第1.5章 第2話『戦士ゲゲイン』
平原の夕焼け空は分刻みに暗く冷たくなった。
そして月がはっきりと姿を現して、夜は来た。
昼頃の希望に満ちた草原風景はその面影の一切をなくし、夜の森閑とした不気味さだけしかない。
十分な月明りがあるから、周囲の様子は確認できる。
どこからか虫の声がチチチと聞こえてきた。
「夜か。 ……どうしよう……」
出発するため、地面に敷いていたシートや、弁当を食べ散らかした後の片付けをしながら、二人に聞こえないような声で嘆いた。
片付けた後は、とりあえずバッグから一本きりしかない松明を取り出して、火を灯してから地面に刺した。
黄色い炎のおかげで少し明るくなった。
「もう夜だ」
俺はルクアとゲゲイン君にそう言った。
何気なくいったつもりであったが、初っ端から夜になっていることに焦りを覚えていた。
「私ね、リンクス君と、二人で遠くの世界へ旅をするのが昔から夢だったんだよ? こんなに早くリンクス君の家から離れるのは悲しいけど、新たな世界で一緒に家庭を築こうね?」
「ブブブべビ!!!(よし行くかぁ!!!)」
非常にまずい。この二人、今から冒険する気満々だ。
しかもルクアに限ってはゲゲイン君の存在をシャットアウトしている。
いやもしかしてゲゲイン君をペットか何かと勘違いしているのか?
そしてルクアはこの先の生活について熱く語り始め、ゲゲイン君はなぜか木の棍棒を振り回し始めた。
気に留めてなかったけど、ゲゲイン君は自分の身長以上はある結構大きなバッグを背負っている。俺が持っているやつよりも大分でかい。
俺が旅に出ることを知って、わざわざ用意してから来たのだろう。
俺はもうここでキャンプをするか家に帰りたいのに、こんなんじゃむりだ……。
一度家に帰りたいのは、夜が危険そうで嫌だからというだけじゃない。
俺はルクアやゲゲイン君まで連れて旅をするとは思ってもいなかったから、食料やその他の物資が単純に足りていないのだ。
一番大事な食料に関しては、三日分しか用意してないどころか、昼のピクニックで一日分ぐらい昼に食べてしまった。もっと俺に筋力があれば、一週間分は運搬できたのだが、今の俺ではこれが精いっぱいなのだ。
………。
「二人ともごめんね、非常に大きな問題事が起きてしまったせいで食料が足りないんだ」
結局俺は、素直に食糧問題について話すことにした。さすがにこれは無視できない問題だ。
これで今日はもう諦めようムードを出すのが一つの目的でもあった。
うまくいけば家に帰れるかもしれない。
「グブゲギグ グブゲリンクス ブグゲグアアブゲギ! ビグググゲガギゲグブゲガグギ! グググゲギゴガ
(そんなことか、安心しろリンクス。俺はゴブリンの戦士だ! 集落で旅に必要なサバイバルスキルを磨いてきた! 食いもんのことは任せろ!)」
ゲゲイン君が俺の言葉を聞いたら、胸を張ってそう答えた。
ルクアはゴブリン語が分からないので、きょとんとしている。
「まじかゲゲイン君ッ!」
普通に驚いた。
もしそれが本当ならかなり頼もしいことだ。
この旅でゲゲイン君が大活躍するだろう。だが………。
「じゃ、じゃあ夜の平原を歩くのは、モンスター的な奴がでてきて危険、だよね……?」
食料問題はゲゲイン君に頼るとしてもだ。
彼は、ゴブリンの集落でサバイバルスキルを学んできたのにも関わらず、夜に出かけようとする行動を取ろうとするのが俺には疑問だった。
「ゲ?ゴギゲグガバブギギゲ
(ん? 夜が本番だって教わったぞ)」
「は?」
夜が、本番……?
