第10話『ほなお人形さんで遊ぶで』①

 目の前には、三人とも良い具合に人形になって椅子の上に座らされていた。大きな椅子で、

左から順に、ルーカス、カストロ、フランクである。


 そして全員の服装が学園の制服のままであった。

薄っぺらく冷たい表情、両瞼は開き、遠い目をしてどこかを見ている。

身体も脱力した感じで、正に人形であった。



 やはり俺と同じように学校で人形にされて、連れてこられたようだ。



「うわっ……」


 思わずそんな声が出てしまった。

ルーカスやフランクに関しては予想がついてたけど、副会長の方も誘拐されていたのか……。生徒会特有の白い制服と不死鳥の銀飾りがあったからすぐにわかった。



 正直言うと、俺に良いイメージをもっていないだろうからこの後がちょっと怖い。



「じゃあ起こそうか」


 とアルストロメリアは言って、ルーカス君とカストロの身体に手で触れた。 

 

 そこで面白いことに、二人の目は既に虚ろに開かれていたのにもかかわらず、触れられたことによって一度閉じたのだ。


 再度、眠り始めたようにもみえて、魂が吹き込まれた瞬間であった。



「ここは……」

 数秒経ち、最初に起きたのはカストロであった。

まだ目の焦点が合わないらしく、何度も白い手の甲でこすっていた。


 そうして目が開かれ、赤く光沢のある瞳を露わにした。

アルストロメリアのことを一瞬見上げて、お互いに顔を合わせた。


「久しぶりだね、カストロ」


 その声を聞いた途端、巻かれた金髪をなびかせて、弾むように起き上がった。人形になっても大きな胸が強調されていた。


 数秒みつめ合って、アルストロメリアを認めた頃、鋭い目がほころんで

「アルストロメリアお姉様……あぁ、お姿も変わらずに。私、この日をどれほど待ち望んだことか」


 と、泣き声を出しながら、力強く抱きついた。

抱きつかれたアルストロメリアは若干引き気味であった。


「ご無事であられまして、このカストロ感激の極みですッ」



「うん、僕がいない間に苦労をかけたね」


 お姉様お姉様と言っているが、カストロの方が身長が高いから不自然にみえた。俺には二人の過去はよく知らないが、感動の再会ができたようで何よりである。


 そして何回か言葉を交わして落ち着いた後、アルストロメリアが現状の説明をした。カストロは自分が人形になったことで非常に驚いていた。

俺がこの場にいることにも驚いていた。



「リンクス……さんもいらっしゃるのですね。

この不良生徒が、本当に役に立つのでしょうか」

 と、白けた目つきで見てきた。



「なんかすいません」

 俺は適当に謝った。


 確かにそう言われると、俺が役に立つような光景が全く浮かんでこないのだ。魔術も使えないし。

しかし俺は俺でルクアの奪還という大きな目的があるから、何かをしないわけにもいかない。



「ままぁ……」

 ルーカスは未だ起きず、隣で寝言を漏らしている。

ルーカス君…………。

ふっ、だめだなあ。俺はもっとスマートに………目覚めてなかったわ。



 フランクにだけ、手で触れていないが彼の硬直化は解かないのだろうか。


「もう一人は起こさないんですか?」


 俺の疑問の言葉を聞いて、ふむ……と考える姿を一度見せた。


「もう一人……? ……なるほど、そこの彼のことか。

名前は確か、……フランクとかだった気がする。そういえばリンクス君のクラスメイトだったね。彼は魔術師としては比較的優秀だったけど、そこに秀でた才は見なかったからなあ……。

足手まといを無闇に増やすと一気にチームは瓦解するだろうし、今回はパスだよ」


 とフランクのことをボロクソにいった。


 フランクよ……無念。君は復活できないみたいだ。

魔術を使えるだけ少なくとも俺よりは役に立つと思うのだが、必要ないと思われたのならば仕方ない。


 もし俺が他の人形の硬直状態を解くことができたら、手当たり次第に解除しまくって仲間を増やし、逆襲の人形軍団VSリリィの構図にするんだけどな。



 でもよく考えたら、起きない方が幸福なのかもしれない。

目を覚ましたとき、全てが解決しているほうがフランクも嬉しいはずだ。



「この場にいるという情報自体を知らなかったから、彼のことはもうどうでもいいんだけど、そこのルーカス君は非常に重要だよ。彼は中等部一年ながらにして、類い稀なる才能の持ち主だ。まあ僕には劣るけどね」


