第167話 海への道のり――離陸と着陸

 3日後、予定通り妖精を乗せた馬車がコラユータの街を出た。


 馭者はライカで、街から合流地点までは冒険者達が護衛に付き、エーレンと合流の後、冒険者達が馬をコラユータまで連れ帰ってくる予定である。


 二日前から、騎士達やラウロたちによって街道沿いの魔物が討伐され、普段よりも多少は安全となった街道を冒険者に守られた馬車が進む。

 だが、その冒険者の数が尋常ではなかった。まるで大名行列であると言えばさすがに言い過ぎではあるが、数十名がぞろぞろと後に続く。


 後ろから付いてくる冒険者達は誰かに雇われた者ではなかった。

 それ以外にも街道にはたくさんの冒険者がいた。


 魔物が徘徊する危険な領域である。

 普段ならば考えられない事だが、近隣の街から物見高い冒険者達が集まった結果こうなったのだ。


 全員がそれなりに戦いを知る者であるため、無言で無音を心がけてはいたが、大勢が歩けば多少の音は出る。

 が、事前に行なった討伐の際に魔物忌避剤を散布しているため、街道に出てくる魔物は殆どいなかった。


「なぜこのようにヒトが集まっておるのじゃ?」


 馬車の中でアイリーンが首を傾げる。


「黄金竜見物ですわ。先日の王宮からの布告で冒険者達が今日の情報を得たのでしょう」


 冒険者であっても生きた竜を見る機会は一生に一度あるかないかである。

 まして、黄金竜ドラゴンドゥレともなれば長命種でも見た事がある者は少ない。

 好奇心を抑えきれずに、という者が集まってしまったのだろうとライカが答えると、


「人間種族は皆好奇心が強く、妖精ほど度しがたい種族はないと思っておったが、ヒト種も中々じゃの」


 とアイリーンは楽しそうに笑うのだった。


  ◆◇◆◇◆


 ライカとエーレンとの合流を遠巻きに見ていた冒険者達は、竜というのがどれだけの脅威かを知った。

 その裏には、辺りにいる魔物が悪さをしないようにとエーレンが放った威圧の流れ弾を受けたというものもあったが、事実、彼らが束になったところでエーレンには毛筋ほどの傷を付けることも難しい。


