第16話『親友ルーカス』

 やっぱりルーカス君の目の前まで担いで持っていって貰えば良かったと後悔しながらも、何とか目的の場所へと這いずって辿りつくことができた。


 部屋の奥の隅の方で一人でうずくまっている少年の姿がみえた。肩が小刻みに震えているようにもみえる。顔は見えないが威圧的だった赤い髪に深い影がかかっているようだった。


 おーい、ルーカス君。と俺は言おうとして止めた。

少し悪い考えだが、普通に励ますよりもっと効果的な手段が浮かんできたからだ。どうせこのまま近付いて肩を揺さぶって「目を覚ませぇ!!」とかいっても無駄だろう。


 

 物音を立てないように静かに這い寄って。ある程度の近くまで行ったところで止まった。


「痛い……苦しいよ…………」


 と俺はうつ伏せに倒れながら実に苦しんでいるような女の子っぽい声色で言ってみた。ピクリと肩が動いたような気がした。


「ルーカス君………ルーカスくん、助けて……痛い。痛いよ」


 と俺が言ってから少しの沈黙が経った。

次の言葉は何を言おうか考えようとしてたら、ルーカスが顔を少し上に上げて琥珀色の瞳でこちらをみた。そしてまた顔を膝の中に入れてうずくまろうとして

「はぁっ!?」と驚きながら俺の方を二度見した。


 はい釣れた。案外早かったな。五回ぐらい無視されたらここでも奇声をあげてやろうと思っていた。


 こんな俺みたいな美少女が大怪我をして苦しんでいるという大変な状況……奴も男なら、というか人間なら次にとる行動はもう一つしかないはずだ。


「おい!!!お前……!!リンクスか!?どうしてここに……大丈夫か!おいしっかりしろ!!いっ、今俺がなんとかしてやるからな!」

 俺の読み通り、ルーカスは青ざめたような顔をして俺の方に駆け寄ってきた。傷つけないように慎重に俺の身体に触れていた。


「助けて……苦しい、ルクアに会いたい……家に帰りたい……ゲゲイン君とパチスロいきたい……」


 その後も俺は苦しんでいる振りをし続けていると、ルーカスは余計にあたふたして、ついには魔力を解放し何かの魔術まで使おうとまでしはじめた。


「はい大丈夫です。私は演技をしていただけですから……」

 少し早いが俺は上半身を起こして、くそ寒い茶番をやめてネタばらしをすることにした。


「何を言っている。明らかに大丈夫じゃないだろ!!!!それに前はそんな話し方をしていなかったぞ!」


 ネタばらししたのに何か反論された……。

ドッキリ大成功の看板を持っていなかったからだろうか。

まあ確かに大丈夫か大丈夫じゃないかでいえば、大丈夫ではない。


「分かった、さてはお前、リンクスじゃないな……? あの平民と深い付き合いがあったわけではないが、お前が偽物だということが今わかった。お前は俺の弱い心が生み出した幻影なんだ……いいや、この俺を始末するためにリリィが差し向けた集団ストーカーの刺客の一人だァ!」


 まずいな、ネタばらしのタイミングがずれたせいでルーカスが俺の事を怪しみ始めた。それにどれだけ弱い心を持っていようが、女装した少年の幻影は普通でてこないだろう。怪しむ前に頭にアルミホイルでも巻いた方がいい。


「何を勘違いしてるんだ君は。僕がここまでわざわざ這いずってきた理由は、君を元気づけるためだ。今の君の様子を見る限りじゃそこまで深刻ではなさそうだけど」


「ならその無くなった腕の理由いってみろ。本人なら言えるはずだ」


「腕?――――新しい"時代”に……いや、同じネタはやらないからね」

 残念ながらこのネタはもう夢の中のゲゲイン君に先を越されてしまっているのだ。


「やはり偽物だな!訳の分からないことを抜かすんじゃない」



 この後も説明し続けたが、怪しみすぎたルーカスの誤解が解くまでかなり苦労した。俺のおふざけが足りすぎたのかもしれない。


 正直な話をすれば苦しんでいる人間を見捨てて自分の身のことばかりを考えるような卑怯な男だったなら、このままリタイアしてくれた方が有り難いと思っていた。だから、ルーカス君が清い心を持っていてくれて助かった。


