第21話『レベル7の男』
大事件が終り、俺や人形にされた全ての者はリリィによって人間に戻された。『攻略本』でリリィの能力の詳細を調べて、人形に戻ったときに蓄積されたダメージがフィードバックしないと分かっていたが怖かった。
そして一番肝心のルクアも人間に戻って俺の部屋の中で無事に目覚めた。
ルクアが自分の元に戻ってきたときは、それは天地がひっくり返るほどの幸福感を味い、この世の全てが手に入ったのかと錯覚するほどであった。
すぐにステータスを見せて貰って、何の異常も残っていないことを確認し俺はようやく一安心できた。
色々聞いてみたが、嬉しいことにルクアはこれまでの出来事に何も気付いておらず、違和感すら感じていないようだった。これまでの頑張りが実って、彼女は人形にされる前の記憶で止まっていた。
その一方で俺は色々あったのだが、騒乱の中でもしっかり頭の中で覚えていることがあった。
「リンクスくん。私に良いことをしてくれるって言ったよね。
私が一番喜びそうなことならなんでもしてあげるって……」
床に座ったルクアは目を潤わせ、溶けてしまいそうな声で言った。
両手を祈るように胸の所に置いたままで不安そうな様子にも見えた。
約束が消えかけていたのを心のどこかで感じ取っていたかのような仕草に、俺は一瞬、心臓が締め付けられるような思いになった。
こんなルクアは久しぶりにみたかもしれない。
「………あぁ、その約束はあげたね。ルクアのためなら何でもしてあげるよ」
俺はルクアを抱きしめて言った。
嘘じゃなかった。
あれからずっと、自分やルクアに何かあった時は、あれほど彼女が望み、喜んでいたことを叶えてあげることができなくなるのだと後悔していたからだ。あのとき、ルクアを鎮めるためだけに言ったことが、自分の中でどんどん大きなものになっていって、それが一生に残る悔恨にまでなろうとしていた。
仮に彼女が今から言うことが、これまでの全てを崩壊させるものであったとしても俺は……。
ルクアはこれまでにないほど、顔を真っ赤にさせて、長い紫色の髪を震わせて何かを告白しようとしていた。
「こっ…ぅ……」
何故か言葉を言いかけようとしてやめた。
「こ?」
「リンクスくんと、恋人に……なりたい…」
………そういえば俺とルクアって家族ではあっても、まだ恋人同士じゃなかったな。すでに恋人気分で付き合っていると思っていた俺は、実はルクアよりも依存が進んでいるのかも知れない。欲深い男だ。
「前と同じぐらい簡単で嬉しいことを言ってくれるね」
やはり、この約束は果たすことができて本当に良いものだった。
*
俺が通う学園も何もかもが、まさに、何事もなかったかのような日常風景になっていた。アルストロメリアの力によって失踪事件そのものが起きたと言うこと自体が忘れ去られていた。催眠の能力は何度もかけなおすことによって、それが根付いて能力が解除された後も二度と元には戻ることはないらしい。
俺は事件が終った次の日から、普通に学校に通っていた。
失踪事件そのものがなくなったことになっているから、無断欠席の扱いでモーガン先生に怒られた。
嫌な気持ちになった。
……あんだけ頑張ってバトルしたのに、結局だれも褒めてくれなかったな。
いや……もうすこしあるだろ。普通。
「実はリンクスってこんなに強いんだな!!」
「戦ってる姿、勇者みたいでかっこいい!!」とか、共闘したルーカスからも、アルストロメリアや戦ったリリィからもそんな話は一切されず……。
俺結構待ってたんだよ。色々終ってから、賞賛されるのを。
終ってから何を言われたと思う?ルーカスからは「流石、探偵様だな」と言われ、対戦相手のリリィからは「噂通りの手腕ね……」って言われて終ったんだぞ。
いやそこじゃないから。ソレを言われるのが嫌で嫌で探偵だった過去をひた隠しにしてたのに…………。
この三年間、本当に色々なことがあったなあ。
街で働いて、めちゃくちゃ頑張って学園に入って、そこから二週間も経たずにこれだ。流石のリンクスさんもハードスケジュールすぎて疲れた。ルクアと話せない日が数日続いたのもきつすぎた。アレはいつ発狂してもおかしくなかっただろう。
もう普通に戦うのも面倒臭くなってきたな。
リリィ戦で生と死を実感して考えを改めなおした。
働くのももう嫌だ全部疲れた。
「ルクアちゃん………僕、もう……何もしなくてもいいかな」
ある日、俺は部屋の中で呟いた。
「大丈夫だよ。リンクス君。私が何もかもしてあげるから」
こんな俺に残ってるのは、頑張ったらちゃんと甘い言葉を囁いてご褒美をくれるルクアだけなのだ……。
俺は……無事に心が捻くれたまま、思春期へ入ろうとしていた。
*
そして三ヶ月が経った。
季節はもう冬へ移り変わっていた。
俺は心が荒みながらも相変わらず、魔術学園へと通っている。
三限目【国教】 おじいさんの先生。
「なぜ君はこの授業をまともに受けようとしない?
人間は神のように完全ではない、だからこそスゥルターヌ教の教えに従うことによって、一歩ずつ進化できるのだ。いまだに神からの試練から逃れようとする罪深さ。聖書を放棄し、それを燃やすなどという蛮行。私はもはや君を哀れんでさえいる」
宗教のおじいさんはそう言って、凡そ六冊目になるであろう聖書を俺の机においた。
「あさっぱらからさあ。宗教勧誘するのはやめてくださいよおじいさん。
気分が悪い。
僕のステータスを貧弱にした意味の分からん神の話なんか二度と聞きたくない。神神神ってね、いつまでもそんなこと言ってるから禿げてるんでしょ。
髪が足りないのが、神様があなたへ与えた試練なんですか?
