第5話『やばくなったルクアちゃん』



 善は急げと俺はすぐに攻略本を手に取り、開こうとした。

だが、そこで一歩踏みとどまる。


「いや、待てよ…………考えろ考えろ」


 『攻略本』は中途半端な事情じゃ中々情報を教えてくれない。

俺がこの本を使って問題を何とかできたのはニ回切りだ。

一つはゴブリン事件の時、もう一つはパパと子連れ狼ごっこをしてる最中に、ちょいとやらかしてしまった時ぐらいだ。


 後は全部不発。パパが大事にしているマグカップを割ってしまった時も開いてみたけれど、白紙。修理方法とかイイ感じの言い訳を教えてくれることはなかった。


 俺がいつ精通するのかと興奮しながら開いてみたが白紙。俺の記憶ではあと二、三年またなければならない。他も色々開いてみたけど何も写さず……。


 なぜ白紙だったのかは大体わかる。

 パパのマグカップを割ってしまった時は、俺がそこまで焦らなかったことと、問題自体がどうでもよい些細なことだったから。そして、いつになったら白い液体が出るのか問題は、夜になったら悶絶する程に意思と問題性は強かったが、予めおおよその答えが予想できていたから。

 

 つまり、事件の重大性と、俺自体の精神の焦りの尺度次第というわけだ。

パパが言った「必要になったら開きなさい」という言葉には、些か説明不足という不備があった。


 今、俺が抱いている問題は、「やばくなったルクアちゃんを元に戻したい」のと「学校に行きたい」この二つ。


 問題を二つ抱えている状況では、開いても解決するまでは一つしかでない。もしかすると、どちらにしたいか決まっていないから何も教えてくれないことだってあり得るのだ。



 「一つに絞るしかないのか」

 俺は考えた。

絞るためには自分の脳を納得させるために、説得力のある言い訳が必要である。そのうえで消去法で確実に消さなければいけない。当然消すのは「学校に行きたい」の方だ。そもそも、学校に行きたいという理由の一つにルクアにまともな教育を受けさせ思考能力を養わせて、まともにするという事が含められている。そして同年代、同性、自分より社会的身分が上の人間との集団生活を送り、その過程で対人関係において大切なルールとかを学んでほしいのだ。


 加えて俺がファンタジーをしたいという願いがある。こんなテレビもラジオも無い村で一生をおえるのはいやだ。ファンタジー異世界に来たからにはガチの魔法を見たいし使ってみたい。それをするには学校に行かないとだめだ。

だが、これはおそらく本に選ばれない。


 一方「やばくなったルクアちゃんを元に戻したい」の方は実に簡単。

緊急性があり、長らく切望していて、そして戻し方という答えもわからない。だから本に選択されるならば八割がたこっちのはずだ。しかもこっちが解決してルクアが健全な女の子になれば、必然的に学校に行きたい理由の一部分が解消されるのだ。


 だから、消すのは学校で、俺はルクアを取る!


 さあ出るぞ~。

ついに出るかと嬉しくなった俺は、気持ちよくすがすがしい気持ちで本を開いた。


 白紙だった。


「死●!!!!!!!!!!!」


 俺は発狂しながら床に勢いよくたたきつけた。


「ファッ●●●●!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 さらに壁に投げつけ、足で踏み潰し、二回唾を吐いてから諦めてパパのところに向かった。



「ああそれは充電切れだね。使用制限は二回。まさか何も消費せずに使えると思ったかい?ちゃんと魔力を注ぎ込まなきゃだめじゃないかリンクス。一応これはパパが充電してあげよう」

 俺の涎がついた本を触り、顔をひきつらせ、気持ち悪がりながらそう言った。


「あ、ありがとうパパ!」


 本を充電……?いやそれ最初に言ってくれよ。

色々時間を無駄にしてしまったんだぞ。だがあえてそれは言わない、これからも魔力で充電してくれるのはパパだからだ。


「それとね、リンクスとても大事な話があるんだ」

 とパパは目を細めて、今から説教でも始まるのかという位真剣な顔で言った。


「うん」


 やはり、この本に選ばれたものは一度使用する度に寿命が縮んだりするのかね。


「この本はね、すごく白くて清潔そうに見えるけど、汚いからあちこち舐めたりすると病気になるよ。これは便利だから愛情を持つのは仕方ないけど、そういうものじゃないんだ。本当に気を付けようね」


