第12話『ガキの玩具やあらへんで! 絶対に動いてはいけない人形屋敷24時』



「うそ………メリアだけなんじゃ。どうして、……何で」


 ベッドの上で、アルストロメリアを強く抱きしめながらうろたえている。

 

 軽く流されると予想していたのに、ここまで驚かれると思ってなかったから、俺もちょっと焦って次の言葉が詰まった。



「つまり………つまり、……うん、そう……あれだ。リンクス君は……彼は、僕と同じで、『選ばれし者』だという事なんじゃないかな。リリィを導き護る為に生まれてきたという事だよ。ルクアちゃんに再会させてあげるという、まるで天使のような優しさに触れた彼は、突然変異を起こすかのように覚醒に至った……と考えるのが妥当ではないだろうか」


 と、みかねたアルストロメリアが俺に助け舟を出してくれた。

その前にそんな設定だったことに吹きそうになったが、急なアドリブにも対応してくれる辺り優秀なエンターテイナーだ。


 その言葉を聞いてもリリィは怯えたような目をしている。


「……そうだよ、ハハッ………リリィちゃんはとっても優しくて、とっても可愛くて、とっても偉い子だから感極まり過ぎて、急に自我を持てるようになったよ!ハハッ!『選ばれし者』良いね!う~んイマジネーション!!」


 俺は大体の設定を理解したので、助け船に乗っかってそういう設定で行くことにした。何とか夢の国のパレードやプリキュ●ショーのノリを思い出すことでうまいこと騙くらかそう。



「ならルクアちゃんはどうしてリリィとお話してくれないの?これだけ一緒に遊んでるのに」


 ……地味に痛いところを突いてきた。


「リリィちゃん……ルクアもまた選ばれし者で、お話することはできるだろうけど恥ずかし屋さんなんだ。察してあげようね」

 と俺は言った。


「そうなんだよリリィ。彼女の、リリィとお話したいという熱い気持ちが、この身体にもひしひしと伝わってくる。実に素晴らしい……キット相思相愛なんだよ。ただ、今は彼女の気持ちが整理できるまで、待ってあげた方がいいんじゃあないかな」


 これ本人が聞いたら怒りそうだな。


「ッ……!?ルクアちゃん………!」

 リリィはアルストロメリアの言葉を聞いて、わなわなと打ち震えている。

それこそ今にもルクアに組み付いて百合の花を咲かせんとするほどに。


    


 結局あんな小芝居までやったのに、俺の最後の下着は無残に剥ぎ取られた。

新たな衣類を装着されて、フリルが沢山付いた花柄のドレス姿になってしまった。そこから更に化粧もされピンク色のウィッグも付けられて、仕上げと言わんばかりにカチューシャもセットされた。



 衣装云々もそうだが俺の秘密の花園を凝視されたのが一番悲しい。

せめて大きくなったモノを見せたかった。



 本当に女装には良い思い出がないな。

昔友人に勧められてコミケで意気揚々とやったはいいものの、低予算過ぎて新種の河童と化した過去(トラウマ)が脳裏に蘇る。あれは流石に予算一万円、化粧カラコン無しでやったのが間違いだった……。




「死……ハハッ!……わざわざ制服や下着を剥ぎ取ってまで、お洋服を着せてくれてありがとう!リリィちゃん!

ン――――、とってもいい気分!最高だ!毛を全て刈り取られた羊のような清々しい気分だよ!!!」


 なんだこの羞恥心は、……生まれてかつて無いほどの屈辱を今、味わされているのか俺は。


「思った通り良く似合ってる。本当に女の子みたい」


 リリィは手をパチパチと拍手しながら、どこか誇らしげに言った。

アルストロメリアからも同感だと言われた。


 因みに俺がもともと着ていた制服や下着は全てゴミ箱に捨てられた。

 


 ……だが、もうリリィは寝るはずだ。

じきに12時を越えるし、顔つきがもう眠そうだ。

 


 リリィは寝ぼけ眼をこすって、あくびを一つした。何かを言おうとしているのがわかった。


 よし、言え。そろそろ眠いから寝ると。もう満足しただろう。

 

「今日はもう遅いけど、新たな『選ばれし者』の誕生を祝って歓迎会を開こうと思うの」


 嘘だろ……まだ何かする気か。それに歓迎会?

