第15話『自分のことを勇者だと思い込んでいる一般人』

【前書き】一年以上更新が止まっていて大変申し訳ありませんでした!!

小説家になろうの方でも、連載しているのですがそちらでも同じように止まっていました……。今日は9話更新させて頂きます!(m_m)


 基本的には、なろうで先に更新して、ある程度の加筆修正や誤字修正が済んでからカクヨムで更新する流れになっているので、もしはやめに続きが読みたい方がいれば、なろうを確認してみて下さい! 

あと、カクヨムのほうでの、魔術の名前に関する情報が少しおかしくなっていました(^_^;) 【原位】隠蔽透過魔術 空間造成 《貫通透口》 ←なろう版

    【原位】隠蔽透過魔術 空間造成貫通透口 ←カクヨム版

今日やっとそれに気付いて、急いで全て修正させて頂きました!!

それでは失礼します!! 

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「私のゴブリン語がぐんと成長したきっかけはオフラインゴブリン会話を通してアウトプットの量を増やしたことでした。1日15分でもいいから毎日やり続けると決めて継続していくと、ゴブリン語を話すのが怖いという気持ちがだんだんだんだん少なくなっていきました。早速初回無料レッスンを受けてみましょう――――――」


 真っ昼間、今日もコズエ通りの人通りはひどく、実にやかましい声が行き交っていた。



 その昔、俺は帝都バシラティの繁華街から少し離れた所にある、コズエ通りの路上でゴブリン語講座を開いていた。とは言っても、本業だった探偵業の傍らであり副業的に始めたものであった。


 ゴブリン語講座も生活費に困った俺が金を稼ぐために、兄貴がいくつか案を提示してくれた中の一つであった。


 受講料は1時間999円。銅貨10枚ほどである。暇を持て余した子供から、本当に暇になってしまった大人でも幅広い層に受講して貰えるように設定した。


 齢10歳にしてゴブリン語検定1級保持者でありGOBEICで990点を取ったカリスマ天才講師リンクス大先生と、蝶のように軽やかなネイティブゴブリン語を話すゲゲイン先生の二人から教えてもらえるのだから非常にリーズナブル、良心的価格設定である。


 一応、市に許可は取っているとは言っても教室は路上の端の方にあり、小さな机が一つと椅子が三ついう簡易的なものだ。

 

 誰も受講者がいなかったり何の予定もない日は、ゲゲインと晴れの日も雨の日も宣伝し続けた。



 ――――とある日の午後二時頃、俺とゲゲイン君が他愛も無い話をしながら宣伝をしていると、一人の少女が現われた。


 実に無愛想な顔をしながら、机に一枚の銀貨を放り投げた。


「受け取りなさい」



 俺は初回無料だからその金は必要ないぞと思いながら、そのまま接客モードに入った。


「ゴブリン語講座の受講希望者様でしょうか?どうぞそこのお席におかけになって下さい。ただいま一ヶ月五コマ以上受講して頂いた方のみ春の割引キャンペーンを――」


「このゴブリン語とやらを学んだら、一体どういう風に生活や仕事でやくに立つの?」


 と、俺がシステムの説明をしようとするのを遮るように質問をされた。


 深いこと聞いてくるな……いやゴブリン語自体が浅いのか。



「ググガベゴグブバ?(ゴブリン語なんか喋れてもなんの役にも立たねえぞ)」


 と、隣で銀貨を弄っていたゲゲイン君が口を開いた。


 確かに俺もそう思う。



「ゲゲイン先生はこう仰いました。

『ゴブリン語が話せるからといっても、今こうやって話している人間の言語と全く変わらないものだから、ゴブリン語をどう活かしていくかはその人次第である』と」


「その人次第、ねえ。よくわかったわ。ゴブリン語を巧みに使えるようなあなたたちが、巷で名を流行らせている人物の名前を使って乞食まがいの商売をしているのは、程度が低いからということが」


 なんだこの糞ガキは、俺たちを煽りに来たのか。

今日はルクアを連れてきていなくて良かった。

最近俺の名前を見て難癖付けてくる輩が多いな。ゴブリン語講座は銀貨一枚いれたら動くゲーム機じゃないんだぞ。


「ガアゴゴギゴブ、ガギグゴギギガギ(なあリンクスこんな奴ほっといて、パチンコ打ちにいかないか?

