第23話『燃え尽きる』


 村は冬の真っただ中であった。


 庭ではさっき燃やした何とか教の聖書が灰となり、熱を持ったまま未だくすぶっていた。風が流れると、冷やされた灰がどこかへ飛んでいった。



「燃えるゴミ 暖にもならず 白く舞う」


 俺は、朝の冷えた居間から庭を眺めながらそう一句詠んだ。

才能ナシ。


 昨日、雪が降って地面がまだ湿っぽかったから、全部燃えきるまでかなり時間がかかった。


 今思えば、ルクアに火炎魔術で盛大に燃やしてもらえばよかった。


 寒さのせいで思考能力が浅くなっているなぁ。

だからゴミのような川柳を作ってしまったのだろうか?


 冬の季節だから風情がないが……夏頃になったら聖書を花火みたいにパーっと夜空に打ち上げて、村の皆で一緒に鑑賞するのも楽しそうだなあ。


 「ふえぇ、ひー寒い……」


 俺は庭の残りカスに興味を無くして、ママが朝飯を作り終わるまで居間のコタツに入って寝転ぶことにした。そこにはすでに親父とルクアが入っていた。 


 このコタツは以前、俺が買ってきたやつだ。

特価で売られてて安かったから買うことにした。

愛着が湧いたので『りんくす号』とそう名付けてよんでいる。



 今日はいつにも増して素晴らしい朝を迎えられたな。


「やはり休日とはすばらしい」

 と俺は呟きながら、うたた寝をしているルクアと親父を起こさないように、いそいそとコタツりんくす号の中に潜り込んで寝転がった。


 不登校少年……いや、少年革命家だった俺にとって、学校の休日という概念はほぼ薄れかけていたのに、異世界に来てからそのありがたさを噛みしめるようになった……と思う。


 なんだかんだで美少女と学校に登校することが出来ているのだからこの世界に来て良かった。まさに人生は冒険や。



「朝ご飯ができたわよーー」


 とママが言いながら朝ご飯を持ってきてくれた。

パンとシチュー。そしてどこかでみたことのあるようなティーセットを置いた。


 

 パパはすぐに起きたが、ルクアはママの声を聞いてもまだコタツの中で寝たまま目を覚まさずにいた。

 

 両手には『ゴブリンと話せる少年リンクス』の原本が宝物のように抱えられていた。


 そういえば、昨日あげたんだったな。

ここまで喜んで貰えるんだったら、もっと俺の自伝を量産すべきなのかもしれない。


 この、自伝に関しては実は『ジャバネッド・リンクスからなぜ買いたくなるのか』という自伝兼ビジネス本と『名探偵リン・クスの冒険』という推理小説の二冊が残っているが、それを今渡すのは恥ずかしいから止めておこう。自己愛性人格障害だと思われそうだからだ。


 そんなことを考えながら、ルクアの寝顔をみていると「可愛い……」とうっかり呟いてしまった。



 すると俺の声を聞いて、ルクアが反射的に目覚めた。


「……あっ、リンクスくん。おは―――」


「いやあご機嫌な朝ご飯がやってきたね。

さあ皆! いただきますをしようじゃないか! 

いただきます!!」


 眠っていたパパは朝飯の香りで飛び起きて、ルクアの言葉を遮ると、一人でガツガツむしゃむしゃ食べ始めた。

 

 ルクアはそんなパパの様子を若干恨めしそうに見ていた。



「ルクアちゃんおはよう。さっき聖書を燃やしていてふと気付いたんだけど、もう自分で処分するのが面倒だから、これからは君の魔法とかでパパッと消し飛ばして欲しいんだ。あれ結構分厚いから燃え切るまで時間がかかるんだよね……。本当に時間の無駄極まりない」


 俺は若干ルクアがすねてしまったのを見越して早めに声をかけた。


「嬉しい…! 私もアレをやってみたかったの」

 と彼女は目を輝かせて実に嬉しそうな顔になった。


「でも本当にいいの?」


「いいよ。知ってたさルクアちゃんもやってみたかったんだろう? 