こっちもねえ、何度も何度もその聖書みたいな本を庭で燃やすのに飽きてきた。とっくに焼き芋の季節は終わりましたよ。
これ以上あの有害な二酸化炭素を吸いたくない。思い出したら頭痛くなってきたな。
次僕に渡す本は、チートハーレム鈍感系主人公がヒロインの女の子を取っ替え引っ替えされるようなラノベでも持ってきて下さい。
……もう嫌だァ!!
こんな話してたらお腹すいてきたし今からお弁当を食べるよ!いいですね!?むーしゃむーしゃ、しあわせええええ」
とかいって弁当を食ってから、寝ている内に三時間目の授業が終った。
「リンクスお前、なんかいつもより煽ってるよなハハハ!」
とフランクくんが言った。
「昔からストレスを溜めすぎると、その捌け口がよくわからなくなるんだ」
「私はいつもより元気そうに見えたよ。ずっとあの無駄な時間を過ごすより、もっとリンクス君の言葉と声をききたい」
ルクアもそう言ってるし授業中の発言をもっと増やしてみよう。
授業中に寝てる状態よりかは教師を馬鹿にしてる時のほうが元気かもしれないし、脳みそも活性化して一石二鳥だ。これに気づく俺ってやっぱり天才なのかなあ。
「トイレ行ってくるよ」
俺は体がだるくなったままトイレに行った。
最近になって気づいたことがある。
俺は実はこの学校にトイレをしに来ているのかもしれない、と。
寝て起きてルクア達と喋ってトイレ行って、昼飯食ってまたトイレ行って。
これが、青春……。
「えーーーーーと。リンクスさん?
貴方は昨日、有害レベル最大の5を超え、その更に上の特級であるレベル6からさらに上がって、現在は超特級のレベル7なんです。このレベルは貴方しかいませんよ?ですから貴方は校規に基づき、粛正部屋行きです」
廊下を歩いていると俺はいつものように生徒会の女の子に止められた。本当によく廊下で止められる。職質常習犯の気分だ。
しかも何なんだその超サイヤ人をさらに超えた超サイヤ人みたいなレベルは。俺本体のレベルは1のままなのに、なんでそんな意味わからないレベルだけが順調に上がっていくんだ?
「いやです。絶対嫌です。ルクアちゃ~~~~~ん!!!助――――――」
俺は悲鳴を上げてルクアに助けを呼ぼうとした。
ついでにルクアも有害レベル最大の5である。
そう、俺がルクアに勝っている数少ない点の一つだ。
「だっ、黙りなさい! 今日の所は見逃します。次はないと思って下さい」
と生徒会の人間は俺の口を手で押さえてそう言った
何回も俺が強制連行されそうになったときにルクアがぶち切れて大変なことになったのが相当堪えているんだろう。
「うるせぇばーか!」
俺は捨て台詞を吐いて男子トイレの中へ駆け込んだ。
この光景を陰でみていた周りの貴族っぽい女子生徒からは「なんて野蛮な…」とか「この学園も不良が増えて、墜ちたものですわ」というヒソヒソ話が聞こえてきた。
この学校にはどうやら不良が何人かいるらしい。
純朴な生徒や調子に乗っている生徒に手当たり次第に絡んで嫌がらせや虐めをしているという噂を聞いたことがある。
俺は一切絡まれたことがない。というか殆どみたことがない。
少し前にそれっぽい輩をみかけたことがあった。丁度、弱そうな子に古典的なカツアゲみたいなことをしていたのだ。俺は先生にチクりに行こうと思ってたら、その輩は俺を一瞥するとそそくさとどこかへ行ってしまった。
一応、この理由はなぜだか知っている。
俺がこの学園の中で伝説になるぐらい、とびきりの不良だったからだ。
そしてどうやら彼らは、生徒会から認定される有害レベルで不良度を争っているらしい。
小便を済ませて、教室に戻ろうとしたらまた生徒会の人間に止められた。
……いくらなんでも俺の教室の周りを徘徊しすぎだろ。
「どうしてお前はそんなにも学園の評判を下げるような行動しか取らない。ルクアという女子生徒もだ。同じ教室から有害レベル5が2人も現れ、粛清部屋行きになるのは前代未聞。しかも連行を拒否し続けている」
とボーイッシュな生徒会の女の子に言われた。
「ゲゲインくんは……」
俺はそう言った。
「ゲゲイン?彼は中等部一年の中で一番の優等生であり、他校からも知られる模範的な生徒だ。生徒会から何回か勧誘もしている。お前とは天と地ほどの違いがある。友達なら彼を見習ったらどうだ」
ゲゲインくん……俺とお前はいつからそんなに差ができてしまったんだ。昔はどんなことをするにしても俺と肩を並べて歩いてきたじゃないか。
まさか、これがデキル中学生スタイルだというのか? 俺はまだデキル中学生スタイルを身につけていないから彼みたいな青春を手にする資格がないのか?
「そうか!『進研ゼ●』を受ければいいんだ!
ままぁ!僕も『進研●ミ』を受けたい!!!」
俺は廊下で叫んだ。
「……頭おかしいな。お前」
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