こいつ絶対関わったら駄目なやつだろ)」


 ゲゲイン君は開始一分も立たずにギブアップ宣言を出した。

そうじゃなくても恐らく後二分もすれば、あくびでも出しているだろう。


「おやぁゲゲイン先生が叱咤激励をされていますねぇ。これは気難しい彼にしてはめずらしい。えぇ、えぇ。よほどあなたに才能があったんですねえ」


 ここはこの美少女に、仏のような寛大な心を持って接してあげようじゃないか。精神がすさんでしまった哀れな少女の心をゴブリン語講座で潤してあげよう。



「御託はいいから早くゴブリン語とやらを教えてくれない?」

 と半笑いで言われた。


 やっぱり少しカチンときた。このクソガキに必殺技を出してやる。



「………それではまずゴブリン語とはどのようなものかを理解して頂くために、実践的なリスニングテストからトライしてみましょう」


 ゴブリン語のゴの文字すら教えていないから無理だろうがな。



「(俺が昼間から頑張ってる中、お遊びでゴブリン語しに来たんでちゅかあ~~~~~~?)」


「(もっと金よこさんかいクソガキ。ひゃ~~~銀貨一枚!しょっぺぇ~~)」


 俺とゲゲイン君は一斉に悪態をつき始めた。


 説明しよう。必殺技とはゴブリン語を冷やかしにきた連中から金だけ奪い取る為にリスニングテストとは名ばかりのただのゴブリン語会話を凡そ30分以上し続けるという技である。


 俺たちはあらかた悪態をついたあと、リスニング中の少女の存在を忘れてゴブリン語で世間話をし始めた。そして授業料の安さについてまた悪態をついていた時、「グゴ、グヴエ(初回、無料)」という単語を聞いて、めちゃくちゃ嫌な気分になった。

そもそもこの初回無料キャンペーンが全ての諸悪の根源なのだ。俺も最初はこんな適当ではなく、めちゃくちゃ丁寧にゴブリン語を教えようとしていた。だが受講生は一回目で終ったとたんすぐに消えてしまった。よほど物好きではない限り二回目を受けようとしないのだ。現実的な話をしてしまえば、ゴブリン語なんか初回無料でもない限りだれも受けたくない。それ以前にゴブリンが民衆にとって身近な存在ではない。その辺に潜んでるネズミのほうがまだ身近だ。


 最初は1時間あたり1000円だった受講料をこざかしく999円にしたものの、殆ど意味をなさなかった。これは899円にした所で変わらないだろう。


 最早『ゴブリンと話せる少年リンクス』みたいな本を出版して儲けた方がいいんじゃないか? いや、その本を出版して更に受講生に参考書として無理やり購入させよう。


 そうだ。この本のあらすじは……

『リンクスは、五感を駆使し、意識を集中させ、ゴブリンの気持ちばかりか、痛みや匂いや記憶までをも掬い取ることができる少年です。暴れていたゴブリンはリンクスの説得でおとなしくなり、人に飛びかかってばかりいたゴブリンが静かになり、寝たきりで無表情のゴブリンがリンクスに何かを伝えました...。これまで村人から感謝された相談事は、数えきれません。ゴブリンから“話”を聞き、本当の気持ちを人間に伝えて、双方の理解が深まったときが一番幸せな瞬間だと言うリンクス。彼の不思議な力は、多くの感動を呼んでいます』


 こんな感じの感動物語で釣ればきっと……!!


「ねえちょっと聞いてるの?全く意味が分からないんだけど」

 とついにしびれを切らした少女が文句を言った。

時間切れのようだ。


「はいはい聞いていますよ……さきほどの、実にネイティブなゴブリン語会話のリスニングはできましたか?」


「あんなのグゴグゴぐがぐがずっと言ってただけじゃない!絶対やらせでしょ。もう帰るから」


「いやいやお嬢さんwゴブリン語はね、ただ適当にゴギゴギフガフガ言ってるわけじゃあないんですよ。私達は魂で会話してるのですからねえ」


「はあ?なにそれキモ」


「グブェ(うるせぇ)」


「ブガ(★ね)」


 ほぼ同時に俺とゲゲイン君は悪態をついた。


 ……ゴブリン語で小銭を稼ぐのは思ったほど簡単ではないものだ。



 ************************



 ここは、実に見慣れた村のどこかだった。

家の近所でもなく、子供たちのたまり場でもないどこかに俺は、ぼうっと佇んでいた。


「んん?」


 しかし遠くをみようとすると、急に周りにはどんよりとした灰色の霧が立ち込めて、視界が不安定になった。


 その中に黒い影があるのを認めた。


 俺がそれを注意深く見ようとすると、次第にその霧が晴れ始めて、緑色の塊がくっきりと姿を現した。

 


