第168話 海への道のり――拠点と要塞化

 妖精達にとってはこれから政治的には最寄りの貴族となるサンテール家。

 だが、初対面というわけでもなく、


「これからよろしく頼む」

「こちらこそ」


 という意味の挨拶を、少々回りくどく行なった後、一行は馬車でオラクルの村に移動する。


「取りあえずの仮拠点だ」


 とレンが紹介したのは学園に隣接する一軒家。

 むしろ小屋である。飾り気のない四角い外見の建物に対する言葉として、『豆腐建築』という言葉があるが、まさにそれである。


 ドア一枚とその両隣に窓。

 側面と背面にも窓。ガラスは嵌まっているが、明かり取りと若干の換気のためだけというのが一目で分かる。


 ドアを開けたレンは妖精達を内部に迎え入れる。ちなみに妖精達は戦闘モードを維持しているためとても静かである。


 屋内は、と言えば、魔石ランタン、魔石コンロなども揃っており、壁には無意味に棚や作り付けの物入れの類いが多い。


 ドアを入った所に魔道具を置いた大きな作業台があり、その奥にはテーブル面が石で出来た、何も置かれていない作業台、更にその奥には巨大なベッドが幾つか並ぶ。そしてベッドの上にはハンカチサイズの毛布が沢山。

 入って右にストーンブロック製の水場。

 流し台兼洗面台、小さな風呂っぽい代物、トイレらしき何かが並ぶ。


 洗面台には沢山のレバーがあり、それを操作すると、泉の壺が傾き、ジョッキ一つ分ほどの水が流れ出る。

 レバーは数種類あり、操作するレバーによって水の流れる先が変わる仕組みになっている。ちなみに一部は作業台の方にも流れるように作られている。


 流れた先でいったんプールされた水は、それぞれに設けられた蛇口を操作することで流れ出る。

 ヒトサイズのものをそのまま小さくしたトイレや風呂もあるが、水――特に水滴は、サイズによって挙動が変わるため、使い勝手はヒトのモノとはやや異なるだろうとレンは説明をする。


「うむ。十分な広さと設備じゃの」

「一応設備は一通り揃えてあるけど、不足があれば対応する。対応までの期間は学園の設備を使って貰いたい」

「見たところは十分そじゃが……うむ、承知した」


 そう言ってアイリーンは室内を見回してにやりと笑う。


「それにしても中々分かっておるではないか。これは皆が喜びそうじゃ」

「もしも気に入れば、郷の入り口のそばに同じのを作りますよ」

「ほう。ならばその際は来訪したヒト種のために二部屋増やして貰えると助かるの」

「左側、あの辺に廊下作ってその先にって感じなら簡単に出来ますね」


 棚や物入れが作り付けられた壁の一角を指差すレン。


「……都合良く、何もない壁があったものじゃの。読んでおったか?」

「いえ、家具を置きたくなった時のための空間です」

「私も見たい。見てもいい?」

「ああ、素材集めは神殿にも強力して貰ってるからね。アイリーンさん、構わないよね?」

「もちろんじゃ」


 レン達の後から建物に入ったクロエは、一通り内装を確認する。


「妖精が喜ぶのってどこ?」

「棚や小さな物入れだよ。棚には乗れるし、物入れには入り込める。何なら、中で繋がってる物入れもあるから、色々遊べると思うよ」


 コンセプトは小学生男子が作る秘密基地。その素体である。

 あちこちから入り込め、隠れられるような構造。

 妖精が自由に改造して、引きこもれる場所を作るもよし、秘密の抜け穴を作るもよしと遊び方は妖精次第である。


 それを聞き、クロエは


「なるほど。大人から隠れる遊びは私もマリーとやった」


 と楽しげに笑うのだった。


  ◆◇◆◇◆


 アイリーンの掌握から開放された妖精達は、拠点内を飛び回って遊び倒した。

 コラユータの街でも自由にしていたが、ここは昔住んでいた場所に近いためか、過ごしやすそうにしている。


 ひとしきり拠点を覗いたアイリーンとレン達は学園の応接室に向い、そこで待っていたレイラとルシウスと今後についての話し合いを行なう。

 とは言え、すでに詳細は詰められ、書面も交わしているため、話し合いは建前にすぎない。


 なお、この場に於いてはレイラは外務そとつかさの立場であり、今後の王国と妖精の橋渡し役になると自己紹介をする。


「前にも聞いておるから知っているぞ? 確かライカの娘でレンの孫じゃったか」

「はい。まずこちらをお渡しします」


 レイラは掌サイズの宝石箱のようなものを取り出す。


「これはお約束の結界杭です」

「……うむ、確かに」


 宝石箱のようなアイテムボックスに触れ、中身を確認したアイリーンは頷いた。


「しかし、ヒト種の街や村も相当減ったと聞くが本当によいのかの? 後で返せと言われても返さぬぞ?」

「街や村を再建するには人数が必要になりますからな」


 と、ルシウスが答える。


 魔法と錬金術、農民などの職業の恩恵で、様々な作業の手間が減るが、その効果は手間の軽減止まりである。

 耕運機程度ならレンでも作ることは可能だが、それは労働時間の短縮、労力の軽減でしかない。結局の所、人間の判断を要し、操作するのが前提となるのだ。

 勿論、工夫の余地はあるが、大半の方法は人間がいることを前提とする。


 だから杭だけあっても、現状ではあまり使い道がないのだ、と言うルシウスに、アイリーンはそう言うものなのか、と首を傾げる。


 また、ルシウスの言葉は実際のところ、半分程度でしかない。

 農民が常駐しない前提で、既存の街や村に近い場所に農地を作るなどの方法もある。だが、ここではアイリーンが胸を痛めないようにと、事実の一部だけを説明したのだ。


「まあ何にせよ、これで敷地の安全確保が出来ますから、明日から本格的な再建を始めましょう」

「うむ。今はどこまで進んでおるのじゃ?」


 レンの言葉に首肯したアイリーンの問いに、レイラが手元の資料を確認する。


「木々の伐採と根の撤去。地面の大きな穴は埋め、壁を作る予定位置の周辺の高い樹木の伐採までは行なってます」

「ほう。ならば比較的すぐにも移動出来そうじゃな」

「井戸はまだありませんが、レンご主人様から泉の壺を複数用意するように言われておりますので、魔石がある限り水の問題もありません。その気になれば、明日にも移動できますね」

