第26話『不思議なワンちゃんにこんにちわ』①
模擬戦当日。
『特別教室Ⅰ』のクラスメイト24名全員が、模擬戦を行う為に冬の大森林にいた。
転移門で飛んできた先は、学園関係者専用に切り拓かれた小さなスペースだった。
太陽の光が曇り空を柔く滲ませて、銀色の鈍い光が地上に堕ろしていた。
辺り一面、裸の枝に雪がたんまりと積もった木々だらけだ。
まさに銀景色とはこのことだろう。今もしんしんと牡丹雪が優しく降っていた。
少し木々に目を凝らしてみると、雪を被った小動物たちが唐突に現れた来訪者に目を光らせていた。
自分の住んでる村では、雪が降ってもここまでにはならなかったなぁ……。
「ねむ……寒」
俺は手袋をこすり合わせながら震えた。
冷たい森の新鮮な空気が毒のように寝起きの体温を下げてくる。
今日はなんか、身体がだるい。
寒い眠い怠いという三拍子が揃ってしまっている。
いいよな他の連中は。ステータスが高いからそこまで寒さを感じないんだろうな。防寒具を着込んできているのは俺だけだ。
模擬戦は9時から始るので7時半に朝礼だった。
なので移動の時間を含めて、いつもより早めに起きなければならなかった。
今は8時、本来この時間に朝礼が始るはずだったのに……。
珍しく俺が遅刻をしなかったにも関わらず、モーガン先生は何故か座り込んで目を閉じて瞑想をしていた。
そう、この謎時間は非常に無駄だ。
とりあえず先生が瞑想を辞めない限りは生徒達は、生徒達は動き出すことができない。
だから現在は、模擬戦が始るわけでもなく謎の待機時間が続いているのだ。
そして俺は特段不機嫌というわけでもなかった。
――――一つ、この模擬戦で楽しみにしていることがあったからだ。
「それ、寒くない?」
と俺は、雪に埋もれたり、雪を固めて何かの物体を作って遊んでいるゲゲインくんに言った。
彼はこの待ち時間が暇だったのだろうか。
俺達の
彼は春夏秋冬どんな季節でも、上半身裸に獣の皮で出来た腰掛けだけを着るという実にアバンギャルドなファッションをしている。
チャームポイントの一つである背中に装備している木の棍棒は、彼の存在に深みを与えてくれているだろう。
昔からこの寒そうなスタイルを貫いているが、ゴブリン界隈ではイケている方なのだろうか。
「ゴガブブギ。ググブガギグブ!
(戦士だからな。寒さなんて感じねえんだ!)」
と彼は、ペタペタと奇妙な雪の塊で構成された物体に触れながら言った。いつもの魔法のワードである。
「流石にその理由だけじゃ厳しいと思うけどなあ………ところでさっきから何作ってるの」
一心不乱に雪を掻き集めて、何かを創り上げようとしていた。
しかも、ほぼほぼ完成しているようであった。
「雪像? いや、作ってるのは顔面だけか。
異常にほっぺたと顎が発達してて、おたふくみたいだけど……。
うわっ、裏にも顔あるのか。
裏表で謎の陰影もついてるし、半目で半笑いの笑顔が気味悪いな」
彼が一生懸命作っている所、馬鹿にするようで申し訳ないが本当に気味が悪かった。これは決して朝にみるようなものではない。
この、おかめのような像。
目が笑っているのか、目尻が下がりに下がって不気味だ。ある種、詐欺師のようなものを連想させた。それに加えて口元の笑みは作っているかのような、張り付いたものであった。
裏にもある顔面は閻魔のような憤怒の形相を浮かべていて、こんなものは子供がみたら泣いてしまうだろう。
俺は少し悩んだ末に、この雪像は表情が異なる顔面が裏にも存在している時点で人間ではなく、恐らくこの世界に棲まう何らかのモンスターだと判断づけた。
そうだわかったぞ。
人の声を真似て、被食者を騙して喰らうような感じの奴だな。
ゲゲイン君のクリエイティブな精神を尊重して100点をつけてやろう。
「ギ??? ガブブギゴ?
(ん??? 何言ってんだ?)」
しかし俺の予想に反してゲゲイン君は、いまいち俺の言っていることの意味が理解できていないようだった。
「ゴギガブグガ。グゴギ
(お前を作ってるんだよ。凄いだろ)」
と彼は、気持ち悪いおたふくの雪像の頭をぺしぺし撫でながら言った。
「え!? それ俺なのか!
いや、それは……違うでしょさすがに。おかしいよ」
「ブブグゴガグギ?
