第181話 海への道のり――支店と部屋割り

 祭りを堪能した一行は、翌日、隣のアタランテの街で結界杭の様子のみを確認して、そのままダルアの街を目指した。


 チェーザリ、カンプラ、チヴォリの三つの村についても、休憩がてらに結界杭を確認するのみに留める。

 その辺りの村には見所が少ないというのが主な理由であるが、ダルアの街には黄昏商会の支店があるので、そこに宿泊したい、というライカの希望もあった。


 また、旅も終盤となり、海が近くなったのも大きな理由である。


 旅は楽しく、まだまだ楽しみたいと思っていても、目的地が近いとなれば、気が急くものである。

 旅慣れたライカ以外は、ゴールが近いことを惜しみつつも、海見たさに知らず知らずの内にやや先を急いでいたのだ。


 そして、ダルアの街の門の前にて。


「ふと思ったのですが」


 と今日は馬車の中にいるライカがレンに声を掛けた。


「私がレンご主人様と一緒に海まで飛んで、転移の巻物を使ってクロエ様を迎えに行けば、この旅は随分と圧縮できたのではないでしょうか?」

「目的地に到着することだけを考えるならそうだけど、今回はあちこち見て回るのが目的だったからね」

「そう言えば視察も目的でしたね。あちこちを見て回って、いかがでしたか?」

「んー、なんか、神の掌の上っていう感じが拭えない部分もあったけど、面白くはあったかな」


 どう考えても、仕組まれてたようにしか思えない事件や面倒ごともそれなりにあったが、どれも終わってみれば楽しかったとレンは笑った。


「犬猫にも会えたし、妖精を助け出したりもしたり、パラシュートなんかの開発も面白かったよ。あ、でもそう言えば」


 とレンはほんの少し眉根を寄せた。


「妖精以外だと、ヒト種以外の集落とかを見なかったな」

「絶対数が少ないですから。少し西に戻ればエルフの集落ならありますけれど」


 行きたいですか? と聞かれ、レンは苦笑して首を横に振った。


「あの挨拶はもういいよ」

「ですよね。後は、エンシーナの街の北の方にドワーフの鉱山もありますから、帰りに立ち寄っても良いかも知れませんね」

「鉱山って行っても、鍛冶師中級がいなかったんだから、最近までは魔法金属は扱えなかったんだろ?」


 レンの問いにライカは頷く。


「そうですわね。少なくとも聖銀ミスリルの精製は出来なかったはずですわ」


 聖銀ミスリルを精錬することが出来るのは鍛冶師の中級からである。

 初級でもインゴットがあればある程度の加工は出来るが、聖銀ミスリルは精錬時点での魔力操作で性質がある程度決まるため、初級の技量では魔法金属としての本領を発揮することはできない。

