第161話 海への道のり――開封と宝箱

(ふむ、もうよかろう)


 エーレン=リオは、攻撃で平らになってしまった海底を見回し、リオに体の主導権を返した。


(ありがと、助かった)

(一応聞いておくが、なぜ交代した?)

(予想外の攻撃だったからね。ひとつ予想外があるなら、ふたつ目もあると思えって昔エーレンに習った)

(どんな予想外があると思うかね? あてずっぽうで構わんから答えてみろ)


 エーレンに問われ、リオ=エーレンは腕組みをして考え込む。


(……毒とか? あれだけ一度に来られると、個々に確認しながらの対処はできないし)

(確かに竜によく効く毒などもあるな……逃げたり避けたりという選択をしなかったのはなぜかね?)

(あの状況で逃げるとしたら上だけど、上にはでっかいのがいたからね。あの攻撃は、あたしをそこに追い込むのが目的だと思った。それに、あの量の攻撃を避けるのは無理。幾つかは避けられるけど、全部は避けられない。迎撃は、撃ち出されたモノの中に砂が混じっていたから、相手は迎撃させて煙幕みたくするのを狙ってた可能性も考えた)

(ほう……あの短時間でそこまで読んだか)

(その前段で相手に読み負けてるんだけどね)


 相手の手の内を知るために軽めに揺さぶりを掛けて、相手の実力を計ったつもりだったが、相手の方が上手だったと反省するリオ。

 だがエーレンは、負けてはおらぬだろう、と答える。


(我が力もリオの使える力のひとつなのだ。その力をヤツは読めなんだ。読み負けたのはヤツの方だ)


 不満そうなリオに、エーレンは言葉を重ねた。


(予想外のことがあったとは言え、戦いに勝って生き残ることが出来れば十分な成果だ。気になる点があるのなら、それは次の戦いで活かせば良い)


  ◆◇◆◇◆


 岩場付近で色々と食材を回収しつつ、リオは下層につながる階段に向かう。

 と、そこにはリリアとマチアスが待っていた。


「すげー! あのでかいの倒したの?!」

「長が、あなたを迎えに行けって」

「そっか、ありがと」


 ふたりの妖精を肩に乗せ、リオ=エーレンは階段を降りる。

 それぞれの階層が別世界という迷宮の作り上当然のことではあるが、階下に降りた途端に空気が変わった。


 空気が乾いていて、微かに雷雨が近付いた時のような匂いがする。

 くん、とそれを嗅いだリオ=エーレンは、鼻に皺を寄せる。


「相変わらず妙な匂いだね」

「うん。私達はもう慣れちゃったけど、迷宮の核の辺りはこんな感じの匂いの風が吹くんだ」


 階段を降りた先にあったのは、ツルツルに磨き上げられた大理石で作られた通路だった。

 天井は、それ自体が発光する板で出来ており、廊下を薄ぼんやりと照らしている。


「前に来たときも思ったけどさ、迷宮最下層にしては、変わった作りだね」


 リオは辺りを見回して計ったようにまっすぐな壁や床の水平さに首を傾げる。と、リオの肩の上で、リリアも首を傾げる。


「変わってるの?」

「んー、あたしが知ってるのはもっとこう、無骨な感じかな。加工された石で出来た階層ってのは珍しくないけど、普通はもっとゴツゴツした石畳とかだし……あ、行き止まりに隠し扉だったね」

