第158話 海への道のり――報酬と鍵の在処

 オラクルの村、サンテールの街でやるべき事を片付けた一行は、王宮から派遣された妖精対応要員を加えた9名でコラユータの街に戻ってきた。


 レン達が到着するのを一日千秋の思いで待っていたオネストだったが、戻ってきたラウロの話を聞けば、決まったのは方向性のみで、迷宮から出た後の詳細についてもこれから決めると言う。

 アイリーンにすれば、ここが600年後であることを認められたなど実りのあった旅だったが、オネストの期待が大きくなりすぎていたようだ。


「しかし、迷宮を踏破して妖精を外に出すとなると、リオ嬢への報酬をどうしたものか」


 決定事項や未決事項を聞いたオネストは、頭を抱えた。


 迷宮の核を報酬として、リオとエーレンには多くの魔物を討伐して貰っていた。

 その報酬がなくなってしまうなら、せめてそれに相当する金銭なりの支払いが必要となる。


 相手が領民なら、税の減免を長く認めるなどの対策もあるが、リオはそもそもヒトですらない。


「迷宮の核以外はあんまり興味ないし」


 とリオが言っているため、具体的な話には至れていないが、今の状況はあまり宜しくないとオネストは考えていた。


 オネストの横で、ルーナもリオに対する報酬について頭を悩ませていた。

 支払いをするにしても、倒した魔物の素材すら貰ってしまっている。

 それを返却するのは、本来であれば礼を失した行為となるが、そうも言っていられないほどにルーナは困っていた。

 ラウロから払う必要はないと聞いていても、この世界の常識として、要求された対価迷宮の核を渡せない理由ができたからと、受けた恩を受けたままにするという選択肢は彼ら、彼女らにはなかった。


 この世界では神々の影響もあって、すべての仕事がそれなりに正しく評価される傾向が強い。だからこそ皆は命を賭して戦うことが出来るのだ。それが当たり前な中で、適切な支払いをしないと噂でも立とうものなら、誰も相手をしなくなる。少なくとも、コラユータの街のために命がけで戦う者は大きく減る。だからこそ『支払いをしなければ』とオネスト達は頭を抱えているのだ。


「どうしたものか……例えばバルバート公爵にお借りして分割で支払うか?」

「領が立ち行かなくなりますね。20年後でもまだ支払いは終わりませんわ」

「となると物納か?」

「それで失敗したわけですが、でも現金がないなら物で、というのは妥当でしょう……あ、無理ですね」


 オネストの意見に、いったんはその方向で考えをまとめようとしたルーナはすぐに意見を取り下げた。


「無理? なぜかね?」

「相手がバルバート公爵ならその方法も取れますが相手が黄昏商会と王立オラクル職業育成学園の関係者では、大抵の品は手に入るでしょう……新しい価値ある品の多くは王立オラクル職業育成学園関係者が作ってますから」

「……そうなると、それ自体に価値が認められる品か。宝石の類いは多少はあるが、うちにある程度では、対価としてはまったく不足しているな」

「うちは、街そのものに歴史的価値こそありますが、それらは不動産……動産となると多くは当時の記録……あ、この前定礎から発掘した品は?」

「……まだ詳細の確認すら出来ておらぬのだぞ? どれほどの価値があるも不明だ」


 写本こそ作らせているが、今回の騒動でその詳細の確認すらできておらず、価値すら不明。そんなものを渡して意味があるのか、とオネストが首を傾げるが、ルーナは、だからこそ意味があると主張した。


「価値が未確定な状態で渡すなら、後で価値が出る可能性もあります。特にあの品は、彼らが見付けた品であり、妖精発見の切っ掛けとなった品でもあります。妖精を再発見した者の足取りを辿る者がいれば価値を見出す可能性が高いです」


 値が付いていない状態とは言っても、ルーナは好事家にならそれなりの値で売れると考えていた。

 加えて、それをライカあたりが対価として妥当だと言えば、それが価値を定める基準となる。


黄昏商会老舗の元番頭の目利きとなれば、それが価値。しかも……」


 ルーナは声を潜めた。


「その……最初にそれを発見したのはクローネお嬢様――いえ、神託の巫女クロエ様ともなれば、その価値は天井知らずです」

「……その名は口にするな。しかし、確かにその経緯と街の成り立ちを聞けば、欲する好事家は多いか……後はその提案にリオ嬢が乗ってくれるかどうかだな」

「少し言葉を交わしただけですが……レン殿、クローネお嬢様に入って頂ければ可能性は高いかと」


 普通に考えればクロエ、ラウロ、ファビオ、ジェラルディーナ、エミリア、フランチェスカ、レン、リオ、ライカ、レベッカという順位である。

 クロエ――クローネの名が出るのは当然だが、ラウロをとばしてレンの名が出てきたことで、オネストは、おや、と片眉をあげた。


「クローネお嬢様については話をしたが、ルーナにはレン殿の正体について話をしたかな?」

「いいえ? ……という事は、レン殿にも何かあるのですか?」

「……レン殿が自由に生きることで世界が救われることになるという神託があったらしい」


 それはアイリーンとの会見に際して明かされた事実だった。

 そのタイミングでは神託の巫女については触れていなかったが、アイリーンに現代の説明をする上で、結界杭の回復について触れ、その際に神託の内容についても触れられていた。

 会議に出席した者は全員がそれを聞いていたが、ルーナがそれを聞いたのはこれが初めてだった。


「……なるほど」

「驚いていないな?」

「行商人から、神託を受けた使徒がいるという噂を聞いていましたので……箝口令は敷かれていないようですね」

「明るい話だからね。私も口止めはされていない……しかしそんな噂があったのかね?」

「聞いたのはかなり前です。神託を受けた者が結界杭を直す技術を蘇らせ、その技術を学園で公開していると。てっきり学園の箔付けのための情報操作だと思っていたのですが、事実だったんですね」