変に粘らないで、頼むから。悪い子は早く寝てくれないかな。やっぱり選ばれし者とか普通に痛いからその単語を出さないでほしい。



「それは………明日とかにでも」 

 俺はボソッと言った。



 俺の提案を聞こうとする気配すらみせずに、リリィは両手をパチンと合わせて大きな音を打ち鳴らした。


 この意味不明な行為に、呆気にとられること約十秒。



 ドアが開いて、メイドらしき女の子が「失礼いたします」と言って、静かにこの部屋に入ってきた。さっき手を鳴らしたのは、ここに呼ぶための合図だったのか。



 リリィは平然とメイドを一瞥すると、

「四人分のアフタヌーンティーセットを用意してくれないかしら。茶葉はダージリン、オータムナルサードフラッシュのSFTGFOP(スペシャル ファイン ティッピー ゴールデン フラワリー オレンジペコー)を。あっ、一人分だけラプサンスーチョンでお願いね」と言った。


 それを聞いたメイドはそそくさと出ていった。

俺の身体がナニカに締め付けられるように硬直したのも、人間に視認されたからだった。



 どうやらメイドと話すときは、口調や声色が変わるみたいだ。



 リリィは俺含めた人形三人を、テーブルを挟むように向かい合ったソファに移動させた。リリィの隣にはアルストロメリアがいて、俺の隣にはルクアがいる。

 俺の正面にはアルストロメリアが座っていて、ルクアの前にはリリィがいる形になった。



「二日も続けて、お茶会が出来るなんて最近は良いことが続いてると思わない?メリア」


「そうだね、……た………楽しみだよ……お茶会」

 アルストロメリアが、かなり動揺しているように感じた。

どんなアクシデントにも堂々としている人間だと思っていたから、意外に思った。よほど茶会が嫌なのだろう。




 ほどなくして別のメイドが3人やってきて、テーブルに手際よく真白いテーブルクロスが敷かれた。


 そしてシノズワリを思わせる見事な緑の植物が描かれて金彩が豪華に縁を走った、大きなスリーティアーズ3段スタンドが運ばれた。


 下段、一段目にはサンドイッチ、二段目にはスコーンや焼き菓子類、上段の三段目には小さなケーキとマカロンがある。


 その隣には季節の花を活けた一輪挿しが添えるように置かれ、人数分ある食器も最上級のテーブルウェアが用意されて、卓上が茶会の為に整えられた。



 茶会の主役とも言えるティーセットは、夜空のコバルトブルーに薄らと雲がかかったような色の陶磁器だった。内側は驚くほど白く、金の小花がぽつぽつとペイントされていた。


 ティーカップの持ち手がハイハンドルになっていて、とても持ちやすそうだと思った。しかし俺は動けない設定なので、飲むために持つこと自体ができない。まあこの人形の身体にはティーカップはでかすぎるから持ちやすいもクソもないのだが。




 メイドの一人がポットを持ち、リリィ、アルストロメリア、ルクア、俺の順で茶が注ぐ。


 俺のティーカップに注がれた瞬間、異変を感じた。


 なんだこの臭いは!

ウッとして俺は思わず鼻をつまみかけた。

だがメイドさんの視界に入っているから、身体が何をしても動かなくて助かった。



 燻製されているようで強烈すぎる。頭が痛くなりそうだ。

 

 他三人の紅茶からは、秋摘みダージリンの香ばしい匂いがしていたのに、どうして俺の奴だけ某胃薬のような匂いがするんだ。

ていうかこれ絶対正露●入ってるだろ。

……まさか俺が動けることを知っていて嫌がらせをしているのか?


 

「ふふ良い香りがしているでしょ?この茶葉はね特別なことがあったときに淹れてあげるの」


 メイドが全員この部屋から出て行ったときを見計らって、リリィはそう言った。



「……わあ凄い!!ハハッ、ンーーーーーー僕の紅茶だけ正露●の良い香り! ステキなティーパーティーの始まりの予感!!!」


 と俺は一人だけテンション高めに、奇声を発していた。ミッキ●の声真似のしすぎで人格が乗っ取られそうだ。気が狂う。


 何が楽しくて、女装して夜中からお茶会をしなくてはならないのだ。

 

……やっぱりこれは夢かな。夢よりも夢のようなシチュエーション。質の悪い悪夢でも見ているのだろう。ついに俺が吸っちゃいけないあの草を吸ってしまい、その幻覚症状に苦しめられている途中だと言われた方がまだ説得力がある。


 急に自分が情けなくなった。


 本当に俺は異世界に来てまで何をしてるんだろう。

六歳の頃に考えていた人生予想では、今頃は聖剣振り回してファイヤーボールとか言いながら冒険をしているはずなのに。街をあるけば、奴隷のケモ耳美少女を買って、魔術学園でイキリ散らしながら人生を謳歌しているはずだったのに。それができなくても、冒険者SSSランクのパーティに入り、わざと問題起こしてから追放されて、もう遅いと言いながら………。



 今、何してる?

