第13話『天災!四神どうぶつ園』①
*
互いの距離はそこまで近いわけではなく、通路を挟んで大体九メートル程の距離があった。
「【遊位】
リリィは噴火活動のような魔力の奔流の末に、その魔術の名を口にした。沸き立つように、激しく揺れていた白銀の髪束も静まりを見せた。
彼女の前に、二つの異様な物体が出現した。
どちらもぷかぷかと浮いている。
一つは薙刀のような武器で、長い
当然、俺の頭の中ではクエスチョンマークがひしめきあっていた。
完全にファイヤーボール的な単純な何かが飛んでくるのだろうと、身構えていたから虚をつかれたのだ。危うく新技を不発に終らせてしまうところだった。
リリィは薙刀のような武器をつかみ取ってから、武将のように地面にぶっ刺した。そのまま動かずに突っ立っている。さすがに俺が一回攻撃を防いだ以上は、すぐには攻めて来ないようだ。
俺が今動けないことを向こうは知らないのか、それともただ用心しているだけなのか……。
あれは
不思議に思って、現われた屏風をよく見ると、竹林の中、白虎が威風堂々と躍動する姿が描かれていた。
俺がまさかなと思って眺めていた矢先、屏風の絵図が湖上のように揺らいで、第二扇の中から白虎がのっそりと出てきた。
顔面は阿修羅のような厳つさで、鷹からむしり取ったような灰色の両眼に、四本の鋭利な牙を晒し、赤紫の歯茎をむき出しにして威嚇している。
全長三メートル以上ある体躯は、霜が張ったような美しい体毛に虎特有の黒線が混じり、毛皮の下に隆起した四肢の筋骨も立派で、四本足で悠然と佇む様は王者のようである。
装飾的な技法で描かれていたものが、絵から飛び出してきたのにもかかわらず、妙なリアルさがあった。
どんな幻かは知らないが、俺が真っ先に思ったことは一つしか無かった。
「君は一休さんか」
………。
「もう喰い殺してもいいから」
渾身の突っ込みも虚しく流されて、リリィは突き立てた青竜刀に触れながら、吐き捨てるようにそう言った。
白虎が返事のように一吠えした。
そして耳をつんざくような咆哮がビリビリと走った。
その様子をみても俺は立ち上がることすら出来ずにいた。
まじで動けない。
さっきから頑張ってるんだが、走り回って逃げたいのにそれが出来ない。
恐怖で腰が抜けて力が入らないとかではなく、その逆で、力は入るのに何かが阻害して胴部、腰、両脚にかけて動けないのだ。
白虎が片足を一歩強く前に踏み出して、ドスドスと重い音を立てながら途轍もない速さでこちらに走り寄ってきた。距離は一瞬で埋められるほど近いのに、動きが段々遅く見えた。
普通なら絶望して失禁でもする状況の中、俺はほくそ笑んだ。
地べたに這いずるような格好になって原因不明の状態異常によって、動くこともままならないのに、ようやく異世界ファンタジーのバトルが出来るのだと感じて嬉しく思ったのだ。
喉元を食いちぎらんとする所まで白虎が迫った時、俺は叫んだ。
「『疑似時間停止』ッッ!」
ピタリとこの空間の全てが止まった。
虎も大きく口を開けて、牙を光らせたまま停止している。リリィも一ミリとして動かない。俺だけがこの中で時を進めることが出来る。
そしてこの状態は10秒も持たないことを理解していた。
『時間遡行』
だから間髪入れずに、すぐさま俺は次の技を使用した。
すると身体は三十秒前の状態に戻り、あの状態異常が無くなって動けるようになった。
俺はやっとの思いで立ち上がることが出来た。
すぐに数歩後ろに下がり、軽く助走をつけてから大きくジャンプした。
白虎と目が合った。
「オラァ!!」
空中で白虎の頭に狙いを定めてから、『時間加速』で思いっ切りぶん殴った。
尋常ではないパワーで殴られた頭蓋の箇所は粉々に砕け、頭部がベコッと変形した。
時間がないから何倍の加速をしたとかは計算していない。
そして再び時間は元に戻った。
瞬間、白虎の頭が果物のように弾け飛んだ。
それが液体状と化して力の進行方向に飛沫が散った。
残されたゴツい獣の体躯だけが横にドシンと倒れて、頭部を失った首の断面からは、銀色の液体がダラダラとこぼれ出ていた。廊下の赤い絨毯の上に銀の染みが出来た。
わざわざ登場してもらって申し訳ないが、早々に退場してもらった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
『疑似時間停止』に、『時間遡行』
これは俺が一、二年前に編み出した新技である。
