第178話 海への道のり――村の祭りと大魔法

 馬車の中では出来る作業にも限界がある。

 神託受信装置についての検討は、これ以上は難しいと判断したレンは、もう一つの案件について取りかかる事にした。


 レンがポーチから取り出したのは、パラシュートのミニチュア何かだった。

 横30センチ、高さ50センチほどのそれを見て、クロエは首を傾げる。


「変な形のパラシュート?」

「いや、これは気球っていう道具の模型だね」

「魔道具?」

「熱源には魔道具を使うつもりだけど、全体としてはパラシュートと同じ単なる道具。こんな感じになる」


 レンは見やすいように、気球の風船の部分――球皮を摘まんでぶら下げて見せる。


「この上の布の部分に、下から……軽い空気を入れて膨らませてやる」

「軽い空気?」

「まあ、そういうのが作れるんだ。それを詰めるとこれが空に浮かぶ……かも知れない」

「かも知れない?」

「作ったことないからね。昔雑誌……本とかで読んだだけだから、本当に作れるのかは分からないんだけど」


 クロエはレンの言葉を聞き、レンがぶら下げている気球のミニチュアを指差した。


「作ってある」

「これは、形だけで、実際に飛ぶ機能なんかはまだ付けてないんだ」


 飛ぶ機能というとやや語弊があるが、そのミニチュアは球皮の形をどう作るのかを考えるための試作品でしかなく、バーナーなどは組み込まれていない。

 ただ風船と、その下に小さな箱をぶら下げるための紐が数本、という構造で、降下する際に空気を抜くためのリップパネルも、それを操作するためのリップラインもついていない。


「どういう作り?」

「布に紐を縫い付けて強度を保ちつつ、その紐を骨組み代わりにして布を袋状に縫うことになるかな。本来は熱に強い布を使うんだと思うけど、そこはエンチャントで耐熱加工予定。下の部分の紐に蔦で編んだ籠をぶら下げて、人はそこに乗る感じ。本物は、これの20倍くらいになるかな?」

「私も乗れる?」

「神殿が許可すればね……と、村に着いたかな?」


 馬車の振動の変化に気付いたレンがそう呟くと、クロエが立ち上がって明り取りの小窓から外を覗こうとしてエミリアに窘められたりしつつ、馬車は村に到着した。


  ◆◇◆◇◆


「ようこそ。カルヴィにはどういった御用件でしょうか?」


 村の門番にそう尋ねられ、ラウロは若干の違和感を感じた。

 同じ違和感を感じたレベッカが、すぐさまラウロに耳打ちする。


「ラウロ様、村人にしちゃ身なりが整い過ぎてるし、言葉も丁寧過ぎるっす」

「なるほど……時間が惜しい、様子見はせん。門番殿。学がおありのようだが、あなたの名前と身分を明かしては頂けないか? 自分はラウロ。見ての通り現在は単なる護衛だが、貴族だ。この村にはアタランテに向う途中の休憩のために立ち寄った」


 見ての通り? と首を傾げるレベッカに苦笑いしつつ、門番はラウロの目を見て返事をする。


「……失礼しました。アタランテの神殿から派遣されたヴィートと申します。今日は村の祠の手入れのために来たのですが、村で宿をお借りするため、こうして奉仕をしております」

