第28話『友情という名の魔法』

 ある程度歩いて、こちらの姿がみえないところまで進んでいった時、監視魔獣タロウがしっぽを振りながら立ち止まった。


 そして俺の方へ馬鹿面を向けた。


『まず、大事なことなのでお前の口から聞いておかなければならないが。

スゥルターヌ教を信じているか?』


 とお座りした状態でモーガン先生は言ったので、俺もその辺にあった切り株に腰を掛けて一息ついた。



「僕が? あれを? 

信じてるわけないでしょ~w。

思春期真っただ中の、厨二病患者が書いたような訳のわからないものを聖書にしてる時点でお察しですよね。つくづく、授業科目の中に、ゴミ宗教が混じってる学園は色々可哀そうだなぁ、なんて……まあ、全く思ってないですけど。

でもアレ異物混入の域ですよ。

あんなゴミうんこ宗教に触れてたら確実に頭おかしくなるんでね? 

ルクアには『見ちゃいけません、聞いちゃいけません』と言って、ゲゲイン君には『真面目にやってるふりだけしとけ』って言ってますから。 

しかも!

あの糞ジジイ僕が寝ようとしてたら、怒鳴り散らして何度も起こしてくるんですよ。あ、モーガン先生も、あのジジイにあったらネタ抜きで聖書燃やすのマジで飽きてきたって言っといてください」


 と俺はあらかた悪口を言いまくった。


『………ならいい。

定期的に開かれる魔術師職員会議の中で幾度もお前のことが話題になっていたが、まさかそこまでだったとはな。 私に感謝するべきだということを忘れるなよ』


「どういうことですか?」


『そこまで態度に出しておいて、お前が学園から消されなかったのは、何度も私と学園長が裏でもみ消していたからだということだ。 

………今は関係のない話だ』


「そうですか。 

それで、何がどう上手くいけば僕にも進級のチャンスがやってくるんですか」


 俺はなんだかややこしいことを聞いてしまったと思ったので、とりあえず今回の目的を聞いてみることにした。



『今から話すことは彼女達には言うな。

――――グレイとランカが3ポイントで模擬戦を終了するように仕組め』


 とこの糞犬はとんでもないことを言った。

しかも俺にインチキをさせるつもりだ。


「2ポイントずつ与えろと!? ていうかそれ不正ですよ!!」



『お前が言うな。そもそもお前は不正をするだとか小声で言っていただろう』


 あれ聞かれてたのか……。

いやそんなことより、だ。



 新しく4ポイント……それぞれに2ポイントずつあげるとなると、彼女達だけで合計6ポイント有することになるのだ。


 そして俺の班のメンバーが最後まで誰一人ポイントを失わなかったと仮定すると、3班は合計で10ポイントになる。この時点で一位通過が濃厚になるので、俺の、ゲゲイン班一位作戦が破綻を迎えてしまう。


