第20話『名探偵リンクスの帰還』

 俺たちは街をなんとか越えて、ママが学園付近に作ってくれた転移門へと辿りつき、村へと帰還した。

    *


 俺の部屋の中、三人は決意していた。


「ここまで喧嘩売られたなら仕方ない。 最初は勇者っぽいかっこいいやり方で解決しようと思ってたけど、もういい。完膚なきまでに叩き潰す」



 俺は白金貨五枚を床に投げた。

 

「とりあえずこの金は作戦のために全部使う」


「(五億……それでもあいつらより、資金面で圧倒的に負けてるんじゃねえか?)」

とゲゲイン君がいった。


「正しい方向に使えば、たった百円だろうが人間を生かすことも殺すことだってできるんだ。五億円もあれば何でもできる。


リリィをぶっ倒しても意味がない。人間に戻してくれる確証もない。向こうに支援者がいた場合、死んでも戻せない可能性がある。リリィとアルストロメリアを倒して、誘拐された生徒達複数名を助けたとしてもその後処理が面倒だ。だから、報復と人形解放は同時に行う。どれだけ嫌がろうが、絶対に人間に戻すしかない状況まで持っていく」


「そ、それ結構むずかしくないか?」

ルーカスが言った。


「安心するんだ。もう問題解決は目の前だ。

そのためにこいつがあるこの家まで戻ってきた」


 と言って俺は攻略本を手に取った。



 そして作戦決行するまでに、三人で丸一日かけてのミーティングが行われ、あれがいいそれはダメだなといいながら二日という時間が過ぎていった。


 途中、パパが「リンクス~~~、帰ってきてたのかぃ? もうパパとママもずっと心配してたんだよ。 あれなんかちょっと小さくなってるね。腕も取れちゃってるしあとでママになおしてもらいなさい。ルクアはまだ帰ってきていないようだねえ」

 とかいいながら部屋の中に入ってきた。

何故か、パパに人形の姿をみられても硬直状態にならなかった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


      【大切な家族、奪われた】


 とある日一夜にして、その言葉と、可愛らしい人形が涙を流すイラストが描かれたポスターが街中の至る所に張られた。

『名探偵リンクスが暴く、魔術学園生徒、集団失踪事件被害者説明会』の文字を添えて。


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 俺はまずフォートナムメイソン王国の首都近辺にある少し大きめの会場を親父名義で貸し切った。数百人以上が入れるスペースだった。

そして催眠が溶け始めているかもしれない少数の人間が来ることを祈っていた。


 貸し切った会場には予め、何かを隠すように、黒いカーテンで仕切って、来場者からは見えないスペースを作っておいた。



 今日は説明会当日である。午前9時30分に開催予定だ。

俺は黒いカーテンの後ろから、来場した大勢の人間を観察していた。


 やはり、昔絡んだことのある何人もの探偵達がこの場に来ていた。他の知り合いも来ている。ざわざわとした声を聞きながら、本当にリンクスがこの場にきているのかという会話が聞こえてきた。

 ちょっと懐かしい気持ちになったが、すぐに気分を切り替えた。 


 今日一番来なければならないリリィの姿を発見したからだ。

何人かの付き沿いの人間を連れてきていた。やはりハロッズ家の侯爵の人は来ていないようだ。


 リリィは来ないという可能性もあったが、奴が貴族という地位から逃れられないという可能性を信じていたから、これも予想通りだった。



 俺は舞台裏ともいって良い場所で、魔道具の拡声器を手に取った。


「俺の名はリンクス。探偵さ」


 黒いカーテンに仕切られた所でそう言った。


 *

「まず、私の姿は今ご来場者様には見えない所にいるので、それを謝罪させて頂きたいと思います。近頃、なにやら私の命を狙ってくる輩が多いのでその対策をとらせて頂きました。私が本人かどうかは、私のことを知っている人間が何人かいらっしゃるようなので、すぐに分かると思います。そして面倒なので挨拶は割愛させていただきましょう。

長い説明をしているとこの会場を貸し切っている制限時間に達してしまうのでこのまま本題に入りましょうか」


 と俺は言った。


「結論からいうと、ここ一ヶ月で起きた王立ロンネフェルト学園の生徒の集団失踪事件は、なんとあのハロッズ侯爵家のリリィお嬢様が犯人だということです。

リリィお嬢様も失踪した人間の一人だと言われて、何回か魔術師組合の人間が捜索リストにいれていたようだが、今日ここに来られていますね。

いやあ無事でよかったものだ。肩も砕けていなくて無事で本当に良かった……


リリィお嬢様……貴方は普段は学校に余り通っていなかったらしいですね?