俺が知らないだけで、実はこういう旅は夜が本番だったりするのだろうか。
「ブオグアガギググゲググビガ、ビググエアガガギグ!(夜はキャンプ中の旅商人に奇襲かけたり、食える魔獣を仕留めたりするからな!)」
「そ、そうなんだ…………一応言っとくけど、人間を襲う予定はないからね」
驚きもあったけど妙に納得がいった。
たしかにゴブリンは基本襲う側だから夜に行動するのはおかしくないのだ。
ただ、ゲゲイン君のもつ巨大な荷物を見る限りでは、多分普通の野宿に関する知識とかも学んでいるのだろう。
俺たちはどうやらゴブリン式の方法を頼るのが最善手らしい。
「ルクアちゃん、良かったよ! ゲゲイン君がなんとかしてくれるみたいだ」
とりあえず俺はルクアにそのまま伝えた。
「へーー、このゴブリンって愚図そうにみえて意外と役に立つんだぁ」
ルクアは平然と失礼なことを言った。
「うん、親友だからね……」
俺はルクアにもゴブリン語を覚えさせなければならないと誓った。
ゲゲイン君は人の言葉を解することができるようになったが、ルクアはゴブリン語がわからない。
このまま二人が会話できない状態では、ルクアのゲゲイン君に対する評価がペット以下で終わってしまう。
ゴブリン語がわかる人間ならば、ゲゲイン君の良さを分かってもらえるだろうが、そうじゃない者から見ればただゴブリンが喚き散らしているだけに見えるだけだ。
この面子で旅をすることになるとは思ってなかったのと、ルクアとゲゲイン君を仲良くさせたいと思っていなかったのが今になって響いてきた。
食糧が当座の間は希望が持てることになり、家に帰る口実がまた一つ減った。
薄闇の中で、松明の炎がバチバチと音を立てて燃えている。その特有の煙の臭いで二つ目の懸念を思い出した。
そうだ炎だ松明だ。
「松明がもう無――――――」
「ガブグギギゲ!(あるぜ松明!!!)」
俺が全て言い終わる前に、光の速度でゲゲイン君がバッグから十本以上の松明をばら撒いた。
「ゴグガギブブブビ、ブブグゲギガアビビブブブグガギゲグギゲガギグブベ!
(これがなくなっても、集落秘伝の油に浸せばどんな木材でも長持ちする松明に様変わりだ!)」
死ぬほど胸を張っている。
「すごいよゲゲイン君……」
短時間で俺以上の用意をしてきた不思議。
夜中の照明もあるとなると、あと足りてないものはなんだろう。
頭が足りてないとかいう冗談はなしにして、本当に大事なものは……。
と俺は考えを巡らせていたとき、一つ思い出した。
モンスター。
結局モンスター的な何かに出会したときに、どうするのかまだゲゲイン君は言っていなかった。
そして自らのことをゴブリンの戦士だとも言っていた。
その真偽はどうであれ、ゲゲイン君が食える魔獣を狩るためには、ステータスが高いはずなのだ。
ゲゲイン君のステータスを俺はまだ知らない。
そう俺は、彼どころか、いまだに他者のステータスはルクアしか見たことがないのだ。
皆、そんなものが存在しないかのように振る舞うので、俺も無理には聞き出そうとはしなかった。
俺は青い闇の中で、松明の光に照らされる緑色のゴブリンを凝視した。
自分で放り投げた大量の松明をせっせと鞄に戻している。
至って普通のゴブリン。
確か、最初に攻略本をみたときゴブリンの平均レベルは十二程度だと書かれていた。
「ゲゲイン君は……」
俺は、ついにステータスを聞こうと話を切り出した。
「ゲゲイン君のステータスを見せてくれないかな」
「ゲッ…ゲッエエエエエ!???」
ゲゲイン君がとんでもない声で驚くと、見事に顔を赤くした。これ以上ないほどに恥ずかしかっている。
「グッ……ググギゲ……!!ボ、ボガ……!!!
(リッ……リンクス……!! お、お前……!!!!)」
目が飛び出しそうなぐらいの興奮をしたゲゲイン君は、次の言葉に詰まっている。
クワっと目を見開いていて、明らかに動揺している。
まさか、ゲゲイン君も俺と同じくステータスが低かったりするのだろうか。そんなことなら大丈夫だ、さすがに俺みたいに筋力1とかではないだろう。世の中下には下がいるのだと安心させてあげよう。
「ガグゲギギギグバグゲ!
ゴガグゲギブアギアグギゲ!?グブアギギゲガアグビグウゲギギギゲ!
(こんなところで何言ってんだ!