 あえて誰かに負けることでポイントを調整しなくてはいけなくなってしまった。



『それだけではない。あともう一つある。 

一位で通過しろ』

 と、この糞犬はさも簡単なことかのように言った。


「はあ!?」


『これが出来なければ、進級の話は無しだ』


「えー………」


 彼女たちにポイントを合計で四つも与える時点で、調整が厳しくなると予感がしていたが、そもそも調整ができないようにとどめを刺されてしまった。



 どうしようか。


 俺は本当に悩んでいた。


 確かに、彼女たちの成績に関してはどうにかしてあげたいとは思っていた。加えて自分の進級の願いが合致しているので悪くない話のようにみえる。


 しかし自分としては、俺の進級や彼女たちの成績などより、付き合いが長いゲゲイン君とルーカスの成績の方が重要なのだ。


 ある意味これは自分の未来や友情を天秤に掛けなければならない問題であった。


 これは辞退するべきか……。



 そう思って口に出そうとした所で、まだ道があると思って俺は更に考えることにした。


 ……グレイとランカ両方3ポイントで6。

ルクアとリリィは負ける姿が思い浮ばないのでさらに2ポイント。

俺やフランクの分は誰かにあげることが出来るとして、少なくとも最低8ポイントで上がることになる。


 そして、俺の計画を進めようとしたら、どうあがいてもゲゲイン君の班とルーカスの班は8ポイント以上無くては成立しない。



 そこまで考えて、俺はこの問題が実に簡単だったことに気づいた。

ついでに自分が馬鹿だったことにも。


「はっ」


 三つの班を、同位一位で終わらせればいいのだ。


 このクラスの合計人数は24人である。


 俺の班が最低で8ポイントとらなければならなくなった時点で三位通過することができなくなったことはもう変えられない。


 だからその代わりに、ルーカスやゲゲインの班と同じ順位で模擬戦を終わらせればいいだけだったのだ。


 そうなると生贄として4班には最下位どころか0ポイントで通過してもらうしかないが……。


 もともとポイントを調整したりして、他にも色々不正をしようとは思っていたが、更に仕組まなければならなくなった。


 全てがうまくいったとき、最終的には1班8pt、2班8pt、3班8pt、4班0ptという、かなり怪しまれそうな状況になっていることだろう。



「……やりますよ。

さすがにもうこれ以上は条件がないですよね。もうこれ以上は無理ですからね」


『そうか。 

成功したとしても、礼はいわないからな。

この二つの条件さえ達成すれば、なにもいうことはないが、ただ注意してもらわなければならないことがある』


「えぇ…」

 まだ何かありそうで嫌な声が出た。



『確実に妨害がはいるだろうという事だ。 

その際、最悪、彼女たちの命が狙われる可能性がある。それだけは心にとどめておけ』


 そう真剣な声で言っているが、何も状況をしらない俺には真偽がよくわからず、何も心に響かなかった。


 それどころか、何を言ってるんだこの中年おじさんは、厨二病も大概にしておけとすら思っていた。



 それもそうである。

なんでただの模擬戦で命が狙われるんだというツッコミがまず先にあった。


 続けて、なぜ彼女たちにポイントをあげなければならないのか、なぜ信頼度0の俺に頼むのか、なぜ模擬戦が始まる前ではなく今になってこんな取引を持ち掛けてきたのか、一体誰からの妨害が入るのか、について全く教えてもらっていないからであった。


 そして、先生の口ぶり的にそれらに対しての質問をしても何も教えてくれないだろう。


 だが別に俺はそれでよかった。

向こうの事情をきいたところで、プラスに働くわけでもないし、聞かなかったところでマイナスに働いて難しくなるわけじゃなかったからだ。



「はいはいはいはい。まあなんかやばい奴とかがやってきたら、適当に守ればいいんでしょう?」



『嘘だと思っているのか? 

もし………彼女たちを死傷するような目に会わせたら、進級の話を無しにするだけでは済まない。

お前を潰してやるからな』


「そんなことは分かってますよ。

別に言われなくても、何かあればその場その場で考えて動きますし」


 普通に考えて、グレイやランカが危険な目にあったら……というか、人間が危険な目にあっていた時点でどうにかするに決まっている。


『………』


「――――そしてこれは、僕が全部完璧にこなすことができたらワンチャンス出てくるということですからね。 じゃあ、これで話は終わりということで。ありがとうワンちゃん!ばいばああい!」


 俺はもうモーガン先生とバイバイしたかったのでそういった。

厨二病の中年男性との地獄通話は嫌なのだ。


『……どうしてお前は、そんなつまらないことしか言えない?』


 

 そうモーガン先生が疲れた声で言うと、ブツリと電話が切れるように監視魔獣(タロウ)から声が聞こえなくなり”ザーーー”と砂嵐のような音が鳴っていた。


 そこから数秒ほどして、元のただのワンちゃんになった。



「面倒くさいし物騒なことになってきたな。

……とりあえずゲゲイン君と合流するまで待つか。もうすぐ来るだろ」


 俺は冷たく湿っている切り株の上に座りながら脱力し、天を見上げて言った。


 もう、この模擬戦はただのバーベキューで終われそうな気がしなかった。


 *



 数分後。

静かな森の中、一人で待つ俺のもとに一匹のゴブリンがやってきた。



「やっときてくれたかあ。ゲゲイン君にしては遅かったね」



「(監視魔獣を撒くのに手間取った。

バーベキューのにおいを辿れたから思ってたより早めにつけたわ!

お前のバーベキューちょっと食ってきたぞ)」


 やはり彼はあの匂いを辿って来てくれたようだ。

半分、ゲゲイン君に来てもらうためにやってたからよかった。


「あとで一緒に食おう。君の班いまどんな感じ?」


「(どの班ともまだ交戦してないわ。

班の連中には俺が戻るまで、隠れておくように言ってある。


俺の班のことより、さっきルクアの機嫌が悪かったしやばいぞ。

今は早く戻ってあげた方がいいんじゃねえか?)」


「あーもう機嫌がわるくなっちゃってたか……ちょっと時間くったしなあ

。でもちょっとまってほしい。君と試したいことがあるんだ」


「?」


「(僕の後ろの方で、あの犬がまだ観察している。

あの犬が僕の班の監視魔獣だ。名はタロウ)」


 と俺はゴブリン語で言った。

会話を聞かれていても、内容がわからないようにするためであった。


「(なんだ、破壊するのか?)」

 とゲゲイン君が、背中に引っ提げてある棍棒に手を掛けた。


「(別にそうしても良かったんだけどね。

確実にバレない方法で一匹づつ消していってから、残り一匹だけ残してルール無用の大乱闘するのも悪くはなかったんだけど。

愛着が湧いたのと面倒な用事ができたから、多少あいつの性格を見る必要がでてきたんだ。それと僕の進級がかかっている)」


「(まじか)」



 ルクアのもとに早く戻りたいから、今は彼に詳しい説明をしている場合ではないだろう。



 それでは初めて行こうか。



「ということでゲゲイン君、じゃんけんをしよう。3回勝負だ。

僕は必ず連続でグーを出す。パーを出せば君の勝利だ」


 と俺はゴブリン語で話すことをやめて、はっきりと監視魔獣にも聞こえるように宣言し、グーの手を作った。



「(おう。いいぞ)」

とゲゲイン君は何かを察したかのような笑みを見せて言った。


 さすがはゲゲイン君だ。察しが早いな。

伊達に俺と何年も親友やっているわけじゃないか。



「じゃんけんぽん」

 

