第3話『親友ゲゲイン』

「え、え……?」

 うそでしょ。かなりアグレッシブすぎて、思わず素で驚いてしまった。

平気で生き物を殺すというのは少しまずいのではないか。情操教育に不備がある。


 そもそも今から虫を捕まえようぜ的な感覚で言われても困るのだ。

だからといっても、今から一緒に虫を捕まえようと言われても行かないのだが……。前の世界ですら、ゴキブリや蜘蛛を殺すのにさえビビっていたのにゴブリンなんて殺せるはずがない。


 しかし俺は未来の勇者である。

ここで引くわけにもいかない。これから語り継がれるであろうすばらしい伝説の中に「ゴブリンから逃げた」という汚点はあってはいけないのだ。勇者とは幼い頃から武勇伝があるものだ。よく考えればゴブリンだし、知恵を回せばなんとかなるかもしれない。



「そうだね。村に悪さをするゴブリンを懲らしめに行こう」

 俺はあたかも平静を装いつつ、ルクアにいった。



「……でも今日はちょっと用事があるから明日にしようか」


(やばいやばい、必殺仕事人ごっこなんかやっている場合じゃない!)


「もしかしたら今日の夜、ルクアの家にいくかもしれないからドアの鍵を開けておいてね!」


 ルクアにそう言って別れた俺は、血相を変えて大急ぎで家に帰り、自分の部屋へいった。 





 ほとんど使用されていない、木製の机の上に、『攻略本』が置かれてある。

 今このときこそ、パパからもらった攻略本の出番である。

必要だと感じた時、白紙のページに色が付くのだ!

「さあいでよ!」


 攻略本を勢いよく開いた。



 ……結論から言えば、白紙ではなく、きちんと今欲している情報が載っていた。ゴブリンについての情報が色々記載されていたが、普通に考えて今の俺がそいつを倒すのは無理だという事がわかった。ゴブリンの平均レベルは十二もあるらしい。


 どうあがいても俺のステータスでは勝てない。


 なので手段を変えて、問題の場所からの立ち退きを要求しに行くだけにした。今日中にいなくなってくれれば、倒したのだと嘘をつくことができるし、少女の曇りなき眼にグロい死体を見せずにすんで万々歳だ。……ついでに俺も安全に事を済ますことが出来る。



 俺は作戦を立ててから数時間、家の中である作業をした。


 その後、両親に今日はルクアの家でお泊まり会をするといって、夕方頃に例の原っぱに出向いた。


 *


 夕暮れ時、村を少し離れた所にある原っぱ。

そこに奇妙なテントが張られていた。その近くに一本立った巨木の下で、もたれて休憩している一匹のゴブリンがいた。見た感じ多分雄だろう。


 ここまではルクアの話通りだ。

俺はゴブリンに気付かれないように、忍び足で近づいていく。

右手には『攻略本』を握り締め、左手にはある物が入った袋を持ちながら。


 僅か十メートルという距離まで近づくと、俺は気付かれないようにこそこそと接近するのをやめた。



 そして袋の中に入っている、ゴブリンのかぶり物を装着し、寝ているゴブリンと真っ正面から対峙した。


 ゴブリンのかぶり物の頭部にはヒマワリの花をぶっ刺してある。


 かつてお笑い芸人が、ライオンや虎などの猛獣に近づくために着ぐるみを着て同族だと勘違いさせていたのを思い出して、それを実行してみることにしたのだ。あの時は笑って見ていたが、まさか自分がすることになるとは思ってもいなかった。


 勿論芸人のように近づくだけ近づいて終るつもりはない。


 しかし……。


「え。キモっ。こわ」



 緑色の耳に、歪んだ目つきで小学生ぐらいの低身長。

上半身裸で、下半身には獣の毛皮でできた申し訳程度の腰巻き。

そして右手に骨の棍棒をもっている。


 みればみるほど気持ち悪いな。でもこの気持ち悪さが良い。

日本人の男ならば、あまり顔や体型がよろしくないゴブリンが美少女を襲う薄い本をみたことがあるはずだ。なぜイケメンの男と美少女が共演しているエロ本をみないのかと言えば、それ則ち感情移入が出来ないからである。