「神殿から?」


 ラウロが視線を馬車に向けると、話を聞いていたエミリアが降車してきた。

 エミリアはラウロの斜め後ろに立つと、


「神官様、常と変わらぬ日々に感謝を」


 と、静かに頭を下げる。


 エミリアの動きを見て、ヴィートは驚いたように目を見開くと、胸の前で両手を合わせ


「感謝と祈りを……これは……神殿関係者の御一行でしたか」


 と返す。


「……そうですが、なぜお分かりに?」

「えっと? お互い、挨拶を見れば分かりますよね? この時期だと視察でしょうか? おっと、だとしたら答えられる筈はないですね」

「そうですね……ラウロ様、多分本物です」


 最後の部分だけラウロに聞こえるように呟くと、エミリアはにこやかに微笑んで馬車に戻る。


「ああ、私はアタランテの街のヴィートです」


 そう声を掛けられたエミリアは振り返ると綺麗な微笑みと共に


「サンテール領の神殿でお世話になっているエミリアです」


 と返した。


  ◆◇◆◇◆


「神殿関係者がいたのは、たまたまってことで良いんですよね? また、神託が絡んでいたりは?」


 エミリアが戻ると、レンは気になっていたことを問いかける。


「現時点ではそう考えて良いかと。この時期に神殿の者が近隣の村に出向いて祠の整備をするのは、毎年の行事みたいなものですから」

「そうなんですか? 結界の外には魔物もいるのに……」

「年に一回、冒険者との顔つなぎも兼ねてますので」

「年に一回? そう聞くと、えらく少なく感じますね」


 エミリアとフランチェスカは苦笑を漏らす。


「身も蓋もない言い方をすれば、お布施を回収するのが主目的です。だから年一回で十分なのですよ。祠の整備と言っても普段は村人がやっていますし」

「なるほど。だから神官も分りやすく村のために奉仕をしてみせてるって感じですか」

「そんな所です。もちろん、祠での祈りもしっかり行ないます。その際、夕方からお祭りをしたりもします」

「お祭り? どんな感じの?」


 何となく縁日の神社の風景を想像しつつレンがそう訪ねると、クロエが不思議そうな表情で首を傾げた。


「レンはお祭りを見た事ない?」

「……えーと、600年前のは知ってるけど、最近はどんな感じかなって?」


 ゲーム内でも祭りのイベントは存在したが、それは現実の祭りを写したような代物だったため、それがそのままこの世界の祭りになるのか分からずにレンは言葉を濁す。


「祠の回りを飾り立てて、みんなで一年の平穏を感謝し、翌年の平穏と無事をお祈りして、銘々に宴をしたりして楽しむ。あと、音楽や芸を奉納する人もいる。村によっては全員で踊ったりして賑やかに過ごし、神様達に楽しんで頂く」

「なるほど、昔と変わらないのか」


『碧の迷宮』はオンラインゲームである。だから、その他のオンラインゲーム同様、課金を促すために、ほぼ毎月何らかのイベントがあった。

 正月に始まりクリスマスまで、元々の宗教色部分を『碧の迷宮』風に上書きしたイベントがあり、その中には夏祭りや縁日も存在した。


 おそらくそのどれかだろうとあたりを付けたレンは、ゲーム内の祭りを思い出し、懐かしむよりもむしろ疲れたような表情をする。

 その変化にめざとく気付いたクロエは、レンの袖を引っ張る。


「頭痛い?」

「いや、英雄の時代、祭りで色んな素材を集める競技みたいのがあってさ、それを思い出したら疲れた」

「素材? 結界の外で?」

「そうだね。参加するのは英雄とその仲間に限られてたし、職種と職業レベルによって集めるものが違っていたから、みんな、そんなに危険はなかったけどね。今はそういうのないよね?」


 イベント内容は毎年異なるが、レンが思い出したのは、無限に湧き続ける植物系の魔物を倒して解体しまくり、たまに出てくるホオズキっぽいレア素材を集めて提灯を作って納めると、その数や品質によって限定アイテムを貰えるというイベントだった。

 エリア内の魔物の数は基本的に一定数を下回らないように調整されており、エリアの人数が多いと、その分余計に出現するようにもなっており、人が多くても少なくても面倒なイベントとなっていた。

 敵を倒すことは簡単でも、解体して素材を回収するためには足を止めなければならず、解体中に無限湧きを続ける敵に襲われれば、ダメージは少なくても素材確保に失敗したりして、精神的に疲れる仕様になっていたのだ。


「今だと村の中でできる丸太切り競争とか、縄作り競争みたいなのは聞く」

「なるほど。まあでも、折角の機会だし、今日はちょっと覗いてみようか」

「無理。お祭りは夕方からだから、泊まらないと見る事が出来ない。でも、この時期、村に宿は期待できない」


 そう答えつつも、少し残念そうな表情のクロエに、レンは問題ない、と答える。


「元々、日程を気にする必要のない旅だから、そこは気にしなくても良いよ。宿の問題は、確認が必要だけど、何とかなると思う」


 レンは広げていた道具類を片付けると、ラウロと相談するために降車した。


  ◆◇◆◇◆


「……という事なので、本日は予定を変更して、この村で宿を借りられないかと」

「ふむ……まあ、様々な事柄を見るのも巫女の務めだったな。特に祭りとなれば神事。ならば見たいというのも道理か……だが、この規模の村に宿屋などないだろうし、既にヴィートがいる以上、空き家なども残っておらぬやも知れぬが……」