どうせなくなればあの禿げクソジジイがまたくれるしね。そろそろご近所さんが、僕のことを早朝から本を燃やす不健全な焚書少年だと噂されそうだったから良い機会だよ」


 恐らくルクアは聖書を燃やしたいというよりは、俺がやっていることを自分もやってみたいだけだろうが。


「ん〜〜そういえば庭の燃えかすをみながら、俳句モドキ…道端に転がってる犬の糞のような川柳を詠んでいたねえ」


 とパパは、パンをシチューに浸しながら言った。


 あれを聞かれていたのか……。

しかもなんで一回言い直したんだ。


「興がわいたんでゴミで詠んでみたら普通にゴミになっただけだよ。どんなに頑張ってもゴミからはゴミしかできないんだ。実にリサイクルなエコ社会だからね」

 と俺は少し反撃した。


「はははは!そりゃあそうだ!」


 とパパは腹を抱えて笑っていた。一体何がおかしかったのだろうか。



「はい。熱いから気を付けてね」


 とママがやってきて、コタツの上にあったティーカップに紅茶を注ぎ入れた。


 そしてママもコタツに入ると上品にティーカップを手に取って、湯気が立つ紅茶を啜った。



 親父やルクアはその姿を真似るように紅茶を飲み始めた。


 俺も朝ご飯を食べようと思い、まずは目の前に置かれたティーカップのハンドルを優雅に摘まんで一啜りした。



 この匂い、この味わい。

今日の紅茶はコートロッシ農園で採れたヌワラエリアだな。


 俺はそう確信してから紅茶の味を堪能すると、シチューに手を付けた。



「今日のお紅茶は実に水色が綺麗に出ているね、ママ。

日に日に淹れるのが上達しているのを感じるよ。

そしてこの芳醇な鋭い匂いと、舌に絶妙な奥ゆかしさが残る風味……オードン農園で採れたディンブラかなぁ~? それもゴールデン・チップスも入ってるようだね。高級茶葉の証だ」


 とパパが勝ち誇ったかのような顔で言った。

それを聞いたママはとても驚いた顔をしていた。


「すごい! 何一つとして合ってないわ。

キラガマ農園で採れたセイロンよ。似合わないことを言って格好付けるから恥をかくの。

そんなことより、今日はいつもと違う花を生けてみたのだけど。かわいいでしょう」


 ママはそう言うと、実に高そうな一輪挿しの花瓶持ってきてコタツの上に置いた。


 黄色い水仙スイセンだ。

確か花言葉は、うぬぼれとか自己愛、自己中心的だったな……。


 なるほど、だから今日のお紅茶は苦く感じるのか。

一ターンで俺とパパに同時攻撃するとは、流石我が母だ。




 しかし、しかしだ――――これはいつもとかわらない朝ご飯の光景であった。

 

 俺はこの朝ご飯の光景を楽しみながら、ティーセットとその他を改めて見た。


 異物だ。


 当然、このいかにも高そうなティーセットや花瓶たちは元からこの家にあったものではない。あるはずがない。


 リリィの所からゲゲイン君が盗って……頂戴してきてくれたものなのだ。


 今現在優雅に啜っている紅茶もゲゲイン君にリリィの屋敷から持ってきたやつである。だから肝心の食事だけは豪華にならず、陶磁器や嗜好品だけがグレードアップした。まあグレードアップしてなくても飯は旨いのだが。



 俺が暇で元気なときは、ゲゲイン君とまざって時々屋敷に遊びに行っている。リリィにバレたら今度こそ消されそうなので命がけであった。


 リリィ邸は相当儲けているようで、なんでも物が揃っているのだ。

 

 俺の脳味噌には、あの屋敷の内部構造が完璧にインプットされているので、実に盗みを働きやすかった。ついでに3.5次元ポケットという、最近俺がかなり愛用している収納用の魔道具を使えば何でも貰うことができた。


 まあ、五億円もの金をあの事件のせいで殆どつかってしまったから、その腹いせに盗む……いや頂戴したのだ。


 今こうして持ち手ハンドルを摘んでいる一客何十万円もするであろうティーカップは、あの事件で損をしまくったと自分に思わせないためのものだった。これは偉大なる戦果なのだ。