 何やってるんだ、と言う目で、予定にない大勢の冒険者たちを一瞥しつつ、エーレンが車輪とながえを外した馬車を持ち上げると冒険者たちがどよめく。


「本当に馬車を持ち上げた……」

「大昔の英雄はああ言うのと戦ったんだよね? 英雄ってバカなの?」

「バッカ! 英雄だって似たようなバケもんだったに決まってるだろ?」

「王宮はあんなモノに協力を依頼できるのか」


 などという声の中、あっという間にエーレンは高度500メートルほどで進路を西に取り、エーレンにしてはとてもゆっくりと飛んでいった。


 ざわめく冒険者達を、コラユータの騎士が一喝する。


「お前ら! さっきまではあの竜のお陰で魔物がいなかったが、帰り道は知らんぞ!」


 街中にいるなら冒険者も騎士が守る対象だが、自ら外に出た以上その庇護下にはない。


 冒険者達もそれを理解しており、全員に緊張が走る。


「まあ、暫くは魔物も警戒しているだろうが、早めに街に戻ることだ」


 騎士達に促され、冒険者は帰り道も整然としたまま街に戻るのだった。


  ◆◇◆◇◆


 一方その頃のレン達はと言えば、全員でサンテールの街まで転移し、街からオラクルの村に至る道沿いに出来つつある広場のような場所でライカ達との合流を待っていた。

 ちなみに本日は、サンテール家の協力で、村への道が立ち入り禁止となっているため、コラユータの街の方であったほどの騒ぎにはなっていない。

 が、立ち入り禁止はあくまで街方面からのものに限られるため、たまたまレン達のそばで素材を探していた学生が不自然なほど長くそこに留まっている、という例は散見された。


 ちなみにレン達がいるのは、以前レンがルシウスに説明をしていた放牧エリアの予定地である。

 街と村を繋ぐ道沿いに作られた元伐採エリアで、今ではただただ広い土地がデンと広がっている。

 まだ結界も壁の類いもないが、いずれはオラクルの村に匹敵する面積の酪農エリアとなる予定で、地面だけは綺麗に整地されている。


 レンはその四隅に組んだ薪の上で生木と石炭を焼いて煙を上げる。


「リオ、要らないだろうけど目印に煙を上げとくって伝えといて」

「ん。でも、あたしがいるんだから、エーレンには目印は不要だよ?」

「知ってるけどさ、目で見て確認もできた方が良いかなってね」


 狼煙を上げたレンは、その中央部に干し草を均等に敷き詰め、縦横それぞれ4面のサイズに縫い合わせたウェブシルクを重ね、四隅に縫い付けた紐を地面に固定する。

 少し離れて出来映えを確認したレンは、結界棒が生み出す狭い結界の中に戻る。

 そこには、コンラード伯爵、アレッタにシルヴィ、エドワード、ラウロ一行、クロエ一行、レンが雇った戦闘職の学生数名が待っていた。


「レン様、わたくし、最近は細工師の腕を磨いておりますの」


 折り畳みのテーブルと椅子で何か小さなモノを縫っていたアレッタは、レンにそう話しかけた。


「錬金術師と相性が良い職業だからお薦めだね……ところでそれは?」

「アイリーン様の服ですわ。あんなに可愛らしいお姿ですもの、服も可愛くなくてはと思いまして」

「エドさん、それを貴族のお嬢様がやっちゃうのはどうなんですか?」

「元々サンテール家は、ご子息達に様々な職業を経験させる家風ですゆえ、この程度は珍しくもありませんわい」


 そう言えば、以前そんなことを聞いたっけ、とレンは頷く。


「シルヴィは最近は何かやってる?」

「お嬢様と一緒に細工師を。私は革細工が中心ですけれど」

「ああ、専門職狙いか」

「細工師の場合、全般的に育てるのは大変そうですので」


 専門職というのは、正確には職業ではない。

 何らかの職業の、ごく一部に特化した技能セットを指す言葉であり、職業の名称としては細工師が正しい。

 だから、それを目指しても神々の恩恵の種類が増えたり、ということはない。


 しかし、レンが来るまでのこの世界では、専門職として技能を育てるのが一般的なやり方だった。

 初級のままでも技能を絞って鍛え上げれば、レシピが絡まない限り、それは中級に迫る力となるのだ。


「でもまあ、細工師の技能は割と繋がってるのが多いから、革細工やってれば、その内中級も目指せるよ」

「そうでしょうか?」

「革製品の加工だってナイフ、ハサミ、ノミにハンマー、針と糸、ヤスリに金属部品の加工とかが必要だからね」

「……なるほど。その方向を意識して技能を育ててみます。お師匠様、ありがとうございます」

「所でシルヴィ、そろそろお師匠様はやめない?」

「やめません」


  ◆◇◆◇◆


 それからしばらくの間、結界内で食事をしたり、技能を育てたり、お茶を飲んだりとしていると、リオが空を振り仰いだ。


「近付いてきた。今、初めてレンに会ったあたりを飛んでるって」

「エンシーナの街の向こう側か。もうそんな所まで来てるんだ」

「今日のエーレンは目茶苦茶ゆっくり飛んでるって、レンは知ってるよね?」

「まあ、そう頼んだからね」


 エーレンは小一時間で『本島』を横断できるという。それは、時速にすると800キロに近い。


 飛行計画を立てる際にそれを聞いたレンは、街や村の間を30分ほど時間を掛けて飛ぶように依頼をしたのだ。

 馬車のフレームは魔物の攻撃にも耐えるが、断続的な振動や圧力を掛けられれば破断する恐れもある。

 フレームが無事でも、壁に使っている板はもたないかも知れない。

 それらが無事でも、搭乗員が力尽きるかも知れない。


 だから、移動速度は時速40キロほどに制限してもらっているのだ。


 その割に、エーレンの到着が早いと思ったレンではあるが、正確な時計や速度計がないことにより発生した誤差と判断した。


「エーレンからは問題があったって連絡はないんだよな?」

「うん。遅く飛ぶのが苦痛だって言ってるくらい」

「到着したら、南の方で思いっきり全力で飛び回ってくるとかどうかな?」

「そうだね。エーレンが本気で飛ぶと地形が変わるから、滅多に全力だせないし」

「あれ? そこまで早いのか?」


 時速800キロほどなら、そうはならないよね? とレンは首を傾げる。


「普通にまっすぐ飛ぶだけならそうでもないけど、高いとこから急降下すると音よりも速いよ? そうなるとさすがにあたしも乗るのキツいけど」


 超音速で飛ぶ竜に乗ってらんない、ではなく、乗るのキツいである点から、やはり竜人はヤバイと認識を新たにするレンだった。


  ◆◇◆◇◆


 エーレンの接近で周辺の森が静まりかえる。

 大半の獣も魔物も、エーレンの登場で息を潜める。

 そうではないごく一部は、エーレンに向って無駄に威嚇をしている所を学園の生徒に発見されて討伐される。


 エーレンは放牧地(予定)の上空でホバリングすると、ゆっくり高度を落し、レンが敷いたウェブシルクの上、高度50センチ程から馬車を落す。

 一時的に小さな池を作ってそこに、という案もあったのだが、水に落ちれば万が一もあり得るため、今回は簡易クッションの上に落すこととしたのだ。


 ――あれだけ色々工夫したパラシュートの出番はなかった。


 馬車の扉が開き、アイリーンを頭に乗せたライカが出てくる。


「お疲れ。ライカ、よくやった」


 レンがそう声を掛けると、ライカは嬉しそうに目を細める。


「レンよ、ここからは馬車で移動じゃったな?」

「そうです。ライカ、用意を」

「はい、それでは馬車に車輪を付けますので少々お待ちを。ラウロ様、ご協力をお願いします。生徒達もこちらへ」


 ラウロ達がライカの依頼で動くのを確認すると、レンはリオに向き直った。


「それじゃ、エーレンによろしくと。リオに渡した樽が報酬だから、渡してあげて」

「分かった……エーレンは思いっきり飛びたいみたいだから、今日の所はこれでいい?」

「ああ、本当に助かったよ」


 レンの返事を聞くなり、エーレンは南の空に向って飛び去った。


 それを見送ったレンとリオも、ライカの作業を手伝うために馬車に向かうのだった。


~~~~~~~~

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少し推敲完了分が溜まってきましたので、また複数話/日に戻して参ります。

#当面は、朝、昼の2話+αのペースとさせて頂きます。

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