カッコ良くルクアを助ける筈が、売れない芸人みたいなことをさせられている。……違うだろ、早くバトルをさせてくれ。これまでのこと思い返してみれば俺、異世界来てから一回もバトルしてないわ。そりゃレベル1のままだよな。




 そういえば、どうやって飲食するのだろうか。


 仏壇や墓石の前に置かれたお饅頭と同じような感じで、俺は何もしなくてもいいのかな。


 成る程な、現実の食い物や茶の量は一切1グラムも減っていないけれども、何となく食ってる感を出せばいいんだ。歓迎会(笑)のおままごとに、ここまで出来るとは、さすが金持ちは格が違うわ。この家の食料廃棄物の量は相当えぐいんじゃないか。



「いやぁ~~~うまいうまい。ハハッ、お茶もお菓子もおいしいねーー。

むーしゃむーしゃ、あーーーっ、くったくった。ささ寝よう」


「あなたは何を言ってるの……?まだ何にも食べてないでしょ?」



「………」


 ………。



   *


 俺が呆けているとリリィが、アルストロメリアに紅茶を飲ませ始めた。

 

 アルストロメリアからかなり苦しそうな声がしている。


 ティーカップの中が空になったのと同時に、リリィはルクアにも飲ませようとした。

当然ながらルクアは意識がないので、飲みこむことなんかできず、服の上にボタボタとこぼしている。


 その光景を俺は幻でもみているような気持ちで見ていた。



「ルクアちゃん今日も飲んでくれない……」

 リリィがルクアの首元をハンカチで拭いながら悲しそうな声で嘆いた。



 果たして人形にも消化機能とか、あるのだろうか。

恐らく神経が無いのにちゃんと痛みも感じるし、その辺もファンタジーな要素で解決してくれるのだろうか。



 ついに俺の番が回って来て、リリィが力尽くでティーカップの口を押し込んで飲ませようとするから、俺は自分の唇を貝のように閉じて抵抗していた。


「お口が開かないのは何でかな」


 そこで、頑張って口を閉じていたのに遂に突破されて無理やり流し込まれた。


「ごぁっ」

 

 熱ッッ!熱い!!しかもやたらと量が多い!


 俺は現実に戻り、やはりこれは夢ではないと悟った。

紅茶が熱すぎて、唇を火傷し、気管に入って咳き込みそうになりながらも、巨大なカップから流し込まれる紅茶をひたすらに飲み続けた。


 飲まねば溺れ死ぬ。

味に関しては普通にうまかった。

 

 

「うぶぇ……熱、ごぉえっ、んお、おいじいよ、ブ……ごっ、…こりゃあいいねリリィちゃん!ハハッ」


 お前マジで今日の事は忘れないからな、後で覚えとけよ。




 ゴーン、と大きな鐘の音が鳴った。

12時を越えた。



 あれから更に続けて胃の中がたぷたぷの状態でサンドイッチを食わされたり、スコーンを食わされたりした。


 大きなケーキを食わせようとしてきた辺りから、身の危険を感じた俺は、虫歯が酷いと喚いて口の中に押し込む作業を止めさせた。



 そんなこんなでストレスを溜めながらも、案外楽しく歓迎会は進んでいた。


 ルクアや俺の過去について聞かれたから、村での事や、出稼ぎ労働者時代の思い出を語ったりした。


 地味に俺が冒険者やってたときの話がアルストロメリアにもウケた。

全く冒険せずに街の中で不倫探偵とか清掃業をしていただけのだが、多分貴族の少女組には新鮮だったのだろう。結構食い気味に聞いてきた。


 話の中で、冒険者ギルドの先輩の兄貴を思い出してしまい涙腺が少し緩んでしまった。


 最初はガラが悪くてイメージが最悪だった冒険者の兄貴。俺が金に困ってるときによく飯を驕ってくれたなあ……。色々仕事とか斡旋してくれて気にかけてもらったし、いい人だった。

