第180話 海への道のり――お召し替えと祭りの締め

「祭りだし、少しは着飾ろう」


 リオにそう言われ、クロエは首を傾げた。


 神託の巫女は、もっとも神に近い位置に立つ巫女である。

 それゆえ、神を祀るための祭りの衣装として、特別なものが幾種類かある。


 それらは一般に広く知られている衣装ではないが、神殿関係者なら知っていてもおかしくはない。

 だから、アタランテの神殿から来ているヴィートの前でその衣装を着るのは避けるべきである。

 しかしクロエにとって、祭りの衣装と言えばそれしかなく、どうしたものかと考えたのだ。


 その困惑の理由が分からず、リオは少し困ったように


「エーレンが、ヒト種はそうするものだって言ってるんだけど、間違い?」


 と一緒になって首を傾げる。


 それを見て、エミリアが吹き出した。


「ぷっ……とと、失礼しました。巫女の正装はまずいですが、貴族の娘がそれに憧れて真似たように見える衣装にしましょうか」


 エミリアはアイテムボックスから、衣装箱を幾つか取り出し、それを部屋の中に並べていく。

 それを見て、フランチェスカは和服用の衣紋掛けのようなものを使って、箱から取り出した数枚の薄衣を重ね着のようにして下げて見せる。


「神託の巫女の祭りの装束は、基本は黒のワンピースで、上に透けるほどの白と、別の色の薄衣を数枚重ねます。重ねる色で意味が変わりますが、今回はその理由を知らずに見た目だけ意識して似せたように見える色使いにしましょう。ワンピースはだから敢えて本来の黒ではなく、濃紺のホルターネックの細いシルエットのドレス。祭りの夜の薄衣は本来なら白と濃紺に祀るべき神々の色を重ねますが、今回は一般の方が普段目にする昼の色――白と薄青の薄衣を重ねましょう。この組み合わせだと本来はその薄衣を帯で留めてサッシュを下げますが、帯の代わりに太いベルトで固定して、ベルトに大きな……この色合いだと濃い目の青か赤のリボンを付ける感じでいかがでしょうか?」

「リボン?」

「本来なら薄紫のサッシュをたすき掛けにしますが、一般の方はあまりサッシュを使いません。ですが、サッシュリボンであれば貴族の子女が身に着けていてもさほど不自然ではありませんので」

