第18話『名探偵リン・クスの”冒険”』


 アルストロメリアは扉の前で背を向けたまま立ち止まった。

その背後にいたカストロは表情を一変させて、俺に怒鳴った。


「アルストロメリアお姉様に対して何たる無礼な発言! この恩知らずな輩の首、今すぐにでも刎ねて差し上げましょう」


 魔力をメラメラと解放させて、俺に対して怒りを露わにしていた。

ルーカス君は悲鳴をあげながらも、地べたに座っている俺の後ろに隠れるように移動した。


「いいよ。この無礼は許そう。カストロ、まずは彼の話を聞いてみようじゃないか」

 アルストロメリアはカストロには目もくれず、俺の顔を見ると静かに言った。


「ですがお姉様!」


「僕が良いと言ってるんだ。リンクス君、ではそれに対しての詳しい説明を続けてくれ」



 俺としてはここまでは想定内だった。


「……一つ言っておこうアルストロメリア。

お前は俺を甘く見過ぎた。それが最大の失敗だ。

そして、俺にかけた『催眠』が解けているかもしれないと、一瞬焦った所を見せたのが駄目だった。他人を疑うということは、自分が疑われない立場にいることではない。

お前はあのとき俺を疑うことで、アルストロメリアという人間を疑わせるという選択肢をなくし、あるいは俺自身を弁護するという選択肢を増やすことで疑いの目を免れようとしたのかもしれないが……。しかし俺はその姑息な手段にすぐに気付いた。

いや、俺は図書室で目を覚ましたときから、『催眠』が解けた時点から、とある疑問と違和感を覚えて推理していたんだ。まずはそこから順を追って説明していこうか。まず一つ目の疑問、それは俺が学園に入ってきてからの話しだ」


「学園?随分前に遡るね」


「あの時俺が学園に入ってきたとき、既に学園生徒の誘拐事件が起きていた。そう、生徒が複数人誘拐されているというにも関わらずなぜか学校が普通に始っていたんだ。普通に考えると、少なくとも学園側は事件が解決するまで休校にしなければならないし、貴族である保護者が複数人騒ぎたててその対応に追われていたはずだ。呑気に授業なんかやっている暇がない。にも関わらず、俺は授業風景が至って普通に見えた。周りをみても何ら違和感を感じなかった。まるで夢でも見ているかのように……。そこから二回目の誘拐事件が起きてもこれは変わらなかった。


ここで一つ考えてみた。逆にこの状態を実現しようと思ったときどうすればよいだろうか。俺には二つの状況が考えられた。誘拐をする前に、事前に保護者側に大金を積んで一定期間のあいだ生徒を隔離させて貰う。当然身の安全は約束されているから誘拐事件が起きたと騒いでも、被害者家族は何も気にしない。ただこの考えは余りに可能性が低い。手間や費用がかかり過ぎる事と、この世界には魔術と『能力』が存在するからだ。ここまで言えばわかるだろ。

この状況を起こすには『催眠』の魔術や能力を使うしかない。

そしてこの催眠というヒントはすでに与えられていた。言ってたからな俺の硬直状態を解いた時に。ルクアを連れ出して人形にする際に『誘導魔術と催眠魔術』をつかったと。

これを俺に言ってしまったのが、非常に痛いミスだ。

恐らくあのとき、何も考えず魔術に関してまったくド素人な俺を騙せるだろうと思って話していたのだろう。俺はこれまで魔術をみたり行使するという経験が非常に少ない。しかし一点だけ分かっていることがある。魔術の行使後、魔力の痕跡のようなものが一定時間残っているということだ。

はっきり言おう、あの教室には魔力の残影が全くなかった。

そう考えていくと、ルクアに催眠をかけたのはリリィが催眠の魔術をかけたからではなく、アルストロメリアが催眠の【能力】をつかったからだと推理することが出来る。もしくはリリィが『催眠』と『人形化』の能力を二つ持っているか、だ。そのいずれにせよ、能力ではなくあえて魔術だといった時点で何かを隠したかったという事実だけが残る。