しかし最近になって、なぜか登校する回数が増えた。学園生徒が失踪する前の日は何人かの生徒からも目撃情報があります。失踪する日とその前日に登校……非常に怪しい。貴方はまるで地震が来る前に飛び立つ鳥のような存在ではありませんか。

まあそれは今はおいときましょう。

貴方は精神的に異常があり、一種の精神疾患を罹患されていますね?」



「その、まず私が精神異常者であるという説明をしてくださらない? 

納得の行くものでなければ貴族に対する重大な不敬罪として今すぐにでも国の裁判所まで行ってもらうことになります」


 と会場の椅子に座っていたリリィが言ってきた。

口調が変わっていた。


「説明ならいまからして差し上げましょう、リリィさん。

あなた、屋敷内で従業員に対して日常的にパワハラをしていますよね。

それに加えてお茶会と称し、労働時間外である深夜12時にメイドを自室に呼びつけて仕事をさせられたとの証言をもらっています。


これ、この国の労働基準法第十二条に違反してるんですよ。しかも求人内容を見れば、執事メイドの勤務時間は6時から21時までとなっています。ちなみに残業代は出ていないようですねえ。条件さえ見れば、ホワイトな職場のはずなんですがねえ。

このご時世、奴隷ですらまだマシな扱いをされているというのに……。あなたのような旧時代的な考え方を持った人間がいるから、市民は安心して働くことができないんです。

それだけではない。貴方は茶会の為だけに手を一回鳴らすという行為だけでメイドを呼び出していたり、目障りだという理由だけで深夜にも屋敷内の清掃作業をさせていましたね? 

こんな、こんな。人を犬だと思い込んでいなければできない行為、明らかに貴方は異常です。恥を、恥を知りなさい!」



「それだけ?そんなことは貴族の人間なら日常茶飯事。それに証拠がなく、私が精神的な病気を抱えているという理由になっていないでしょう」


「まあお待ちなさい。しかし証拠ですか……それでは、証人をお呼びしましょう。入ってきてください」


 ずらりと複数人の人間が入ってきた。

こいつらは執事にメイド長とその他使用人たちだ。俺が買収した。一人1000万で手を打ってもらった。


 俺が人間に戻れた暁には、ルーカス家で雇ってもらえるように契約してある。


「今私が言ったことは合っていますね?」


「はい、真実でございます」


 と執事が答えた。



 しかし一日だけでこいつらに接触するのがまあまあ大変だった、メイドの懐柔にはゲゲイン君とルーカスにコンビを組ませたからどうにかなったけど。俺はパパを引き連れて散歩中の執事にちょっとした挨拶をしに行ったからな。



「いいですね〜朝からお散歩ですか!

老体になっても健康を気にするなんて実に無駄ですねえ」


 と俺を抱いたパパがリリィの屋敷に仕えているであろう執事に挨拶をした。俺とも初対面だ。


 執事は普段着を着ていて、普通の男性の老人に見えた。


「貴方様は一体何者ですか、そんなおぞましい人形を抱えて。昨日火事やら色々あってワシはもうほとほとつかれてるんだ。騎士団に通報しますよ」



「はははは!これは私の息子ですよ。

元気いっぱいでしょう! 

それにしても今日は良い天気だ。

こんな気持ちの良い朝には未来の暗いことなんか考えたくもないでしょうがね!