目押しのプロであるゲゲイン君に対抗するべく習得した。
だから激しい修行とかはしてないし、強敵との戦いの中で覚えたわけでもない。
『疑似時間停止』に関してはその名前の通り『時間停止』のようなもので、実際に時を止めてるわけではなく、『時間減速』で時の流れを限界まで遅くしたものである。
ただ、俺の修練不足もあるせいか、どれだけ力の消費量を多くしても、8~9秒しかその状態は続かず、更に連続使用不可で一分間待たなければならない。効果範囲も半径十メートルから先に広げることはできない。
『時間遡行』については、時間が逆行するだけだ。
そして「疑似時間停止並みの消費量」「他の人間には使えない」「連発して使用不可で約一時間のクールタイムが必要になる」という3つの欠点がある。ある程度のデメリットを設けることで、最高で四十秒前までなら時を戻すことが出来るようになった。ただし、一秒時間を戻しても、四十秒時間を戻しても力の消費量は同じだ。
気になる俺の力の総量だが、『疑似時間停止』48発分である。
人形化状態だと十分の一になっているから、マックス状態でも4発しか使えないことになる。
ちなみにこの二つの技を習得してもパチスロでは役に立たなかった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
俺が今できる技のフルコースをお見舞いしてやったせいで力の消費量が半端なく、残り三分の一を切ってしまった。
このままアルストロメリアからの救援が来なければ、リリィを無力化して捕縛するのは厳しいだろう。
ここは一旦引くべきか……仮にここで俺が逃げたとしても、アルストロメリアが無事であればやり直すことができる。
だが、俺は動けることがバレた。
『時間操作』の力の一端をみせたからには、ここまで接近できる機会は中々作れないだろう。俺の攻撃手段はぶん殴るとか蹴るとか、そういう原始的なことしかできないから、魔術で遠距離から攻撃されまくると負ける。
逆に言うとある程度近づきさえすれば、「時間停止からの時間加速で腹パンKO」で勝てるのだ。
だから自分の気持ち的にはこの場で倒したいが、能力の残量的に無理があるのでせめてリリィの情報を知ってから逃走したい。
下手に戦闘を続けて俺の能力に気づき、対策手段を練られても厄介だ。
次のリリィの魔術と動きを見てから即離脱が安牌か。
「今、なにをしたの」
リリィは少し動揺した声色でそう言った。
反射で床に刺していた青竜刀を抜いて構えている。警戒しているのか、少し後ろに退いていた。
まあすぐに何されたかなんて分かるわけないよな。
向こうの視点からすれば白虎が俺に襲いかかったと思った次のシーンで頭が弾けたら、困惑するのも無理はないだろうし、花京院だって死ぬ間際でようやく気付いたのだ。
「いきなりこの虎が自爆したんだよ。その魔術に欠陥でもあるんじゃないかな。頭が爆散するなんて相当なもんだわ。良かったら俺が魔術を一から教えてあげようか」
別にタネを明かす必要もないから、俺は適当に煽った。
何故今煽ったのかは自分でもよく分かっていない。
「あなた能力者なんだ……レアものは殺したら駄目だから、大人しくしてくれるなら手足を切り落とすだけで許してあげる」
なんか気になる言い方するな。
さっきまで威勢が良かったのに俺の能力見てびびるの早すぎないか?それとも……。
「痛いのは嫌だし、はよかかってこい」
俺は隣で横たわる、白虎の死体を蹴飛ばしてからそう言った。
時間加速でイラつきのままに蹴ったから思いのほか勢いをつけて飛んでった。
どうでもいいというような冷淡な目つきでリリィは見送っていた。
「頭だけ残ってれば大丈夫かな」
リリィは簡単にそう決断を下すと、青龍刀で試し斬りするように、一回、空を薙いだ。
その動作が余りに速すぎたが為に、俺の目には刃が辿った軌跡すら残らず、振り終わった後の少女の残心だけがピリピリと残っていた。
リリィの口角が緩んで、白く美しい目元も歪んだ。
その薄明の如く些細な表情の移ろいが、俺に僅かな気付きを与えた。
頭、頭…。俺はその単語を脳内で素早くニ回ほど唱えた後、何かに弾かれるように自分の右手を首までもってきた。
手の平に鋭い違和感が来た時、思いっきり後ろに仰け反った。
破壊音。後方の壁に、横一本の深い切れ目が一の字に刻み込まれた。
「うおっ」
その一線を見て、俺は声を上げた。
試し斬りじゃなかった……!
