第24話『昨日の自分をみてみよう!』
俺はそれなりに、自分の能力を使いこなすことができるという自信がある。
日常生活レベルで使っているからだ。
嬉しいことに【能力】は何も戦闘だけで極まっていくものではなかった。
そんな自分でも『時間加速』は本当に苦手としている技だった。
これは当然と言えば当然なのだが、俺はかなり初期から『時間停止』を使うためだけに『時間減速』を極めていたからである。
そして事実上『疑似時間停止』や『時間遡行』は、『時間停止』をしようとした結果の失敗作であった。
限界まで時間を遅くしても時間進行が0にならずに時間停止の紛い物が誕生。そして大便を出す時のように気張って『時間減速』をすると時を遡ったのだ。
もったいないので名前を付けてみたものの『時間減速』を極めた先にあったオマケでしかなかった。それでも疑似時間停止は、効果範囲が広く、10秒も時を止めていられるので使いやすい。
俺はこの両方の力は、それぞれ状況に応じて使い分けるつもりだ。
0.1秒でも触れられたら即アウトな能力を持っている敵に出くわしたときは攻撃の瞬間だけ『時間停止』を使い、そうでなければ『疑似時間停止』が役に立つと考えている。実際にリリィ戦の最後もそうだった。
ある日、自分の能力の練度の”見える化”をしてわかりやすくしたいと思った。そしてすぐに実行に移しそれぞれの技にレベルという概念をつけることに成功した。
そうすると10段階だと、時間加速が3レベルで時間減速が10レベルくらいだということがわかった。
リリィとの戦いで使えるようになった『時間停止』のレベルは現時点でもまだ1だ。
これらをまとめると……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
レベル3【時間加速】レベル10【時間減速】
レベル3【疑似時間停止】
レベル3【時間遡行】
レベル1【時間停止】
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~〜
となった。
そして俺は最近になって、自分の能力や、時間停止のレベルを上げるために”修行”をすることにしていた。もう何もしたくなくなったとは言っても、ルクア関連のことは別だ。
前の事件以来、俺がある程度能力者として強くなければルクアを守ることなどできないと理解したからだ。
一見して最強に見える彼女でも、敵の能力次第では上手いことやられてしまう可能性があるのだ。それに加えて、魔術やらスキルやらまだまだ俺の知らない力がある。もう二度とルクアを危険な目に遭わせないために、最低限として俺は自分の能力を使いこなさなければならない!
*
公園に潜んでいた数匹のアリが行き場もなくなったように地面の上をウロウロと歩いている。
その様子を見ながら俺は、九回目となる『時間停止』を使った。
半径二メートル内の時間がビタリと静止し、アリが少しだけ固まったような気がした。
「ふふふ、アリさんが一瞬止まったぞ。アリが。アリが。さあてもう一回だ。あ、また止まった。十回アリが止まってありがとう。なんつって!
リンクスさーん!どうして時間を止めることができるようになっちゃったんですかー? なんでやろなぁ…。真面目にやってきたからよ! ね?
蟻さんマー●の引っ越し社です。フフッアハハハ」
と俺はニマニマした顔で公園の地面に座り込んで、地面を歩くアリを眺めながら一人でぶつぶつ呟いていた。
0.4秒しかできない『時間停止』をして、蟻やダンゴムシで遊ぶことが日課と化していた。
「ままあ。あのひと変だよ」
両手にパン屋の袋をひっさげた五、六歳程の少年が、俺の方へ指をさしていた。
「あらごめんなさいねえリンクスくん。うちの子が失礼なことを言って」
と買い物袋を引っ提げた近所の人が声をかけてきた。
「やあっ。奥さん! こんにちは!
今日はお子さんと一緒にお買い物ですか?