 

 魔術に飽きたらあの街に戻って、冒険者にジョブチェンジするのもアリかもしれない。虫とか怖いし迷宮行ってモンスターを倒したいとは全く思わないけど。



 俺の口も段々饒舌になって行き、話もヒートアップしてきて大体のリリィの思考と性格が掴めると共に、完全に心を掌握できたと慢心していた。


 これはもう、勝ったと思った。

このまま人間に戻れる日もそう遠くないな……と。


 しかし現実はそう甘くなかった。



 俺がゲゲイン君と街のパチスロで二十万溶かして、ハズレ台を叩き壊したときの話をしていた時であった。


「子供を作るには何をすればいいの」

 とリリィが唐突に聞いてきた。嬉しくない確変が起こった。


 突飛な話題を振られて俺は一瞬フリーズした。

情緒不安定になったルクアと会話しているときのような嫌な汗が出た。

アルストロメリアも黙り込んでいる。


 さて、……どう返したらいいものかねこれは。

アルストロメリアの手前、過激なことは言えないからなあ。



 ルクアにも似たような質問を聞かれたことあるし、同じこといっても構わないか。


「……ハハッ、リリィちゃんもそういう事が気になるお年頃かなぁ~??

好きな人同士がキスをするとコウノトリが運んでくるらしいよ!」


「好きな人と……」

 と、自身の唇に触れてぽつりと言った。

オッドアイの両眼が閃いた。


「メリアは、ルクアちゃんのこと、好きだよね」


 ん……?

 


「……嫌い、ではないけど……」

 と実に答えにくそうな雰囲気でアルストロメリアは言った。


「そうだよね好きなんだよね。……リリィは、ルクアちゃんを初めて見たときからずっと思ってたことがあったの。

ステキな二人が子供を作ったら、一体どんな子が産まれてくるんだろうって」



 なるほど、ついにトチ狂ったか。

ずっとおかしいおかしいとは思っていたが、これではっきりした。

こいつやべえわ。


「なっ、な、何を言ってるんだリリィ。キスをしたところで子供なんか産まれないし、コウノトリなんてこない。しかもそんなの現実的に考えておかしいじゃないか。コウノトリがキスをしそうなカップルを常時監視しているわけでもない限りそんなことは起こりえないだろう? この世界の一日の出産数はわからないけど、少なくとも千人以上は産まれているはずだ。まさかその度に千羽以上のコウノトリが動員されているとでも言うのかい?そもそもの話が人形に子供なんかできるわけないよね」


 とアルストロメリアは焦ったように早口で言った。

そして俺は妙に納得できた。 


 確かに言われてみれば普通に苦しいよな、赤ちゃんコウノトリ説は。


「どうしてお人形さんには子供ができないの?コウノトリが運んでくるんでしょ?じゃあ何をしたら子供はできるの?」


 だが、リリィは俺が言った赤ちゃんコウノトリ説を信じ切っていた。



「………」

 アルストロメリアはバツが悪そうに黙っている。

……ごめん、俺のせいだわ。

 

「メリアはルクアちゃんとキスをするのが少し恥ずかしいから、そんなことを言うのかな。大丈夫、心配しなくても、二人から産まれてくる赤ちゃんはキットかわいいから」

 

 そうリリィは言うと、ルクアを持ち上げて俺の横に座るアルストロメリアの所までやってきた。そのまま二人を向き合わせて顔をくっつけようとしている。


 だめだやめてくれと抵抗する声が聞こえていた。



 このとき俺は脳があまり働いておらず、「百合か……」と呑気に思っていた。しかし、あと数センチという所で脳内に雷が落ちた。



 これ、ひょっとしてヤバいんじゃ……。

アルストロメリアは硬直状態の人形を触れることで解放することができる。

だから……このままリリィの好きなようにさせるとルクアの硬直状態が解かれてしまう筈だ!そうかアルストロメリアはそれを理解して嫌がっていたんだ。


 ルクアが起きたら赤ちゃんどころの騒ぎじゃない、死体が出来上がるぞ!!


