第7話『出張、暴れん坊精神カウンセラー』

「ルクア!!!!コイツをあの部屋に連れて行きなさい!!!!!!」

 ルクアの母親は、そう言ってルクアに怒鳴った。


 でも絨毯の汚れを取るために、まだ四つん這いになっていた。おばさんだから、すぐには立ち上がることができないらしい。無様なものだ。


「へへっ、すんませんね。さあて、ぼくと必殺仕事人ごっこをしよう!!

ばばあッ」

 俺は、まだまだ隙だらけな尻を蹴飛ばしてやろうと狙いを定めた。  



 しかしそこにルクアが飛んできて、俺の腕を引っ張って部屋を連れ出された。万力のような馬鹿力で、ある部屋まで誘おうとしている。

 ここまでは俺の想定内である。遊びは終了にして、勝負はここからだ。



「ごめんね……リンクスくん」

 いつになく、ルクアは暗い顔をしていた。俺の前ではそんな顔見せたこと無かったのに。


 やはりそうだ。ルクアは何か事情がある。この母親に逆らえないのだ。

俺に対する異常な好感度より、親の命令が打ち勝ったのがいい証拠だ。今も、昔も、ルクアを縛りつけている何かがあるはずなのだ。


 途中でどうしてこの家にやってきたの、とか、色々と小声で聞かれたがすべて無視した。これは全てルクアの為だ。言うわけにはいかない。

だが、俺がこの家でやらかしたことについては全然嫌そうな様子ではなかった。


 ついでに俺は、この家でどれだけ暴れまわろうが、全く良心は痛まない。

ルクアの母親に対しての評判が良いという話を聞かないからだ。俺も幾度も、ルクアと接している時、親への不信感を募らせていた。


 俺は、今さっきまでは、自分の未来を変えるためだけに来ているのではなかった。ルクアの為に仕返しに来ていたのだよ。



 そして、ある部屋の前まで連れて行かれた。

ルクアが一瞬、ドアノブに触れるのを躊躇ったが、震える手で開けた。


 広さ五畳ほどの部屋は何も家具が無く、灰色一色で、俺には牢屋のように見えた。


「この部屋の壁、まさかコ、コンクリート製か?この家やばいな……しかしなるほどここか、なるほどなるほど」


 まさかここまで上手く事が運んでくれるとは思わなかった。

ルクアが俺を監禁するであろう場所を、自分で探す手間が省けた。



「あ、ちょっとまだいかないで、ルクアちゃん」


 ルクアはあまりこの部屋にいたくなさそうで、すぐにでも俺をおいて出ていきそうだったから引き留めた。



 簡単な話である。ルクアが俺を誘拐するというのなら、俺を監禁できそうな場所を先に潰せばいいのだ。年齢十歳の少女が用意できそうな場所などたかが知れている。自分の家か、もしくは最悪の場合地下室でもあるのだろうと思ってきてみれば、気持ちの悪い一室に案内された。本当は、この家で暴れ回ってる最中に見つけるつもりだったのだが、ルクアの方から教えてくれるとは……。



 昨日、俺はどうやればルートの分岐点を変えれるのか、それだけを悩んでいた。しかし、未来は未来だ。ゲームであれば何度でもやり直せるが、俺にはプレイ回数は一度しか残されていないので、この先何が起こるか予測不可能。


 だから、今日をちゃぶ台をひっくりかえす勢いでめちゃくちゃにしてやれば、ルクアの思考を、急変をストップできる。そして俺を監禁する場所を無くしてしまえば誘拐エンドは回避できるのだ。最後に、ルクアと二人きりで話をすれば何かが変わる。



 問題は、今からどうやればこの部屋を破壊できるかだが……。

ルクアの手を借りるのは無理そうだ。なぜかこの部屋には入れないようで、未だにドアの向こうで立っている。


 俺はこの部屋の奥に入って、見渡した。

 灰色の床には、幾つもなにかが染み込んだあとがあった。


「…………」



 壁は実に固そうだ。俺は部屋の中を色々と観ながら、冷たい壁をさすってつぶやく。


「このへんでいいかな」



 頼む。成功してくれよ……!!これが出来なきゃ全てが終わりだ。

俺は、そう祈りながら、深呼吸をした。

そして集中していく意識の中、自分の秘める潜在能力を手繰り寄せながら――――――

――――

 

『時間加速』ッッ!!!!!!!!!




「無駄ァ!!!」

 俺はその掛け声と共に、本気で壁に向けて拳を放った。

そして……触れた瞬間、堅いコンクリート製の壁はドガンという爆発音を鳴らして、木っ端微塵に消し飛んだ。



 ……。『時間操作』の能力は、今まで水道から流れる水の速さを若干早くすることと、若干遅くすることしかできなかった。それは一日中、制限がなく、何度でも使うことが出来た。だが、そんなこと一日中できたところで意味がない。ならば、自分で自分の能力に制限をかければ、もっと強くなるのではないかと思った。ただ、出来たは良いものの少しの制限をかけたところで、熟練度が低すぎるから大して強化はされなかった。