「うぅ……うんん?……ゲゲイン、君?」


 後ろ姿だが俺が見間違うはずがない。


 ゲゲインは親友、ライバル、家族のような存在だ。本当に俺にとってかけがえのない存在であり、旅に出かけたときもいつだって助け合ってきた。


 しかし一体どうして、あいつがここにいるんだろう。


 俺の存在に気付いたゲゲイン君は何かを叫びながらこちらに走り寄ってきた。


 やはりこのゴブリン語もどこか懐かしくも感じる。


「なんかとんでもなく久しぶりにあった気がするなあ〜」


「(リンクス!どうしてそんなに怪我をしちまったんだ!?)」

 ゲゲイン君は急に俺の話を遮るとそう叫んだ。


「えぇ?……怪我ぁ?」


 俺は自分の体をみた。


 そうだった。リリィと戦ったときに失ったのだ。


「(お前ほどの男が右腕を落として来たときは驚いた。どんな敵にくれてやったんだ?その右腕)」


「……新しい”時代”に、懸けてきた…」


 俺は何故か我慢できずにそう答えた。

たぶん一度この台詞を言ってみたかったのだ。


「そうか!じゃあ俺がお前の怪我を治してやるよ。親友だからな!」


 とゲゲイン君は言って、自らの魔力を解放した。


 治す?治す……。うん……治す???

俺は奇妙なデジャブを味わっているような気分だった。



「【乙位】天元身体修復魔術 天上世界 《芽吹之滴》」


 と知らぬ間に魔術を完成させていたゲゲイン君は、突然宙に出現した美しい白の高坏を手に取り、それを口に含んだ。


 これは明らかにどこかでみたことのあるような魔術だった。

ルの字がつく少女がやっていたものだ。


 薄緑の肌を持つゴブリンに天使のような不釣り合いな演出がかかっている。


 ゲゲイン君は恍惚とした表情で更に俺の所へ歩み寄った。


「まさか、やめろ……ゲゲイン君。それはやめろ絶対ダメだ。僕の体は大丈夫だからもう治ってるから。新しい"時代"に懸けてきたとか言ったのは冗談だからやめてくれ」


 俺は口早にそう言ってゲゲイン君を制止しようとした。


 羞恥なのか、頬を柔らかく赤らめたゴブリンの顔が、あと拳一つ分というところまで迫って来ていた。


 もはやガチ恋距離がどうとかいう話ではない。

しかし、しかし……知っている!俺は、この光景を、この先の未来をッッッ!!!



「いっッ…その官能的な表情をやめてくれ! 

お、俺のそばに近寄るなァアアアアア!!!!」





「ああああああああああ!!!!!」

 俺は半狂乱になってがばりと上半身だけ起こして目が覚めた。

尋常じゃないほどの恐怖に身を震わせる中で、妙に頭の中がすっきりしたような気分がした。本当に自分でもよく分からないのだが、山々に流れる澄み切った清水のように意識が明瞭としていた。


 辺りを見てみると、ここは図書館だということがわかった。周りには巨大な本棚が所狭しとあり、室内は薄暗く、幾つもある照明用の蝋燭には青白い光が灯っていた。すこし埃臭い古書の臭いが重く漂っている。


 今はそんなことよりも……。

良かった、さっきのは夢だったようだ……。


「……大丈夫かい?酷くうなされていたようだけど」


 耳元に凜とした声で囁かれて体がぞわりとした。

声の主はアルストロメリアだった。恐らく俺が起きるまでずっと近くにいてくれていたようだ。


「どのくらい、寝てました?」


 ようやく俺もジャンプ系主人公らしくなってきたんじゃないか?