 と俺は宣言通りグーを出した。


「(俺はパーを出したぞ)」

 ゲゲイン君が言った。

 


 俺はゲゲイン君にじゃんけんで負けた。

いや、漢と漢の真剣勝負に負けたのだ。俺は敗者、圧倒的敗者なのだ。


「……負けた」


 その瞬間、俺は自ら吹っ飛び、地面の上を転がり回った。



「(勝ったァアアアアアアアアアア!!!)」


ゲゲインくんは天にダブルピースをしながら咆哮をあげた。


 俺は地面に両手をつけて、唸り声をあげて身体を震わせながらゲゲインを睨んだ。



 そこでチラッと、監視魔獣のほうを見た。

動く気配が見えない。


 まだやる必要があるのだ。


「ゲゲイン………ゲゲイン〜〜〜~~、一回勝っただけで調子に乗ってやしないかぁ〜〜!?  残り二回、あるんだぞォ???

そして!! このRINKSに勝ったその運だけは誉めてやろう。

だが二度はない!!!!今から5秒以内に二回連続で勝利し、キサマの息の根を潰し片をつけるッ!! ―――死ねェエエエエ!!!!! 

じゃん!けん!!!!!」


 俺は最大限、悪い声を出してから助走をつけてゲゲイン君にとびかかるように、高く飛び上がった。


「「ぽん!」」



 俺は空中でグーをだし、ゲゲインは地上で迎え撃つようにパーを出していた。


「(……続けてパーを出さないと思ったか? 

連続で来ないと思ったお前の負けだ)」



 無限にも感じるほどの激烈な戦いの末に、ついに勝敗は決した。

 


「なにぃいいい!? 馬鹿な…馬鹿な!!

チクショおおおおおお!!!負けた!! 負けた?

この俺が……この俺があああああアアアアアア!!!!!!! 

あああああああああああ!!!!!!!!」


 俺は唇を血が出るほど噛み締め、憤死してしまうかもしれないほど感情をこめた悲鳴をあげて地面に倒れ伏した。


「(お前の敗因は、仲間と……自分を信じきれなかったことだ)」



 と彼はサッ、と敗北した俺をバックに、後ろへ振り返った。

良い感じのセリフと決めポーズだ。



 どうだ……?



『……判定シマス。この闘いは生徒ナンバー24ゲゲインさんの勝利です。生徒ナンバー22のリンクスさんから1ポイントを剥奪し、ゲゲインさんに付与します。両者共に今すぐ戦いを終了してください。終了しない場合は不正行為とみなし強制退場となります』  

 

 機械音声のような声が監視魔獣からした。

 

 それを聞いた俺は演技をやめて、何事もなかったかのようにすくっと立ち上がった。


「この犬魔獣やっぱ馬鹿なんだなあ。顔だけかと思った」


「(ばああああか!!!)」



 と俺とゲゲイン君はゲラゲラと笑い合った。



 ――――そして単純な戦いだけじゃなく、様々な方法でポイントを得られるということが分かったので、続けて俺たちは色々試してみた。


 時代劇風に大げさな演技をいれて血糊をまき散らしながら負けてみたり、命や精神を賭けた闇のカードゲームを装って戦ってみたり、血液を賭けた麻雀をしてみたりもした。



 結果、普通にしりとりで負けた程度の敗北はポイント獲得を左右することにはならないが、それでもある程度の演技を入れれば大丈夫だということがわかった。


 早くみんながいる場所へ戻らなかったのは、この光景を見られるのが恥ずかしかったからだ。ルクアにみられたら、色々と終わりかねない。



「さあ、戻ろうか。

俺の分のポイントはゲゲイン君がもっていていいよ。

どうせ俺がもっていても意味ないのと、班の順位さえ合っていればいいし。

フランク君にも、君かルーカス君にあげるように言っとかなきゃいけないなあ」


「(わかった)」


 俺とフランクの分のポイントは早めに誰かにあげておいた方が良いだろう。


「ルーカス君にもある程度協力してもらわないといけないから、君には苦労をかけるけど、今から一人で来てもらうように頼んで来てほしいんだ。

誘い文句は、確実に一位で通過できる。と言うだけでいいからね」


 と俺はゲゲイン君に伝えた。


 俺は一切魔術を使うことはできない。

だが、友情という名の魔法を使うことで、この模擬戦を思うがままに動かすことができるのだ。


 支配するぞ、すべての流れを。

全ては俺たちの為に。

全てはルクアの為に……。

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