 と、アルストロメリアは、心地良さそうに寝返りを打つルーカス君を見て言った。


「折角お姉様がいらっしゃると言うのに何と無礼な。速やかに起床しなさい」


 そこで不快感を出したカストロは、ルーカス君の腹を蹴り上げて、強制的にたたき起こした。ぐぇっという小さな悲鳴がきこえた。



 こっわ……マジでやばいな。これってパワハラなんじゃないかなあ。

俺はカストロに起こされなくて運が良かったと思う。残念ながら暴力系ヒロインに耐えうるほど頑丈な肉体をもってない。



 ルーカス君は腹を押さえて、二回三回椅子の上で転げ回っている。

そして自分の腹を蹴ったカストロを睨み付けて、顔を真っ赤にして激怒した。



「今何かしたのはお前か!?この俺を誰だと思っているッ! 今すぐ死刑にして………ぁ」


 自分が声を荒げた先にいる人物が誰なのかと認識したとき、停止した。

強い赤色の髪がしおれて、みるみる内に顔に影が差していく。

ブラウン色の瞳が震えて、身体もガタガタと震わせ、早くも泣きそうな顔になっていた。


 必至に何かを言おうとしているが、余りの恐怖に声が出ないようである。


「はい、何でしょうか。貴方が何者なのか私に是非お聞かせください」

 追い打ちのように、カストロは腕を組んで見下しながら、先生が小学生を問い詰めるような冷ややかさで言った。

 


 はたから見ていて、人間は本当の恐怖に対面したときは、言葉が出せないものなのだなと思った。

普通にビビっただけだったら何でもいいから謝罪の言葉を連ねるけど、それすらできないのは何か言うことで場が次に進むことを恐れているからなのかもしれない。




「ははは、余りからかわないであげてねカストロ。

彼はまだ夢の世界から帰ってきてないみたいだ」


 ルーカス君はアルストロメリアの姿を見て、更に絶望の表情が濃くなった。

 アルストロメリアも恐怖の対象だったのか……。


「お姉様がそう仰るのであれば、今回の無礼は不問に致しましょう」



「じゃあリンクス君、僕とカストロで少し話すことがあるから、その間、彼に現状説明とかをお願いしても良いかな」 



「わかりました」


 干からびて、座り込んでしまったルーカス君に、俺は今置かれている状況を説明してあげた。自分が人形になってしまったと知っても余り驚いている様子は無かった。精神的に疲れているのだろう。


 彼は生徒会の二人に萎縮しきっていて、いつもの覇気を失っているように見えた。

普通に可哀想だ。いきなり暴力を振るわれて起こされたかと思えば、先輩に恫喝される羽目になるとか。


「ルーカス君、侯爵の息子なんだしもっと自信持っても良いんだよ」

 俺はもう見ていられなくなって、優しく元気が出るような言葉をかけてあげた。


「なんだと平民!あのお二方は、王家と深いつながりがある公爵家の御令嬢なんだぞ、頭が高い!」

 さっきまで死んだような顔をしていたルーカス君に熱が戻った。



 なんだ爵位で負けてたのか。ルーカス君の家柄が一番上だと思ってた。


 そしてふと、俺は平民なのだろうかという疑問がわいてきた。


 学園に来てから平民とか色々聞くけど、そもそも俺が住んでる村自体が変なところにあるし、自分の身分すら知らないのだ。ただの村人。

ママの転移門で道のりをすっ飛ばして魔術学園まで通学していたから、この国がどこにあるのかすらよくわからない。


 だからこの国自体に一切の興味はないし、身分とかもどうでもいいと思ってる。俺の言動が原因で問題が起きたときは、すぐに村へ帰ればいいだけなのだ。


「やっぱりルーカス君は人形になってもイケメンだなア」

 と、俺はしみじみとした気持ちで言った。

機嫌をそこねたルーカス君をおだてて良い気持ちにしてあげようという思惑ではあったが、彼がイケメンであることは真実である。THE王子様のようだと言ってもいい。

彼はあと五年もしないうちに高身長イケメン男子になることは確実だろう。



「当たり前だ平民、俺はルーカス様だぞ」

 とすぐに笑みを浮かべて、胸を張り始めた。


 まじでチョロいな。ルクア並みのチョロインかもしれない。

死ぬほど褒めたたえたら俺とルーカス君でBLとかいけるんじゃないか。


 本当にいけそうだと思って、ルーカス君に愛の言葉をささやこうとしていた時、アルストロメリアとカストロが寄ってきた。



「お姉さまの有難いお話です」

 カストロの声を聞いて、ルーカス君はすぐにうつむいた。



「お互いに大体の話が終わったようだし、リンクス君に一つ言っておきたいことがあるんだ」


「はい」


「リリィに隙があっても、ルクアちゃんの硬直状態を解くことはできないよ……彼女は諸刃の剣でもあるからね。

リンクス君が一番良く分かっていると思うけど、彼女が硬直状態から解けたとき……この状況を見て激情し、リリィを殺しかねない。

ほんとうにどうしようもなくなったときの最終手段だと思ってね。

そしてその手段をとった場合、ルクアの精神の舵を取るのがリンクス君の役目だよ。君ならば彼女を止められるだろう?」


 その話を聞いても、俺は特に衝撃を受けなかった。

俺が一番ルクアの事を考えていて、誰よりもルクアの思考回路を理解していたからだ。アルストロメリアと考えは同じだったのだ。



「恐らく……やりようによっては八割程度の確率で止められると思います。

今ルクアを起こさない方が良いというのは、僕も同じ意見です」


 力なく答えた。手段を選ばなくてようやく八割なのだ。

今回は120%ルクアのブチ切れ案件である。


 ルーカス君はよほどルクアの事が嫌だったのか、俺の言葉を聞いて安堵の表情を浮かべていた。



 俺が誰かの所有物になっているという様を認識した場合、多分ルクアの怒りはこれまでの比にならないほど高潮するだろう。

もう何が何でもリリィを殺そうとするはずだ。


 仮にルクアを俺がなだめて止められたとしても、この事件が収拾出来た後の少女二人の関係に修復不可能な亀裂が生まれかねない。


 俺は美少女二人が嫌い合うような光景はみたくないから、ルクアに起きてもらうのは最後がいい。

 