「そう、あの向こうが迷宮の核の部屋」


 マチアスとリリアが隠し扉まで飛び、突き当たりの壁に作り付けられた竜の顔を模した彫刻に取り付いて操作する。


 カシャン、と見た目に反する軽い音と共に大理石風の壁が床に落ち、リオはそのまま奥に見えている迷宮の核に向かった。


「遅かったの、何があったのじゃ?」

「リオがね! リオがボスを倒したの!」


 興奮を思い出したマチアスが飛び回りながら報告をする。

 それを聞いた妖精一同がざわめく。


「ほう。倒したのか」

「うん。倒す必要はなかったかもだけど、今回は殺気混じりの視線を感じたからね」

「なるほどの」


 それで、とリオは周囲を見回した。

 迷宮の核の周りには沢山の妖精が集まり、荷物を整理しているところだった。

 元々、彼らは妖精の郷の中の集落丸ごとがここに転移してきており、なんだかんだと雑貨が多い。

 それらを箱に詰め、迷宮の核のそばに置かれたアイテムボックスに詰め込んでいる。


「準備は予定通りにできそう?」


 レン達には2,3日で戻ると言って来ている。

 最下層まで1日半で来ているため残り時間は半日から1日半。

 転移の後の生活で、多くの私財を失った彼らの荷は、しかしそれでも十分に多いように見えた。


「元々、妖精はあまり荷を持たぬでの、個人の持ち物については半日も掛からぬよ。まあ、集めた綺麗な石を持って行こうとして苦労している者もおるようじゃが……それより面倒なのは、備蓄した食料や資材の類いじゃ。荷をまとめ終わった者から、そちらの手伝いに回って貰っておるが、全員の手で半日と言った所か」

「食料の類いは外に出たら何とかなると思うよ。蜜は分からないけど、果物ならレンがたくさん持ってるし」

「うむ。まあ、支援には期待しておるが、ある程度は持って行きたいのじゃよ」


 なるほど、と頷いたリオは、迷宮の核の台座に目を向ける。


「ところで鍵は使えた?」

「分からぬ。直前まで試さぬつもりじゃ。間違って外してしもうたら危険じゃろ?」

「……たしか、迷宮から放り出されるのは、迷宮の核を外すか壊すかして、丸一日経った頃だから、明日の今頃に外に出るなら、もう試した方が良いと思うけど?」

「……そうじゃったか?」

(エーレン、合ってるよね?)

(うむ。取り外してアイテムボックスにしまってから丸一日だな)


 エーレンに確認したリオは、アイリーンに頷く。


「では、そろそろ試すべきじゃな?」

「うん。レン達は第一階層の小部屋のそばに待機してる筈だから、早めの方が良いんじゃないかな?」


 では、とアイリーンが古びた鍵を取り出し、リオに渡す。


「妾には大きすぎる。開けてたもれ」

「うん。みんなには声かけなくて平気?」

「皆、さっきから、こちらを伺っておるわ……皆、見たければ来るがいい」


 アイリーンの言葉に反応して、周囲に妖精が近付いてくるが微妙にリオから距離がある。

 が、マチアスとリリアがリオの肩に乗り、それを見た小さな妖精が、リオの頭に飛びつき、滑り落ちないようにとリオが伸ばした手にも子供達が群がる。


「ほ、好かれとるの」


 子供の妖精まみれになったリオに、アイリーンが楽しそうに声を掛ける。


「……妖精は竜人が嫌いなんじゃなかったの?」

「子供達はそんなことは分からんよ……では鍵を試してみせてくれるかの?」


 床材と同じ大理石に見える台座は、リオの腰ほどの高さで、その上に紫がかった淡い水色に光る半透明の直径15センチほどの丸い宝玉のようなものが乗り、その周囲を6本の黒い金属棒が檻のように取り囲み、檻の天辺には板が張られていた。


 触れられる距離までリオが近付くと、宝玉がゆっくりと明滅を始める。

 リオは台座の回りを慎重に一回りすると、檻の隙間から指を入れて冷たくツルツルとしたその表面に指を触れさせる。


「ん……核そのものは普通の迷宮の核っぽいね。エーレン、何かある?」

(強いて言うなら、いきなり指を突っ込むな。罠があったらどうする)

「あー、うん、ごめん」

(あと、台座の下の部分に空洞があるな。罠かもしれん、念のため気を付けておけ)


 リオは、アイリーンたちに台座から少し離れるように指示をして、檻の天井の片隅にある鍵穴を観察する。


「変な鍵穴だね? 天井の厚みは5ミリもないのに」

(ああ、鍵を差し込んだら貫通しそうだな……しかし、鍵穴に魔力を感じる。恐らく空間魔法で別の場所に繋げ、そちらに錠の本体があるのだろうよ)