「まあ、確かに見る限り、宿屋はなさそうですね」


 レンは村の中を見回し、同意の頷きを返す。

 カルヴィの村は、門から入って村の中心まで通りがあり、通りを挟むように、かなり距離を空けて数軒の家が並んでいる。

 広場には祠などがあるようで、そこでは祭りの準備が始まっているが、広場に面して、一軒の商店もないように見える。


 このような小さな村に偶の客人があれば、知合いの家に宿を求めるか、客人用の小屋を貸りることとなる。

 それを聞いたレンは少し考えると


「それなら。小屋を作って良い土地がないか聞いてみてください。出来れば下水の近くが望ましいです」


 と答えた。

 レンのその答えに、ラウロは、またそういう目立つ真似をと言いたげな表情を見せる。

「小屋とはどの程度の?」

「妖精の時、迷宮の近くに会議室を作りましたよね。あれをふたつ作れば一晩の宿にはなるでしょう。朝になったらちゃんと壊しますので」

「土で作ったあれか? なるほど」

「土が嫌なら、手持ちの砂利があるので、それを固めて作りますよ。そうすると石造りに見えるでしょうね」

「窓やドアはどうなる?」

「窓は単なる穴で、通気口兼明り取り程度。ドアはありません。どちらも目隠しにカーテンをかける程度ですね」


 レンの説明に、ラウロはなるほど、と腕組みをする。


「ファビオ、どう思う?」

「二棟というのは男女別ということでしょうけれど、護衛を考えるなら二棟を繋げ、護衛の部屋の前を通らねば奥に行けないようにすべきかと。あと、手洗いの類いも考えるべきでしょう。壺でも構いませんが」

「間取りはファビオさんの意見に従いましょう。下水のそばなら、簡易的なトイレとお風呂も用意できます」


 なるほど、と頷いたファビオは、何かに気付いたように顔を上げる。


「……レン殿、トイレや風呂の水や加熱は魔道具でしょうか?」

「そうなりますね」

「ならば、道具類や内装類は残さない。建物は壊すのでなく残して村に寄贈しましょう。そう言えば、やや注文がつくにせよ、簡単に許可が貰えるかと」

「ならばファビオは村長と話をしてきてくれ。ああ、その前にレン殿、建築に必要な時間は?」


 建物を残す前提で考えていなかったレンは、ほんの少し考えてから返事をする。


「……規模と場所にもよりますけど、小屋2棟程度の大きさなら1時間ほどでしょうか。魔道具を残さないなら、下水に流す水を貯めおく仕掛けも必要ですし。でも、土魔法で作った建物は、大きな岩をくりぬいたのと同じ構造ですから、後で修理とか出来ませんよ?」

「なに、石ならそうそう壊れませんし、いずれ土魔法使いが当たり前になれば、問題はなくなるでしょう」


  ◆◇◆◇◆


 そして、1時間もしないうちに、村の広場の片隅に、そこそこ広い土地が提供される運びとなった。


「この半分でも行けそうですけど……それにしても広場に面した土地ですか。一等地ですね」

「倉庫を作る予定があるらしく、石の建物をその基部にしたいということです」

「なるほど……それなら、建物を作るのは土地の端の方が良さそうですね」

「いえ、中心部に、このような間取りで、と」


 それは、正面中央に入り口、入ってすぐの場所が部屋になり、その部屋を囲むように左右に2部屋ずつ、正面奥に小さめの部屋がふたつという構造の図面だった。


「ええと、中央の部屋は受付的な場所かな? 左右の部屋は、後日村側で棚なりを設置する感じで倉庫。奥の2部屋はトイレと風呂を作るか。その外側に水槽を付ければ、雨を溜めて下水に流せる構造になるかな? ……窓やドアは後から木枠を作って嵌めて貰う前提で開口部だけ作るとしても、窓に関しては明日の朝までは開口部予定の位置に小さな穴を幾つか空けておく感じ……で、どうでしょう?」

「そうですね。護衛としては窓は出入りが出来ない大きさにして貰えると助かります」

「調理場なんかは作らなくて大丈夫ですよね?」

「あくまでも一晩の宿の代金代わりですので、現時点でも破格ですよ。それに倉庫で火は使わないでしょう。それと」


 少し言いにくそうにするファビオに、何があるのだろうかと身構えるレン。


「それと、折角の大魔法、村人に見せて欲しい、と」


 その言葉の真意を正しく理解したレンは、構わないと笑った。


「ああ、祭りの出し物になるんですね。構いませんけど、大魔法は恥ずかしいのでやめてください」


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