嫁に婚約破棄されたり、唯一ある趣味の錬金術ですら、価値のない薬を作ったりすることしかできないんです!!!」


 と彼女はひるんだ俺に対して好機とみたのか、続けてボディーブローのような発言を3発ぐらいかましてきた。



「婚約破棄ぃ!? 13歳で?!  ぐぁッ」


 俺はガクッと膝をついた。


 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

 

 この人は、令嬢系の最年少タイトルホルダーでも狙ってるのか?


 勇者と令嬢系は違うだろぉ……棲み分けようよ。


 ……欲張ったなコイツ……欲張ったな! 

盛ってるだろ!!


 勇者だけでなく、最近のトレンドを取り入れて流行りの令嬢系までぶち込んできやがった。

どうせ趣味で作っている価値のない薬も、実は国が欲しがるほどのエリクサーだったとかだろ!!


 舐めるな。

まだ俺は、冒険者パーティから追い出された系の古の勇者にすらなれていないというのに……。



 スーパーファミコンで遊んでいたユーザーの目の前に、最先端のps5で……しかもVRセットまでつけて遊ぶ奴が現れたかのようだ。


 ……本物だ。

 この調子で行くと実は義娘でしたとか、義妹でしたとか言い出しかねない。


「あ、ガガッッ……れ、れれ令嬢系か……婚約破棄に錬金術ね……やるじゃないか。は、はは」 


 俺には高圧電流が流されたような焼き焦がれた声で、ビリビリと震えた顎で、なんとか声を絞り出した。

 

 プライドがもうズタズタだった。

争うという気力がごっそり削がれて行った。



 ……今俺はどんな顔をしているのだろう。

お母さん、お父さん、教えてください。俺は今、笑っていますか?



「ファイヤーボールなんて誰でも使える魔術です。

あなたはそんなに最弱の魔術しか使えない私を馬鹿にしたいんですか!

あなたは私のことを馬鹿にしない優しいひとだと思っていたのに失望しました」


「そうよ、笑うことはないじゃない…。

ランカはこれまで周りからの中傷に耐え抜いて、最弱の魔術で頑張ってきたのよ。 貴方先ほどから彼女に対して失礼でしょう! 謝った方がいいわ」


 なんとグレイからも援護射撃が飛んできた。

ついにレフェリーの制止も振り切って監督もなぐりこんできたのだ。



 ………最弱の魔術なんてことは当の昔に知っとるわ!!

だからこそ勇者たちがこぞって使ってるんだろうが!!

 

 と俺は一瞬熱くなって言い返し掛けた。

そして一瞬で氷水を被ったかのように冷めた。


 待て、待て、待て!!!

今、俺が彼女の才能を馬鹿にするという、勇者としては一番やってはならない最悪な立ち回りをしていると思われていないか……? 


 俺が一番この女の危険性を理解しているのにッッ!?

 

 自分には全く馬鹿にするとかいう気持ちはないが、他人から見ればそうなっている!


 そしてそれは勇者にぼこぼこにやられる、ヘイトを買う立ち位置にいる奴がすることなのだ!!


 まずい、してやられた。

俺は気づかぬ内に、自ら勇者の道から足を外そうとしていた。


 もうすでに半歩ほど踏み出している。

いや落とされかけたのだこの女に!


 落とされかけた? 

いや、別の意味で墜とされかけてもいるのだ。

よく考えればこいつは女だ。しかも令嬢系で女の勇者のハイブリッド型ということは、確実に逆ハーレムを作るに違いない。


 この野郎!

清純そうな顔しといて、裏で男を侍らせてやがったか。



 『時間操作』という能力を持っているせいなのか。俺は最悪な未来を感じ取ってしまった。



 だから動き始めたのか?

……この俺を。俺を逆ハーレムの一員に加えるためにッッ!!!!


「まさか! くそ……俺が!? ここで?! 

お前ふざけんなよ。俺の心はルクアにあるんだぞ!!!」


 俺がハーレムを作るのならまだしも、逆ハーレムの一員にされてたまるものか……。このまま奴の好きなようにさせると、俺がハーレム仲間となり、

そして一年過ぎたころには日々追加されていく他のハーレム要因のイケメンたちに埋もれて、存在すら忘れ去られた物言わぬ地蔵になり果てているのだ。


 最終回にはひな壇として登場すらできないだろう。


「俺はひな壇以下じゃねえ!」

 ついに激昂した。


「ひぃっ! 何を言ってるんですか」


 やばい。やばすぎる。

この野郎、涙目になることで男を墜とそうとしてるぞ。泣きたいのはこっちの方だ。


 男なんか涙をみせれば堕ちると思っている。

電光石火のように仕掛けてきやがった。


「何が、一体何が目的なんだ。お前」


 気が動転した俺は普段の喋り方を完全に忘れて、素の状態で喋ってしまっていた。


 だが……一つ、魂で理解し始めていることがあった。


 こいつ……勇者としての立ち回りがはるかに格上だ……。


 ――――俺はすでに……”負けている”のか?



 気づけば、ぽろぽろと涙がこぼれ出ていた。


「なんであなたが泣いているんですか!?」



「…………わかった。もう、やめてくれ、やめてくれ……十分だろ。

頼む……お願いだ。俺が悪かった…。

悪かった。悪かった!ごめんなさい! 

俺の負けだよ。でもな、お前は才能があるんだよ。才能があるんだよ!!!

今なかったとしてもあとからやってくるんだよ!!