 だから、拳が放たれるその一瞬しか能力を使えないようにした。

一日一回限り、そのほんのコンマ1秒の為だけにだ。その時だけ、俺は天から下る雷をも超える速さになり、ステータス筋力1の貧弱な力が何十倍何百倍にも膨れ上がる。


 それをするだけで『時間操作』の能力はとてつもない威力を発揮したのだ。まあ、もう今日は使えなくなったが。


 壁が完全に破壊されて、そこからは美しい村の風景が見えた。



 発生したソニックブームのせいでこの部屋は亀裂だらけになって、滅茶苦茶になって、もう使い物にならない。俺には一切のダメージは無い。


 成功したようでほっと胸を撫で下ろした。


 これで、ルクアが俺の監禁に使うであろう部屋を壊したから、一つ目の仕事「育児放棄の疑いがあるルクアの母親への嫌がらせ」「俺の監禁部屋自体の破壊」は終了である。



「じゃあ、今から遊びにいこう。ルクアちゃん」


「……ッ!」


 俺は、驚いて声がでていないルクアに手を差し伸べて、大きく開いた穴から外に飛び出した。


 俺たちは二階から地面に落ちた。



 *


 俺はルクアを引き連れて、いつもの原っぱへ向かった。

ここだとルクアと二人きりで話しやすい。

 地面への着地に失敗して右足を少し捻ったので、ここまで来るのが凄くつらかった。



「ルクアちゃん。さっきは朝っぱらからごめんね。実は今日、遊びに誘いに来たんじゃ無いんだ。最近、いや、もっと前からルクアちゃんの様子がおかしいと思ってね。何か悩み事でもあるのかなと思って、今日それを君に聞きに来たんだ」


 俺はなるべく、ルクアに刺激を与えないように聞いた。

恐らく家庭、……もっと言えば十中八九あの母親が関係しているのだろうがそれを直で聞くと、ルクアの深層心理に深く埋め込まれた地雷を踏み抜いてしまう可能性がある。自分から言い出してもらわなければなるまい。ルクアは自分のストレスを正しい方法で処理しきれていないのだ。心の癒やし方を知らない彼女は、これまでは俺への執着心で、傷を塞いでいたのかも知れない。しかしそれももう限界。俺の何気ない一言がきっかけで爆発してもおかしくない。ルクアの傷は、時間が癒やしてくれる段階ではなくなった。



「う、ううん……良いの、リンクス君。私はリンクス君がいてくれるだけで生きていけるから」

 俺の言葉を聞いた瞬間、さっきまでうつむいていたルクアは少し笑みを浮かべてそう言った。その気丈に振る舞う姿を見て、俺は到底十歳にさせるものではないと思った。


 否定をしなかった。つまり、本当に悩み事はあったということだ。

しかも俺が思っているよりも、ずっと根が深い。


「あのねルクアちゃん。君はまだ十歳なんだ。自分で抱え込めないのなら、誰かを頼ればいいんだよ。そして僕は勇者だ。何回も言っていると思うけどね、勇者に不可能はないと。けれど、それでも僕を頼れないというのなら、違う誰かを頼ってもいいんだよ。僕のパパでも、僕のママでも、友達でも村長でも。誰でも、みんなが、ルクアから助けを求められたらすぐに動いてくれるから」


 俺はそこまで言い終えた時、ルクアの表情が変わった。



「わたし、……ルクアは、……ルクアが悪いの。ルクアのせいでお父さんがいなくなっちゃったし」

 俺の想像とは裏腹に、急にルクアは、無機質な声で語り始めた。

「おかあさんにどれだけ嫌なこと言われても、どれだけなぐられても、どれだけお腹を蹴られても、痛くない。私が痛くなかったら、なにも話してくれなくなって、ご飯もつくってくれなくなった。でもルクアは痛くないよ。」

 と、似たような言葉を何度も繰り返し始めた。それが途中で止まって俺の方を強く見た。


「なんでリンクス君はルクアだけをえらんでくれないの?何で?またルクアが悪いことしたの?あれだけルクアのことを好きだって言ってくれたのに。愛してるって言ってたのに!」

 そのルクアの言葉はまだまだ止まらない。


「え、る……ルクアちゃん?」

 やばいまずい、こんなにも早く俺は地雷を踏んでしまったのだ。

どこを間違えた。何が悪かった……ッ!……いや、俺のママパパの話だっ!!!!!


 まずい、俺のパパとママを頼れと、余計なことを言ってしまった。パパママ、この二つのワードがまずかったのだ。しかも……この話の内容を聞く限りでは。ルクアは明らかにおかしい家庭環境に置かれていたことがわかった。そして俺や他の人間が気付いていなかったのは、ルクアのステータスが異常に高かったのが裏目に出ていたからだ。どれだけ暴力を振るわれても、ルクアには傷一つつけることができない。だが、大人が醜悪な表情で暴力を振るう姿。そんなものを幼い少女が見てしまったならば、それは身体を傷つけなくても、心自体を破壊するには十分すぎた。


 ちくしょう。まさか自分の知らぬところで……いや、すぐ隣の家で、あんなにも俺に近いところで、手が届くところで!育児放棄だけじゃなく虐待まで行われていたとは。こんなんでヒロインを墜とすとかほざいていた俺は馬鹿か。俺はルクアが出す些細な違和感を知っていながら、それを見て見ぬ振りをしていた。あのババア……、頭とケツをしばくだけじゃ足りなかったな。

 

 二日間のルートとか分岐とかそんな話じゃなかった。俺がこの何年間でしてきたこと、見逃していたことの積み重ねがあの未来の結果を生んだのだ。


 俺も、何度もママとパパにルクアの親は余り良い噂を聞かないと言われていたのに、会話中にルクアから何度も助けのサインが出ていたというのにこのザマか。


 ならば勇者として、男として生まれてきたからには、俺も覚悟を決めねばならない。今の俺は命すらも賭けられる。



「ルクアッ!」

 俺はルクアの言葉を遮って、止めた。

少女の触れれば壊れそうな両肩をつかんで、濁り揺れる眼の中を見据えた。


「――――――君の願いを、聞かせてくれ。それを必ずかなえるから」


 俺は、昨日考えていた作戦を全て捨てて、ルクアにそう言った。


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