大きなバトルの後に何日も気を失って、起きた頃には隣に美少女が座って看病してくれているのがいかにもそれっぽい。


「君が気絶してから、丁度50分ぐらいかな。まだ安静にしておくといい。リリィに関しては、心配する必要はないよ。今頃屋敷外へ逃げたと思って憤慨しているはずだから」


「そう、ですか……」


 ただの幼稚園児のお昼寝タイムをしていただけだった。

 まだいまいち状況が把握できていないが、どうやら俺はあの後気絶してしまったようだ。転移門を通り抜ける前までの記憶しか無いが。


「ん……?」


 この状況に違和感があった。

気絶したのは転移する前だったのか、それとも転移した後だったのか……。

転移したあとの記憶があやふやだから、転移後の可能性が高くなってくる。


 そしてこの疑問自体は些細で、キットどうでもよいことなのかも知れないのだが、痛覚に限界があるような人形の体でも気絶状態に陥るのは何故だろう。転移門に入る前の俺は、確かに負傷していて満身創痍の状態ではあった。ただし、意識がもうろうとしていたり、すぐにでも倒れてしまうような状態でもなかったはずなのだ。実際はその逆だった。何度もいうがこの体は人形であって、心臓の鼓動もなければ、肺も形だけ存在していてそれが機能しているかすら怪しい。走り回っても疲れることはなく、ダメージを受けようが上限のある偽物の痛みが襲ってくるだけなのだから、ジャンプ系主人公のように大バトルをした後でも気絶するようなことにはならないはずなのだ。


 ひょっとしたらある一定のダメージが蓄積したら、ロボットの電源がぷつりと切れるように、意識がダウンするのかもしれない……。


 違うぞ。何かが……この問題は恐らくそんな簡単な話しではない。


 自分の中で何らほころびのなく、それが通常だと思っていた事実が崩れてあらたな世界が見えそうな気がした。


 「何かがおかしい」俺がこれまで培ってきたスキル、磨かれた野性的な勘はそれをただの感想として忘れてしまうことを許さなかった。そして未だ脳内に残されている屋敷での全ての出来事、それ以前の記憶まで辿り、ある一つの仮定へと近付こうとしていた。


 俺がつまらないことで考えごとをしていると、悪役令嬢のような見た目で金髪と赤い瞳を輝かせたカストロが知らぬ間に目の前で俺を見下すように立っていた。


「悪夢でもみたかのような悲壮感のある声でしたわ」

 とカストロは少し俺の事を気遣ってくれているような感じで言った。


「彼はリリィとの戦いで相当精神に傷を負ってしまったようにみえるね」



「そういうわけではないです……」


 正直な所、あの夢をもう一度みるぐらいなら戦って100回死んだ方がマシだ。



「あの奇声はただ……昔の夢を見たあとに、その次の夢の中でゲゲイン君が、いや…ゴブリンがいて、なんか凄い治癒魔術を使って…僕を………やっぱなんでもないです」


 俺は説明を諦めた。

 事細かに全部を話してしまえば、リンクスという人間は深層心理でゴブリンと情事を交わしたいという願望があるのではないかと勝手に診断されかねないからだ。


 いいや……アルストロメリアが言うように俺は本当にリリィと戦ったせいで心にダメージを負ってしまったんじゃないだろうか?

そういう風にしておいた方が色々と都合が良さそうな気がしてきた。



 ふと俺は自分の右腕を見た。

そこにはあるはずの腕が失われていて、足腰は力を入れてみても自由に動かせなくなっていた。もう一人で立つことすら出来なくなったか。


「あぁ!!よかったぁ。まぁったく治ってない!!」


 俺は心の底から安堵した。あの魔術は夢の中で起きた事だとわかっているのだが、実際に見てみない限り怖いのだ。


「お姉様。やはりこの方、精神に異常をきたしているのではありませんの?」


「そのようだね」


 と二人から言われた。悲しい。


「リンクス君」

 とアルストロメリアは何かを思い出したかのように言った。


「君は立ちあがって移動したり、戦闘することはできるのかな。下半身に異常が起きているように見える。もし移動すらままならない場合は、事件に収拾がつくまでどこかで隠れておくという選択肢があるよ」