「ふうん……まいっか」


 リオは振り返って妖精達に鍵を掲げて見せる。


「鍵が使えるかどうか試してみるね!」


 リオは鍵を鍵穴に丁寧に差し込み、触感を確かめながら更に差し込んでいく。

 鍵の7割ほどが穴に埋まり、それ以上は差し込めない、という手触りを感じたリオは、鍵を軽く左右に回し、時計回りに動きそうだと判断して鍵を回す。

 そして鍵を120度ほど回したところで、カチリ、と音がする。


「開いたみたいだ。どこが開くんだろ?」


 ドアのような部位はないため、リオは天井部分に手を掛けて持ち上げてみた。

 すると大した抵抗もなく天井部分の片側が持ち上がる。


 オルゴールの蓋のように片側の、外から見えない部分に蝶番があるのを確認したリオは、アイリーンに視線を向ける。


「それじゃ、迷宮の核を外してあたしのポーチに入れるね?」

「うむ」


 アイリーンが頷くのを確認し、リオは迷宮の核を持ち上げ、何となく天井に向けて捧げ持って、その輝きを眺める。

 妖精達は、そんなリオを目を輝かせて見ていた。


 一通り光の通り方を眺めて満足したリオは、迷宮の核をポーチにしまう。


「アイテムボックスなどにしまうことで迷宮の核は迷宮と切り離されるから、これでこの迷宮は踏破されたことになるよ」


 リオの言葉を受け、アイリーンは居並ぶ妖精達を見やった。


「……皆の者! これより丸一日後、妾達は迷宮から出ることとなる。後戻りは出来ぬ故、それまでの時間、遺漏なく準備を整え、後は好きに過ごせ!」


 アイリーンの号令一下、浮かれたようにリオ達を見ていた妖精達は、素早くそれぞれの仕事に戻るのだった。

 それを見送ったアイリーンは、迷宮の核が入っていた檻のような金具の底を覗き込んだ。


「何かあった?」


 リオに尋ねられ、アイリーンは振り向いて頷く。


「この底板じゃが、はめ込んであるだけに見えないかえ?」

「どれ? ああ、そう言えばエーレンが台座の下の空洞があるって言ってたけど」


 リオは、先ほどアイリーンが覗いていた部分を確認する。

 6本の鉄の棒部分は大理石っぽい台座本体から直接生えているが、迷宮の核が乗っていた部分は、別の金属素材で出来ているように見えた。


(剥がしてみてもいいかな?)

(魔力感知に反応があるが、見たところ、外部と繋がる線はない。罠ではなさそうに見えるが、そう見せ掛けた物理起動式の罠の可能性もある。慎重にな)

「うん。今からあたしが開けてみる。罠かも知れないからちょっと離れててね」


 アイリーンが離れるのを待ち、リオは迷宮の核が乗っていた板に触れ、指先に神経を集中しつつ、板の隅にある出っ張りのようなものを摘まんで板を動かす。


 何かあった場合に即座にアイテムボックスに放り込めるように準備しつつ、リオはその板を持ち上げ、中身を見て大きな溜息をついた。

 そこには、縦横15センチ程の、綺麗に着色された木製の箱があった。


「箱だね……魔力が流れてるから多分アイテムボックスかな。形はヒトが使う宝石箱に近い?」


 これもまた、慎重に箱を持ち上げたリオは、箱の下に何も残っていないことを確認して、箱を持って部屋の隅に移動する。


「中身はなんじゃ?」

「少し待ってて、これから開けるから。けど、迷宮の核の下に宝箱ってのは初めて見たな」

「迷宮に宝箱は付きものじゃろ?」

「うん。宝箱って床に直置きとかが多いよね」


 箱の見た目こそ立派だが、魔力の流れも蓋の作りも、普通のアイテムボックスと変わらないと判断したリオは、箱の蓋をそっと開ける。

 箱の中の黒い空間を見て、


「うん。やっぱり普通のアイテムボックスだったね」


 と呟いたリオは、黒い空間に触れ、内容のリストを脳裏に表示させると、


「武器と防具、各種素材みたいだ。あたしは要らないから、外に出たらレンと相談でもしてみて」


 とアイリーンに箱を渡し、部屋の壁際で毛布に包まるのだった。

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