 今焦る必要はない。

全て終ったとき、何が起こっていたのかも分からないのが理想だ。

それだけリリィの人形にする能力はルクアの精神に与える害が最悪なのだ。




「問題なさそうでよかった。じゃあ、みんな揃ったことだし、これからの目標について話したいと思う」

 カストロは一言一句聞き逃すまいというような顔で、ルーカス君はもう逃げ出したいというような顔だった。


 目標か、そういえば聞いてなかったよな。

リリィをぶっ倒してめでたしめでたしじゃダメなのだろうか。


「まず、何を持ってして僕たちの目的が達成なのか?

これは一つではなく複数あるかもしれないし、そもそもそんなモノがあるのかすらわからないのが現状だ。

一応、人形になった者たちを全員解放を目標としているけれど、例えば、リリィを倒せば人形化が解けるかもしれない。それは無理で、ほかの手段じゃなければダメかもしれない。

リリィを倒しても解けるという絶対的な確証はないから、その場合は戦闘不能にしたリリィに自分から解除させる方法もある。当然、リリィが人形になった人間を元に戻すことができるのかも分からない。少なくとも僕は、彼女が一度人形にした者を開放している場面を見たことがないな。

今はできずとも、能力が成長し、いずれ彼女は解除する術を会得できるかもしれない。その場合、リリィを倒して、自由を確保できているのに人形の状態が続くということだ。つまり目標は達成できているように見えて実はできていないことになる。僕たちは自由を手にすることはできるけど、その後はどうするのだろうか。家に帰るというのも一つの選択だ。人間に見られたら硬直するという、決して抗うことができない呪いを背負っているけどね。ついでに三十センチのステータス十分の一の肉体となると、まず普通の生活はできないと思ってくれ。つまり、必ずしもリリィを倒す必要はないということだよ。元の体に戻りさえすれば目的達成になる。しかしそれも、最初言った通り元に戻る手段は思いつくが何一つとして、確証はない。

そもそも倒すとは、どういうことだろうか? 気絶させればいいのか、殺せばいいのか、負けたと思わせればいいのか。気絶すれば倒したという判定になる場合は、すごく簡単で、ドッキリ大作戦を画策すればいいだけになる。しかし、残り二つとなると、話が難しくなってくるんだ。まず殺すのは嫌だから除外。じゃあ負けたと思わせればいいのであれば、別に僕たちが戦う必要はなく、外から誰か助っ人を呼んでくればいいよね。人間に直視されたら、硬直してしまうけど、頑張れば連れてくることぐらいはできるだろう。しかし、人形に負けたのだと思わせなければ、だめかもしれない。

では負けるとはなんだろう。ジャンケンでもいいのだろうか?世の中勝ち負けには大小さまざまなものがあるよね。勝ち負けの大小を問わず、負けたという感情の度合いが大事なのだとしても、ひょっとするとリリィはジャンケンで負けると、死ぬほど悔しがる性格の持ち主かもしれない。

逆に、四肢欠損して、両目両耳をつぶされ、身体すべての肌を剥がれて、そんな深刻なレベルの敗北を期しても何も思わないかもしれない。負けたと思わないかもしれない」



 そこまで言い終えた時、アルストロメリアは頷いて、図書室に陣取っている置き時計を見た。



「まだ話の途中だけど、リンクス君。もうすぐリリィが部屋に戻ってくる時間だから、いそいで僕たちも戻ろう。カストロとルーカス君はこの部屋で待機していてくれ。明日同じ時間にまた様子を見に来るから。

余り動き回らない方がいいよ。今はいないけれど、メイド達がこの図書室内を清掃しにくると思うから、気を付けてね」


 カストロは、実に丁寧なやる気の籠った返事をしたが、ルーカス君の方は絶望を越えて死にかけの子犬のような顔になっていた。


 なんか想像以上に話が長かった。

 



 二人と別れて、もう一度部屋に戻ることになった。


 図書室から出る為に扉の脇に掛けられた、アルストロメリアの空間魔術の中に入った。そこで俺は、ある告白をするために勇気を振り絞ることになった。


 白い空間の中、アルストロメリアは魔力を開放していて両足に魔力が重く溜まっている。

「じゃあ、また僕の後ろをついてきてね」

 もはや高速移動を行うのが当然かのように言った。



 また、俺にアレをやれと言うのか。


「いや……あ、無理です。すみません……部屋まで僕を抱えて持って行ってくれませんかね……なんかほんと申し訳ないんですが」


 俺はあの動きをするのが嫌すぎたから、担いで行ってもらうことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る