「なるほど。水か。昔は井戸と小川があったのじゃがのぅ」

「そばに小川がありましたので、そこから水を引いて使えるように整えます。また、敷地の北側には井戸の跡が残ってましたのでそれも復活させる予定です」


 水があれば、取りあえずの生活が可能となる。

 魔石を使わずに済むなら、生活はより安定する。

 次は食べ物だが、


「結界杭を使いますので、壁の痕跡から予想される元々の面積から比べると、10倍程度の敷地面積になる予定です」

「そんなにも広がるのかえ?」

「結界杭の性能的にはまだ余裕がありますけど、小さな街や広めの村に合わせています。小さくする分には簡単にできますけど、どうしましょう?」

「いや。今後のことを考えると、悪いことではないな。じゃが……ふむ。そうすると、四方の壁の中央に門。そこから対面の門に直線で道を繋げ、中央には水場。郷の入り口は中央の北よりというのはどうじゃろうか?」

「……こんな感じでしょうか」


 と、レイラは紙に四角を書き、そこに十字を書き足した。

 ほぼ漢字の『田』にしか見えない紙に、アイリーンはそうじゃ、と頷く。


「それぞれの小さな四角をまた十字で区切るように使いたいかの。細い道を通しておいて貰えると助かる。そうじゃ、ヒトの商人も来るじゃろうから、そのための設備も欲しい所じゃ。以前は小屋しかなくて、来てくれた商人に申し訳なかったのじゃよ」

「ヒトが入るなら東側からでしょうから、一番小さい区画のひとつ。東側の門に近いところに商業施設を集めましょうか」

「壁の近くは陽当りが悪くはないかの?」

「商人ならそんなことは気にしませんよ。倉庫なら陽が当らない方が良いですし。当面はかあ様に管理者を派遣してもらって、軌道に乗ったら商人たちに管理を任せる方針としましょう。ルシウス殿からは希望はありませんか?」


 レイラは、国としては妖精に便宜を図らないのか、という意図を込めてルシウスに振った。

 それを理解したルシウスは、苦笑しつつも頷いた。


「国としてはひと区画とは言わぬが、民家一軒を建てられる土地が欲しいな。不要だろうが、妖精を守るために兵を4名常駐させたい。大部屋2、小部屋6、馬小屋3頭分の建物を作らせてもらいたい」

「兵を置くのはなぜじゃ?」

「妖精を守るための戦力とお考えください」

「ふむ。対人が目的ならば、商業施設のそばで良いかの?」


 ルシウスが頷くと、アイリーンはレイラの書いた紙の一部を指差し、


「ならばここじゃ」


 と宣う。

 そこに印を描き込んで、レイラはアイリーンに尋ねた。


「妖精の郷への入り口はこの辺りでしょうか?」


 中央の交差点に一番近い北のブロックを指出したレイラに、アイリーンは東西中央で、一番北のブロックじゃ、と答える。


「中央のブロックには花を植えたいのじゃよ。花同士が喧嘩をしないように種類を決める必要があるが、様々な種類を混ぜて育てる。それと樹木もじゃな。果樹も幾種類かを数本ずつおきたい。それらは水場があって陽当りの良い中央部が望ましい。中央がそうなれば、北の壁寄りが一等地じゃ」


 話しつつイメージが固まってきたようで、アイリーンの説明は暫く続いた。


「ひとつ確認ですけど、妖精の郷への入り口を作る場所には建物とかあってもよいでしょうか? 昔、こういうのを見た事があるんですが」


 紙に祠のようなものを描き込むレン。

 一段高くなったところに4本の柱。屋根は正面から見て「へ」の字になる切妻きりづま屋根。

 四方の壁は妖精なら通り抜けられる格子。

 一応正面の壁にはヒトが通れるサイズの両開きの扉。


「ふむ。使ってみたくはあるが、その辺りは皆の意見を聞かねば決められぬ」

「なら、大した手間でもないですから、一個作っておきます。気に入ったら使ってください。ああ、村に有った拠点もセットで置いておきましょう」

「良いのか? 済まぬの」

「まあこの形なら使い道は色々あるでしょうから、使わない場合は物置にでもしてください」


 その後も、兵を置くなら壁に隣接する物見櫓を四囲に付けておくと便利だ、外の獣が入り込まないように壁は高く隙間がほとんどないものにして外の壁面にはネズミ返しオーバーハングを作っておくべきだ、などとレンが意見を述べ、妖精の村は妖精の街を経由し、妖精の砦へと変化していく。


 それを見たアイリーンは


(オラクルの村が城塞のようになったのはこれが原因じゃったか)


 と深く納得するのであった。


~~~~~~~~

お楽しみいただけましたら、最新話の下にある☆を増やしていただけますと大変励みになります。


少し推敲完了分が溜まってきましたので、本日より複数話/日に戻しています。

#当面は、朝、昼の2話+α(筆が乗ったら)のペースとさせて頂きます。

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