第9話『れっどぶる』

 俺は高所からの浮遊感と急降下を味わっていたのも束の間、ギニュー特戦隊の隊長のような格好良いポーズで着地した。……筈だった。


「いってぇ!!!!」


 俺は薄黒い木の板が張られた床の上で、痛みのせいでゴロゴロと転がった。


 痛い痛い!痛い!!

恥ずかしいから悲鳴は出さなかったが、本当に痛かった。


まじか嘘だろ。『時間加速』で俺の肉体を十倍ぐらい加速させていたから、落下の衝撃は大して効かない筈なのに。何が起こったんだ。


 膝と手とその他諸々が痛い。この身体じゃ涙は出ないけど、何かが出てきそうだ。



「そうだ。いい忘れてたけど人形になると全ステータス値が十分の一になるよ。『能力』持ちの人間も十分の一程度しか発揮できないんじゃないかな。まあでも当たり前の話だよね。僕達のステータスになんの異常も無ければ、今すぐにでもリリィと決戦が出来るわけだし」



「それは、もう少し早く言ってください……」

 冗談抜きで、自分の身体より五倍ぐらいある所から落ちたら死ぬから。


 人形状態だとステータスが十分の一になるとか一番大事な情報じゃないか……。




 俺はステータスを確認した。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 田中祐介 年齢13歳

【レベル】1


【体力】1 

(能力値異常 1)

【筋力】1 

(能力値異常 1)

【知能】16

(能力値異常 2)

【精神】20

(能力値異常 2)

【魔力】60

(能力値異常 6)

【コミュニケーション力】289

(能力値異常 29)


能力  《時間操作》 

スキル 《ゴブリン語》


称号  《虚言癖》《大嘘つき》《ゴブリンの親友》《伝説の賭博師ギャンブラー》《成金》

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 悲しい気持ちになった。ゲゲイン君との会話でセコセコ積み重ねていったコミュ力が二桁台に下がっていたのだ。


 体力や筋力が小数点まではいかなかったのが唯一の救いである。



『時間操作』に関しては、さして問題はない。

確かに十分の一程度の効果しか発揮出来ないのは辛い。

けれども身体を十倍加速してその十分一の効果しか得られないのなら、百倍速にして使えばいいだけだからだ。

その分、能力のエネルギー的な消費量が半端ないのだが……。



 俺は改めて自分が人形になってしまったのだと思った。


 本当にこの部屋が広く感じる。

この寝室自体が元々広いこともあって、どこかの大きな会場内にいるようだ。


 しかし女の子の部屋とか興奮するなぁ。


 俺は未だ痛がって動けないフリをしつつ、この部屋の内装をマジマジと観察した。



 ガラスのショーケースの丁度隣には十代の少女に似合わぬ重々しい本棚。部屋中央には円形の机があり二対のソファが挟む。その下には、ロココ調の薔薇の赤と植物の緑が見事に入り交じった絨毯が贅沢に敷かれている。


 白い壁の四方には照明用の銀の燭台があって、天井からはクリスタルのシャンデリアがぶら下がる。


 よく見える位置に貴族らしき男の肖像画が飾られており、最後に、白のカーテンが垂れた天蓋付きのベッドが際だって存在感を放っていた。


 ついでに至る所に人形らしきものが置かれている。

アレも姿を変えられた人間達なのだろうか。

 


 すぐ横をみれば、ここから出られるのであろうドアがあった。


 やっぱりすごいな貴族の娘。俺の家を売ってもこの内装には至らないだろう。



「今更ですけど、僕達は勝手にここから移動しても大丈夫なんですか。

バレて探し回られたりすると厄介じゃないですかね」


 と、俺は当然の疑問をアルストロメリアに聞いた。


「君に関してはまだその心配をする必要はないよ。それよりもお気に入りの人形の一つである僕がいきなりいなくなったと、気付かれた後の方が問題だしね。

リリィはこの部屋に戻ってくるまでは僕の不在を気付きようがないし。

早めに今日のやることをさっさと終らせて、戻ってくればいい。

とりあえず今は、目標の二人を解放することに意識をむけるんだ」


 そう言うと、アルストロメリアはドアの方角へ歩いて行った。

 