(どこがおかしいんだ?)」
「全部だよ。裏の顔面とか色々抜きにしても、こんなにほっぺた膨れ上がってないでしょ」
「ガギゴブグバブゴブガッガギブベ
(鏡で見る自分と他人からみた自分は違うってよく言うからな)」
「これそういう問題じゃないからね。君の雪像はもはや人間かどうか怪しくなってるし」
「グググブボブグベグゴギガグゴゴゲギギギガ? ギギガギビゲゴ
(カメラの魔道具で少し上の角度から撮ってみたらいいんじゃねえか? イイ感じに撮れて映えるぞ)」
「だからまじでそういう次元の話じゃないって」
この雪像は自撮り棒でどれだけ角度の調整をしようが、絶対カッコよくはならない。しかも地味にこの雪像で映えのことも意識してたことの方が怖い。
まじでこれが俺だというのなら悲しいな。
どうやら彼からはおたふくか、おかめのモンスターのような存在だと思われていたらしい。
これまでよくおたふくのモンスターなんかと仲良くできたな。
怖くないのか。
「リンクスくんの氷像を作ってみたよ。
永久に壊れないように魔術で保護もしたから……絶対に壊れることがないから……壊させないから」
といつのまにかルクアも何かを創っていたようで、黄金の瞳を紅く滲ませて何かを決意していた。
彼女は雪像を作るどころの話ではなく、俺の氷像を作ってしまっていた。確かによくみれば、俺だと分かる氷像だったが、1000%誇張されたものに仕上がっていた。右手を空に掲げて北の指導者のようなポーズを取っている。
この世を導く神のような誇りすら感じる。
クリスタルガラスのような透明さと、随所随所で氷を反射した光がダイヤのように輝いていて実に素晴らしい。
ルクアのことだから、日中の太陽光の動きを計算しつつ表面にカットを加えてどの時間でも楽しめるようにしているのだろうか。
「………いいねえ、素晴らしい!
僕のかっこよさとか凄さが大いに表現できているよ。これぞ勇者だ。
点数を付けるとすると……そうだな。99.9点かな。本物の僕の方が常に偉大で格好いいからね」
俺はまさに自分でも何を言っているか理解していなかった。
これまで意味不明なことを言ってきた自信があるが、多分今日が一番かも知れない。遂にナルシズムの境地に至ったのだ。
ルクアは俺の評価を聞くと、喜びのあまり氷像に抱き着いてしまった。
「ゲゲギグ、ビビブゲ?(俺が作ったやつは、何点なんだ?)」
とゲゲイン君は期待を孕んだ表情で聞いてきた。
氷像に対する評価を聞いて、彼も俺に何かを期待しているような感じであった。
「多角的な視点から僕を見ることによって新たな価値を見いだそうとしているね。テーマはホラーと狂気かな。僕という存在を一度考えさせられるような素晴らしい作品だ。 0点だよ」
と華麗に採点をした。
ゲゲイン君は棍棒を手に取ると、無言で雪像を破壊した。
……客観的に俺という存在が周りからどう見えているのか、一度考えてみる良い機会なのかもしれない。
*
ルーカスに挨拶をするためだけに、彼の班が集まっている所へやってきた。
「いやぁー緊張するね。ルーカスくん。
ルーカス班ゲゲイン班が相手なら、最早勝敗は誰にも分からなくなってきたなァ」
と俺はルーカスの肩をポンポンと叩きながら言った。
確かあと一つ班があった筈なのだが、よく覚えていない。
「嫌みか。それとも宣戦布告でもしにきたのか。
貴様等は一位で通過するのは誰もが分かってるんだ。
なぜ今更そんな事をいう必要がある」
と彼は、俺の手を払いのけて言った。
「…まあ、今日になって本当に勝敗が分からなくなってきたからだよ。
ひょっとしたら僕達の班が最下位になるかもしれないしね」
「手を抜くつもりなのか? 確かに俺達の班は、貴様の班からは逃げるという作戦で動くことになっているが手を抜いているつもりはない。
これが試行錯誤の末の全力だからな」
正にそんなことをするのなら許さないという感じであった。
本当に彼は初めて合った時から性格が少し変わったなあ。
後、ちゃんと『貴様』と呼ぶようにしているし……まあ、その二人称が貴族としてよくないのではないかという事で色々と問題が起こったらしいが……。この様子じゃ『俺様』と言ってくれるのはまだ遠い未来なのかな。俺様系男子の現実は辛い。
「いいや。真面目にやるつもりだよ。
真面目にやるつもりだから自分でも勝敗がわからなくなったんだ。
これはちょっとしたヒントだけど、君とは戦わないかもしれない」
「それはどういうことだ、何一つ理解ができない」
彼は語気を強めた。
俺の言葉を疑るような、穏やかでないまなざしで彼は言っているが一応真実だ。
「始って何時間かしたらわかるよ。その時君は笑顔になるはずだ」
――――――とだけ俺は言ってから自分の班のメンバーがいる場所へと戻った。
*
そこから十分ほど経って、ついにモーガン先生は瞑想から目覚めた。
「待たせたな。上級魔術を行使するのは久しぶりなので少々精神統一をしていた。
