第6話『リリィという名のやべえやつ』①

 ……嵐のように去って行ったな。


「はい、もういいか?……では一限目の授業を開始する。魔導書第四章の212頁開いてくれ」


 一限目をやろうとしていたモーガン先生が、恐る恐る教室に入ってきてそう言った。席を離れて逃げていたり机の下に隠れていた生徒達は、ぞろぞろと何事も無かったかのように自分の席に戻って授業に参加し始めた。



 先生も教室の引き戸が消えてたり後ろの壁に破壊痕が出来て、ルクアの椅子が突き刺さってることには一切触れなかった。生徒会関連のことには関わりたくないのだろう。


 やっぱ教員でもあの副会長が怖いのか。



 ルクアは魔術を使って、自分の椅子を新たに創り出してそこに座っていた。一人用の豪華なソファである。座り心地良さそうで普通にうらやましい。


 そして何故か、そこで座ったままサナギのようにずっと固まっていたので俺は不思議に思った。




 キーンコーンカーンコーン。 



 一限目の授業が終った。休み時間である。

当然俺はさっきの時間は寝ていた。

生徒会の人間から急襲されても自分の授業態度を改める気などさらさらない。どうせまた来るらしいし、今のうちにやりたいことをやっておこうと思う。



「お前さっき何やったんだ!?催眠術とかか! 俺びびっちまっててそっちの方全然みれなかったけど、一瞬であいつに勝ったんだよな!」


 俺の前の席のフランクくんが授業が終った途端、待っていましたとばかりに聞いてきた。


 どうでもいいけど、催眠の能力も良いよなぁ。

時間停止ものとかより催眠墜ちの方が断然興奮するし。時間停止は演技してるひとの気持ちを考えてる間に毎回萎えてしまう。


「まあ似たようなものだよ。そんなことよりあのカストロって人やばすぎじゃないかな。生徒会の人ってみんなあんな感じだったりするのかね?」


「ああ。その中でも特にあいつが一番の過激派なんだわ。あいつが来る度に怪我人が出て騒ぎになるんだよ」


 良かった。生徒会全員にあんな感じで来られると、転校を考えざるをえなかった。毎朝引き戸ぶち壊されて襲撃されてたら鬱になるからな。



「ちょっと前に生徒会長が失踪してから、今の生徒会はまじで荒れに荒れててな。聞けば授業の小テストで良い点とれなかっただけでも粛正部屋送りって話だぜ?隣のクラスも既に一人連れて行かれたらしいし。このクラスもなんどか襲撃くらってんだよなぁ~」


「その粛正部屋って連れて行かれたらどうなるの」


「それは知らねえ。ただ、不良生徒の為の罰と、再教育システムが云々とか言ってたな」

 その言葉を聞いただけで明らかに洗脳する気満々なのが分かった。



「そんで今の生徒会の実質トップがあの副会長のカストロだ」


「へえ~、なんで会長はいきなり失踪したんだろう。気になるなぁ」


「おい、まじでやめとけやめとけ。副会長にソレ聞かれたら怒り狂って殺されるぞ。まあなんかあったらあのお嬢さま言葉で、オホホつってごまかせばいいか。 ガハハッ!!」


 急にどうした。多分それしたら先に殺されるのはお前になるからな。



キーンコーンカーンコーン



  *



 四限目の授業も終り、昼休みに入った。


 ルクアが動くそぶりを見せなかったので、ゲゲイン君とフランク君と三人でたわいも無い会話をしながら弁当を食べていた。


 途中でゲゲイン君は自習をしなければならないと言って、自分の席に戻って魔導書を開き勉強をしていた。



 すると、一時間目から一人でずっと固まっていたルクアが俺のところにやって来た。金色の目が充血して、顔も紅くなって凄いことなってるし怖い。


 俺は座りながら、目の前で立ち尽くすルクアを見上げていた。

フランク君はルクアの様子をみて何かを察したのか場所を移動していた。


 怒ってるわけではなさそうなのが唯一の救いか。南無三。


 十秒程、俺の前に無言で立っていたがようやく口を開いた。


「リンクス君……良いことって、何?」

 ルクアは、昼ドラに出てくる子育てに疲れた主婦が言うような台詞を吐いた。


「へ?」


 ……。良いこと……?なんだどうした、いきなり哲学か? 

多分聞く相手間違ってますよ。


 ……いや、……あっ……そういやカストロとルクアがバトルしそうになってたときに、俺が後で良いことしてあげるとか何とか言ったんだった。自分でルクアに言っといてアレだが良いことってなんやねん。適当すぎるわ。


「まっ、まぁ……ルクアちゃんが一番喜びそうなことならなんでもしてあげるよ」


「嬉しい……これでようやくリンクス君と一つになれるんだね」


 ルクアは嬉し涙をぽろぽろと流してそう言うと、顔を手で押さえて、駆け足で教室を去って行った。


 