 美少女キャラはかなり可愛く、絵も上手いという薄い本に出くわした時、そこにイケメンの男が出てきてすぐに萎えてしまったことがある。おねしょたのショタ側も例外では無い。

しかしそこにゴブリンや頭をハゲ散らかして太ったおっさんが出てきたら凄く下半身の調子がよくなるのだ。もはやゴブリンとはげたおっさんを見に来ているといっても過言ではない。


 そう考えると今目の前にいるゴブリンは、可能性の塊のようにおもえてきた。




 俺は覚悟を決めて攻略本を開き、目の前にいるゴブリンに、裏声ボイスで話しかけた。

「グゲゲ、ゲゲグゲゲ」


 自分を信じろ。多分、俺ならばこのゴブリンを騙せるはずだ。

このゴブリンのかぶり物は今日数時間かけて作ったからな。大丈夫だ、俺は昔、図画工作は謎に得意だった、中学は不登校だったからわからないが少なくとも、小学校の時点では評価は『大変良く出来ました』だったんだ。

材料はパパの冬用コートを切って、糸で縫い合わせただけの簡単なものだが、かなり精巧に作ってある。最後にヒマワリの花を取ってきて、頭部に茎からぶっ刺したから恐らく、俺のことを雌だと思うに違いない。ちなみにゴブリンのかぶり物の作り方も、攻略本にのっていた。



「ゲゲェ」!?

 ゴブリンは半分寝ていたが起き上がって、驚き、叫びながら一瞬で身構えた。



 ――――――――パパからもらった攻略本には本当に色々書いてあった。ゴブリンの平均レベル、ステータス…………。


 歴史、生息地、家族構成、性癖、趣味、好きな食べ物、飼っているペット、雄の性格、雌の性格、手相、急所、夜の急所、今年の流行語大賞、そしてゴブリン語。


 そう、今俺はカエルの鳴き真似をしたのでは無く、ゴブリン語で「今日の天気は良いですね」と言ったのだ。


 当のゴブリンは警戒しながら両眼をパチパチさせている。



「グゲ……」


 ゴブリンは、俺の姿をみて同族だと安心したのか、急に自分語りを始めた。


 


 ゴブリンは自分の名前をゲゲインだと言った。

 どうしてこんな場所で一人でいるのかと聞いたら、親友のゴゴイン君と、些細な出来事から大げんかして、喧嘩別れしたようだった。


 気が立って、勢いのまま集落から家出してしまい、もう戻れないと呟く。俺は両親が心配しているだろうから、そろそろ初手土下座で帰ってあげたほうが良いと提案した。そうしたら、ゲゲインは乗ってきて俺と色々ああしたら良いとか、こうしたら良いだとか、集落に戻りやすくなるように話し合った。その過程で世間話とか、集落で起こった面白い話とかを聞かせてくれた。


 つい俺も興がのってしまった。……満開の星空を望んで、俺とゴブリンは夜を越えて語り合った。



 その後、集落に戻る決心をしたゲゲインと別れて、俺は深夜四時すぎにルクアの家に行って、こっそりと泊まらせてもらった。両親にも今日はルクアの家に泊まるといってある。ただしルクアの両親には何もいってない。

当然、あのゴブリンのかぶり物は、茂みの中に捨ててきた。


 これで安心だ。今日も安心して熟睡出来る。暖かいミルクをのんでストレッチはできないが、昼までぐっすりさ。



 翌日、俺はルクアにゴブリン討伐が成功したことを告げる。


「ルクアちゃん。先に謝っておきたいことがある。実は昨日、初の戦闘に武者震いを抑えきれず、余りにもゴブリンと戦いたくて深夜にゴブリン退治にいってしまったんだ。ごめんね、今日を楽しみにしていたと思うけど」


 と、俺はかなり眠気を抑えて言った。



「そうなんだ……」

 ルクアは落ち込みを隠しきれずにうつむいた。


「まあでも、どうせ今日はゴブリンは関係なしに、原っぱで遊ぶ約束だったし、遊びに行こう!」


「うん!!」



 俺たちは、いつものように原っぱに出かけた。

しかし、俺はふとゲゲインがいたあの巨木をみた。

 