いまからこの大森林の中へ入って模擬戦を行って貰う。そして――――」
おびただしい量の魔力を身体に纏わせた。
「【乙位】夢幻召喚魔術 異常誕生譚 《四支旅行》」
とモーガン先生が謎の魔術を使うと、犬、猿、雉、羊のように見えるヘンテコな生き物が虚空から揃って出てきた。
特に格好いい訳でも、悪魔的な要素を持っているわけでもないマスコット的な存在だった。動物がデフォルメされたような外見で、どこか既視感を感じた。恐らく前世で似たようなものをみたことがあったのだろう。
その四匹の魔獣と思われる存在は、登場してからというものお互いに噛みついたり舐めたり戯れていた。
「最上級魔術ッッ……!!!!!????」
と俺はワンピースのモブキャラ並に驚いてあげた。
クラスメイトの誰も驚いてあげていなかったからだ。
「馬鹿にしているのか? 次やれば減点するからな。
こいつらは学園から借りてきたもので概ね監視用の魔獣だ。
私の契約魔獣ではない。
公正且つ安全に模擬戦を行うため、それぞれの班に一匹ずつ配置し追跡させる。この魔獣は生徒同士の戦闘行為の勝敗が決したとき、敗者からポイントを剥奪し、勝利者へ付与する。重大な不正行為や、生命の危機に関わるような事態になったときに自律して動くように設定してある」
この魔獣が一体ずつ付いてきてくれるのか……羊の魔獣が良いなあ。
暖かそうだ。
「今回の模擬戦の詳細についての説明を行う。
前に言ったと思うが、今回の模擬戦はポイント争奪戦だ。
一人1ポイントずつ有している。最終的な合計ポイントが多かった班が一位となる。一位二位三位四位の順で評価点は異なるが、班の順位が低かったからと言って評価が悪くなるわけではない。当然、個人で獲得したポイントも考慮する―――――」
その後、モーガン先生は模擬戦の注意点やルールに関して説明した。
要点としてはこうだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
①制限時間は各班それぞれの定位置についてから、午前9時から午後5時までの8時間。
②監視魔獣のいないところで戦っても、ポイントは変動しない。
③勝ち負けの内容は監視用魔獣が判断する。
④再戦可能。
⑤対戦相手が既に気絶状態や戦闘不能状態であった場合、身体に触れることでポイントを奪う事ができる。仮に複数のポイントを有する人物を倒そうが身体に触れようが、その人物からは1人1ポイントのみしか奪うことができない。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「これから各班それぞれ監視用魔獣についていくように」
と先生が言うと、未だに転がりあって遊んでいる監視用魔獣たちの方へ掌を向けた。
「自動操縦モードⅡ、オン!!」
と先生がハツラツとした声で命令するように言った。
それに応じて、へんてこな魔獣たちは静止して項垂れた。
「ダッサ」
思わず本音が漏れてしまった。
単純にダサすぎてびっくりしてしまっただけだ。
――――その後、無事に俺はモーガン先生から減点されながらも、模擬戦が開始された。
開始はされたが、やはりすぐに戦闘が始まるわけではなかった。
各班がそれぞれ最低5kmほど離れた場所まで、監視用魔獣に誘導されてから自由に行動できる感じだったのだ。
ちなみに俺の班には変な犬の魔獣がついてきた。
ついてきたというか、そいつが俺の班の前を先導して歩いているので、ただの散歩気分であった。
俺は森の中を数km歩かされたせいで、脚に乳酸がたまってきているような感じがした。雪が積もりすぎてるせいで実に歩きにくかった。
この糞犬は一体どこまでこの森の中を歩いていくのだろうか。
ところどころで立ち止まって木の根に小便をひっかけていくのが確実にタイムロスであった。ほかの班ではこんなことは起きていないだろう。
しかし、しかし……ワクワクの気持ちが止められなかった。
良い森に、良い仲間達。
ぶかぶかと積もった雪を踏みしめる度に、その下にある落ち葉というクッションがあるのだと分かる。枝から雪の塊が崩れ落ちてくる度、鳥のさえずりが聞こえる度、3.5次元ポケットに触れる度に……。
なんて良い、模擬戦
改めてここには壮大な冬の大自然が広がっているのだと再認識した。
「お前今日真面目にやるって言ってたよな! めずらしいよなあお前が!」
途中、実に良い仲間たちの一人であるフランク君が俺にそう言ってきた。
彼の言う通り、俺は真面目にやるのだ。
相手はまだ13程度の子供達とは言っても良く鍛えられた魔術師だ。
手を抜くことはできない。俺の持てる力全てを使ってやろうと思う。
模擬戦は真面目にやるんだ。徹底的に。
真面目に、真面目にな……。
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