『ルクアちゃん』①

 私に自我が芽生え始めた時、この世界は本当につまらなくて嫌なものだった。お父さんは私が産まれたときにいなくなったらしくて、いつも母親が家の中で喚いたり叫んだりしているのが苦痛だった。少しでも嫌なことがあったら、何もない部屋に連れていかれて何度も顔を殴られたり、腹を思いきり蹴られたりした。痛くはなかったけど、たくさん泣いて、そのたびに自分の中で少しずつ何かが剥がれ落ちていくような気がした。その部屋も、母親もトラウマになって何をされても、心の奥底で抵抗できなくなった。


 けれど……。そんな幼い時、隣の家に住むリンクスという男の子がいきなり遊びに来た。


 リンクスくんは、私と一目合った時、目の色を変えて、

「僕はリンクス!勇者になる男だ!君のお名前をきかせてくれないかな」と、優しく笑顔で言ってくれた。これまで私にそんな顔でそんな声で話しかけてくれる人はいなかった。


「る……るくあ」

 気づけば笑顔で挨拶するリンクスくんの真似をして、自分も拙いながら口角をあげて、歯をみせて、名前を名乗っていた。その時点で知らぬ間にリンクスという人間にあこがれていた。


 

「ルクアちゃん!!!可愛い名前だね!僕と友達になろう!!!!!」


 その言葉を、声を聞いたときなんだか安心して、楽しくなって、私も初めての自分の笑顔をみせれるようになった。それからはリンクスくんとお友達になって、たくさんお話をするようになった。



「まさか数字を未だに教えてもらっていない?…………ルクアの親はどうなってんだ」

 リンクスくんとお話をしているとき、どこか私に違和感を感じていたみたいだった。


 最後の言葉は小声で聞き取れなかったが、私が数字を知らないことをしったとたん、数字以外に文字とか色々教えてくれたりした。



 何度も自分の夢は勇者になることだと言って、勇者とは何なのか教えてくれた。結局、私には勇者が一体どんなものであるのか伝わらなかったけど、

自分の好きな人が夢にしていることだからキット私が想像つかぬくらい素晴らしいものなのだろう。

 優しい性格も、知識も、あらがう力も、夢をかなえる力も、家族も、自分の持っていないすべてがリンクスくんにあるような気がした。



 同じ時期、自分が何をしても、私が痛がらないことを不気味に思った母親は私に全くかかわろうとしなくなった。


 6歳になって、母親は私がある程度大きくなったからもう良いと思ったのか、ついにご飯すらもくれなくなった。自分でやれと言われた。そのとき理由もわからずに悲しくなって、涙が止まらなかった。


 でも、そんな私の内心を見透かしていたかのように、リンクスくんは何度も私に愛してると言ってくれた!私が大きくなったら結婚しようとも言ってくれた!たった一匹のゴブリンに殺されかけていたところを助けてくれた。私の命をも救ってくれた!


 リンクス君から貰える愛情さえあれば、もうどうなってもいいと思った。

リンクス君が友達だと言う、他の女も、男も全部が鬱陶しい蠅のように思った。段々リンクス君に寄生する蛆にみえた。そして、なぜルクアを一番愛していると言ってるのに、私とだけ遊んでくれないのかも理解が出来なかった。


 私はある日、まさかリンクス君は私みたいに、あいつらに何か抵抗できない理由があるんじゃないか。そう思った。胸が熱くなった。苦しくなった。あいつらのことを全員殺そうと決意した。



「今度は私がリンクスくんを、……助けなきゃ」

 私がリンクス君を護るだなんて、おこがましくも感じたけれど、この際仕方なかった。

 

 あいつらからリンクス君を護るために、匿うために、嫌だけどあの部屋を使おう。そこに踏み入るものは全員殺そう。リンクス君といっしょなら、きっと自分が嫌いなあの部屋も聖地となり、一番嫌いな母親も乗り越えられるような気がしたから。


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