ああ、もう行かれたんですね 」
と俺は適当に挨拶をした。
「ええそうよ。それにしても大丈夫なの? この時間は同年代のお友達はみんな村長様のお屋敷で勉強をしたり、冬の織物を編んでいるらしいけれど。本当にあなただけ働かなくて良いなのかしらねえ」
「いやいやいやいや僕は大丈夫ですよ。最近、虫さん達の目の前で小芝居をするのが好きでして。僕の将来の夢は立派な役者さんになることなんです。
しかも岩の下を覗いてみると、アリさんやダンゴムシさんという大勢の観客がいっぱいいて僕も楽しいですからねえ。……イーーーっぱい! さあ君も遊ぼう!!」
と俺は白目をむきながら怒鳴った。
少年はびびって母親の後ろに隠れた。
「いっ、さ、さあ坊や。おうちへ帰りましょう」
と言うと、子供の腕を引っ張って去っていった。
あの母子が感じたように、確かに俺は正気ではなかった。
まあ追っ払う為に多少演技は入ったが。
一瞬だけ時間を止めることを何度も繰り返すのだ。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。真冬の寒風に晒されながら。近隣住民に己の恥も晒しながら。本当は冬の寒さのせいで虫が止まっているのではないかと勘ぐりながら。
それでも出来るだけ『能力』を使っているのだとバレないように、且つ安全に、何度も能力を使うためにわざわざ岩の下で冬眠しているアリやダンゴムシをたたき起こして時間停止を連発しているのだ。
ちなみに数少ないアリやダンゴムシの体調面も気にかけて、体温が一定以下に下がらないようにするために焚き火も焚いていた。
……一応、ルクアには一人で修行しにいくと行ってるから大丈夫な筈だ。彼女は今頃は本でも読んでいるだろう。ルクアにさえこの醜態を見られなければそれでいい。
「でもなあ……結構頑張って練習してるのに0.3秒しか伸びてないんだよな」
俺はため息をついた。重い白息が出た。
こんな白息が揺蕩う時間よりも短い時間停止じゃあ、ザ・ワールドなんて言えたもんじゃあない。確かに当初よりかはマシにはなったが、依然ゴミだ。0.1秒から0.4秒とか、極薄のコンドームがちょっと分厚くなった程度の違いでしかないし、少し毛が生えてきたところで坊主は坊主なのだ。
急に萎えてきたな。
「………帰るか」
俺は帰ろうと思って、アリとダンゴムシを掻き集めて落ち葉の中に隠すと、焚き火の火を踏み消して鎮火し公園を後にした。
そして家へと帰っている最中、自分の能力を強化させるヒントとなりそうなものを思いついたような気がした。
「そうだ。あいつに聞いてみればいいのか」
ピンと来た俺は脚を急がせた。
*
ということでリリィちゃんのお屋敷へやってきました。
不幸な火事によって半壊したお屋敷はもう完全に修復されていて、すっかり元通りになっていた。
もうこの屋敷は俺とゲゲイン君の庭みたいなもんだから、一切迷わずリリィの部屋まで行くことが出来た。ただ、盗み以外の目的でここへ来るのはあの一件以来なのでそわそわしていた。隠れなくて良いのだ。
ロココ調の優美な部屋の中、天蓋付きのベッドの上に腰掛けるようにして座った白銀の髪を持つ美少女が、不機嫌そうに俺の事を睨んでいる。
「能力の修行方法? どうしてそれをあなたに教えなきゃいけないの?
それと勝手に私の部屋に忍び込んでこないで。次来たら殺すから。
何かを聞きたいだけなら、今日学校に来ればよかったのに」
とリリィが言った。
そう、俺は恐らく能力を鍛え上げているであろうリリィに聞きに行くことにしたのだ。能力持ちの人間自体がこの世界では少なく、そして前まではルクアくらいしか能力を持っている人間がいなかったから、誰かに聞くという選択肢があることを完全に忘れていたのだ。
「だって君さあ、僕が正当な方法でここに来ようとしたら絶対門前払いするし、学校で会っても普通に無視するよね。 今日僕がサプライズで来たかも知れないのに、殺すとか言うのもひどいなあ。
まあその話は今はどうでもいいしとりあえず置いといて……。
楽で効率的でストレスもなければ、近隣住民に変な噂を流されることもない能力の修行方法を教えてよ~」
「勝手に重要な話題をどこかに置いて、なかったことにしないで。
私からあなたに教えることは何もないから早く消えて」
「消えません」
と俺が半笑い気味に言ったら、リリィから舌打ちが聞こえてきたので早めに切り札を出すことにした。
「うーん……君の能力、【
触れただけで相手を人形にできたりするだけじゃなく、色々自由度が高そうだ。他人に自分の能力の権限の一部を使わせることができたりするのを考えると、相当修行したようにみえる。あとは何ができるのかなぁ」
ガタッとリリィはベッドから降りて立ち上がった。
まさにあり得ないという文字が顔に張り付いている。
「……ッ! どこでそれを!」
「何でも教えてくれる本を僕は持っている。
他人のステータスからあんなことやこんなことまで事細かに教えてくれる実に叡智な本だ」
「そんなものが存在するはずが…」
俺は待ってましたとばかりに言って、手に持っていた3.5次元ポケットという収納用の魔道具から『攻略本』を取り出した。
「へいクソ攻略本! 昨日のリリィちゃんの一日の様子を教えて!!!」
と俺は一回『攻略本』をバシっとしばいてから開いた。
わざわざ声に出さなくても出るのだが、リリィにもわかりやすくするための優しき配慮である。
呆気にとられた彼女はベッドの上に座るわけでもなく、とどまっていた。
気になる『攻略本』の様子はわざわざ声に出して聞いたせいなのか通常と異なっていた。
テレビのバラエティ番組みたいな画面が表示されていたのだ。
すると勝手に映像が流れ始めたので、俺はそれを自分だけ観るようなことはせずに、リリィの隣に行って見せつけた。
「なに?これは」
とリリィは呑気に言った。
この後、地獄が始まることを知らずに……。
*
『もしもし?