「………」


 ……駄目だ。

どう自分をそう思い込ませようとしても、この家には実に不釣り合いな代物だと脳が叫んでいる。和風の畳が敷かれた部屋に水晶のシャンデリアが垂れているぐらいおかしい。


 本来リリィ邸で高級そうな顔をして置かれていたものが、こんな家で使用されているのも何か申し訳ない。


 まあ元を取るまで、盗みを止めるつもりはさらさらない。この五億円盗り放題コースは、お釣りが出なくなるレベルまで頂くつもりだ。


 ここまでなんだかんだ言っても、端から見れば一家四人してコタツに入りながら、盗んできた茶器でこれまた盗んだお紅茶を啜るというのは中々ダサい光景だろう。


 今度、高級家具に変形するコタツの魔道具でも探してみようかな。

紅茶を飲むときは、まず雰囲気作りが大事なのだ。


 *


 俺は朝ご飯を食べ終えると腹が一杯になって、とりあえずコタツに入って寝ることにした。



 先に言っておこう……これがよくなかったのだ。

さっさとコタツから抜け出して、どこかへ遊びにいくべきだった。


 ママとパパは二人で街の方へ行くと、昨日から言っていた。


 帰ってくるのは早くても昼過ぎ……。


 俺も行きたかったが、それを思い出した時点ではもうコタツの中から抜け出せないでいた。


 外出がだるいから、寒いからという理由ではない。

 


 ルクアが両脚で、俺の両脚を捕まえるように絡めてきて物理的にコタツから出ることが出来なくなったからだ。



 なるほど。そういうことだったのか。

と俺はここでようやく理解した。


 確かに朝早くから不自然にパパとコタツに入っているなとは思っていた。

 

 ルクアはいつもなら食事を取るときは俺の隣に座るはずなのに、なぜかパパの隣にいて、俺と向かいあうように正面に座っていたのだ。


 俺の両脚を一番絡め取りやすい位置である。

ご機嫌な朝にしては口数が少なかったのは、全てこれをしたいが為だったのだ。



「どう?リンクスくん。

最近ずっと寒がっていたよね。身を震わせる度に私の身体で暖めてあげたいと思っていたの。今日学園に行っていないのは、私と一緒にいたかったからだよね? もう大丈夫。今日はずっと一緒だよ。

私ね、あの蛆虫達がリンクスくんのことを見る度、噂する度に不愉快になってたんだ。 リンクスくんが授業をまともに受けないのは魔術を一つも使えないからだなんて妄想も甚だしい。

あの程度の魔術を覚えることに時間をかけてる欠陥品共の癖に、授業を受けなければ学習することができない虫けらのくせに……。リンクス君はあんな低レベルな魔術を覚える為に時間を割くはずがないのに―――――」


 と何やらルクアは呪文を唱え始めた。

俺にこうかばつぐんだ。


 ついでに唱えるほどに力が強くなっていっている気がする。

俺の足が限界を迎えるのはさほど遠くない未来だろう。


「これは…まさに夢見心地と言った気分かな。

本当に夢にも思っていなかったサプライズだよ。君の優しさにはいつも驚かされるな」


 さて、どうしようか。

今の俺はこんなしょぼい感想しか出ないし、優しさに驚いている場合でもない。


 かなり力を入れて振りほどこうとはしているが、全くびくともしない。

ルクアの【筋力】は俺の四千倍以上あるのだから当然だ。


 仮に俺が能力を使ってガチで振りほどこうとしても、彼女は魔力で身体強化をして意地でも離すことはしないだろう。



 いつもならこんなことをする必要などなかった。

俺もこのようなご褒美はうれしいからだ。



 ただし今日は場所が悪い。



 こんなときに限ってコタツの温度は『強』に設定してあるのだ。

しかも動力源が魔力だからルクアからあふれ出ている魔力を幾ばくか吸い取って限界突破してしまっている。


 もうこのコタツは次の日には故障して使えなくなっているだろう。


 でることができないと分かると余計に熱く感じてきた。


 このままの状況が進むと熱さでやられてしまう。朝に聖書を燃やした祟りがやってきたのか、俺も燃えるゴミになってしまう。


 ルクアの柔らかな太ももや、ふくらはぎの感触を楽しむようなことは出来ない。プロレス技をかけられているのと同じなのだ。


 やばい紅茶を飲んだからか尿意も感じてきた。


 焦る要素が段々増えていくようで、頭がクラクラしてきた。

朝に詠んだゴミのような川柳がさっきから頭の中をリピートしている。



「そういえばね、リンクスくんが私のためにくれた本の中に有り難いお言葉が書いてあったよ」


 とルクアは熱病にかかったかのようにとろけた目で言った。

少し身体の力が抜けたような気がした。


「うぅん…あ?」

 俺は返事にもならない奇妙な声がでた。


 俺の本?