執事さんも定年退職が近づいてきてさぞかし憂鬱でしょうねえ。 貯金はいくらありますかちゃんと老後のこと考えてますか? お孫さんがいるならもっとお金を使ってあげたいでしょう。 今は大丈夫でも結婚費用が必要だの家を建て替えるだの後になって言ってきますよ。

そんな時、一人余裕こいてソファに座りながら、ほれ、金が必要なんだろ?ジイジの金を使いなさいとか言えたらかっこいいじゃないですか。ご家族に格好良い所を見せてあげましょうよ。

要するにハロッズ侯爵家の執事を辞めて、少しお手伝いしてください……ということですね」

 


「そ、そんなこと言われましても……ワシはこの仕事を失ったら」


「では退職金幾らぐらいです? 私がその3倍だしましょう。しかもハロッズ家より高待遇な職場へ斡旋してあげますから」


 既に執事さんの給料はこっちで調べ尽くしてある。その上で家族構成も調べ、予想できる限りの財産……つまり、こちらは足元を完璧に把握しているのだ。


「そう……明日に我々が有利になる発言をして貰えるなら……あなたの発言一つで未来は変わるんですよ」



 リリィは自らに使えていた筈の執事やメイド達の姿を確認すると、面食らった顔になっていた。



「三日前の深夜四時頃、ハロッズ侯爵の屋敷内部の 二階部分から発火、そこから瞬く間に三階まで燃え広がり半壊……という大規模な火災に見舞われていますね? 

その消火活動に屋敷内部の使用人達が相当苦労されたようだ。そしてこの火災も貴方が家の中で魔術で火遊びをしていたからだと、この場にいる何人もの証人達から証言されている」


「………」


「しかし、私は今回、この野蛮な火遊びについての真偽を確かめに来たのではない。貴方の異常性を周知に晒し、誘拐された被害者を救うためにここに来たんです。この火遊びよりも、更に異常で貴方の精神状態を確かなものにする証拠を私は持ってきている。スタッフさん、あれを見せてくれ」



 ここからは俺本体の出番だ。

今から自分では喋ることができない。

だからあらかじめ用意して置いた台本を、ルーカス君には俺の声真似をしてもらいながら読んでもらうことになる。



 スタッフが俺を来場者の前へ持ってきて、見せつけた。



「ひぃ!!なんとおぞましい!!!呪いの人形だわ……呪いの人形よ!!!」


 外野のババアが急に悲鳴をあげた。


 うるせぇ!



「この人形。リリィさん。貴方の持ち物であっていますよね」

と俺の声真似をしたルーカス君が言った。


 良かった。中々に俺の声真似が出来てるぞ。

俺のことを知っている者なら若干違和感を覚える程度だろう。限界ギリギリまで練習させた甲斐があった。ぜひご本人の目の前で頑張って貰おう。


「……ええ、そうよ」


 リリィは渋々答えた。


「ほら見てご覧なさい。腕がもぎ取れ、内部に錆が起きて肌の表面から汚い液体が滲み出ている。膝の関節部分は砕けてほとんど機能していないようだ。


この可哀想な人形はね、雨や風に晒される外で見つかったものやゴミ捨て場でみつかったものじゃあありませんよ。面白いことにこれはリリィさんの自室内にあったものなんです。 掃除に来ていたメイドが偶然見つけたらしく……そうですよね?」


「そうです。本当にこの人形見た時から気持ち悪くて。汚れていて醜いしあまりに悍ましいので、お嬢様の部屋に相応しくないと思い、ゴミ袋に入れた後、捨てようと、絶対に廃棄しなくてはならないと思ってたんです。

しかし流石にお嬢様の私物を無断で捨てるわけにもいかず、そのままの状態で何日か保管しておりました」


 ふざけるな。そこまで言えといった覚えはないぞ。こいつあとで訴えてやる。


「はい……ありがとうございます。

化粧も女装もしているが良く見れば元は男の子の人形であったことが窺える。 

私にはこれが、人形の遊び方を履き違え、自分の欲望をぶつけているようにしかみえません。

今にも聞こえてきますよ人形の鳴き声が、苦しい、苦しいと。 

あなた一体、この人形で何をなされていたんでしょうかねえ。 

……あまりに損傷が酷い。こんなものが貴方の家から見つかってしまうのは、貴方の異常性を裏付ける見事な証拠そのものではありませんか」


「私はそういう趣味なの、人の性的嗜好に口をださないで貰える?」



「そうよ思春期の少女がやることでしょ。多少他とは違っていてもいいじゃない! 腕の損傷はどこかで落としたり、犬にでも噛まれたんでしょ!」


 とオバサンからヤジが飛んできた。

このババアさっきからやかましいな。


「そうは言いますが貴方、これが健康的な少女がやることではないことに違いはありませんよ。スタッフさん、アレも見せてやってください」

 とルーカスはすかさず言った。


 スタッフは、俺の服をめくりあげた。


「思いっきり何かに蹴られたような痕が残っていますね。腹部はやや黒ずんで、少し凹んでいるようにも見える。つまり思春期の少女が、不良がやるような実に激しい暴力をふるっていた……」