首を刎ねるために不可視の斬撃が放たれたのだ。
さらにリリィの方向から来る殺気に悪寒が全身を走ったのを感じて、すぐに隣の床に飛びつくように前転回避した。
俺のいた場所の壁には三本、かまいたちが通った後のように傷つけられていた。今度は斜めや縦に切りつけられている。
「あっぶな」
俺は自分の右手を確認した。
やはりこの体には血が流れていないらしく、右手には鋭い刃物で斬られたような裂け目だけがあった。
それを目でみたときに表面的な痛さが遅れてやってきた。
だが、なぜかそこまでの痛みはなかった。
あの一瞬の間で俺は自分の感覚と本能だけに頼って、首を守るために『右手に外傷を受けた瞬間に作動』という条件を付けて『時間減速』を使った。
結果、見えない斬撃が手のひらに傷をつけて、能力は自動的に作動、俺が仰け反れば避けれるレベルまでに速度を落とした。首を狙って攻撃してくることはリリィの発言から予想できたことではあったが、ほぼ俺の一生を賭けたギャンブルだった。
やばいな、これじゃ近づけない。
俺は完全に距離を取られたまま、攻撃されるという最悪な状況になってしまったのだと感じた。
しかもこの飛ぶ斬撃、時間減速で遅くして躱したが、かなりの切れ味だ。
腕、脚、胴どこかまともにくらえば戦闘不能は免れない。
「ふふっ怖い?」
リリィは辛うじて斬撃をかわすことが出来た俺にそう言った。
実に意地悪そうな顔をしている。捕食者の余裕をさらけ出していた。
「いや怖いわ。ためらいなく攻撃できるその性格が」
本当に素直な気持ちだった。
リリィはこの世界の物騒な人間ランキング一位に躍り出てくるほどの異常者だ。ちなみに二位にルクア、三位にカストロ、四位に闇の一族(名前しか知らない)五位にママがランクインする。
多数の少年少女の拉致誘拐、殺人未遂、満場一致で少年院行き確定である。あとついでに精神病院にも通った方がいいだろう。
「まじでお前、一回本気でどつくからな」
俺は結構腹が立ってきてそう言った。相手は十代少女だが、仕方ない。こいつは一度痛い目に合わないと分からないだろう。それに俺を殺そうとして許されるのはルクアだけなのだ。
「……あなたの能力は面白そうだから、あとでじっくり調べてあげるね」
その言葉をいった瞬間に、またニ、三回リリィの身体と青龍刀がブレた。
来るッ……!
俺はその攻撃を待っていましたとばかりに、両手を前に突き出して『時間減速』を使った。
今度はどこに飛ばしてくるかわからないから、縦横1メートル厚さ10センチ程度の『時間減速』による防御障壁を展開し、建材が崩れてできた砂をぶっかけた。
時間減速の障壁空間に色がついて、その中で緩やかに蠢く透明な三本の線が見えた。
俺はその三本の斬撃であろう線と線の間を掻い潜るように、前に飛び出した。
そして抜け出した瞬間、カウンターのように拾っていた五センチ大の石をリリィに向けて投擲した。
その石には『時間加速』の能力が付加され、弾丸のように突き進んでいった。
さらに自分の両目にも『時間加速』で強化し、目で動作を捉えられるようにした。
リリィは飛んでくる小石を視認すると、青龍刀を頭の上に大きく振りかぶった。
「いったな」
俺はそう思った。青龍刀の刃が粉砕する未来のイメージが浮かんでいた。
どれほどの硬さを持っているかは知らないが、あの薙刀で防御しても壊れるであろう威力で投げたのだ。
天を仰いだ青龍刀の刃は、鋭い光沢をちらつかせて、そのまま石を真っ二つに断ち切るかと思いきや、真下の地面に蝋燭のように突き刺さった。
俺が驚く間もなく、突き刺された箇所から高速で、ニョキニョキと樹木が生え出てきて、それがリリィの身を護るようにぐるぐると螺旋を描いて出来上がった。
銃弾以上の破壊力を持った小石が衝突し、バギャっという爆音を立てて内部まで貫いていった。摩擦熱で、穴の周囲は焦げていた。
「なんでもありすか」
糞、あの一瞬で青龍刀で防げないと判断して石の軌道をずらすことに専念したのか。
思った以上に冷静なやつだな。
べきゃっと樹木の破片が中から弾け飛んで、無傷のリリィが出てきた。
「家の中で木を生やしても大丈夫なのか」
「そんなことより、いいの?」
俺が一瞬、その言葉の意味を探ろうと思ったとき、柔く風が後ろから吹いたような感覚を覚えた。
その風の正体がわかるとともに、俺は気づいた。
「何ぃッ!?」
突如後ろから現れた白虎に俺の右腕が食いちぎられたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます