第17話『人形の肉体』
アルストロメリアから詰められた後、少ししてルーカスやカストロが戻ってきた。ルーカスも相当詰められたのだろう。折角俺が元気づけたのに、かなりへこんでいるように見えた。
これでようやく真の意味で四人が揃ったので、アルストロメリアが今後の予定や作戦などの説明をし始めた。その内容は、執事やメイド長の私室に潜入しリリィの弱点などを調べつくすということだった。このとき俺はアルストロメリアに屋敷の内部構造を全て聞いておいた。
――――それからというもの、殆ど俺はアルストロメリアとカストロがしている説明などを聞いている振りをしながらとある考えごとをしていた。
恐らくもう一度リリィと戦闘になることを控えて、俺はずっと懸念を抱えていたのだ。
それは人形の寿命である。
基本的に俺は、時間操作の能力を使うときに自分の寿命を考えてから使っている。
例えば、『時間加速』を一億倍の速さで使えば俺はすぐに死を迎えるだろう。100年を秒にすると、31億5360万秒である。三十二秒も立てば俺は113才を超えるおじいちゃんになってしまうのだ。
だから毎回毎回、時間加速をするときは気を付けている。
余談だが少しでも釣り合いをとらせるために、夜、眠りにつくとき身体に時間減速の効果をかけてから寝ていた。そうすると、就寝時間も増えたり寿命の進行を遅らせることもできて良いこと尽くしなのだ。
本題に入ろう。
この身体は人形だが、西洋人形のような堅い外殻を持っていない。どちらかというとラブドールに近いと言ってもいい。当然人間の皮膚ではないから代謝も行われない。シリコン、もしくはラテックスの肉なのか、はたまたまだ見ぬ未知の素材で出来ているのか。
仮にこの身体がラブドールのように出来ているのだとすれば、骨格は金属であるはずだ。ならば磁石等で確かめてみればくっつくはず……。
当然、金属の種類によってはつかない可能性もある。
運が良いことに骨を直で触ったり、目で見たりすることができた。
そう、俺の切断された腕の断面にある骨を見れば分析可能だったのだ。
色は黒みがある鋼色、物理的感覚もやはり何かの金属のようであった。
つまり何が言いたいのかというと、この身体は生物のような寿命はないが物質的な劣化が存在し得るということである。もしくは人形のままだと齢を重ねないのだとすると、浦島太郎状態になって人間に戻ったときにフィードバックをくらうかもしれない。
どちらにせよ俺が自分自身に『時間加速』を使えば使うほど、朽ち果てていく進行速度が速くなるのだと思わなければならない。
元々、ラブドール自体が寿命が短いことで有名である。
一番脆い部位は乳首だと言われていて、うっかりすると取れてしまうことがある。幸いにも俺の乳首はまだ取れていないが、激しいバトルがあるとすれば戦いながら乳首が取れてしまうと言うなんとも情けないことになってしまうだろう。
故障要因は乳首だけではない。
湿気や水気を拭き取らないことで起きるカビの繁殖。
ひび割れた肉の中に水が浸入して骨格部分に錆が生じて、黒い液体がにじみでてきたり異臭が発生するなど様々である。
そしてこれらを考えていく内に衝撃的な事実に辿りついてしまった。
俺の殆ど動かせなくなった足腰と、流れ出たドス黒い液体のことである。
これらは別々の原因よって引き起こされたことではなく、因果関係があるということなのだ。
――――恐らく俺の考えが正しければ、黒い液体が今現在最も溜まっている場所は両足だろう。
「そうだ!!」
と俺は突然喚いた。
カストロとアルストロメリアはずっと話し込んでいたのをやめて、キョトンとした表情で俺をみていた。
俺は地べたに座りながら左手で無理やり自分の右足を掴んで、靴を脱いで足の裏を確認した。そして、人差し指を足の裏に突っ込んだ。
かなり勢いよく刺したから、足の肉を裂いてずぶずぶと中に入っていった。
痛かった。
「ど、どうした。そんなことをして大丈夫なのか」
と横にいたルーカスは俺の突発的な行動にかなり怯えつつ聞いてきた。
「みててくれ」
俺はそう言って、すぽんと指を抜いた。
するとその瞬間、空いた穴からドバドバとどす黒い液体が溢れて流れ出てきた。十秒ほどその状態が続いて、次第に流れなくなった。
……思った通りだこの謎の液体は、錆汁だ。