 いた。辺りを見渡しながら、だれかを待つ一人のゴブリンの姿が。


 あれは、ゲゲインだ。

 な、なぜここに。ゲゲインは集落に戻れたはずだ。



「あ、あっ、ちょ、ちょっとまっててねルクアちゃん」



 俺は、ルクアをゲゲインのことをみえない位置に誘導し、昨日茂みに捨てたゴブリンのかぶり物をもう一度拾い、頭から被った。

 


「グべべ!!ベゲゲゴゴググゴゴイン」

  そこでようやく俺の姿に気付いたのか。ゲゲインが俺に向かって叫んだ。

 ありがとう!ゴゴインと仲直りできた。と、ゲゲインは笑顔で言っていた。


 今日、攻略本を持ってきていなかったが、昨日長時間話し合ったお陰で簡単な言葉は理解できるようになった。


 俺にわざわざ感謝するために待っていたのだ。

目頭が熱くなった。




「昨日殺したんじゃ無かったの?」


 後ろからルクアの言葉を聞いて不意に冷水を浴びせられたかのように現実に戻った。俺は一瞬驚いて、背中から冷たい汗が流れた。


 ゲゲインの叫び声でさすがに気付いたらしい。




「こ、これはあれだよ。実は昨日のゴブリンはメスのゴブリンだったんだ。勝った記念にそいつの皮をはいでかぶり物を作ったんだ。今これを着ることであのゴブリンをいかくしてるんだ。ホラ、だから今ゴブリンが叫んでただろう?僕は勇者になる男だからよく知ってるんだ。あれは驚いて恐怖しているものの声だよ」


「すごい!!!!!!」

 ルクアは俺の言葉を信じたらしく、目を輝かせながら賞賛した。


「そうだろう」


 ちょろいもんだ。




「グギ、ゴゴゴギギグゲ、ガガグググ!!!!」


 ゲゲインはゴブリンの集落が拠点を遠くの方へ移してしまうから、最後にお別れを言いに来た!と言った。


「何ィ!??」


 まだ話したいこと、伝えたいこと、一緒にやりたいが残っていたのにまさかここでお別れになるなんて。



「じゃあ今度はわたしが殺す番だね」

 そう言うと、ルクアは右手をゴブリンの方へ突き出した。

突き出された掌を中心に、黒い靄のようなものが威圧感のある音を響かせて渦のように集約している。次第にバチバチと、稲光のようなものが見え始めた。



 俺はその光景を口を開けて見ていたがすぐに正気に戻った。

まずい、よくわからんがアレは悪役がエネルギー波的なものを撃つ前の動作だ!止めなくてはゲゲインが殺されてしまう!!


 ゲゲインはルクアの謎の波動に気付いて、背中を向けて全力で逃げていた。



「やめなさい」

 俺はルクアの頭をはたいて止めた。


「痛っ……ひどいよリンクス君」

 掌に集中していた謎のエネルギーは空に放散して消えた。


「今、それを撃っていたら死んでいたよ。ルクアちゃん」


「えっ!?」


「感じなかったかい。あのゴブリンから一瞬、とんでもない殺気が放たれたのを。もし、あの瞬間にゴブリンを攻撃していたなら、ルクアの首は吹き飛んでいただろう。勿論僕は勇者だから、ギリギリ躱せたけどね」


「そんな……」

 ルクアは顔を青ざめて、小刻みに震えている。


「僕達の負けだ。まさかゴブリンがここまで強いとは思ってなかった。このゴブリンはもっと強くなる。この勇者である僕の本当の敵になるまで、生かしておこうじゃないか。今日の敗北をしっかりと心に焼き付けておくんだよ」

 良い感じでおれは締めた。


 俺は、最後の別れの挨拶を言うことはできなかったけれども、また逢えるだろうと思って、逃げていく彼を見送った。ゴブリンもいなくなって、これでようやく一安心である。


 ていうかルクアがあんなわけのわからない能力を持っていたとは知らなかった。そういえば今までルクアのステータスを見たことがなかったし明日みせてもらおう……。

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