 *


「まあ、なんだ……。

つまり人間は常日ごろから、いる場所というものが非常に大事でね。

ただでさえ薄暗いし埃臭いこんなクソみたいな場所にずっと一人でいると余計に気がしずんでしまうから少なくとも誰かと一緒にいた方がいいよ」

 と俺は言った。


「…………」

 だがルーカスは口をもごもごしていて落ち着きがない様子だった。

俺との目線を外して、ちらちらと俺の顔をみるばかりである。


 彼がうずくまって震えていた状況から脱したとはいっても、まだ恐怖の根源がなくなっていないのだ。


「リリィが怖いのか?」

 俺はそう聞いてみた。

しかし依然としてルーカスの態度は変わらないままだ。


「うーん。死ぬことが嫌、痛いことが嫌、アルストロメリアとカストロが怖い、一体どれなんだ」


「ぜ……全部怖い」

 とそこでようやくルーカスは絞り出すように口に出した。


「全部か……じゃあもうどうしようもないな、と言いたいところだけど。……いいよ。ルーカスが怖いと感じる全てのものは、俺が何とかすると約束しよう」


「でもおまえ、そんな状態じゃ……」


「それに関しては問題ない。逆に今のままの方が都合がいいぐらいだ。

ついでに今の今まで、ルクアやゲゲイン君以外の誰にもバラしたことはなかった俺の能力を教えてあげよう。……『時間操作』だ。それなりに練度は上げてある」


 この世界では、【能力】を持っていない人間は、他の能力者のステータス画面をみてもそれが映し出されることはない。【魔力】の継承を完了していない人間が、魔術師のステータス画面をみても【魔力】が表示されていないのと同じである。


 そして俺はこれまでの人生の中で、一切自分の能力を誰かに言いふらすようなことはしなかった。この力は貧弱なステータスしか持たない俺の唯一の武器であり、その情報が他人に知られると確実に不利な方向に働くからだ。俺がもし戦闘するような事態に陥ったときは、相手の油断を誘えるだろうという予想もあった。リリィと戦った際は、俺の能力の本質を見破られることなく終った。


 ルーカスと会話した時間は、ルクアやゲゲイン君のそれに圧倒的に劣るが、俺はルーカスのことを信用するに値する人間だと確信したのだ。


 彼を元気づける目的以外で能力を教えたのにはまだ他に理由があるが、これは一種の保険のようなものだった。


「時間、操作……なぜそんなことを俺なんかに」

 驚きや困惑などの感情が入り混じっているようにみえた。


「色々理由はあるけどなんとなく気に入ったからだよ。あと君が必要だからだ。そして約束もあげよう。この能力は、僕の命と同じぐらい大事なものだから誰にも言わないでね」


 ルーカスは俺の言葉を聞くと、目を伏せて数秒逡巡した。

目に力が宿り、何か覚悟めいた表情になった。


「………俺は、魔術を使えるだけの弱い人間だ。今までも、絶対に勝てる相手としか戦ってこなかった。ここまで大きな事態になって、お前がこんな姿になっても俺は部屋の隅で震えていることしかできなかった。

ここまできて色々話しかけてくれるのは、きっとまだ俺に何かを期待してくれているからだろう。貴族としての誇りがある。ダマンフレール家の長男として、この期待と約束には確実に答えなければならない」


 ルーカスはそう言うと、俺に手を差し伸べた。

その手を握ったとき、当初からあった弱々しさは消えて力強くなったような気がした。


 ――――ルーカス君を励ます会が終ったあと、俺は少し気になることがあったので二人で会話をすることにした。



 15分ほど経った。

ルーカスから大体聞きたいことは聞けたので、そろそろ戻ろう。


「次からは僕のことを『貴様』って呼ぶといい。君の性格にあっていると思う。アルストロメリアとカストロにもそう呼ぼう」


「そんなことできるわけないだろう! お前はともかく、気高き公爵家のご令嬢である先輩方に貴様などという無礼極まりない呼び方」


「ルーカス君からそう呼んで貰えるのを待ってるんじゃないかなぁ。今は一緒に共闘する仲間同士だし先輩や後輩や爵位なんて関係ないよ。あの二人も君にそう呼ばれたいと思っているはずだ! 