俺の金属骨格が錆びている証拠なのだ。この液体の臭いも改めて嗅いでみて、全てに合点がいった。
つまりだ。
茶会の時、リリィに飲まされた紅茶やその他諸々が俺の体内に残り続けた。その状況で俺は『時間加速』を使ってしまい、液体と反応した金属が急激に錆びてしまったのだ。結果、俺の足腰の関節部分まで錆びて、力が入るのに動かすことが出来ないという状況になった。
なんてことだ……これでは、原因がわかった所で治しようがない。
この錆は体の至る所を蝕んでいく。今は問題無く動かすことが出来ている左腕も時間加速を使えば使うほど時間経過で錆びて動かなくなる。
「貴方はなにをなされているのでしょうか? もしややはり頭が……」
と俺の謎行動にカストロはツッコミをいれてきた。
この現象は『時間操作』が関係する為、これに対する説明ができない。
「金属の錆を取る魔術とかってありますか!?」
俺は一刻もはやくこの状況から抜け出したかったため、直球で魔術師である三人に聞いてみた。
別に馬鹿にしている訳でも、当てずっぽうに聞いてみた訳でもなかった。
説明しよう。
俺は昔、ジャバネッドリンクスという名で、バシラティ商店街の片隅で魔道具商品アドバイザーをしていたことがあった。数多の魔道具を紹介、宣伝したことがあるおかげで魔術には詳しくなくても、魔道具だけは専門家並に詳しくなった。
ある時、『錆落ちクリーナーくんⅢ EX』という新発売の魔道具の商品紹介をした。これは従来の『錆落ちクリーナーⅠ』『錆落ちクリーナーⅡ』『Neo錆落ちクリーナーくん』から正統に進化を重ねてきた錆落ちクリーナーシリーズの最終形である。取り外し可能のノズルスプレーから少量の液体を噴射するだけで、ものの数秒でどんなに力強くこびりついた錆汚れでも洗い落とすことができる優れものだ。『錆落ちクリーナーⅠ』の時代から、商品紹介をしていた俺にとってこの恐るべき進化に思わず涙ぐんだものだ。
何が言いたいのかといえば、錆を取る魔道具があるのだから錆を取る魔術があるはずなのだ。
「そんな魔術はないよ」
「あ、はい……」
アルストロメリアにそう一蹴された。
*
そして更に二十分程度の時が経過し、現在の俺の能力の残量は体感的に十七%まで回復した。
時計を見ると今の時間は午前四時だった。
未だにアルストロメリアやカストロがしている作戦内容を俺は全く聞かず、自分の中で情報の整理だけをしていた。今の俺はこれまで起きた出来事と、アルストロメリアが口に出していたこの屋敷の中の内部構造を記憶するだけで十分だった。彼女がこの部屋から出ようと言うそのときまで、ある程度能力を回復させておく時間も欲しかった。周りからは今の俺の姿はまるで本物の壊れた人形で、ただの置物だと思われていただろう。
俺はこの屋敷に来てから今が一番焦っていたのだ。この身体に残された制限時間と、もう一つの重大な仮説によって……。
「家事のために雇われている使用人達の戦闘能力は皆無だ。本当に気を付けなくてはいけないのは二人いる。それは何度も言っているように今から執事やメイド長だ。この二人を人質にとり、リリィに関する情報を洗いざらい聞き出す。夜が明ける前に今から作戦に移ろうと思う」
恐らくこれから色々なバトルがあってこの三人の真の力が分かったり、仲間同士の友情を確かめあったりするハラハラドキドキな展開が待ち受けているのかも知れない。こんなファンタジーを俺はずっと待ち望んでいたはずだ。
………残念ながら俺には呑気にそれをしているような時間はもうない。
この身体は時間加速を使う度に体の中にある湿気によってどんどん腐食が進んでいくのだ。まともに戦える機会が限られてくる。遊んでいるような暇はないのだ。そして今は新しい仲間が一人いる。これから命を張ることになると思うが、覚悟を決めろよ、ルーカス。
そしてこの盛大な茶番を終らせるために、早めに手を打たせて貰うぞ。
アルストロメリア。
「さあ時間だ……行こう。ルーカス君、リンクス君の移動は頼んだよ」
とアルストロメリアは言った。
ルーカスが持とうとしたのを手で制止した。
「まだ俺を背負わなくていい。もう大体分かってる。
……アルストロメリア、お前リリィと何か企んでいるだろ」
俺は図書室から出て行こうとした彼女にそう言った。
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