そこの貴方、たまには昨日の自分を眺めてみるというのはどうじゃろう。
今回紹介するのは、ハロッズ=リリィちゃんじゃ』
奇妙な木の精霊のようなおじいちゃんキャラクターが話し始めた。
『ハロッズ=リリィ?』
これまた珍妙なピンク色をした木の精霊が現れて、疑問の表情を浮かべている。恐らくただの聞き手だろう。
『ハロッズ=リリィちゃんというのは、フォートナムメイソン王国のハロッズ侯爵家の令嬢じゃな。
年齢13歳、身長145センチ体重36キロ、特技が1人遊び。
闇の一族の序列2位で正式なメンバーだったんじゃが、3ヶ月前に抜けてしもうたやぁばいやつじゃ。木の美もお嬢様は大好きじゃろう』
『へえ〜そうなんだ。木のじいは物知りだね』
とピンクの木の精霊が言った。
どうやらこのおじいちゃんの名は木のじいで、ピンクのやつは木の美というらしい。
『ほほ。そうじゃろう? それでは今から昨日のリリィちゃんの1日をみていこう』
というとリリィが自室内で可愛く欠伸をしながら起きる映像が流れてきた。
『おや? リリィちゃんの一日の様子は、午前7時30分に起床することから始りましたね!』
『彼女は寝過ごしたことに気付き、慌てて登校の支度をしておるのう。間に合えばいいんじゃが……』
『リリィちゃんせっかく早く用意して学園に向かってたのに、歯磨きをしてないことに気づいてもう一回家に帰っちゃった! 間に合うかなぁ』
『急いで魔術を使いながら魔術学園へと向かったが朝礼はもう終わっておる。これは5分の遅刻じゃな』
『ありゃりゃ結局遅刻しちゃいましたねー。
頑張れリリィちゃん!』
『リリィちゃんは一限目の授業をまじめに受けておるのう。どこかの誰かさんと違って偉いもんじゃ。 おや? チャイムがなりおった。もう、一限目の授業は終わったみたいじゃ。彼女は休み時間、一体何をしておるのかのう』
『クラス内に友達がいないので、授業後の休み時間は椅子から動かずに独りで過ごしているんだって!』
『かわいそうにのう』
『あれ? でもなんだかリリィちゃんの様子がおかしいですよ!』
『彼女は椅子に座って何もしていないかのように見せかけて、ルクアという女子生徒を盗撮しておるんじゃ。そしてある程度撮り終わると、視姦しながらあらゆる事を想像することで暇を紛らわせているんじゃよ』
『なんだか悲しい子ですねえ』
『2限目3限目4限目は大したことがなかったからカットじゃ。つまらんのう。次は昼食と昼休みをみていこう』
『リリィちゃん、お昼ごはんも一人で食べちゃってますね! でもおかしいですね。彼女ほど可愛ければ友達なんて一人ぐらいはいそうなんですが』
『それはじゃな、他人からは高嶺の花にみえていてそして本人は人見知りで無愛想だからじゃ』
『それはもう終わってますね!』
『うむ。彼女は心の内ではルクアという少女や誰かと共に食事をしたいと思いながらも、これまでは、持参してきていた人形と共に食事をすることで孤独感を感じないようにしていたんじゃよ』
長いな、と俺が思い始めていたところで急に木のじいがでかい声を出した。
『ここでクエスチョン!!!