いつまで経っても君が固い頭をしているから向こうも話しづらいんじゃないか? 貴様と呼ぶだけで、君と先輩達との距離がぐっと深まって、カストロによるパワハラもなくなると思うんだよね。

ついでに自分のことを『俺』じゃなく、『俺様』って言った方がかっこいいよ。貴様という二人称が受け入れられなかったとしても、俺様という言い方がかっこよすぎるからそれで誤魔化すことができる。そういえば昔、俺様系男子が流行ってたなぁ。それにあやかろう。

そして実は一人称や二人称を変えると、自分の性格も変わることがあると聞いたことがある。今日君は弱い自分を乗り越えた。ここでダメ押しとして『俺様』と『貴様』をどんどん活用していこう!」


「ほ、本当か? 俺、様……が」


「あー今ちょっと惚れかけた。君の一人称と、二人称が決まったことだし、そろそろ戻ろう」

 とぶつぶつと俺様と貴様を呟き始めたルーカスに俺は言った。


「その身体で戻れるのか?」


「いやいや、僕は怪我人だよ?おんぶしてくれ。常に」


「……分かった」

 ルーカスは何か言いたげあったが渋々了承してくれて、すぐに俺を背負ってくれた。


「ライディングデュエル!アクセラレーション!」


「黙れ!」




     *


 そしてようやく四人がまた揃った。


 まあすぐに二人が抜けるだろうが。


「ただいま戻りました! ご心配とご迷惑をおかけして、誠に申し訳ありませんでした!」


 とルーカスは戻るや否や俺を地面に放り捨てて土下座した。


「ああ戻ってきたんだね。かまわないよ。随分と元気になったようだ」

 とアルストロメリアは言った。


「お、俺様は!心機一転し、気持ちを改めて貴様らと一緒に頑張っていこうという決意を固めてきました!」

 

「オレ……様?」

 腕を組んで聞いていたカストロがピクリと眉を動かした。


「………ルーカスさん、少々お話があります。こちらへ」


「き、貴様、どこへいくのですか?」


 戸惑うルーカスの言葉を無視して、カストロは図書室のどこかへ消えた。


 奥の方からルーカスッッッ……!!という呼び声が響いてきて、慌ててルーカスは走って行った。




「君が彼に何を吹き込んだのかはわからないが、あの二人を外して僕と二人になりたかった。と予想しているけれどあっているかな」

 とアルストロメリアが言った。


「話が早いですね。まず、リリィに動けることがバレてしまったのは完全に僕の責任なのでそれを謝っておきたかったんです」


「そのことについては僕は何も思っていないよ。まさか動いてしまっただけでリリィが君のことを始末しようとするとは僕でさえ予想できていなかったことだ。恐らくあの場で君が動かずにバレずに済んでいた場合でも、いずれは今と同じ未来を辿っていたはずだからね。

……リンクス君が言いたかったのは、僕に聞きたいことはそんなことじゃないだろう?

さっき僕が能力についていくつか尋ねておきたいことがある、と言ったからそれについての話をしにきたんじゃないかい」


 しっかりバレてたか。

ルーカス君は俺の能力を知っているからこの場にいてもよかったのだが、カストロを外すための餌になってもらった。


「そうですね……単刀直入で聞きます。僕の戦いをどこまで見ていましたか? それなりに見ていた場合、僕の能力が何か見当がつきましたか?」

 これはかなり重要なことだ。

このアルストロメリアとかいう少女、他と少し違う。

もし最初から最後まで見られていたのだったら、俺の能力に当たりを付けられている可能性がある。


「あのときは、実は途中からしか君が戦っているのを観察していなかった。だから能力については良く分かっていないよ」


 良かった。

尋ねておきたいことというのは、俺の能力が分かった上で言ったことじゃなかったんだな。


「君の疑念も解けたことだし、こちらからも質問をしても良いかな。

今僕が何について興味を抱いているのは、君の能力もそうだが、過去についてだ。しかしその前に一つ言っておきたいことがある。

十三歳程度の人間であればこういう、誘拐……といってもいいのかな、そんな事件にあったときは怯えて錯乱したりするんだ。僕とカストロはこういう状況には慣れているから除外するけどね。

