第5話『怒りのカストロちゃん』

 そんなこんなで、また翌日、俺は学園生活を送ろうとしていた。

男友達は一人ぐらいはできたが、未だルクア以外の美少女との関わりはゼロである。因みにゲゲイン君はキャラ変をしてかなり真面目になり、丸眼鏡をかけはじめた。



 二日目。何の変哲も無い一限目が始まろうとしていた時、【特別教室Ⅰ】に大激震が走った。


 教室の引き戸が大きな音を立てて開かれた。


「ひぃっ!!生徒会だァ!!!!生徒会執行部の副会長が来るぞぉ!!!」


 と、顔面蒼白のクラスメイトがそう狂い叫びながら教室の中へ走ってきた。彼は体のあちこちから汗が出ていた。一秒程、このクラスの呼吸が止まったかのように感じた。


 言葉を飲込んだ生徒達は大騒然、災害現場と化した。

混乱に混乱がおきて、中には割れるような悲鳴を出す者も現われた。


「いッ!!嫌だ、お、おれは何もしてない。なにもやってない、なにもしてない、してない!」


 ルーカスは、机の下に潜り込んで頭を抱え込んでガタガタと震えていた。


 ルーカスくん…見損なったぞ。



 彼だけじゃなく、他の生徒達何人もが机の下に隠れたりしていた。


 ルクアは普通に自分の席に座っていて、その様子を鬱陶しいという顔でみていた。



 何だ何だどうした。地震の避難訓練でも始まるのか。

そして俺も机の下に隠れた方が良いのかなと思っていた時……



 ガガンッ!


 その爆音と共に引き戸がぶっ壊れて、弾丸のように飛んでいき、窓ガラスを破って外に落ちて行った。


 そして教室内に静寂が訪れる。 



「えっっっっっ」


 壊すな扉を。

 アクションスターですらもうちょいマシな開け方するからな。



「ご機嫌麗しゅうございますか。特別教室の生徒のみなさん」


 そのいかにもお嬢さまっぽい声が教室内に響いた。

するりと優雅に、その声の主が教室に入ってきて教壇に立った。


 光り輝くような金髪、若干弱めな縦ロールの美人。

身長が高く、そして胸が大きいことはさることながら、威圧感と理智を込めた紅い瞳の持ち主で、俺たちより2つぐらい年上にみえた。


 制服とローブが一般生徒が着るモノと対照的な、白を基調としていて、胸元には生徒会の象徴である『不死鳥』の銀の飾りがあった。 



 扉破壊して入ってくるもんだから、機関銃を持ってベトコンと戦ってそうな筋肉マンが来るかと思った。


「既にご存じの方が大勢おられると思いますが、私は生徒会執行部副会長のカストロと申します」

 カストロを名乗る彼女は、ゆったりとした口調でそういった。


「授業態度がよろしくなく、イタズラに教師を怒らせている問題生徒がいるとお話を伺って今回参上しました。その人物が学園内で破壊行為に及んだ可能性が高いという噂も聞いております。そのような生徒が我が校に存在していることは大変心が苦しい限りですわ」


 カストロの発言は、うっすらと語気を強めているから苛立っているのが分かる。


 もうほかの生徒達は嵐が過ぎるのを祈るように、黙って耐えていた。


 

「そうそう……確かリンクスとか言っていましたわね」



 下を向いていたのに一斉に俺に顔を向けるな。

ルクアもゲゲイン君も俺の方を見るんじゃない。


「あなたですか?」

 と、カストロは正に虫をみるような目で俺を見てきた。

そんな目でみられたので少し興奮してしまった。



「違います」

 俺はヤバそうだからきっぱりとそう言った。

実は田中祐介という日本人で、リンクスではないのだ。



「さようですか、これは困りましたわね……。

何やらその方は、勇者になることが夢なのだとか」


 彼女は豊満な胸を腕を組んで抱えてそう言った。



「それ僕です」

 思わず反射的にそう答えてしまった。これだけは絶対に譲れないのだ。


「やはりあなたでしたか。なにか弁明などはありますこと」



「う~ん、弁明ですか」

 俺は何一つ悪いことはしていない。ちょっと授業中に寝たり、先生を少し試してみただけだ。


 弁明……弁明か。


「しいて言うなら、眠くなる授業をする先生方が悪いなぁ。なんか、もっとこう……僕にファンタジーを感じさせる授業をしてくれれば、安心して授業に取り組めるんですがね。変な宗教には興味ないのにあんな授業があるとか僕を洗脳する気ですか。もう気味が悪かったんで、あの聖書はゴミ箱に捨てましたよ。ちょいと昨日魔術が出来なかっただけでなんかキレられちゃいましたし、先生の怒りの沸点も低いなぁ、と。まあ昨日学校に来たばかりなんで、もっと大目にみてくれてもいいんじゃないですかね。