「ちょっと待つんだリリィちゃん!!お前何してる。

彼女達を触れさせてはいけない!!!なんだか良くないことが起きるんじゃないかね。えええ??分からないぃ? そう、だね……でも僕達『選ばれし者』には分かってしまうんだ……ハハッ」


 俺は奇行に走ったリリィを止めるべく、早口で声を張り上げた。

ピタリとリリィの動きが止まる。


「彼の言う通りだ、このままだと確実に良からぬことが起きてしまう」

 すぐにアルストロメリアは同調して言った。


「え」

 リリィは言葉の意味がわからないようで、困惑している。



「ルクアは陰、アルストロメリアは陽。この反する二人が接触してしまった時、既存の世界が崩壊を始める。………僕の村では、ある伝承が何世紀をも越えて口伝だけで残されている。


それはこうだ。

『枯れたこの地に古き王が蘇る刻、人の怠惰に終焉をもたらすだろう』

枯れたこの地とは木々を切り拓いて出来たフォートナムメイソン王国の事で、古き王とはルクアのこと。そして、人の怠惰とは魔術のこと……。

賢いリリィちゃんにはこの意味が、分かるかな、ハハッ。

ここに稀代の天才魔術師アルストロメリアがいるでしょ。

……つまり、そういうことだよね。もうパンドラの箱が開かれて、新たな時代がそこまで来てるってワケ。アバターとの会話はもう始まっているんだよね。最終選別が始まり、最後には優秀な人類だけが生き残る。

信じるか信じないかは貴方次第です……ハハッ」


 俺はパニクってあることないこと言いまくった。

そう、必死に体や手を動かしたり、身振り手振りを交えながら……。


 しばし沈黙の時が流れて、俺は自分の失態に気付いた。


 

「うそつき」

 リリィが凍てつくような声色で言った。まさに人形のような無機質な顔で俺を見た。


 そして、流れるようにアルストロメリアを机の上に置いて、左手を俺の方向へかざす。



「あ」

 やばい何かされる。

そう感じたのと同時だった。



 俺の身体全体に、ドンと、濁流のように強い重力が浴びせられた。

その謎の大きな力によって、まるで反発するようにソファから宙へ押しのけられる。そして俺の身体は矢のように真っ直ぐ高価な家具をぶち抜き、白色のロココ調の壁を爆発するような音を立てて突き破って、廊下まで吹き飛ばされた。


 *


 冷たい廊下の壁の建材が崩れて、破片や砂埃のようなものがパラパラと落ちる。


 あの部屋を破って、廊下通路の壁に出来たクレーターの中に俺は埋まっていた。 


 顔を守るように交差させていた腕を解く。

両腕で後ろを押して前へ倒れ込んだ。



「はぁ……はぁ」

 防御が間に合った……。

咄嗟に『時間加速』で身体を守ったが、それなりに力を使わされてしまった。


 しかもなんだ今の攻撃は。

リリィは魔力を解放していなかったし、恐らく何らかの攻撃のスキルを使ったのか?



 俺はゲホゲホと咳をしながら自分の身体を見た。


 よし、どこも痛くない無傷だ、馬鹿め、時間加速中の俺にこんな半端な攻撃は……。


 両手を地面に付いて、四つん這いになった状態から起き上がろうとしたとき、ようやく俺は自分の身体に起きた異変に気付いた。


「なっ……!??」


 体が動かない。

正確に言うと両腕以外が……胴部と下半身が思うように動かせないのだ。無理に動かそうとすると、身体がギシギシと鈍い嫌な音を立てる。


 まずい、立ち上がることが出来なくなった。

すぐに逃げたいのだが、身体が動かない。腰を痛めたとかそんなレベルじゃないぞこれは。


 

 前方向からドンと炸裂音がした。

 リリィが自分の部屋の壁を更に破壊し、人一人が通れるような穴を作って俺の方へ向かおうとしているのが見えた。その背後からはアルストロメリアが制止するような声が聞こえる。



 リリィはすでに魔力を解放していた。

 少女の肉体には大量の魔力が纏われて、濃い紫色のオーラが焔のようにゆらゆらと燃えている。


 俺が身体の異常にもがいている時、部屋の壁が完全に破壊されて、ついに奴が廊下まで出てきた。



「堅い?まあいっか」

 

 未だ原型を留めている俺を見て放った言葉がそれだった。


「可哀想だから最後は魔術で殺してあげるね。リリィに嘘をついてた貴方が悪いの」



 やべえ!!

いかれてるぞ、マジで俺を殺る気だ!!!!



 さらに激しく華やかに魔力が高潮していく。

「【遊位】――――」



「いっっッ……!!」

 魔術を行使しようとする姿を見て、俺は覚悟を決めた。

 あの技を、使うしかない。

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