これらのことを踏まえると、学園で一体何が起きていたかは容易に想像がつく。『催眠』の能力をもったアルストロメリアという人間が、学園と学園周辺の人物に至るまでの全てに軽い催眠をかけて、異常が起きていないと錯覚させ、誘拐事件そのものを大事件だと思わせないようにした。

因みに、俺やカストロ、ルーカスにも催眠をかけていたな? 俺がこの程度の浅い事件に最初から違和感を覚えなかったのが良い証拠だ。そして催眠が解ける手段は、精神に強い衝撃を加えることだと予想を立ててみた。

俺は図書室で気絶しているとき、夢の中で強い精神的苦痛を強いられて、その後から妙に頭が回るようになった。丁度ルーカスも何回か精神に強い衝撃が加えられているから、そろそろ催眠が解け始めるころだな」



「……二つ目の疑問は何かな」


 アルストロメリアは何も反論をしなかった。



「カストロ、さっき俺を恩知らずな輩と言ったな。恩はきちんと覚えてる、アルストロメリアが俺の硬直状態を解かなければ今こうして話していることもなかっただろうからな。そして、俺の硬直状態を解いたという事実、これが二つ目の疑問だ」


「ほう……」


「数多ある人形の中からなぜ俺が一番最初に硬直状態を解かれたのか。カストロの居場所は既に知っていたんだし、べつに俺が最初じゃなくてもよかったはずだ。人形の体になって、自分だけが何故動けるか、なぜ、他の人形を触れば硬直状態が解くことができるのか、これに対してお前はあのとき本能で分かると言っていたな。だが『能力』は自分の本能だけでわかるほど簡単なものではない。しかもお前は、人間を人形にするという能力者本人でもないからなおさらだ。


俺はこう考える。自分が触れれば人形の硬直状態を解除できることや、アルストロメリアが自我を持って、動き回ることができるのはそれがリリィに許されているから。そして人形の硬直状態を解除できるという権限をリリィから与えられているからと考える方が自然だろう。


話をもどそう。じゃあその上で何故俺が最初に起こされたか。それはお前が俺を、ルーカスとカストロよりも重要人物だと認識していたからだ。

ルクアが起きるような事態に陥った場合、俺じゃないとそれを止められないと言っていたな。それに関しては同感だ。だが、なぜ“ルクアが起きたらまずい”ということを知っていた? 俺はルクアが俺以外の誰かにステータスをみせているような光景をみたことがない。確かにルクアは異常な能力とステータスを持っていることは画面をみなくてもわかることだが、それが人形化状態で十分の一ほどになってもヤバいと思うだろうか。このことをしっているのなら、お前はどこかの機会でそれを覗き見たということだ。その矢先、他人のステータスを覗きみるスキルがあり、それを俺が図書室で気絶しているときに使ったとお前はいっていた。


これが余計に考えを加速させた。

と、なればだ。俺が人形にされた時点で俺のステータスも同時にみている可能性が高い。ルクアは一目見ればわかるが明らかに異常なステータスだ。そんな少女と家族だと言っているリンクスという人間のステータス……絶対に気になるはずだ。この時点で俺のステータスを知った場合、図書室で見たということは嘘になり、そして俺を疑っていたあの会話はただの茶番だということだ。


更に真実を当ててやろう。お前はルクアと俺の能力を知っている。

お前が能力者であるという仮説でいくと、知っての通り、他の能力者のステータス画面をみた時にそれが表示されるからだ。最初の時点で、俺のステータスも能力も知らないお前が俺を先に起こした理由、それ則ち俺が能力者、しかもかなりめずらしい能力の使い手だと知っていたからだ。まあ、その前に俺がカストロと遊びみたいなタイマンをしていたから、それで俺が何かのスキルや能力があるとは予想がついていただろう」