「グガ、……」

 うっかりゴブリン語で罵倒しそうになるのを抑えて、俺は居間から抜け出した。



「…………」


 また自分の部屋に戻った俺は、今度は何も言わず何も期待せずに黙って攻略本を開いた。開く瞬間、なぜか攻略本が赤くなった気がした。


「んん!?」



 開いた途端のぺージには文字ではなく、色とりどりな色彩があった。

「写真……か、しかもこれは俺の家の風景?」

 見慣れた小さな庭があって、四つの窓、赤いレンガが特徴の一軒家。右側には隣家のベルン一家の光景があるが、途中で見切れている。


 そして、驚くことに真ん中には右三角の黒いボタンのようなものがあった。


「もしかして動画再生ボタンかこれ!?」


 ユーチュウブさながらの、懐かしきあの再生ボタン。

押せば、多種多様な映像がながれてくるあのボタン!!


 みた感じ材質は普通の紙だったはずなのに、ガラスのような液晶画面になっているぞ。


 一回ポンと、その画面を押してみると下側に26:28とあった。

動画の再生時間で、この動画は二十六分二十八秒視聴できるらしい。



 つまり、これは俺の家の周辺風景がサムネ画像に使われている奇妙な動画を観れば何かわかるということだ。


 そして俺は、意を決して右三角の黒い再生ボタンを恐る恐る押した。


 動画が流れ始めた。

昼から、ママが箒と塵取りをもって庭に出て、落ち葉をかき集めて掃除している映像が流れた。いつも通りだ。なんのへんてつもない、ただの一般主婦の掃除映像。次に出てきたのは俺が家から外へ飛び出していく映像だった。


 多分おれは外に遊びにいったんだろう。でもおかしいな、俺が家を一人ででるときは散歩でもない限り遊び道具を持っている筈なんだが。


 そしてカットされたのか映し出される時間帯が夜になった。

俺の家には明かりが灯され、キッチンの排気口からはモクモクと煙のようなものが立ち昇っている。夕飯の時間ぐらいか。


 さらにカットされ、夜の色が濃くなった。


 

夜中に、庭でうごめく謎の影。ルクアだ。なにか台のようなものと大きな袋を持っているように見える。流れるような動作で俺の家の壁際に台を置くと、そこに上り壁に顔を押し付け当て始めた。

 その意味が分かり、平然としている自分に驚いたが、ルクアは多分俺が風呂に入っているところを覗きに来ているのだろう。攻略本はそんな映像をみせてどうするんだ。まさか今頃になってルクアが俺の風呂シーンを覗いていることを伝えているつもりか?


 残念ながら俺はもう対策済みだ。穴の位置からアソコをみせないような角度で身体を洗えば無問題なのだからな。それでもこれが少女に悪影響を与えるのというのならば、しずかちゃんの風呂シーンなんて見せられたものじゃないだろう。それだけじゃない、別に俺はルクアに見られていることは嫌じゃないからな。最初はおびえていたけど、最近はそれに興奮するようにまでなってきた。このリンクスという勇者にはもう敵などいないのだ。


 次のシーンで起きた光景に俺は驚いて、声が出なくなった。

ルクアが風呂場をのぞき見をはじめてから時間がたち、俺が就寝したであろう時間になって、風呂場から家の中へ侵入をしたのだ!

 何をいっているかわからないと思うが、なんの隙間もない壁から、少女のなよやかな身体を乗り込ませて侵入したのだ!マジック映像でも見せられているのか俺は。


 そして、三十秒が経過したころ、ルクアは大きく重量感のある何かを入れた袋を持って、今度は家のドアからこっそりと出て行った。


 お、俺の下着でも盗んだのか?……違う、あんな大きな袋にずっしりと入る量の下着とか服は俺はもっていない。ママの分も含めた、家にあるすべての服を押し込めば、あの量はいくだろうけど、そこまでするメリットがルクアにはない。もしかしてルクアの家は貧乏になったから、俺の家に盗みをしに来たのか……?


 違う!!!あの袋にはいっているのは人間だ。それも大人じゃない、140センチぐらいの何か……。そう、俺だ。


「な、なんだとぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」


 理解が出来たとたん、遅れて俺は叫び声をあげた。

恐らく……いやおそらくじゃない、俺はルクアにお持ち帰りされたのだ!

そしてこれは未来の映像!!!明日か明後日か、なぜか家を飛び出した俺はどこかで選択肢を間違え、ついに我慢が出来なくなったルクアに誘拐されたのだ!!!!!!

 

 昔、エロゲ―を嗜んでいた俺にはよくわかった。逆に言えば、ルートの分岐点を間違えなければ!道はまだのこされているのだと。ついでに異世界ファンタジー勇者魂の勘も言っていた。

これは試練だと。

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