これまでは人形と昼ごはんと食べていたとさっきワシは言ったのじゃが、最近になって何故かリリィちゃんは人形を学校に持って来なくなったんじゃ。
さて、人形を学園に持ってこられなくなったのは一体なぜじゃろう』
と、ここまで来た時点で俺はこの先の流れを理解した。
あー、うざいな。まじでうざい。
そういうこともしてくるのか。
『いい歳して学校にお人形さんを持っていくのは恥ずかしくなっちゃったからですかねえ』
『ブーーッ! ハズレじゃ。
木の美よ、もう少し脳味噌を働かせてみたらどうじゃ?
正解は、リンクスというクラスメイトが
「由緒正しき魔術学園に、おもちゃ (主に人形)を持ってきている謎の不良が存在する」という手紙を生徒会が設置している目安箱に入れて告げ口をしたからじゃ!』
『エエェーーー!』
最悪だ。
今もうリリィの顔見れなくなっちゃったじゃん。
『そして彼女は魔術学園でのその日の課程を修了すると、アルストロメリアと共に転移門を使い帰宅。
夕食を食べ終わると、地下にある隠し部屋へと赴き、クラスメイトである少女ルクアの盗撮写真集を鑑賞。ある程度満足したら入浴して自室に戻り、手作りのルクアちゃん人形を抱いて就寝しおったわ。なんちゅう自堕落な奴じゃ』
と木のじいは後半を雑にまとめ始めた。
『いやぁーなんというか。色々と可哀想な女の子でしたねー』
『うむ。これは観ない方がよかったかもしれないのう――――――』
と逃げるようにエンディングのテーマソングが流れて映像がストップした。
*
俺は『攻略本』を急いで閉めて、3.5次元ポケットの中に直すと恐る恐るリリィの方を見た。
リリィはふるふると震えながら、羞恥なのか怒りなのか顔や、オッドアイの両眼を真っ赤にして口を結んでいた。
今日の攻略本の内容はいつにも増して酷かったな……。
次からは木のじいが出てきた瞬間にすぐに閉じてやろう。
「なんか……ごめんね。
いやーそうだったのか。君なかなかすごい趣味があるんだね。
まあ、人形のことは……ほんとごめんとしか言いようがない。生徒会が目安箱設置するとか言ってたからどんなものかと試しに入れてみたら、本当に効果が出ちゃったんだよ……。ゲゲイン君が生徒会の役員になるみたいだし、どうにか学園に持ってきても大丈夫なように頼んどくからさ。お昼ご飯の時も一緒に食べたかったなら来てもいいよ。ルクアには説得しておくし」
ノリで『攻略本』に聞いたら想像以上に恥ずかしいことになってしまった。まさか俺もこんなにリリィの一日が虚しいとはおもってもいなかったのだ。適当に雑草が生えてくる季節とかでも聞けばよかったのかな。
「もういい……」
とリリィはベッドの上に倒れると、未だショックを受けた様子で、小さな弱々しい声で言った。
「その本の性能はよくわかった……私にわざわざその本の存在を教えるというリスクを冒したのは取引をしたいんでしょ? ……。頭痛がしてきたから早く言ってほしい……」
いや、痛いほど気持ちはわかるよ。
たまにうざいこと言ってくるんだよこの本。
だから使う前に一回しばくようにしてるんだよ。
「まあ話は簡単だ。君が僕に効率的な能力の修行法を教える。そして僕は、君に『攻略本』を一度だけ使う権利を与える。結果どっちもうれしい。以上」
「……分かったわ。
悪い話ではないということだけは確かだから。
でもそんな本があるなら、それに聞けばいいじゃない」
とリリィは枕に顔をうずめて言った。
まあごもっともな意見だ。
「リリィちゃんもわかってると思うけど、中々これが意地悪な本でね。僕が近道とか楽なことをすることは許してくれないんだよ」
「………私がその本を使うのは一回。
だから私もあなたに教えるのは一つだけ。能力の修行とはいっても範囲が広すぎるから、もっとわかりやすく一つに絞って」
「えーとじゃあ、自分の能力を権限を他人に与える方法が気になるからそれ教えてくれれば僕はもうそれでいいや。それで今日教えてくれるの?」
本当は時間停止の秒数増やすためのコツみたいなのが良かったけど。
よく考えたら俺の能力はまだ教えるわけにはいかないし無理そうだから、前から気になっていたやつにすることにした。
「今日はもう何かを教えるような気分じゃないから無理。来週の模擬戦のとき、ついでに教えてあげる。本はいつか時がきたら使わせてもらうから。
交渉は成立したんだからもう帰って」
なんか色々とやばかったが、なんとか俺はリリィから言質を取ることに成功した。
そして彼女が今日安らかに眠りにつくことができるよう祈りながら、駆け足で家へと帰った。
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