 俺もその後ろについていった。歩幅が小さいせいで、道のりが長く感じた。



「今からこのドアをどうにかして開けるんですね」

 俺は、眼前にそびえ立つ大きな木製のドアを見て言った。

脳内には俺がアルストロメリアを肩車している光景が浮かんだ。




「ふふ、面白いことを言うね」

 鼻で笑って返された。


「ドアを開けるにはこの身体じゃ、ドアノブを簡単には回すことはできない。

頑張れば開くことはできるだろうけど、その開閉音でその他の人間に異変を察知されるかもしれない。同時に鉢合わせも怖い。

体力と時間を削ってまでそんなリスクを冒すのは得策ではないから、他の方法で廊下へ出ようと思う」



 彼女の身体から魔力が舞うように解放された。

水と白のメッシュが混ざった、白波のような前髪が揺れる。

太平洋の蒼を体現した双眼も紫色の魔力と呼応しあって、一層輝きを増した。


 今までみた中でも、最も自然で落ち着いているようにみえた。



「【原位】隠蔽透過魔術 空間造成 《貫通透口》」


 と言うと、右手でドアの脇にある壁の方へ触れた。

紫色の蒸気が円型を描いて白色の壁を浸蝕していき、やがて無色へなって元に戻った。


 アルストロメリアの顔をみると不敵に笑っていた。失敗ではないようだ。



 その整った横顔を見て俺はうっかり惚れそうになった。

今彼女は、アリスの白黒衣装を着た人形なのだということを忘れそうになる。


「とりあえず。いつでも通り抜けられる不可視の穴を作った。

僕達専用のね。怖がる必要はない、猫ドアのようなものだから」


 彼女はホラと言って、片手を壁の中へと突っ込んだ。

 腕までするりと壁の内部へと入っていった。

俺の目にはバグって壁の中に埋まっているようにみえる。



 そのまま中へと入っていったので、俺も後に続き、少し怯えながら這入り込ませた。

感触は無く、まるで空気にでも触れているかのような軽さだった。



 中間地点は出入り口以外、何もない真っ白な世界だった。

目の前には外へと出られそうな黒い穴の出口があった。


 暗黒空間のひずみにより先の景色は見えない。


 ここはいわば電車の車両同士をつなぐ貫通路のような世界。

 

 後ろ見ると、同じような穴が存在していた。



「ここから先は大きな声は出さないように頼むよ。後、魔力は先に解放しておいたほうがいいな」


「あ、はい」


 そういえば自分も魔力を解放することはできたよなと思い出し、魔力を引き出した。


 ……弱々しすぎる。コンドー●並の極薄。

肌から浮き出た魔力は0.02ミリの究極を極めていた。

魔力値が6しかないのだから当たり前のことだった。元々少ない魔力が十分の一になったのだ。




「魔力を節約しているのかい? その判断は悪くはないよ。君は何らかの能力を持っているみたいだしね」


「………」



「さっきもいったと思うけれど、今から硬直状態にある二人の人物を解放しに行く。目的地は図書室だ。ここから廊下を抜けて画廊へ、そこからまた廊下を渡った先にある。今から外の様子を確認してから走り抜ける。少し速いけどちゃんとついてきてね」