お前親になにも教わらなかったのか!? ステータスを人に教えるのは恥ずかしい事なんだぞ!)」
ようやく会話できるほどの落ち着きを取り戻したゲゲイン君はそう叫んだ。
言葉の内容は、俺の予想とははるかに違っていた。
「え」
恥ずかしい……こと?
まさかステータスを見せる行為そのものが恥ずかしいことだというのか?
俺は、非常にまずいことだと悟った。
もし本当なら、ルクアに何度も……。
全身に冷や汗が流れた。
「どうしたの? さっきからゴブリンが顔真っ赤にして騒いでるけど………リンクス君に何かしそうなら早めに処分したほうが……」
ゴブリン語がわからないルクアは、興奮したゲゲイン君を怪訝そうな眼差しでみながら警戒し始めた。
「いやいやいやいやいやいや僕がゲゲイン君にステータスを聞いたんだけど、ただ恥ずかしがってるだけなんだよ」
俺は慌ててルクアに説明した。
言葉が通じないと本当に面倒ごとが起こりそうだ。
「私はリンクス君と何回もステータスを見せあってるけど恥ずかしくないよ」
「………うん、………ごめんねルクアちゃん」
俺が……悪かった。
まさかそんな習わしがあるとは思わなかったのだ。
村の様子を思い出しても、ゴブリン族だけにそのモラルが教えられているとは到底思えない。
ゲゲイン君の反応の意味がわかってきた。
つまり俺が、ゲゲイン君にチン●を見せてくれと言ったの同じなのだ。
同時に、ルクアになんども見せることを強要した俺はいずれどこかで捕まるかもしれない。
俺は、初めてカルチャーショックを受けた。
でもこの価値観は、あながち間違っていないのかも知れない。
ステータスをオープンするということはつまり、前の世界で言えば履歴書を見せつけるようなことだ。
しかもステータスは履歴書なんて生優しいものじゃなく、力、知能、精神、コミュニケーション能力まで、数値化されて表示される。称号とかいう意味不明なものもセットでだ。ちなみに俺には【虚言癖】やら、【大嘘つき】といった不名誉な称号がある。
これらを不用意に見せつけることは、他者からの嫉妬を買い、又は軽蔑を生むかも知れない。だから子供のうちから、ステータスを人に見せると言うことは恥ずかしいことだと教えることで、遊び感覚でみせつけあうようなことが減るのだ。
そういうことだったのか。パパとママが、ステータスについてなにも教えなかったのは。そもそも教えなければ、自分からステータスオープンなんていうことはないだろう。頭がおかしい奴でもない限り、普通に生きていたらステータスオープンなんて口ずさむことはない。
おそらく、両親はある程度俺が賢くなるまで教えないつもりだったのだろう。
ルクアにも、ステータスをみせてはならないと強く言っておかなければならない。
「ごめん、ゲゲイン君。今のはなかったことにしてくれ」
「グ……アァ(あ……あぁ)」
にしても怖いな。ステータスを聞こうとしただけで地雷を踏み抜いてしまった。
もしかするとこれからも、こういう事態が来るかもしれない。
でもどうしてもモンスターを倒せる力があるのかどうか聞いておきたい。
言い方を変えよう。
ステータスを見せろというのではなく、モンスターを倒せる力があるかどうかを聞くだけでいいのだ。
急に、辺りで優しく鳴いていた虫の声が静まり返り、松明の火が消えた。
「モン――――――――」
俺がその一言目を発したとき、急に地面が大きく揺れた。
「うわっ!」
ゴゴゴゴゴと地響きが唸っていて、地震かと思う程に、あまりに揺れが大きいから俺は立っていられなってついに足を崩した。
元々若干斜面になった小さな丘にいたから、少しずつ俺は転がった。
ゲゲインくんも俺と同じように地面を転げ回っている中で、ルクアだけは何事もない様子だった。
「リンクス君ッ!」
ルクアは決死の表情で近づいて、俺だけを介抱しにきた。
「地震か!?」
俺はルクアに体を支えられながら、戦慄した。
異世界に来てからその存在をすっかり忘れてた。これ震度幾らぐらいあるんだ。
震度5以上の地震を体験したことがない俺からすれば絶対に6弱以上あるように感じた。
凡そ十五秒ほどの揺れが続いたとき、少し手前の地面がバコッと裂かれて、その中から大きな何かが飛び出てきた。
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