第179話 海への道のり――大魔法と祭りの始まり

 祭りの用意が整い、村人達が広場に集まってきた。

 レンが魔法で小屋を作る、と聞いていた村人達は、現在、敷地の際に張り付くようにしてレン達の動きを眺めている。

 なお、クロエ達は、全員まとまっていた方が安全だろうと、敷地内に停めた馬車の中から眺めており、その外でラウロ達が睨みをきかせていた。ちなみにリオは相変わらず馬車の屋根の上に寝転んでいる。

 村長の合図を受けたレンは、土魔法で小屋を作るエリアの地面の状態の最終確認をする。


(下に下水以外の空洞なし、土もしっかり締まっている。問題無し)


 続いて、地下の下水道――実体は暗渠――の位置を確認しつつ、トイレ、風呂の予定地から下水道に繋がる下水管を作る。

 レン達がいなくなった後は、大した水圧が期待できないため、可能な限り直線で構成する。

 が、しかし、これらは地表から地中の状態を調べ、土を押し固めて管を作るため、村人からは見えない作業である。

 

 集まってきた村人達は、なんかレンが歩き回ってるなぁ、程度しか分からない。


 さすがに下水管はメンテナンスなしとは行かない部分なので、幾つか、下水管に繋がる縦穴を掘って、蓋をしておく。

 そこに至り、ようやく、下水に関する何かを始めたように見えるわけだが、実のところ、それは下水管工事の最終段階の一歩手前である。


 風呂、トイレ予定地にも、下水管に繋がる縦穴を作れば、下水の工事は完了となる。

 なお、傾斜が高い側に風呂、低い側にトイレを配置する。

 トイレも水洗なので、単体でも排泄物は下水道まで流れる筈だが、風呂の湯を抜けば、それが下水道に繋がる下水管すべてを洗い流すという構造になっているのだ。


 下水の処理が出来たところで、アイテムボックスから大量の砂利と砂を建設予定地付近に取り出し、幾つかの山を作る。

 たったそれだけで、村人達はどよめく。


「すげー! 今、あの砂利、魔法で出したんかな?」

「収穫を買いに来る商人が山ほど荷物が入る魔法の旅行鞄ちゅうもんを持ってるけど、それじゃないのか?」

「あんなに入るのか、便利そうじゃのぅ」

「でも砂利で小屋を作るのか?」

「セメントってやつじゃろか?」

「魔法で建てるって話じゃなかったか?」


 外野の声に苦笑しつつ、レンは分かりやすさのため、両手を砂利の山に向けて深呼吸をして、これから何かするぞ、と村人達にわかるように示してみせる。


 村人達が静かになるのを待ち、レンは錬成で砂利から基礎部分を作り出す。

 魔法が発動すると、砂利全体がぼんやりと光を放ち、氷が溶けて水が広がるように地面に広がり始める。


「おっ! 始まったぞ!」

「おいおい、砂利が蝋燭の蝋みたいに溶けてるぞ?!」

「地面に広がって……あ、なんか形になった!」


 レンは土地の傾き具合や、間取りに無理がない事を確認するために砂利を広げて基礎を作り出す。最終的には天井まで一体になるので、基礎そのものにはあまり意味はないのだが、ここに壁が出来るという目印があると、後の作業が捗るのだ。


 やや厚めの基礎に傾斜や歪みがないことを確認したレンは、基礎に幾つかの通風口を作り、続いて砂利を使って床を作る。

 今回、床板は石板なので、地面直置きにしても水が染みてくることはないが、レンは地面と床の間に空間を設けて風を通す事を選択する。


 地面に床を支える土台(束石のようなもの)を大量に配置し、そこから上に向って、パネル状の床板を生み出す。

 床板の下の面には、細い棒を大量に生み出して格子状に貼り付けて補強する。


 一通り、床板の配置が終わった後、床板パネルの隙間を錬成で埋めて、1枚の大きな板に加工する。

 床は床下の石の上に乗っているだけの状態となるが、壁際一杯までの大きな一枚板なので、ズレる恐れはない。

 枠を丁寧に作ってパネルを乗せていく方法では、作成に時間が掛かりすぎるため、苦肉の策とも言える。


 ちなみに床が抜けた場合、床板は1枚板なので、錬成なしでは修理はできない。

 その場合は床板全部を撤去し、木の板などに交換する必要が出てくる。

 床下の石と床のパネルは一体化していないので、交換自体は不可能ではない。


 続いて、溶けた蝋のような砂利を使って壁を作りだす。

 壁を上に伸ばしつつ、レンも高くなっていく壁の上を歩いて、上に登っていく。

 壁の表面を、溶けた蝋のような石材が上に向って流れ、柱、耐力壁が生み出されていく。


 仕切りの壁が出来たところで塀の上部に天井板を支えるアーチ状構造物を生み出し、その上に出した砂利を材料に天井を広げていく。

 なお、天井板は石の板の上へ軽石状に加工した砂利を転がして、その上から樹脂を流して固めるだけの簡単仕様である。

 天井は建物の奥に向って下がるような傾斜が付けてあり、その先には石で作った桶のような物がふたつある。

 片方は雨水を溜めておくためのもので、溜めた雨水はトイレを流す際に使用される。


 もう片方は、建物内部専用の上水道用のタンクとなる。

 建物の外から上水道用のタンクに水を入れると、風呂場や洗面台でその水を使えるという程度なので、大した意味はないが、こうしておけば泉の壺がなくても風呂を使うことができる。