みんなが優しい気持ちを持って僕を迎え入れれば、じきにこの学園生活にもなじめるでしょう。


あっ、ここの学校、給食制じゃないこと知らなくて昨日僕お弁当持ってきてなかったんですよ。そのせいで頭に栄養が回ってなくて、ちょっと苛立ってたのかなぁ~。まあ、あの階段の件に関しては僕も驚いてますよ。いきなり階段が消えるという、恐怖体験を味わった僕の気持ちを誰も考えてくれないことが一番ショックでした。僕は事件の被害者の一人なんです。もっと気を使ってくれても良かったのでは?しかも――――――」



「もう黙りなさい。貴方は有害レベル最大の五です。今から粛正部屋へ強制連行します」


 しゅ、粛正部屋!?なんだソレは。


 そう思っているのもつかの間、カストロは俺が座ってる席の所まで来て、俺の左腕を強く掴んだ。


 痛い。



 俺がそう思った瞬間、なにかの黒い異物がカストロの頭上を高速で通り過ぎた。爆裂音と共にこの教室全体が揺れた。


「は?」

 俺は後方を振り向いた。


 後ろの教室の壁にクレーターが出来て、椅子が半分以上めり込んでいた。

クラスのあちこちから小さく悲鳴が聞こえた。


「その汚い手で私のリンクス君にふれるな」

 

 ルクアだ。自分の椅子を蹴飛ばすか、投げるかして威嚇したのだ。

そしてえげつない量の殺気をまき散らしている。


 一方、カストロはルクアの殺気に触れても一切動じている様子はなかった。



 凄いな、ルクアにびびらなかった奴は彼女が初めてかも知れない。

俺ですらチビリそうなのに。



 ……ヤバいぞ。ルクアはブチキレる寸前だ。


 もう見るからにこの生徒会の人間はヤバい。だからといってルクアが怒るともっとマズイ。


 そして気付けば二人とも魔力を解放していた。

双方臨戦状態である。



 本当にマズイことになった。

このままだと、しっちゃかめっちゃか大騒ぎになってしまう。


 アレをやるしかない。



「僕に勝てたら連れて行ってもいいですよ。とりあえずその手を離してくださいカストロちゃん。後ルクアちゃんは落ち着いてね。後で良いことしてあげるから」


 俺は意を決して言った。ついでにルクアもなだめた。

異世界に来たらこんな感じの台詞を一度吐いてみたかったのだ。



「はい?いま何と仰いましたか貴方」


 カストロはようやく掴んだ手を離して、俺に聞き返した。

クラスメイトも何を言ってるんだこいつみたいな目で俺を見ている。


 それ以上強く握られたら普通に俺の腕がとれてしまう所だったから、素直に離してくれて助かった。



「30秒経っても僕を倒すことが出来なければ、今日の所は帰ってください。場所は面倒なんでもうここで大丈夫です」


 しれっと時間と場所も指定した。


「いいでしょう。その勝負承りました。ついでに腕と脚の骨をへし折ってから連れて行くことにしましょう。ご健闘をお祈りいたしますわ」


 俺に完全に舐められていると感じたのか、不穏な事を言うと、簡単に勝負に乗ってきた。


「たちなさい」

 カストロは俺に席から立つように言った。


「いやいや、僕は座ったままでも大丈夫ですよ。じゃあ今から三十秒、かかってきてください。はい勝負開始」




 ――――――――『時間減速』。



「はい俺の勝ちぃ。敗者は早く帰ろうね。なんで負けたか明日まで考えといてください」

 俺は勝負開始から一秒経つか経たないかぐらいで、そう言った。



「え、は?」

 カストロのさっきまでの冷静な表情も急に消えて、汗を垂らして何が起こっていたのか分からないといったご様子だ。


 周囲の人間も困惑している。



「あなた……私に何を」


 馬鹿め。俺がまともに戦うわけないだろ。

カストロちゃんには悪いが、『時間減速』で彼女の時間を六十分の一程度に遅くさせて貰った。


 この世界が一秒時を進めば、彼女は六十秒の時間の流れを感じることになる。三十分の一でもよかったかもしれないが、それだと普通に動いてきそうだから少し多めに取らせてもらった。

やろうと思えば一千分の一とかにできるけれど、それだと能力が切れるまで暇すぎて怒りを買いそうだからやめておいた。



 彼女の中では既に三十秒以上確実に経過しているのだから俺の勝ちで、俺相手に時間制限のある勝負を受けた時点でカストロの負けである。


 タネに気付いたら何か文句を言ってくるだろうが、どうせわからない。

あの一秒に満たない時間、彼女は自分の身体を満足に動かすこともできず、周りが殆ど静止しているような時間を味わっていただけだ。


 勝負といっても『時間加速』の今出せる最大速度で女の子を殴るわけにはいかないからな。しかも加減できないから、どこを打っても発生した衝撃波だけで何もかもぶっ飛ばしてしまう。


 使用回数には制限が出来てしまったが、一応俺の能力も成長してきたからそれなりに強いのだ。


 『時間加速』が攻撃用だとするなら、『時間減速』は防御用である。



「今回は私の負けですわ。勝負に負けたのだから仕方ありませんね。ですが次はありませんので覚悟しておいて下さい」


 俺はばれないように中指を立てながら、彼女が悔しそうに退出するのを見送った。

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