 その辺りは、学生が知識を持ち帰ったことで、かなり変わりつつある筈だが、まだレンが見に行くほどの変化はないと予想出来た。

 だからレンは首を横に振る。


「だとしたらまだ、戻った学生が皆に職業レベルの上げ方を教えたり、鍛冶師に頼まれてインゴットを作ってるって段階だろうから、見るべき程のものはないだろうね」

「そうしますと、後は獣人ですけど、海の方にはあまり住んでいなかったかと」

「うん。まあ、そう言えばあんまり見なかったなぁ、って思っただけだから」


 気にすることはない、と答えたレンに、ヒト以外は少ないですからね、とライカはまた繰り返すのだった。


  ◆◇◆◇◆


 街に入ると、通常なら宿の手配や、必要なら領主への連絡などを行なうラウロ達だったが、今日は、門の内側の広場で馬車を停めた。


「ライカ殿、ここからの案内、お願いします」


 ファビオに声を掛けられたライカは、頷いて御者台に上る。


「それでは、黄昏商会の支店にご案内します」


 黄昏商会はそれなりの大店おおだなだが、店舗の数はそれほど多くない。

 幾つかの街に、行商の基地となる施設はあるが、それらの大半は店舗ではなく倉庫や馬小屋に近い、


 それでもこの街に支店と呼べる建物があるのは、単に割と近い場所にライカが嫁いだラピス氏族の森があったからである。


 ライカは嫁いだ後も、レイラを授かるまではこの街とラピス氏族の森との二重生活をしていたのだ。

 その後、レイラが生まれ、ある程度大きくなるまでは氏族の森で育て、ある程度魔法をものにした辺りで、この街に移動してヒト種の生活も学ばせた。

 その時に宿として使ったのが、黄昏商会の倉庫の管理棟だった。

 最初は小さな小屋だった。

 馬車を停め、馬を休ませ、荷の保管や整理を行なえる倉庫に、平屋の小屋が隣接する、その程度だった。

 しかし、ライカが滞在を始めたことで訪問者が増えたため、小屋は黄昏商会の者の手により増改築され、それを数回繰り返して、気付けば小屋は、倉庫と並ぶほどの大きさになっていた。

 もちろん、最初から屋敷として作られたわけではないため、部分だけを見ると質素な造りとなっている箇所もあるが、その時点のライカは黄昏商会の番頭であり、会頭の娘正当後継者でもあったため、商会の者の手によって、対外的に商会の恥とならない程度の見栄が施されたのだ。


 馬車が敷地に入ると、玄関前に使用人4名が並んでいた。

 執事風の服装の男性、メイド服の女性がふたり、力仕事要員と思われる若い男性。


 馬車が入ると即座に門が閉められ、門を閉めたもう一人の若い男性が、走ってきてその列に並ぶ。

 若い男性ふたり以外は、エルフの特徴的な耳を持っていた。


 執事風の男性――ただし人間換算で25歳程度に見える風貌の――は、ライカが御者台に乗っているのを見て小さく溜息をもらしつつ、馬車が停まるのを待ち、御者台のライカに声を掛け、頭を下げる。


「お帰りなさいませ」


 全員が腰から45度、丁寧に頭を下げる。


「あら、連絡したかしら?」

「クロ……ーネお嬢様の噂を流し直す際に商会を使われましたので、そちらから連絡がございました」

「今日、この時間に来ると知ったのは?」

「馬車や護衛の皆さんの特徴も聞いておりましたので、数日前から子供を雇って門番のそばに張り付かせていました。それにしても、奥様自ら馬車を操って来られるとは。相変わらずですな。それで、今日はお嬢様は?」

「レイラは留守番よ。あと、私はラピス氏族から離れてますから、奥様はやめて頂戴。客間は整っていて?」

「はい、常の通りに」

「よろしい……それでは皆を紹介します」


 ライカは御者台から飛び降り、馬車の扉を開け、る前にその屋根を見上げ、指差した。


「屋根の上にいるのは竜人のリオさん。あちらの護衛が、ラウロ様、ファビオ様、ジェラルディーナさん、レベッカさん。まあ知っているのでしょうけれど、家名は秘密です。あとは馬車の中にクローネお嬢様とそのおつきのエミリアさん、フランチェスカさん。そして奥にいるエルフが、私の養父にして黄昏商会の会頭のレン様」