 そしてアルストロメリアは自分の顔だけ外に出して、廊下の様子を確認し、人の気配無しと言ってから廊下へ出ていった。


 俺も急いで飛び出した。



 廊下の壁や天井は彫刻のような白、床は血色の絨毯が奥まで続いているようだった。空間もかなり大きく感じた。


 アルストロメリアは俺が出てきたのを確認すると、身体全体に解放していた魔力を両足へと流して二点に集中させた。


 そして音を立てずに消えた。



 俺が一秒ほど呆気にとられた。


 慌てて長い廊下の奥を見ると、アルストロメリアはすでに廊下の突き当たりまでさしかかろうとして、右へ曲がろうとしている最中であった。



 速ッッ!?やばい俺の脚力じゃ追いつけない!『時間加速』!!。


 俺は躊躇わず能力を使用するという判断を下した。

今回は、両足だけ時を加速させた。


 前傾姿勢をとり、強く一歩を踏み出した。

その時、身体を爆風が吹き飛ばすような爆発力が生まれ、俺は新幹線をも超える速度で前へ跳ねた。

前へ引っ張られていくような感覚が襲った。


「うおっ」


 地面に触れる僅かな範囲。その接地面に、1コンマの時間だけ、片足を10000倍加速(人形化によって十分の一になっているから1000倍加速)させる。そういう自動化の条件をつけることで能力が勝手に俺を俊足にしてくれるのだ。



 そして一歩一歩の歩幅は大きく、走るというよりは、跳んで跳んで跳んでといった感じである。


 強く地面を踏みつけすぎてしまえば、足跡がついたり破壊してしまうから、床の踏み抜く部分も限定的に加速させて硬度を上げた。

ただ高速移動するだけでも結構緻密な作業が要求された。



 その結果、俺はわずか一秒もかからず突き当たりまで行って、そのまま壁を蹴り上げて横へ跳ねた。



 画廊に入り、そこでアルストロメリアの背中が見えた。

この通路は、一枚売れば家が買えそうな程の絵画が何十枚も飾られていて、石像が縦に並んでいた。

 

 その道中、メイドさんが三人倒れていた。掃除器具が散乱していた。


 アルストロメリアが何かをしたのだろう。と、思った時、彼女は左の通路へ曲がった。


 俺も曲がったとき、奥に、重く閉ざされた大きな扉があるのが見えた。

一瞬のうちにどんどんと近づいていく。


 げっヤバい。止まるときの事考えてなかった!!!

あの扉にぶつかるッッッ!!!


 俺は余りにも速度を出しすぎたせいで止まることが出来ない。

自分が扉にぶつかって散らばってしまう未来をみた。南無三。




「うん?あれ、僕についてこれたんだね。本気で突っ切ったのに」

 

 アルストロメリアは扉に高速でぶつかりそうになった俺を、片手で受け止めてくれた。しかも衝撃を流して無くす、武道家が使ってそうな高度なテクニックであった。


「ぐぇっ……は、はい……」


 俺は顔が真っ青になって、そのまま倒れたかった。

異世界ってすごいなと思った。いざとなれば俺もスーパーマサラ人並の高速移動ができるのだ。


 本音を言えば、最初の一歩踏み出した辺りから怖すぎて止まりたかったぐらいだ。急な下り道でブレーキが壊れた自転車を操縦してる気分だった。



 ちょっと何かにぶつかっただけで一瞬でぐちゃぐちゃになってただろう。もうあの技は使わないと心に誓った。



「メイドの人にはもうしわけないけど、見られたら厄介だから眠ってもらったよ」


 かわいそうに。

彼女達はこの後、職務怠慢でクビになるのではないだろうか。

しかもこれ、俺必要だったか?あの部屋から出られたのも、廊下の障害物メイドを排除したのも、図書室までの案内も全てアルストロメリアがやってくれたし。


 俺廊下でなんか無駄にアクロバティックな動きしてただけじゃん。

今日は部屋に籠もっていても良かったのでは。



「この扉の先が図書室だよ」


 *


 リリィの部屋から出た時と同じ魔術を使って図書室内部へと入った。


 そこは薄暗く、余りにも大きすぎる本棚が陳列していた。



 古書特有の匂いが充満した室内を二人で歩き回っていると、映えのある一脚の椅子を見つけた。その上には三つの影がある。


 アルストロメリアはそこへ飛び乗り、

「あったあった。この椅子の上だ」と顔を出して言った。



 俺は椅子の脚に捕まって、頑張ってよじ登った。


 そこには人形にされた、ルーカス君と生徒会執行部副会長のカストロがいた。ついでにフランク君も。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る