第11話『ほなお人形さんで遊ぶで』②
*
俺は元いたガラスショーケースの中へ入り、何事もなかったかのように人形の振りをしていた。アルストロメリアは天蓋付きベッドの上、枕元に座していた。
俺のいる場所の位置が高く、ここからだと部屋の様子が一望できるので、リリィが戻ってくるまでの隙間時間に部屋の景色を堪能していた。
まもなくして、俺からみて右手側にあるドアがギィ……と静かに開かれ、リリィが入ってきた。
簡単な寝巻に着替えて可愛らしい姿になっていて、学校ではツインテールだった銀髪はおろされていた。赤青のオッドアイのカラコンは未だにつけているようだ。
そして両腕には、ルクアを大事そうに抱きかかえていた。
ルクアはすでに着せ替え済みで、衣装が失踪前の制服から、桜色の柔らかなプリンセスドールの衣装になっていた。
(ルクア……!)
俺はルクアの無事をようやくこの目で確認したことで、再度安心できた。
リリィは、俺に見られていることなんか知らずに、両手にルクアを抱いたまま実に眠そうな表情で大きなベッドへと向かっていった。
時計の針は11を指していた。夜だった。
「今日はいっぱい遊べたね」
ルクアをベッドの上に持って来てそういった。
そして実に愛おしそうに、アルストロメリアの横に並ぶように座らせた。
ほう、夜からおままごとかね。精が出ますなぁ……。
俺は美少女のおままごとを、ショーケースの中から高見の見物をさせてもらうことにした。是非見せて頂きたいものだ、R18おままごとを。
「またルクアちゃんの服を変えたのかい、リリィ。これで五回目だよ」
アルストロメリアが急に話しかけ始めた。
喋ってもいいのか?
俺はそう思ったが、ベッドで寝たきり状態のアルストロメリアを見ると、身体は動かすことはできないが、口だけ動かして会話することができるのだと分かった。
上手いこと考えたな。でもだめだぞ、おままごとのお人形が喋るのはマナー違反だからな。
「ふふ、メリア、焼きもちやいてるの?」
リリィはベッドに座って、枕元、ルクアの隣にいるアルストロメリアの水色の髪の毛を撫でながら言った。学校でみたときとは雰囲気も少し違うようだ。
しかもアルストロメリアの愛称がメリアなんだな。今度言ってみよう。
「いや……新しい家族なんだ。もっと構ってあげるといい」
ふてくされたかのような声色で返事をした。
「そんなに怒らないで。メリアにも明日になったら、お揃いの可愛いお洋服をきせてあげるよ?」
「……いいや、……それはもういいかな。……今はこの服を気に入ってるからね」
こんな感じで、二人は十分程会話をしていた。
他愛もない会話が続いていたが、リリィの言動等々に何かひっかかるものを感じた。加えてどことなく性質もルクアと似ているようだとも思った。精神面の幼さや、対人経験の少なさ、その他の要因から来る独善的な思考回路というか何というか……。
そろそろ俺が少女達の小話に飽き始めた頃、アルストロメリアが気になる話題を振った。
「流石に学校を二日も行ってないのは不味いんじゃないかい、情報収集なり捜索なりで、この家に学園の魔術師達がまた来るかも知れない。それに……」
「メリアや新しいお人形さんがいっぱい増えて、あの子も手に入れたし、もうあそこにはいかないから」
言うねえ。目の色や表情の揺らぎをみていると、本当に学園に興味とかが無くなったみたいだ。
親視点からみると一年に高級外車が何台も買えるような学費を払ってるのに、ある日突然娘にそんな引きこもり宣言されたら泣く自信がある。
「そういえば、昨日リンクスって男の子も連れてきてたよね。……ルクアちゃんと仲良くて家族みたいだったから、はなればなれにならないように」
と、リリィは唐突に俺の存在を思い出したかのように言った。
変な所で優しいんだな。何ならついでにゲゲイン君も連れてきて欲しかった。あいつさえいればどんな状況になってもひっくり返すことが出来るのになあ。
そうしてリリィは熱い眼差しでルクアを見て、
「今すぐに会わせてあげる」
と言ってベッドから抜け出した。
んん!?まさか。
俺の聞き間違いでないことを証明するように、リリィは顔を少し上に向けてこっちを見ていた。両眼の赤と青の透けるような原色を見てしまった。
驚いて、反射で顔を逸らしかけたが、それをしてしまえば色々とやばいことになるので、ギリギリで留まった。今の俺には人形のフリをして、アホ面かまし続けることしかできないのだ。
次の瞬間、リリィは宙に浮いた。
両足は地から離れて、スーッと上昇している。
魔力を解放していないから魔術の類ではないようだ。
舞空術……?