 馬車の扉を開け、中が見えるようにしてからそう続ける。

 それを受け、執事風の男性が頭を下げる。


「皆様初めまして。私はアキムと申します。御滞在中に何かございましたら、私までご用命ください」


 エルフらしくない、ごく普通の初対面の挨拶に、レンはどういう事かとライカに視線を向ける。


「アキムは……というか、ここにいるエルフは、レンご主人様や私同様、ヒトの社会で長く暮しているのです。商売の場にヒトの礼儀を理解しない者を置いたりしませんわ」

「てことは、使用人じゃなく黄昏商会関係者か?」

「ええ、元々はラピス氏族の次代の長候補の護衛だったのですけれど、諸々ありまして」

「次代の長?」

「候補、です。レイラの事ですわ。あの娘はヒトの社会が気に入ってしまったから、戻らないとは思いますが」


  ◆◇◆◇◆


 建物に入ってすぐの部屋はかなり広いが、そこは通過する。

 商談に使えるようなテーブルや応接セットが幾つかと、書見台のようなものも幾つか。

 それに加え、書棚らしき物に大きなチェストが幾つかが壁沿いに並び、壁には風景画が飾られている部屋を通りすがりに眺めたレンは


「なるほど。商談のための部屋か」


 そう頷いて奥の部屋に足を踏み入れた。


 そちらは大きなダイニングルームになっていた。

 巨大な食卓がふたつ。

 椅子がたくさん。

 奥の方にはソファもいくつか。

 食卓の上には燭台の形をした照明の魔道具が置かれている。

 訪問客によっては、ここで宴が開かれることがあるのかもしれない、とレンは考えた。


「随分と広いね」

「ここも客人をもてなすための場所ですので。そちらの奥の扉の向こうが私室やキッチンに続く廊下で、そちらは質素なものですわ。その手前の扉は客室に続く廊下で、今日はそちらを使って頂きます。アキム?」

「はい。お部屋のご用意はございますが、部屋割りについてはご意見を伺った後と考えております。ラウロ様、こちらを」


 そう言ってアキムはラウロの前に進み、食卓の上に建物の見取り図を広げて見せた

 建物の形は、やや歪な十字になっていた。


「今いるのはこの中央部分です。先ほど通った事務室がこちら。入り口から見て右奥にライカ様方の私室。左側は水回りや使用人の居室がございます。皆様には、この正面ドア奥のお部屋をご用意しています」

「ふむ。廊下に沿って、左右に3部屋ずつ。部屋と部屋の間にも廊下があって、明り取りになっておるのだな……突き当たりのこれはトイレか……明り取りという事なら仕方ないのだろうが、部屋にも廊下にも窓が多いな」

「一応、商会ということで、不心得者がいても思いとどまるように、窓には鉄柵がございます」


 アキムが目で合図を送ると、メイドの一人が、リビングの窓の木戸を開いて見せた。


「あのような鉄柵ですので、普通の方法では中々入れないかと。魔法を使える者や妖精には無意味ですが」

「通常の手段に限定すれば、出入りはこちらのドアのみと言うことか」

「その通りです」

「外はどうなっている?」


 ラウロの問いに、アキムは別の紙を広げた。


「こちらは敷地全体図です。左右に倉庫、奥にも倉庫で、お客様のお部屋は中庭に存在するような形状になっております。倉庫に通過すれば中庭にも入れますが、そちらも施錠されておりますので、誰かが迷い込む可能性は低いかと」

「中庭に誰かいたなら、それは良きにつけ悪しきにつけ、関係者ということか……ならば、ドアに近いここと、一番奥側の2カ所に護衛を配置したい」

「かしこまりました」


 そのやり取りを眺めていたレンは、首を傾げてジェラルディーナに声を掛ける。


「これ、今まではやってなかったよね?」

「やってはいましたが、ここまでは出来なかった、が正しいように思います。普通の宿屋ならここまで要求できません。ですが護衛のしやすさを考えて部屋割りや部屋の配置を行なっていました。ここまで配慮できたのは、クローネ邸と昨夜の村、聖域の村くらいですけれど」

「で、ここではある程度話してしまっても大丈夫と判断して、現場スタッフと調整しているという訳か」

「そうだと思います」


 レンとジェラルディーナの会話はふたりとも聞こえているだろうが、気にも留めずに部屋割りが確定する。


「では、このように。部屋への案内を頼む」

「かしこまりました。荷を下ろしたらお茶のご用意などいかが致しますか? それとも先に湯を使われますか?」


 その問いに、クロエはお風呂。と答えた。

 なお、クロエと同室とされたリオは、守れってことか、とこっそり溜息をつくのだった。


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