ルクアよ。まさか今から読書感想会をはじめようとでも言うのかい。


 だとしたら今だけはぜひ止めてほしいものだ。この暑さの中で本の感想を延々と聞かされたら自分の本の事が嫌いになりそうだから。


「第三章 新・ゴブリン革命の【広宣●布、俺がやらなきゃだれがやる】に書いてある……」


「待ってルクアちゃん。それ駄目なやつだ」

とルクアが説明しようとしたのを俺が慌てて止めた。


「どうして?」


 ルクアは意気揚々と語ろうとしていたのに、出鼻をくじかれたからシュンとなった。



 それ以前に俺そんなこと書いてたっけ。

確かにただのゴブリンとの感動物語だけでは売れないと判断して、多少エンタメ方向へ走った感はあったが……。いやこんなことはどうでもいい。



「ルクアちゃん……そろそろ足をほどいてくれないと」


 と俺は駄目だろうなと分かっていながら言ってみた。


「どうして? どうしてそんなことを言うの? 今日の中で、今が、一番幸せな時間なのに。 リンクスくんはこの楽園エデンで私と二人きりになるためにここにいるのに……」


 とルクアは言ってさらに絡めてくる力を強めた。


「ぅぐっ…」


 現状は、税込み二万円で買ってきた安い楽園コタツに脅かされているだけだ。俺の貧弱な肉体にとってはエデンじゃなければヘブンでもない。

 


 ……もう限界だ。少し賭けに出てみよう。


「よく気付いたね。そうだよ。全部君にはお見通しかあ。

しかし――――ただ一つ。そんなルクアちゃんでも気付いてなさそうなことが一つある」


 と俺がそういうと若干ながらルクアがうろたえて、絡めている脚の力を緩めた。


「今日は僕にとって非常に大事な日だ。それは君に対しても言えることだよ。何の日かわかるかな??」


 今日は何の変哲も無いただの一日。

なんなら休日ですらなかった。今日は学校があったけどサボってるだけだ。本当にまじで何の記念日でもない。


 ルクア関連の記念日を全て覚えている俺が言うんだ。間違いない。だからこそルクアは答えることができないはずだ。そして彼女はあるはずのない記念日を思い出すことができない自分を責めて、力を緩める筈だ。俺はその一瞬の間に能力を使って抜け出す。


 出来ればこの手は使いたくなかったがやむを得ない状況だ。

ルクアの精神を少しでも害してしまう………か……ら?


 ルクアは平然とした顔でいた。

そして口を開いた。


「私の前で呼吸を28861360回してくれた記念日。瞬きを39356400回してくれた記念日。

家族になってから3年6月5日目の記念日。恋人になってから3月4日と20時間29分40秒目の記念日――――――」

 と彼女は全人類が知っていて当然の常識かのように言った。

まるで知らない方がおかしいと言わんばかりであった。


「………………………」


  2…3…5…7…11…13…17…19…23…28…29…29…31…37…。

落ち着け、素数を数えて落ち着くんだ。


 一瞬、そうだ一瞬で良い。

もう一度だけ。ほんの僅かな時間だけでもルクアの力を緩めるような隙を作るんだ。

 


「……僕がルクアのことを可愛いと思ってから3465日目の記念日だよ」


 と俺はこんなの状況にもかかわらず、特に何かを考えるわけでもなく、不意に思ったことを言った。


 ルクアと初めて出会った日から今日までの日数を言っただけだが、何かもうそれが真理なような気がしてきた。

どんな日でもどんな状況でもどんなことをしていても可愛いのだ。



「リン……くす、君……」

 とルクアは嬉しがるわけでもなく、感動するわけでもなくただ真顔で俺のことを見つめていた。

 

 そしてなぜか絡めていた脚を完全に解いて、俺を解放してくれた。

 


 あれ、え……え。なんか離してくれた……。

なんだまさか日数が違ったのか。いやでも俺がルクアのことを可愛いと“思った”日の日数なんて俺以外にわかるはずがない。


「私がリンクスくんのことでまだ知らないことがあったなんて……そうだよね。リンクス君が思っている事、考えていることも全てしっておかなきゃだめだよね。だから――――」


 ルクアはコタツの中に一瞬でもぐると、手で俺の脚を捕まえた。


「今からもっと、沢山、知り合おうね」

狂気的で歓喜に満ちた声で言った。


 そして、ズズズと俺の身体がコタツの中に引きずり込まれていく。


 まずい!! この中に引きずり込まれる!油断して隙を作ったのは俺だった!最高の勇者であるはずの俺がコタツの中で失禁しながら熱中症になって終ってしまう!!!!!



「あ」

 

 ルクアにコタツの中へ引きずり込まれる瞬間、俺はふと気付いた。


 コタツの電源を切るだけで良かったと。

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