この世界ってそんな摩訶不思議アドベンチャーな世界だったのか。中盤から緑のハゲと戦ったり、宇宙から来た侵略者二人組と戦闘するのはある意味楽しみではあるが。
そんなことを思っている間に、目の前にあるショーケースの扉が開かれて、リリィの手がグングンと迫ってきた。
そして俺の首をがっしりと握って、外へ連れ出された。
痛え苦しい。もっと丁寧に扱ってくれ。俺だって生きてるんだぞ。
人形に対しては普通なのかもしれないが、余りに乱暴すぎて吐きかけた。
片手で首を掴まれたまま、ぶらりと身体は宙に吊るされる。地面が遠い……。長くさらさらした若い白銀の毛が俺の顔に当たる。
まさか初飛行がこんなマヌケなものだとは思ってもいなかった。
息ができないとかじゃなくて、単純に首を絞められて苦しくて意識が飛びそうになっていると、腰と尻に柔らかい羽毛のような感触を感じ、解放された。
苦しみの空中遊覧の後、強制的にベッドの上に座らされた。
足は人形らしく大きく開かれた。
俺の前で、リリィは女の子座りしている。
そして、俺のすぐ隣に虚ろ顔のルクアがいるのを視界の端で捉えた。
急のことで整理が付かず、頭をグルングルン動かして、周りがどうなっているのかを確かめたい気持ちでいっぱいになった。動けないフリをするというのは実にもどかしいものだ。
ただ、さっきまでのおままごとの光景から、アルストロメリア、ルクア、俺の順で並んでいることは確かである。
「また家族に会えて嬉しいよね、ルクアちゃん」
リリィは微笑を浮かべ、物言わぬルクアに言った。
ルクアの近くに行けるのは嬉しいけど、今復活させる予定はないからやめてくれ。
「良いことを出来て偉いね。偉い偉い偉い」
アルストロメリアの声だ。物理的に近づいたからさっきよりも声が大きく聞こえた。
リリィは何かに気付いたかのように、あかちゃんを持つような感じで、俺の両脇に手を入れて持ち上げた。
「そうだっ、忘れちゃってた」
と、リリィはしまったと言わんばかりに、悪戯した後の猫のように舌を出した。
この部屋にある、大きなクローゼットの扉が開いて、可愛げな衣装が飛び出してきた。吸い寄せられるように、フリルのついたドレスや下着が浮遊する。
これを満足気に、片手につかみ取ったリリィを見て、俺はよからぬ予感がした。
そしてその予感は見事的中していた。
「ごめんね。今男の子の服がないの。でもあなたは可愛い顔をしてるから、女の子の服でもいいよね」
いいわけないだろ頭逝ってんのか。
そんな思いは届かず、リリィは慣れた手つきで、俺の制服を剥いでいく。
ベッドに投げ捨てられた制服を見て、俺は昔見たAVのワンシーンを思い出した。
おい、やめろ。服を脱がすな戻せ、よく考えろそこから先は犯罪だぞ。俺は別に制服のままでいいから。
俺はすぐにパンツ一丁の下着姿になり、肌寒さと羞恥心でいっぱいになった。
「〜〜〜〜♪」
リリィは鼻歌混じりに、俺の最後の聖域に触れようとしている。
まじでなんなんだその右手に持ったカボチャパンツは。
下着を脱がせてそのモコモコしたパンツに取り替えようとするつもりじゃないだろうな。いくら美少女でも許さんぞ、俺の全裸を見ても許されるのはルクアだけだ。
ここでいきなり俺がガーガーチキンみたいに発狂して、人形がトラウマになるぐらいまでびびらせてやろうか。
……ん。いや、そうだ。しゃべれば良いんだ。
「やぁ~~!みんな!僕リンクス」
俺は半裸で元気よく挨拶をした。
「ひっ」
リリィは流石に驚いたようで俺を地面に投げ捨てた。……酷い。
とっさにアルストロメリアを胸に抱き抱えて、まるでゴキブリを見るかのような目で、床に転がった俺を見ている。
「ハハッ! リリィちゃんと遊びたくて、急にお話しすることができるようになったんだよ! これって奇跡だと思わないかな!!!
ハハッ、さあて僕とお話してくれるかな~~?? ンーーー???
とりあえずさっさと僕に制服を着せてよっ ハハッ」
俺はかなり甲高い声を出して、そう言った。
ネズミの耳を付けて白い手袋をはめれば夢の国の人間になってパレードもショーも出来たのだが、贅沢はいってられない。あいつもほぼ半裸だし今の時点で俺は50%ミッキ●マウスだ。
さっきからアルストロメリアがリリィの胸元から、まじかコイツみたいな目で俺を見ている。話し出すのが想定外だったのだろう。
声をだすだけなら問題なかろう。……多分。
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