 ちなみに、風呂には聖域の洞窟で作った風呂と同じ釜が設えられており、水と薪さえあれば、魔法が使えなくても使えるようになっている。


 終わってみると、1時間半ほどと、レンの予想よりもやや時間が掛かっていた。

 屋根の加工で、うまくアーチにならずに何回かやり直しがあったのと、実際に屋根の上に水を流した際に、勢いが付きすぎてタンクに入らない問題があったためである。


 一通り見回したレンは


「完成」


 と呟く。

 レンが村人に手を振ると、魔法に触れる機会があまりない村人達から大歓声があがった。


 代表して村長が建物の内見を行なう。


「これが1時間半で……魔法とは凄い物ですな」

レンご主人様だからですわ。普通の魔法使いはここまで出来ません。他の魔法使いに同じ事を頼んでも断られますから、その点は勘違いしないでくださいね?」


 さりげなくレンご主人様推しをしつつも、最低限の注意をするライカ。

 村長は素直に


「なるほど、確かにこれを普通と思うのは間違いでしょうな」


 と頷きつつ、屋内を見て回る。


「裏手にあるタンクに水を入れれば、ここから水が出ます。風呂を沸かしたいときは、外の釜に薪を入れて焚いて下さい」

「風呂付きの建物とは、まるで御貴族様のようですな」

「ちょっと面倒でしょうけど、村人の健康のためにも、たまにはみんなに風呂を使わせてあげて下さいね」


 一通り内見を済ませた村長は、屋内を見回して首を傾げる。


「しかし宿にするには寝具も何もないですな……綺麗な干し草で良ければご提供できますが」

「家具の類いは持ち歩いているのでご心配には及びません」


 左右の部屋にはベッドを配置し、中央の部屋にはテーブルと椅子を並べる。

 そして各部屋の、本来ならドアがある位置に、ウェブシルクのカーテンを付ける。


「不思議な固定方法ですな」


 見慣れぬ棒を使ってカーテンを固定するレンを見た村長がそう尋ねると、レンは固定に使ったものと同じ棒を村長に渡す。


「突っ張り棒と呼ばれる道具です。やってみますか?」


 レンから扱い方を聞いた村長は、最初はおっかなびっくりで、次からは楽しげにドアにカーテンを付けて回る。


「便利な道具ですなあ。お高いんでしょうな?」

「……今はまだ高価ですけど、土魔法使いが増えれば安価になってきますよ」


 構造は長いボルトとナットとそれを固定する棒を組み合わせただけの簡単設計であるが、現時点では綺麗なボルトとナットを手に入れるのは少々難しいため、レンはそう答えた。

 今後、元となる綺麗なボルトまたはナットが1つでも手に入るようになり、土魔法か錬金魔法のどちらかの錬成魔法を使える者が増えれば比較的、簡単に作れるようになるので、安価になるのはその後の話となる。


 なお、綺麗なボルト、ナットなら幾種類かが既に学園にある。

 生徒がそれらと噛み合うようにネジ山を錬成したコピーを持ち帰れば、そこからは一気に広まる筈である。


 ちなみに、地球に於ける初期のボルト(雄ネジ)の作り方は、適切な太さの、ボルトのような形をした「ネジ山のない金属棒」に対して「ダイス」と呼ばれる、硬い金属で作られたナットのような物(形状はまったく違うが、穴の中にネジの山がある物体)を当てて、強引に、力任せに金属棒にそれをねじ込んでいく。

 それを「ネジ切り」と表現するが、その結果、金属棒の表面が削られ、ネジ山が作られ、ボルトのような物になる。

 ナット(雌ネジ)側は金属にボルトの直径よりやや小さい穴を開け、そこに「タップ」と呼ばれる、硬い金属で作られたボルトのような物(形状はまったく違うが、棒の表面にネジの山がある物体)を当てて、強引に、力任せに金属の穴にそれをねじ込んでいく(材質などによって、タップを変えて2,3回)。

 本来はとても面倒で、力が必要な作業だが、魔法を使えば少量なら簡単に作れるようになる。

 当然、地球の量産品は人力ではなく動力を用いて加工されているわけで、それと比べると魔法では非効率だが、人力で作るのに比べれば遙かにマシなのだ。


 ネジなどの普及は工具の規格化に繋がり、結果、単位系の規格化にも繋がることとなるが、レンは、そこまでの変化なら、許容するつもりだった。

 レンが望まないのは工業化、大量生産文明への移行であり、蒸気機関もない世界なら、まだもう少し時間が掛かるだろうと踏んでいたのだ。


  ◆◇◆◇◆


 小屋が建って、ドアにカーテンが掛かったあたりで、村人達は三々五々に散っていった。

 同時に、賑やかな音楽が広場で奏でられ始める。


 祭りはこれからが本番なので、広場には、この村にこんなに人がいたのかと驚く程度には人が出ていた。

 大人も子供も楽しげに露店を覗きながら歩き回る。

 祠の前には、奉納のための簡易な舞台が設えられ、そこで音楽が奏でられている。


 それを眺め、レンは、視線を馬車の屋根の上に向けた。


「リオは祭りはどうするんだ?」


 レンが小屋を作っている間中、ずっと馬車の上に転がったまま、クロエの護衛をしていたリオは、


「露店は覗きたいかな」


 と答えつつも、クロエたちと共に小屋に入っていく。


「あれ? 露店に行くんだよな?」


 とレンが首を傾げると、ライカが


「お祭りは晴れ着を着るものですから」


 と、楽しげに笑う。


「晴れ着? リオが?」

「リオ様自身が装うかは分かりませんが、多分、クロエ様に着せるためでしょうね」

~~~~~~~~

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