03 異世界転移

「――だったはずです。そこまでは俺も覚えています」


 俺は意識が遠のく以前のことを思い出しながら顎に手を当てた。


 目が覚めたらこの有様だ。


「まさか」


 と王道展開が頭を過ぎる。

 それに次ぐドライアドの言葉は俺の考えを裏付けるようで、その口調にはどこか悟らせるための語気が含まれていた。


「あなたは異世界へと導かれたのです」

 

 ――やっぱり。


 そもそもドライアドなどという存在自体がその証だ。

 それが事実なら確認したいこともある。


「俺は、死んでしまったのでしょうか?」


 もしこれがいわゆる「転生」なら俺は死んだことになる。ベッドで苦しんだ記憶はなく、ぽっくりと逝ったならまだしも幸いだったかもしれない。

 元の世界に大した未練もない――もちろんゼロとは言わないまでも、自身の近況を省みると将来への期待よりも諦念のほうが強かった気がする。


 するとドライアドは変わらずの笑顔で首を曲げた。


「――。まずはあなたの姿をご覧なさい?」


 最初、囁くような声で「愚か者」と聞こえた気がした。

 見た目に反して辛辣だな。今後は言葉を選ぶことにしよう。


 それはともかく、


「あなた自身の姿を保っているのだから、あなたは異世界へと召喚されたのです。正確には私が召喚させて頂きました」


 ドライアドは胸の前で手を重ねると、非現実的な空間にも関わらず確かな足取りで歩き出した。


「あなたの植えた種が、召喚に必要なソナーポイントとなっていました。加えて必要だったのは種を、植物を慈しむという心――決して誰でもよかったわけではありません」


 『気まぐれに植えただけです』とは今さら口が裂けても言えないので噤む。

 だからこそ種を慈しむと評されるといくらか居住まいの悪さを覚えた。


 とりあえず曖昧に手を振って見せながら、俺の興味は次へと移る。


「……ということは、異世界で勇者や魔王のポジションで無双状態になっ――」

「――期待の芽を潰すようで申し訳ありませんが少なくとも今のあなたはだたの貧弱な人間です。えぇただの人間ですとも。それと、人の話は最後まで聞くことですよ」

「……すみません」


 ――食い気味だなぁ。

 苦笑いを浮かべながら、暴風のように捲し立てられた台詞を凪のような心持ちで受け流す。


 ドライアドが肩を持ち上げ短いため息を吐き、すっと細めた目でこちらを伺ってきた。


「あなたにはやってもらわなければならないことがあります」


 何を? と逡巡していると、ドライアドが俺を正視してくる。瞳の揺れは俺を値踏みをするようでいて、さっきと打って変わって柔和な笑みが称えられていた。


「そのためにはスキルが必要です」

「……スキル?」

 

 ドライアドが静かに頷く。

 この相槌は、間違っていなかったらしい。


「そうです。あなたはただの人間で、このまま異世界へ送っても何の役にも立たないでしょう」


 ――せっかく顔立ちはいいのになぁ。綺麗な花には棘があるというけど。

 とりあえず現実逃避をしておいて、


「ということは、ここはまだ異世界ではないのですね?」

「ここは召喚過程であなたのような人間に能力を授ける場所です」


 「そして――」とドライアドは自身の腰の後ろへ手を回すと、一本のスクロールを取り出した。羊皮紙然とした黄土色に、茶色の紐が巻かれている。中央には小さな臙脂えんじ色の封蝋。


 ドライアドが手をかざすと、その封蝋がわずかに発光しながらに消え去った。蔦の紐は見えない手に引かれるようにするすると解かれていく。


「さぁ、選びなさい」


 彼女の手の中には一片の紙が残った。


 そしてそれこそ、さきほど「選びなさい」と差し出された一枚の紙片だった。

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