第2話『ファンタジーがしたい』

 凡そ1年前、俺が4歳の時である。

隣の家にすんでいる女の子と仲良くなった。


 名はルクア。紫色の長い髪を持ち、金色の目がとても可愛い美幼女である。真っ白な歯を輝かせて、あどけなく話しかけてくるルクアに俺はすぐに惚れた。昔だったら、ロリコンとか色々言われていたかも知れないが、俺と同年代である。何ら問題はない。だから俺は、今から俺のことをすきになってもらうために色々と策を練ることにしたのだ。



 そして俺は今日も家でルクアと遊んでいるようにみせかけて洗脳していた。今日は勇者について話だ。


 ここでいう勇者とは、イケメン且つチート能力を持った最強で、大量の美少女に囲まれていて、道を歩けば五秒で女を落とす男のことだ。勇者は難聴で鈍感だがどんなヒロインの呟きも、「え?今なんかいったか」で聞かなかったことにして、一夫多妻制を良いことに一年で十人以上の美少女と結婚する欲深い男であり、そして最強の生物である。なんと勇者として転移した男がものの数秒で女を堕としたという伝説もある。(転移した瞬間から惚れられていたパターンは例外)



「―――――――――いいかい、勇者歩けば女に当たるということわざがあるんだ」

 勿論、女に暴力を振るうという意味ではない。


「なにそれ。すごいの?」


「すごいよ。勇者のすごさを褒め称えた者が作った言葉だからね。つまり勇者に不可能はないということを表わしているんだ」

 


「ルクアちゃん。よく聞いてくれ、実は僕は勇者として選ばれた人間なんだ」

 俺は神妙な面持ちで告げた。


「ほんとぉ!??すごいすごいすごいすごい!!!!」

 ルクアのはしゃぎようは、まさに戦隊物のヒーローが目の前に現われたかのようだった。目に熱がこもりかなり興奮している。



「ルクアちゃんは勇者が大好きだね。でもこれは二人だけの秘密だ。絶対にだれにもいったらだめだよ」


「うん!ルクアもゆーしゃになりたい!!!」 


「ごめんね……勇者は一人しかなれないものなんだ…………」


「……そうなの?」


「でもね、僕の女になれば話は別だよ」


「おんな?」


「僕のことを今よりずっと好きになって応援し続けてくれれば、もしかすると勇者になれるかもしれないね」



 とまあこんな風にいつも、あらぬ情報を吹き込んでいる。

昨日は如何に俺がすばらしく完成された存在なのかを語った。一昨日は、ルクアと俺は前世から運命で結ばれているのだと教えた。俺は全く自分の能力を使えないから、簡単なマジックを見せて超能力を使えるのだとだましたこともある。さらに俺は勇者で終る存在じゃなく、いずれはどこかの国の王になって、そして神へと至るつもりだと夢を語っている。


 嘘と嘘のオンパレード、実際の俺は家でザワールドと叫び続ける厨二病患者なのだが、これも好感度をあげるためだ仕方がない。ルクアの年齢が大きくなってしまうと、俺のコミュ力の低さを気付いてしまい関係を築く前に去られてしまうのだ。そんなバッドエンドを迎えないように、今から俺に惚れてもらわなければ。



 しかしまだ俺は気付いていない、ルクアは5歳時点から徐々に性格が変わり始めていたことに。


 *


 1年が経ち俺は6歳になった。

とある休日。居間の床で親父と共に寝転がっていると、ついにそのときはやってきた。



「リンクスお使い行ってきてぇーーーー」


「あァい!」

 元気よくすばらしい返事をした。そろそろ様になってきたな。



 さあ行こう。待ちに待ったはじめてのお使いだ。

お使いとはいわば、親からの許し。認められたのだ。これは単独外出許可証である。しかし同時に試練でもあった。未来の勇者が一人で外出、これは敵勢力からしてみれば始末できる最高のチャンスだ。俺は警戒しながら向かわなくてはならない。もはやお使いという域を越えた、冒険である。