「いやいやいやいや、まだまだ僕は活動できますよ。仰るとおり足腰は動かすことは出来ませんが、何の問題もありません。頭だけになっても行動できます。僕の能力の詳細を教えることは出来ないですが、今の状態から時間経過で能力のバッテリーみたいなものが回復していくので、数時間経てばある程度戦える状態にまでは持って行けます」


 と俺は焦ってそう言った。このまま終わるのは死んでも嫌だからだ。



「ふむ……丁度君の能力についていくつか尋ねておきたいことがあったんだけどそれは駄目みたいだね。そして、行動が可能だというのならその言葉と意思を尊重しよう。あと、カストロとルーカス君には君が寝ている間にさっきまでの出来事を説明してあるから安心していいよ。ルーカス君には少々問題があったけどね」


「………問題?」


 というかルーカス君どこ行ったんだ。周りをみても姿が見えない。

近くにはいないようだ。


「僕達がここへ転移してきたとき、カストロとルーカス君の二人がそれに気付いてすぐに寄って来たんだ。ルーカス君には重傷を負った君の姿が余りにも刺激的だったらしく、色々な経緯を説明している最中も放心していて、図書室の奥の隅にいったまま帰ってこないんだ」


 なるほど……それは問題だな。

謎に場慣れしている感があるアルストロメリアとカストロがおかしいだけでこういう状況になったら、怯えるのも仕方ない。

このままルーカスの所にいって、日和らずに戦えと言うのは簡単なことだが、中学一年生ほどの年齢の少年にそれを押しつけるのも酷だろう。

しかしこのままメンタルがへし折れて、リタイアされても困る。

 


「そうですか……すみません鏡ありますか?」


「…………鏡? あそこの黒いコンソールの上に立てかけてあったはずだよ」


 絶対今俺のことを、話の最中に自分の髪型とかが気になって仕方ないナルシストだと思われたな。


 にしてもあのコンソールの上か、ちょっと高いな……能力使うのも勿体ないしよじ登るしかなさそうだ。



「必要そうな顔をしているね。今の君の状態で上まで登るのは厳しいだろう。カストロ、取ってきてあげるといい」


 アルストロメリアは俺の表情が一瞬曇ったのを読み取ってそう言った。


「かしこまりましたお姉様」


 とカストロは言うと、ババッとこの場から消えて俺のために鏡を取りに行ってくれた。


 ……有り難いけど、先輩に物をとりに行かせるのは気が引けるから俺が死に物狂いで取りに行ったんだけどな。


 そして十数秒経たないうちに鏡を持ってきて、俺の前に立ててくれた。


 俺は怪訝そうな表情をした二人に見られながら、自分の顔を食い入るように観察した。ひとしきり顔を確認した後に、上半身、下半身をみた。


 髪はピンクのウィッグが被せられていて、顔面はリリィによって良い感じに化粧されてもともと中性よりだった顔から殆ど少女になっていた。

頭に取り付けられた白レースのカチューシャは、あれだけの戦闘があったのに未だ外れず存在していた。フリルがつきまくった花柄のドレスは黒い謎の染みがついたり、若干ボロボロになっていた。


 俺はリリィに女装させられてから、その姿をみることができなかったのだが、現在の容姿を見て安心した。これを少し有効活用させて貰おう。


「そんなに鏡を見てどうされるのでしょう」

 とカストロは純粋な疑問を口に出した。



「――――どうですか?ぼくかわいいですよね」


 俺の言葉を聞いたアルストロメリアとカストロは最早絶句していた。


「ぁ……ああ、うん、そうだね」


 アルストロメリアが絞りだすかのように言った。



 一応、客観的な評価を貰った……。あとは実行するだけだ。

作戦遂行のための自信をつけたのと引き換えに大事なものを失った気がする。


 ったくしょうがないやつだなあ。


「すみません、ルーカス君のところにいってきます。男同士、二人で話してみたいと思うので待っていて下さい……いやなんか違うな……待っていてくださいまし」

 

 と俺は言ってから、ルーカス君がいるらしい図書室の隅っ子の方へ、左腕を必死に動かしながら、ゴキブリのように這っていった。


 アルストロメリアとカストロはまだ、男がどうやったらやる気を出すかをまだわかっていないらしいからここは俺が一肌脱ごうじゃないか。



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