第7話『リリィという名のやべえやつ』②

「ルクアが帰ってきていない!?」


 俺は居間の中で大声をあげた。

昼休みの時間からいきなり教室から消えたので、家にでも帰っているのだと思っていたからである。


「パパは今日は朝しかルクアをみてないよ。何かあったのかい?」


「ッ……!」


 俺はすぐに二階へと上がり、自分の部屋の中をみた。

いるはずの人物がいない。


 俺は呆然と立ち尽くした。狭い筈の部屋が広く感じた。



 帰ってこない理由に思い当たる節はあるにはある。が、考えられない。


 俺が違う女の子と話している姿をルクアが見て嫉妬した? あり得ない。

確かに嫉妬はするだろう。しかしルクアの性格を考えても直接的な……暴力的な行動に出るはずだ。現に十歳の頃に俺を誘拐しようとする未来までみたことがある。姿を消すだけで終わるとは思えない。そこまで深い悲しみの感情を覚えたのならば心中でもしようとするはずだ。


 ルクアの姿を最後にみたのは昼休みのときだ。

あのときは高揚した顔を押さえてどこかへ出て行った。

問題なのはその後にルクアが自発的な行動で去って行ったのか、第三者の手によってどこかへ連れ去られたか、だ。


 昼休みのときに何かが起こった。

自発的行動ではない。ルクアは昼休みのときの不穏な会話を思い出しても、絶対にあの後、俺とあいたがっていたはずだからだ。


 では生徒会の人間が何かをしたのか? ……それも違う。ルクアに何かを出来そうな人物は生徒会の中では、カストロ以外にいないはずだ。副会長のカストロであってもそう簡単にはルクアを沈めることはできない。そもそもルクアに勝てるやつなどいままで見たことがない。

まだ俺が学園に来てから日が浅すぎて序列は分からないが。そのような人物がはたして存在するのだろうか。


 生徒会の人間よりも強そうな人間。もはや学園長とか、街の中で聞いたことがある『闇の一族』とかしか思いつかない。



 どういうことだ。


 俺は今、言葉にできないような焦慮に襲われていた。

この数年間、いつもルクアがそばにいた。

だからいなくなってしまったと知ると、途端にたった数時間の空白でも永久に独りになったと感じるのだ。

あと一時間まったら帰ってくるだろうとか、明日になったらまたあえるだろうだとか、そんなことを思う余裕がない。


 俺とルクアは共依存なのかもしれない。日常的にルクアに深い愛を囁かれることで、俺も洗脳されていたのかもしれない。


 毎回心の中でルクアの異常性と執着心について考えながら、自分自身の心情について何も考えていなかった。依存しているのはどちらも同じだったのだ。


 こんな一日も経っていない時間、数時間ルクアがいなくなった程度で俺は永久の別れを迎えた時のように動揺しているのだから。



 久しぶりに攻略本を開こうと思った。

仮にどんな結果が出ようが、そう思わざるを得なかったから机の上に置かれていた攻略本に飛びついた。


 白い攻略本が今、血のように赤かった。



『明日学校には行くな』

 そう赤い文字で書かれていた。


「…………」


 ルクアの状態状況がページに写し出されるのではなく、俺だけに向けたのであろう警告文にみえた。


 だから、俺は明日学校に行くことにした。行かなければならないのだ。

そして運命が動く刻は、今日ではなく明日であることを理解した。


 今、夜を越えて朝を迎えてでもルクアを探し出そうと思う程、俺は自分の力を高く見ていない。


 *


 翌日、俺が学校についたとき、【特別教室Ⅰ】の教室内に少しの空虚感を感じた。昨日は朝礼をすっとばして、一限目の授業開始時間ギリギリについたのだが、教室内には全員がそろっていたのだ。


 しかし今日は、ルクアを含めて四人もいない。

ルーカス、フランク、リリィ。この三人がまだ教室で認めることが出来ていない。


 俺はまさかと思いながら席に着いた。



 引き戸が開かれてモーガン先生が魔導書を手に持ちながら入室してきた。


「一限目を開始するぞ。……無断欠席者が一人、二人……四人もいるな。

ルクアとルーカスとフランクとリリィか。そいつらのことで何か聞いてる奴はいるか。リンクス君はルクアと一緒に住んでいるのだから理由を知ってるだろう。病欠かね?」

 と、先生は教壇から教室内を見渡してから言った。



「違います。ルクアは昨日から家に帰って来ていません」

 俺は正直にそのままのことを言った。

クラスメイトの中でもざわついた空気がながれた。


 なんだ。


「……まさか、………またアレが起きたというのか」

 先生は神妙な面持ちでそういった。

重く目をつぶって、考え込んでいる。


「……今日は休校だ。私は今から職員室へ行き、学園長にこのことを伝えてくる。君たちはできるだけ一人にならないように下校しなさい」


 と、先生が言ってから、ほどなくして集団での下校が始まった。


 生徒はもう一人残さず帰って行った。避難訓練並みの速さだった。



 俺はまだ帰らなかった。

職員室へ行ってモーガン先生を呼び出し、教員室で話を聞くことにしたのだ。


「さっき言ってたアレとはどういうことですか」


 先生は少しの間、沈黙していた。

 

「………二週間前になるか。最近の話だが……この学園の生徒が二十人、行方不明となった。まだ誰一人として帰ってきていない。初等部の生徒が六人、中等部の生徒が四人、高等部の人間が十人だ。

複数の保護者からの連絡を受け、すぐに学園は魔術師組合と捜索チームを編成して捜索したが、未だに見つかっていない。その行方不明者達の名前は――――――」


 と、先生は何故か俺に詳細に事件の内容について教えてくれた。

てっきり生徒は関わるなとか言われると思ったから意外だった。



 俺は生徒達が下校して、人通りの無くなった廊下を歩きながら戦慄していた。


「学園生徒の失踪事件……その行方不明者の一人が、生徒会長のアルストロメリア」


 俺は呟いた。


 とんでもないことを知ってしまった。

この話が本当だとするのならば、失踪事件の首謀者が昨日までこの学校へ来ていたということになる。


 だが、昨日の記憶を辿ってみるも、やはり勘違いなのかもしれない。

名前が被っているだけかもしれない。


 だってアレは人形だったのだから。



「お人形さんの事、好きなんだよね」

 不意にそのどこかで聞いたことのあるような少女の声を聞いた時、俺の意識が途切れた。

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