「ってキマァス!」


 銅貨を五枚をママの掌から奪い取り、皮の袋を携えて、すぐさま家を飛び出した。



 ここは町外れにある小さな村だった。田の稲穂はそよ風になびき、家畜が鳴き、小麦を乗せた馬車が走る。頬にそばかすが点々とありそうな村娘や、鍬を背負って麦わら帽子を被ってそうな日焼けが光った青年。外でたむろする子供達は「えくすかりばー」とかいってチャンバラごっこもしている。


 いずれ俺もそこに加わる予定だ。今に見てろよ子供ら。祖母の家で必殺仕置人を見続けることで培った俺の剣技を披露してやる。仕置人の中村主水が、悪代官の隙を突いて一刺しで殺すという、余り動きが激しくないやつだが。ネタがわからなければ、暴れてるほうの徳川吉宗が馬のケツをしばきながら川を走り抜けるあのシーンでもみせてやるか。



 家から歩いて三分ほどの所に、パン屋がある。

右方向へ民家を五軒越えた先、麦畑と向かい合っているのが特徴だ。


 そこにはいつも、ママかパパと一緒に買いに行っていた。

何度も歩き馴れた道である。



 パン屋と書かれた看板がある、一軒家の戸を叩いて中に入った。



「リンクス君ィラッシャイ!おや、今日は一人でおつかいか?えらいなあ」


「こんにちわ。パン3つとぎゅーにゅー1リットルください」

 

「あいよぉ!!」

 


「リンクス君、まいどぉ!」

 と店主が叫んだ。

「あァ~~い!!」

 俺も叫んだ。


 大きな革袋に、堅そうな黒いパンと牛乳の瓶をいれた。

重かった。店を出ると、快晴の下、のどかな田園風景が広がっていた。

呆けて立っていたら、たまたま通りかかった野良犬に一吠えされた。


「ひぃっ!?…………」



 ただただむなしさが俺の中で残っていた。

別に俺のお使い風景を、後ろからはじめてのおつかい番組スタッフが撮影して追いかけてくるのを期待していたわけじゃない。途中で持っていた風船が割れて、泣いていたところを兄弟に励ましてもらうのを想像していたわけじゃない。お使いの途中、寂しくなって家に戻ってしまいお母さんから叱られるのを番組で流されたかった訳でもない。あのメロディソングは頭の中で流れていたがそうじゃないんだ。


 俺一人の初の外出なのにファンタジー要素がなかったのだ。




 ……まだファンタジーしてないよな。今のところ。確かにステータスオープンと言えば、意味不明な画面が出てくる。そう、クソみたいな数値を映し出した画面が出るだけだ。

 

 能力が時間操作だかなんだか知らないが、ザワールドといって時間が止まらないなら無いに等しい。同じ台詞を一人で叫び続けてたから、そろそろ両親が俺に対してかなり怪しい目線で見るようになってきたし、練習する場も変えないといけなくなった。俺は嫌だ、あれを外で誰かに聞かれたりするのは。



 違う。

俺はファンタジーなことをしたいのに。例えば、箒に乗って、黒猫が……いやこれはちょっと古いがとにかく何かをしたいのだ。




「ぱぱ。ぼく、ふぁんt……魔法がしたい」

 そういうことで俺は居間のソファで寝ているパパに言ってみることにした。



「そうかそうか。それじゃあ来なさい」

 と言って、一緒にこの部屋から出て、大きな本棚が幾つもある部屋に連れて行かれた。



 そして「ほら」と言って、何かの本を手渡してきた。


「これは魔導書と言ってね、読んだらいっぱい強い魔法が使えるようになるんだよ」


「でもパパは魔導書とかよくわからないから自分で勉強しなさい」

 と言って、居間へと戻っていった。



 自分で勉強……と一瞬心の中で呟いた。


 そんなことよりも、魔導書ッ……!!