「………」


 

「まあ、この可哀想な人形から直接読み取れるのはここまでなので、ここから話すことはわたしの推測になります。


つまりリリィさんは何かしら精神的な異常が起きたが為に、日常的に人形を痛ぶる趣味を持っていて、これまではこの人形で事を済ませていたが、ある日この人形だけではストレスや性欲を解消することができなくなった。


 そして自分が通う学校に目を付けたと言うわけだ。そこには美形の少年少女たちが数多と勉学に励んでいる……貴方の精神面からくる行動原理は、大体想像できますよ。幼稚な理由で誘拐していったんでしょう。 ナマの人間で遊ぶために。これは、これはこれはこれは実に奇妙で歪で恐ろしい事件だ。私はこれまで様々な事件を担当してきたが、ここまでの大事件はみたことがない」



「みなさん。更なる決定的な証拠と推理を披露する前に、ここからは私とリリィさんの二人でお話したいことがあるので少しの間お待ちして頂いてもよろしいでしょうか」




~~~~~~~~~~~~~~~~~


 俺は別室でリリィと相対していた。

となりにはルーカスがいた。


 「今のこと、全てなかったことにしてあげよう。まだお前が確実な犯人だという証拠とか説明は省いてある。このまま手を引けばお前はただの精神異常者だという疑惑だけで終る。


俺が次あの場所へ戻ったとき、全て自分の勘違いだったと言ってやろう。俺が今まで探偵リンクスとして積み上げてきた名声を全て地に落とすようなことをするんだ。お前には多少俺のいうことを聞いて貰うことになる。

要件は三つだ、まず一つ目は俺を含めた全ての人形を人間に戻して開放すること。二つ目は、アルストロメリアに能力を使わせて事件の沈静化を進める。 三つ目は大したことじゃないから最後に言おうか。因みにこの要件が飲めなければお前には社会的な死を与え、俺は更に徹底的な抵抗を続けるだろう」


 と俺は口早にいった。


「そして、幼稚なお前はいま『別にこの要件をのまなくてもこいつらを今ここで始末してしまえば全て解決する。そうでなくても、どちらにせよルクアは自分が預かっている以上、交渉を有利に進めることができる』と考え始めているだろう。それは間違いだと先に言っておこう」


「くッッ……!!」

 リリィが悔しそうに呻いた。

まさに鷲のような眼孔で俺を睨みつけている。


 俺は時計を見た。丁度時計は午前10時を指した所だった。

 

 あいつは、ゲゲイン君は約束を守る男だ。


 

 急に俺のとなりの空間に黒い穴が開いて、とてつもない速さで”ルクア”を抱えたゲゲイン君が飛び出してきた。おそらく転移門だろう。

身体からはプスプスと煙が吹いている。ゲゲイン君の身体はボロボロだった。


 アルストロメリアとは戦うなと言った筈だが、何をしてきたんだ……。


「ほら、チェックメイトだ。お前が屋敷を守るためにおいてきたアルストロメリアは、ルクアをゲゲイン君に手放した。

お前は今、俺を殺すこともできないし、ルクアを交渉材料に使うことも許されていない。

しかもお前は俺に負けたんじゃない、ちっぽけな人形二人とゴブリン一匹にしてやられたんだ」


「……まだ、三つ目の要件を聞いてない」

 リリィはやっと観念した感じで、掠れた声でそう言った。


「これからもお前が学園に来なければならない、という実に単純で簡単なことだ」


 俺がそういうとリリィは困った表情をした。


「なぜ?」


「俺が過ごす学園生活の中で、華が多い方が良いだろう?」

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