…俺だって……俺だってなあ…ファイヤーボール、使いたかったんだよ……5歳の時からの夢だったんだよぉ…。お前もう令嬢系で、その齢で婚約破棄までしてて、錬金術でエリクサー作ってるんなら、ファイヤーボールくらいくれよぉ……なあ」


 と俺は目から大粒の涙を流して、号泣しながらランカの足元にすがりついて懇願した。


 久しぶりに泣いた。


 そしてわんわんと犬のように泣きながら、彼女の靴を涙で濡らして謝罪をしまくった。

 


「ひいい! えっ、エリクサー!? そんな大そうなものじゃないのに、まるで作ってるかのように言うのやめてください。しかも婚約破棄が何か良いものだと勘違いしてませんか!? もう別にそこまで怒ってないので謝らないでください! 

あ、あなたが本当に魔術が使うことができないという噂は本当だったんですね……」


 おびえた声で謝らないで下さいと言われた。

彼女は謝罪すら受け入れてくれなかったのだ。



 俺はどんな時でも、どんなに辛い嫌なことがあったときですら、自分は勇者なのだと思い込ませることでどうにかこうにかやってきたのだ。


 それが今、完全に崩壊しようとしていた。



 ―――――試合終了のゴングの鐘がなった。




「どうしたのリンクスくん!! どうしてこの女の足元に!!」


 ルクアはこれまでにないほどの怒りの感情、そして濃密な殺気と膨大な暗黒の魔力をランカに向けた。


 それも人形化していたときの俺の片腕と、小さな制服を大切に持ちながら。



「い、いったい何が起こっているの?」


 ついでにリリィも困惑していた。

二人は戻って来ていたのだ。



「ルクアちゃん、よく……よく聞いてくれ。今日で一番、大事な話だ。 

このランカという女の子は、僕の……ライバルとなった存在なんだ。

というか完全に追い越された……最初から負けていたんだ。

そのことに感動して泣いていたんだ」


 と俺は言いながら、6歳の頃、かつてルクアに言ったことを思い出していた。

ゲゲイン君を殺されかけたときのことだった。



 もはや今の俺には彼女が格上、天上の存在にしかみえないが……せめてもの最後の意地でライバル、と呼ばせてくれないか?



「この……女が? 全く強そうにみえないけど」


 ルクアは怒りなのか、驚きなのか、困惑なのか……俺ですら初めて見る奇妙な表情をしていた。


 きっと彼女は自分の生命をおびやかすような、初めて見る強敵に、戦慄しているのかもしれない。


 ランカは未だにやめてくださいと言いながら、青ざめた表情をするという演技をし続けていた。



「いや、それは違うよ。現時点でも圧倒的に強いことは確かだけど。

今の弱さは、逆に潜在能力の高さを裏付けるものだよ。

恐らくどこかの感動的なポイントで覚醒するに違いない。

見るんだ。彼女のおびえた眼に宿る、強い意志を」


 と俺はランカの目の中をのぞき込むようにして言った。

彼女の青い眼には、意思の強さが涙となって表れて、その中で決意と黄金の精神が揺らめいているような感じだった。まさに勇者である。


 ありとあらゆる勇者を知っている俺にはわかる。

絶対に騙されん。こいつはいずれ勇者になる存在だ。ならないはずがない。



 そして、俺はまずいことに気づいてしまった。

この女が転生者である可能性を。そして俺が転生者であると勘づかれている可能性を……だ。


 このタイミングで勇者であると匂わせてきたということは、ある意味脅しではないのか。


 何が目的だ。何がほしいんだ。金か? 力か? 情報か?

……いや違うな。勇者はそんなことをしない……考えない。


 違う。違うのだすべて。



「リンクス君……この女は今、すぐに消しておくべき―――」

 とルクアは俺の感情を読み取ったかのように、覚悟を決めて言った。

彼女もようやく危険性を理解したのだ。



「ルクアちゃん……。君の思っていることはよくわかる。

だけどその気持ちは心の奥底に押しとどめてくれないか?

一番悔しいのは僕なんだ……。

せめて今だけは負け犬らしい顔でいさせてくれないか?


この女、いや、彼女は今後も、自らの信念を貫き覇道を突き進んでいくだろう。

そしてリリィ……アルストロメリアにも言っておくんだな。

”俺たちにはファイヤーボール使いの女がいる”と」


 俺は新たな勇者の輝かしい未来を信じて、空を見上げた。



「あなたの様子をみていると、その子が”選ばれし者”であることは紛れもない事実みたい…ね。これまで、全くノーマークだった……」



 とリリィの口から久々に聞いた”選ばれし者”という言葉、ずっと痛々しいとは思っていたが、今回初めてしっくりきた。まさにランカという存在そのものを表していたからだ。


「どうして話が勝手に進んでいくんですか!?」


 とランカは、ある意味当然のことを言った。

そうなのだ、彼女は俺に求めていたのだ。ずっと。


「ああそうかごめんねランカちゃん。

主役の君抜きで話を進めて。君が主人公だもんね。


わかってるよ。

さっきから君は、僕からの謝礼の言葉はもういらないと。

……つまりは具体的な慰謝料、示談金の事を言っているんだろう? それは当然支払うよ。


グレイちゃんにも、謝りたい。

君の友達をさんざん馬鹿にするようなことをして色々と申し訳なかった。

僕は馬鹿にしているような気持ちはなかったんだけどね。

単なる謝罪や金銭を支払うだけじゃあ示しがつかない。

だから君たちが模擬戦で両方二ポイントずつ手に入れることが出来るように動こう。ついでに一位もとる」


 と俺はしれっと、彼女たちにポイントをあげる口実を作った。


「ええっ? えええええええええ!」


 口をあんぐりと開けて、放心しているグレイの横で、彼女はまるで謝礼であるポイントが少ないと言わんばかりの絶叫を上げた。

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