 ――――――――もはや何も言わずに俺は飯を食い続けていた。驚くことも無かった。これはルクアとの生活で得た一種の慣れである。


 そして知らぬ間に俺は独りになっていた。



 ずっと気になっていたのだが、やはりどこからか視線を感じる。

左側をちらりと見た。



 俺の目線の先には、窓際で一人で昼食を静かに食べている美少女がいた。そういやいたよな、一番後ろの席だったのか。


 昨日初めて見たときと全く変わっておらず厨二病みたいな服装で、左目に赤と右目に青のカラコンも懲りずに付けている。


 白銀が川のように流れたかのような美しい髪色で、ツインテールの両側にたらされた贅沢な長い巻き毛も、毎日の手入れが大変そうである。


 無表情、顔や手に血色もなく彼女自身が西洋人形にみえた。

暗海に揺らめく月の雫がそのまま落ちていけば、この静寂を絡ませた造形美を生み出し、狂いのない絶美を存在たらしめるのだろうか。

彼女が銀食器を扱う仕草、所作にすら、価値が生まれそうだ。


 ルクアと比べても甲乙つけがたいと言ってもいい。



 俺としたことがこのゴスロリ美少女の存在を忘れていた。

彼女はもっと目立っていてもおかしくないはずなのに、本当に何故だろう。


 机の上には、すぐ横の壁にもたれかけさせるような形で、三十センチ大の人形が置かれていた。髪は肩まである、溶けるような水色のミディアムだ。

前髪は白と水色のメッシュになってやや横に流れている。


 衣装は黒色だが、不思議の国のアリスを思わせるような、幻想的なものを着ていた。

あの人形の衣装も、昨日みたものと異なっている。着せ替えがされているのか。



 俺が人形の方へと目を移したとき、サファイアをそのまま埋め込んだかのような美眼が一瞬煌めいた。



 ……あの子じゃなくて、人形の方に見られているような気がする。首の角度的にも若干俺の方向いているし。いや流石に気のせいか……。



 でも本当すごいリアルな人形だ。あれ何十万したのだろうか。百万円は超えてそうな出来映えだ。人の肌のような質感といい、いまにも動き出しそうな目の感じも、衣装もお高いんだろうなぁ。俺は五億あるからいつでも買えるだろうが。


 球体関節じゃないのがな~……やっぱドール買うからには球体関節でしょう。分かってねえなぁ!


 あの子も高級ドール収集の趣味があるんだな。素晴らしいことだ。用途は違えど、前世でダッチワイ●を買い込んでた俺と趣味が合うかも知れない。

小さな女の子は12歳までにはお人形遊びを辞めるだろうが、俺みたいな悲しい童貞さん達はある時期を越えてから死ぬまでドール遊びをするのだ。



 そうだ。どうせ今一人で暇だし、どのブランドでその人形買ったのか聞いてみようか。俺は今金持ちだし高級ドールなんぞ幾らでも買えるのだ。



 俺は弁当を片付けてから、ゴスロリ美少女がいる場所へと向かった。


 少女は自らの前に立つ、俺に目もくれることなく、ナイフとフォークを動かして口に運ぶ作業をしている。

 


「そのお人形さん、すごく良いね。どこの会社で買ったのかな」

 と俺は言った。

少女の動きが止まった。

そしてカチャリと両手に持った銀食器を置いた。


「あなたもお人形さんが好きなの……?」


 と、いささか幼さが残った声で聞いてきた。

やはり厨二病のような格好をしているが、闇に飲まれよ!的なことをいう性格ではないようだ。


「うん……?僕はお人形さんがすごい好きだよ、前世……じゃなくて前はもうお人形さんなしじゃ夜寝れなかったぐらいだし」


 160cmを超える夜のお人形さんだが嘘は言ってない。

しかし本当に彼女達は俺亡き今、一体どうしているだろうか? 母に見つかって捨てられていないだろうか。無事でいて欲しいものだ。俺が死んでもラブドー●達がその後を追う必要は無いのだから……。親父に言っときゃよかったなぁ。


「この子のお名前はなんていうのかな」


 どこで買ったのかを聞くのは諦めて、多分人形に名前をつけていそうだからそれを聞いてみることにした。



「アルストロメリア」

 と、俺の方をじぃっと見つめてから答えた。



 成る程、百合の花が由来か。確か花言葉は青ならば知性と冷静。白ならば献身だった。髪の色で花言葉を決めるとすれば、俺は青を選ぶ。


「綺麗な名前をつけたね、その子をとてもよく表わしていると思う」


「違うよ、この子はずっとアルストロメリアなの」

 と人形の頭に触れてそう言った。その時、一瞬だけ熱を帯びた目をした。


「そうなんだね」

 

 結構やばいやつだったか……。

そういや前の世界でも結構重傷な友達がいたわ。三十六歳の男の子が「俺の人形は生きているんだ」と街中でほざいていた。


「お人形さんの方の名前を先に聞いてしまったけど、君のお名前はなんていうのかな」


「……リリィ」


「リリィちゃんか、僕の名前は多分しっているだろうけど、…………知らないようだね……僕はリンクスって言うんだよろしくね」


 俺の名前を知っている事に少し期待していたが、知らなかったようだ。

単純に興味が無かったのだろう。




 そのあと、俺はフランクに呼ばれたので、リリィちゃんに適当な自己紹介を済ませてから自分の席へ戻った。


 昼休みの時間が終って五時間目になってもルクアは教室に戻ってこなかった。そして学校が終り、俺が家に帰っても、パパにルクアは家にいないと言われた。


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