「なるほど……赤、もっと濃いのある?」

「こちらはいかがでしょうか?」


 クロエのリクエストに応える形でエミリアが新しい衣装箱から、深紅の帯のような布を取り出す。


「よさそう。リボンにして見せて」

「少々お待ちを」


 エミリアは帯のような布を器用に結んで、綺麗なリボンを形作る。


「こんな感じで……ああ、こちらはもう少し長く垂らした方が可愛いですね」

「……うん、それじゃそれで。足元は?」

「村なので、普通のブーツにすべきかと」


 村の場合、暗渠になる下水道部分に石畳が配置されることもあるが、割れたり欠けたりで、簡単に交換ができる木の板に置き換えられる事もある。

 そして、それ以外は土の地面である。


 それを考えると凝った靴はお勧めできないとのエミリアにクロエは頷く。


「ですが、色合いは選べます。今回の服に合わせるなら、手持ちからだと赤、黒、白が合いそうです」

「……白は汚れる。黒も土が付いて乾いたら目立つ。だから赤にする。たくさん見て回りたいから、歩きやすさ重視で」

「となると、この辺でしょうか。編み上げで、側面にリボンを付けたりできます」

「ならそれで。リオは着替えないの?」


 と、クロエに振られ、リオは首を横に振る。


「あたしたちは別にリュンヌ様を祀る時に着飾ったりしないし」

「ここではソレイル様を祀るのだから、着飾るべき」

「うえ? そうなるの? でもほら、あたしの持ってる服なんて」

「大丈夫です。クロエ様の服の中で、合わせられるものがあります」

「いや、あたしはそーゆーのは……」

「ほらほら、まずそれ脱いで、まずコレ合わせてみましょうね」

「ちょ!」

「うーん、このラインだと、こうでしょうか?」

「待っ!」


 そして、30分後、綺麗に着飾り、ヘロヘロになったリオが発見される事となるのだが、リオはその間にあった事を語ろうとはしなかった。


  ◆◇◆◇◆


 灯明と供え物が綺麗に並んだ祠でそれぞれが信じる神に祈る。

 神殿が祀る主神はソレイルだが、人間はそれぞれが職業の恩恵を受けており、祠には全ての神々が合祀されているため、皆が思い思いの神に感謝の祈りを捧げる。


 エミリア、フランチェスカ、クロエの祈りは無駄がなく美しいとすら言えるもので見蕩れる村人が出たりもした。

 一行の中でも群を抜く3人に続いて、ライカ、ラウロ、ファビオ、リオも美しい所作で祈りを捧げる。


 ライカは長年の研鑽の結果として、ラウロ、ファビオは貴族の嗜みとして。

 リオはリュンヌの眷属という立場なので、ある意味クロエ達、神殿の者たちに近いとも言える。


 レベッカとジェラルディーナ、レンは、不慣れな部分があるものの、それでも最低限の作法は守って祈りを捧げる。


(とりあえず、人類の存続が可能な程度の知識を広める下準備はできました。そろそろ俺はノンビリさせて貰っても良いですよね? もしも何かあれば、しばらくはクロエさんやリオ経由で伝えて下さい。神託装置ができたら、神殿に託します。あ、もしも黒金二枚貝が手に入っても、仙薬は実験で作るだけにしておくつもりです)


 海に向うレンにはふたつの目的があった。


 ひとつは言うまでもなく、ノンビリ暮らせる場所を探すことである。

 もう一つは、様々な素材――特に、かつて小さな漁村のそばに棲息していた貝を手に入れることである。


 この世界では未確認だが、ゲーム内のプレイヤーのアバターは基本的に不死の存在である。

 正しくは「死んでも生き返る」なので、不死とはやや異なるが、プレイヤーにとって死は終わりとならない。


 死んでも30秒以内に蘇生の霊薬を使って貰えば息を吹き返して戦線に復帰できるし、時間切れとなってもデスペナルティこそあるが、最後に立ち寄った街の中央の泉の前で目を覚ます。

 対して、NPCが死んだ場合、同じ方法で蘇生させることはできない。

 それを可能とするための方法のひとつが黒金の仙薬と呼ばれるポーションだった。


 ただし、設定上、寿命の回避は出来ないことになっている。

 それについては、そういうシナリオがあったため、公式設定である。


 しかし、例えばライカやディオのようなプレイヤーが作ったNPCについては死後数分の間に仙薬を使うことが出来れば息を吹き返すし、あるシナリオでは死体を冷凍保存して、その時間を延長したりもしていた。


 どういう条件なら生き返るのかを運営は明らかにしていない。

 だから、黒金の仙薬がこの世界でも使えるのかどうかは未知数である。


 それでも蘇生薬である。

 命を買える可能性があるとなれば、その価値は計り知れない。


 そのレシピは魔法屋にもある。読むには錬金術師上級と、高い技能習熟が必要となるため、読める者が出てくるまでに数年とレンは予想していた。

 何の準備もなく、それが知られれば乱獲である。

 だからこそ早めに実態を確認し、もしも本当に使えるようなら事前に保護なりの取り組みが必要になるだろう、と考えつつ、レンは溜息をついた。


(……取り組みが必要になるでしょうけど、手を出すと泥沼です。だからこの件については国や神殿に丸投げします。何にしてもそろそろ平和にノンビリ暮らせますように)


  ◆◇◆◇◆


 祠を出た後は、自由に歩き回るクロエに苦慮した護衛が、近接はリオとレンに任せ、遠巻きに見守る体制で移動をする。

 具体的にはクロエはレンとリオと手を繋いで歩き回ることとなった。


 祠のそばには音楽を神々に奉納する者たちがいて、そこでは打楽器、笛、弦楽器で奏でられた曲が演奏されていた。

 かと思えば、そのそばではその曲に合わせて舞を奉納する者がいたり、小さな彫刻などが飾られたりもしていた。


 屋台も幾つか並んでいる。

 この時期、神官の移動について回って、先々で商売をする者もいるため、村にしては賑わっている。しかし所詮は村レベルである。

 それでも大勢で回るという体験自体、クロエにはとても珍しいものであり、祭りの間中クロエは笑顔を絶やさなかった。


 祭りは夕方から日が落ちるまで続く。

 日が落ちたところで祭りの本番は終わるが、その時点で不要となる端材などは広場に集められ、火にべられる。

 後夜祭である。

 キャンプファイヤーと呼ぶにはかなり小さい焚火の回りで村人達がフォークダンスに似た踊りを踊り、それが最後の奉納となる。


 クロエはその踊りを遠巻きに眺め、神様の視点はこのようなものなのかも知れない、と考える。


(楽しそうな皆の姿を眺めるだけで、その輪に入ることはあり得ない。だけど、それでも十分に満足出来る……でも)


 それならば神託の巫女として、自分はどうするべきだろうか、とクロエは考えた。

 そして。


「リオ、レン、私達も踊る」


 クロエはレン達の手を引いて踊りの輪に飛び込んでいく。


 村では見る事のないような綺麗な衣装の少女たちと、少女と見まごうばかりのエルフの乱入に、ほんの一瞬踊りの輪が乱れるが、楽しげに踊る3人はすぐに受入れられ、隣のおばちゃんにステップを教えて貰ったりしながらクロエは笑顔を振りまくのだった。


~~~~~~~~

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