驚いて、渡された魔導書をさっそく開いてみた。


「うーん、分がんね」


 まず日本語じゃない時点で何が書かれているのか理解できないし、よくよく考えたら俺はラノベぐらいしか読む気がない。教科書に興味など無い。


 魔導書はもういいとして、文字か……。

困った事に俺は英語すらまともに出来なかった男だ。多分この新言語を覚えるのは至難の技だと思う。


 やはり、人間中々変わらないものである。異世界来たところでいきなり頑張り始めるわけないのだ。こちとら三十年も何もしてこなかった人間だ。舐めないで欲しい。何もせず楽なことをし続けるという点では誰にも負けやしない。


 と、思っていると、段々と文字が変形していった。


「お、お」


 驚くことに、文字が歪んで形を変えていき、最終的には見慣れた日本語に変わったのだ。

別におかしくはなかった。英語すらまともにできなかった俺が、何故か生まれてすぐにこの世界の言葉を理解できたから。勇者とはすばらしい。



「すごい!文字がわかるぞ!!!でもわからん」


 日本語で色々書かれているのだが結局良く分からなかった。

一般的な日本人でも物理の本を見ても理解できないのと同じである。

専門的すぎたのだ。俺は面倒なことは嫌いだし難しい勉強なんかしたくない。




「ぱぱこの本いらない!わかんない」


 結局諦めた俺は、居間で寝ようとしていたパパを起こしてそう言った。



「うーん……じゃあアレをあげよう。リンクスにはまだ早いんだけどね」

 


 そう言って、またあの部屋へ行くと、何やらすごい勢いで本棚を漁り始めた。



「あったあった!はいどうぞ」


 真っ白な本だった。表紙には『攻略本』と、でかでかと書いてある。

埃を被っていて、かなり分厚く、ずっしりとした重みがあった。


「この攻略本はねえ!色々と役に立つよ。パパは働くつもりはないからもうあげちゃおう!」


「こーりゃくぼん?」


「リンクス……この本はね、必要だと思ったときに開けなさい。じゃあそのときに応じた情報が出てくるから」


「うん、ありがとうぱぱ!!」


「それじゃあ、今からパパはねるから起こしちゃ駄目だよ。わかったね」



 流石は我が父。色々と頼りになるな。

一応開いて見ると何も書かれていない白紙のページだけしかなかった。


 必要だと思ったときに開きなさいと言っていたから、多分今じゃ無理なんだろう。さっきまで俺は魔術を使いたいなと思っていたが、魔導書を見て難しそうで面倒臭くなり諦めたから、何も出てこないのだ。


 満足した俺は白紙の本を抱きかかえ、その日を終えた。




 翌日、俺は子供達がやっていた伝説の剣ごっこ中断させて、おれが編み出した必殺仕事人ごっこをさせていた。

 

「君はがたい良さそうだから念仏の鉄ねんぶつのてつ」「そっちの君は棺桶の錠かんおけのじょう

「君は女の子だから鉄砲玉のおきんが良い」

「消去法で、おひろめの半次は君だけどよろしくね」

 淡々と役割を与えていく。

 

「まあ当然、中村主水なかむらもんどは俺になるけどごめんね―――――」

 俺はそう言って、悪代官がいる村長の館へ出陣しようとした。



「リンクス君!!!!」


 急に大声で俺を呼ぶ声がして、その声の方向を見てみるとルクアがいた。


「あー、ごめんねルクアちゃん。今日やってるのは初期のほうの仕事人だから五人しかいないんだ。だから君はいつもの中村りつ役だよ」



「そんな面白くない遊びのことはどうでもいいの」


「………」

 軽くショックを受けた。中村主水の妻の中村りつの役でいつも俺と二人で楽しそうにやっていたのに……。


「遊び場の原っぱをゴブリンが独り占めしてるんだって」

 と、ルクアは何故か楽しそうに俺に告げた。

まあ今日は、そこで遊ぶつもりはないしどうでもよかった。どうせ明日か明後日中には村の青年団の人達が追っ払ってくれるだろうし。


「ひえー、おっかないおっかない」

 必殺仕事人ごっこをしたかった俺には結構どうでも良かったから、適当に返事をした。



「そのゴブリンを殺しに行こうよ。ここで死んだら勇者じゃないね」

 ルクアは微笑みながら、突然氷を刺すように言った。

金色の目が少しくすんで見えた。

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