ルーカス君のように経験が足りていない少年はメンタル面で不安定になるのは当然だ。だが異常な冷静さを保っているリンクス君は少しおかしいということだ」


「はは、いやぁ、それほどでもないですよ」


 俺はなぜか褒められたような気分がしてつい嬉しくなった。

身内以外に褒められるようなことなんか普段あまりないのだ。


 そんな俺の気持ちなんかつゆ知らず、アルストロメリアは話を続けた。

知らぬ間に名刑事が犯人を尋問するときのような鋭い目つきになっていた。


「前に転校生が来たと聞いて君の経歴を調べさせてもらった。君が学園に来たときには既に僕はこの屋敷の中へ連れてこられていたから、情報を集めるのに苦労したよ。

君はラデュレ帝国、帝都バシラティの冒険者組合第六級ライセンスをお持ちのようだ。そう、この情報はさっきの茶会の時にも話していたね。ライセンスについては何も言っていなかったが。

僕はこれを実に奇妙なことだと思っている。記憶が確かであれば14歳未満の子供の冒険者は、どう足掻いても最低ランク十級から先には昇級できないという決まりになっていた筈。それなのに何故君は四つも昇級しているのだろうか。

これに対して僕はステータスが異常に高いのだろうかと思った。

そして失礼ながら君が気を失っている間にステータスを覗かせて貰ったんだ。

そういうスキルを会得している。

だが破廉恥なやつだなんて思わないでほしい。純粋に興味を抱いてしまっただけだ。

話を続けよう。

【能力】に関しては、ぼやけて見ることは敵わなかったけれど、冒険者にとって重要である【レベル】【体力】【筋力】【知能】【精神】は全て1だった。これはステータスが高いこという予測をはるかにこえて、もはや異常だ。冒険者として活動どころではなく、日常生活を送る上でも危険が溢れているだろう。今まで良く生きてこられたね。

それに加えて武道や魔術の経験があるわけでもない君が何故か冒険者になったという事実。精神面でも、飛んでくる蝿、蝶々にすら驚いてしまうという脆弱さ。そのような人物がリリィから攻撃されたときに、一目散に怯えて逃げるという選択肢を取らなかったのは不可解だ。二重、三重の人格を持っていないとあり得ない話だよ。そして自身の身体に様々な異常が起きていても何ら気にも留めていない様子……君が村から離れ、入学するまでの3年間、本当は何をしていたんだい?」


 なんかそう言われたらリンクスという人間は凄く怪しい人間に思えてきたな。自分のことながら怖いものだ。これが俗に言う自分探しというやつだろうか。俺が探したわけではないが。


「妙な勘ぐりはよくないですよ。僕は二重人格者じゃなく、一重人格者です。もしくは奥二重人格者かもしれないですがね。ここ笑い所ですよ。

あとこれはもう断言できますが、僕にとってのあの3年間は、がむしゃらに働いてルクアを養い、ゲゲイン君とパチンコ打ったりギャンブルしてただけの期間です。

冒険者は何かかっこよさそうだからなってみただけです。なってはみたものの子供が受けられるような依頼が少なかったのと、森とかダンジョンにいくのが面倒くさかったり危険なことが嫌だったので、諦めて街で小銭を稼いでました。あの街はかなり刺激的だったので暇になったら戻ろうかなとは考えてます」


「君が異常な冷静さを保っていることについては自分ではどう分析しているのかな。そもそも君は恐怖を感じたことがあるのかい?」


 まあ、よくわからないけど……一回死んでるからな。

離婚したことのある人間の二度目以降の離婚率が跳ね上がるということをどこかで聞いたことがある。人間は未知の経験を怖れるが、一度通ってさえしまえば二度三度も軽々しく越えてしまえるのだ。

それに、もし仮に俺の中で自分の命というものは、使える道具の一つに過ぎないのだと考え始めているのならば実に都合が良い。精神でも壊れていないとこの状況の中でルクアを連れて帰ることなんかできないからだ。


「夢の中でゴブリンにキスされそうになったらきちんと恐怖を感じましたよ。あとでかいパチンコ台で負けかけたときは絶望しましたね」


 一応真実だ。

俺は別に感情を無くしたとかいう痛い厨二病ではない。怖いときは怖い。


 アルストロメリアは俺の言葉をきくと、じっと俺の目をみつめて何やら考え込んでいた。だが次第に表情を柔らかくした。


「ははっ、あははは、ごめんね冗談だよ。本当に精神面が不安定じゃないか確認しておきたかっただけさ。能力やその他諸々に関しては言いたくないこともあるだろう。それは別にかまわないよ。役に立って貰えれば……ね」


 とアルストロメリアは言ったがあまり冗談のようには聞こえなかった。


     *


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