「………」


「反論がないようだから三つ目の疑問に移ろう。

リリィと俺が戦闘したときの疑問だ。リリィは俺が動いたらそれに怒ったかのように攻撃してきた。そこからしてまずおかしい。

普通あの状況であれば、もう一人も動けるのかもしれない……と、疑心暗鬼になってもう一人を放ったまま俺とだけ戦闘なんかしていられないはずだ。

じゃあ、リリィの頭が弱かったとかそこまで考えが回らなかったという可能性もある。でも俺が思っている以上にあいつは賢い。そもそも魔術師の頭が弱いわけがない。

そんな奴がアルストロメリアだけを放って、俺と戦うはずがないんだ。

力の差は明らかだった。悔しいけど、あいつは俺を殺そうと思えば殺せたんだ。それなのになぜか一歩届かないような雰囲気だった。  


俺を殺す気でやっていなかったんだから当たり前だ。俺もあいつを殺す気でやっていなかったから、そりゃあ訳のわからない戦闘になるよな。


明らかにあれはただの時間稼ぎだ。

じゃあそこまでする理由はなんだと俺は考えた。でも意外とその理由はあっさりわかった。リリィは自分から『レアものは殺したらダメだ』と言っていた。その後も色々漏らしていたが、すぐに潰せると思って慢心して口が滑ったんだろう。後は……そうだな、頭だけ残ってればいいとか言ってたはずだ。

頭だけ残して一体何をするつもりだったんだろうか。


 あいつは流石に気づかれると思って、そのあとは普通に殺しに来ているような動きを見せていた。それすらも演技だ。互いにジャブを撃ち合った後だ。相手の力量を押し測ったあとだったから、多少強く攻撃しても俺は死なないという安心感を得た後……。

俺とルクアは能力者。能力者から力を引っ張り出して奪う方法でもあるのだろう。そうなれば、能力を持っているかもしれない魔術学園の生徒達複数名を誘拐していることにも納得がいく。一体何の目的の為に集めようとしているのかはわからないけどな」


「能力を奪い取るだなんて、そこまで来たら君の勝手な妄想ではないか」


「じゃあアルストロメリア。お前……あの時ルクアに何してた? 俺がリリィとやり合ってる間、ルクアと二人きりだったよな」


「あのときは君が戦い始めてからすぐに君とリリィが戦っている所を……」


「なぜ今発言を変えた。不用意な発言には気を付けた方が良い。俺は会話の内容を一言一句かかさずに覚えている。1時間前、俺の戦いをどこからどこまで見ていたか?ときいた時、お前は途中からしか俺が戦っているのを観察していなかったと言っていたからな。今発言を変えたと言うことは後ろめたいことがあるということだ……」


 俺はそう指をさしていった。


「………ははッははははは。いいよ、もう。負けだ。この分だと、四つめ五つ目の疑問点が指摘されそうだし。それ以前に催眠が解けた時点でなし崩し的に計画がバレるから、最初に君が気付いた時点で僕の負けなんだ。この様子を見る限りでは今からこの屋敷から脱出するのだろう。彼女を救うために」


 アルストロメリアは急に笑い始めて、そう白状した。

ルーカスやカストロは一連の話の内容に呆然としていた。


「お姉様……」


「わからないな。そこまで分かっていながら、何故そのことを僕に言う必要があったのか。ルーカス君を足に使って、黙って逃げ出すことも可能だったはずだけど。この後に何が起こるのかも理解しているはずだよ」


「それは……一度、助けられたという借りと硬直状態から解いてくれた恩を忘れたまま逃げたと思われたくなかっただけだ。それになぜあの時お前が俺を助けたのかは、未だにわからない。リリィにとっても想定外だったはずだ。そして――――ルーカスに誰に付いていくべきか、本当の覚悟をさせる為という理由もある」



「……まあいい。

最後に一つだけ聞かせてくれ、ずっと気になっていることがあるんだ。

バシラティ冒険者組合のライセンスが6級なのは何故なんだい」


「探偵やってたときに事件を解決してたら特例的に勝手に上がっていった。俺が思っている冒険とはかなり違うから嫌だったんだけどな。

俺も最後になるから、別れの挨拶として言っておきたいことがある」


「……なんだい?」


「このリン・クスには夢がある!!それは勇者となり、女を堕としまくる事だッッッ!」



 そう俺が啖呵を切ったのと同時にリリィが図書室の扉を破って乱入してきた。

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