「なるほど。そういう情報があったのか……しかし、荒唐無稽な話に聞こえる流言にしては、サンテールの街からうちまで、内容が変質していないな」


 オネストの呟きに、ルーナは同意の頷きを返した。


「……意図的に流された情報ということでしょうか?」

「そうだろうね。なんと言っても神託に使徒だ。普通、ここまで大きな話なら、伝達過程でもっとくだらない憶測が追加されるだろう。それがないと言うことは、結界杭の件は近年稀に見る希望だから、それを広めるためだろうね。ただ、荒唐無稽すぎて、聞いた者が誰も信じないという結果になってしまっているようにも思うが」

「そうですね。私も使徒の噂は信じていませんでしたし……それはともかく、リオ嬢はクローネお嬢様とレン殿に対しては態度が柔らかく見えますので」

「そこを経由すれば、ということか……だが、レン殿はそういう小細工を嫌うようにも思うが?」


 オネストの言葉にルーナは神妙な顔で頷いた。


「そこは同意しますが、他に伝手もありません。だから小細工ではなく、真正面から口利きをお願いしようかと」

「……なら、それはルーナじゃなく、の仕事だな。渡すものの候補としては、定礎から出てきた一式……だけでは交渉材料として弱いな……」


 交渉するにしても、カードが一枚ではそれで相手が納得しなければそこで終わりだ。

 せめてもう一枚、くだらないカードでもないものか、とオネストが頭を悩ませると、ルーナは


「思い出したことがありますので、書庫を覗いてきます」


 と席を立った。


  ◆◇◆◇◆


「やっぱり……記憶違いじゃなかった」


 書庫でルーナが手に取ったのは、コラユータ家当主が代々蒐集してきた英雄の足跡を記した本の一冊だった。

 本を開き、始めに、の部分に書かれた文字をルーナは指先で辿る。


「監修は黄昏商会番頭ライカ……あのライカさんですね」


 それは、ライカが英雄の足跡を辿って旅をする中で調べた内容を、まとめさせた本だった。

 義父の足跡を残すため、調べた英雄の情報を本にしてまとめる、英雄に関する情報を広く求める、という意味の序文を確認したルーナはオネストにその本を見せるために執務室に戻った。


「お父様、この本は読んだことありますか?」

「英雄の足跡が淡々と記載されてる本だね。物語としては面白みに欠けるけど、客観的な資料としては秀逸だね」

「これ、ここを見て下さい」

「監修? ライカ……って、まさか? いや黄昏商会番頭ってあるから間違いないか」

「そうです。前に見た時、なんで商会の番頭なんだろうって疑問に思ったので覚えていたんですけど、それはさておき、この部分」

「英雄に関する情報を広く求める?」

「うちの書庫は、代々の英雄好きの領主が集めた英雄達の伝承について記した本があります。中にはライカさんが知らない本があるかも知れません。それらを報酬とするのはどうでしょう?」


 本としての価値は認めるが、対価としては不十分である。と言いかけ、オネストは、ルーナがそれを考えない筈はないと思考を巡らせる。


「……つまり、義娘が欲しがるかも知れない品があるかもしれないという『可能性』を材料にするのか」

「と言いますか、そもそもうちには可能性以外に渡せるモノがありませんから」


 と、身も蓋もない事を言い出すルーナに、オネストは頷くしか無かった。


  ◆◇◆◇◆


 クロエが発見した定礎の内容物と適当に見繕った本を10冊ほどと、ラウロから貰った各種素材の入ったアイテムボックスを持ち、オネストはクローネ邸を訪ねた。

 相手は平民だが、先触れもなく来たことを詫びつつ、レンと話をしたいと告げると、二つ返事で会議室に通される。


「レン殿、突然申し訳ありませんが、リオ嬢への支払いについて相談したいことがあって来たのです」

「リオ? リオも呼びますか?」

「その……できればまずレン殿と話をしたいのですが、良いでしょうか?」

「構いませんよ」


 テーブルの上に、定礎の中身、ラウロから貰った素材などと本を並べたオネストは、軽く深呼吸をしてからレンに頭を深く下げた。


「リオ嬢への取りなしをお願いしたいのです。対価と考えていた迷宮の核は、鍵が掛かった状態で破壊するしかないと聞いたが、この街にはあの娘の働きに対して十分な対価を支払う余裕がないのです。これらの品々で多少でも補填が出来ないものでしょうか」

「頭を上げて下さい。それと言葉遣いは平民相手ですから、それなりに。貴族に敬語を使わせていたと誰かに言われるのは避けたいです……さて、まず対価については、リオとエーレンは妖精の発見で十分な対価だと考えています。彼らはリュンヌの眷属ですから。あと、気を悪くしないで頂きたいのですが、あの働きはあなた達にとっては大きなものでしょうけど、リオにとっては散歩したようなものです。核は残念がってましたけど、他に大きな対価は欲しがらないと思いますよ」

「それが事実としても、それだけの力の持ち主が動いてくれたことに対して十分な支払いが出来ぬままという訳にはいかない。約束は可能な限り守られるべきだ……などと大きな事を言っても、我々に出せる対価など知れているのだが」


 テーブルに並んだ品々を見て、レンはなるほど、と頷いた。


「誠意は十分に見せて貰いました。が、まず、素材は不要です。それは街の為に必要になる筈です」


 魔物による直接の被害こそなかったが、エーレンが魔物を排除する際に森や草原が荒れており、しばらくはそこから素材が得にくくなっている。

 逃げ出した魔物によって街道沿いの森も荒れてしまっているし、それらの回復のための予算が必要になる。

 ラウロがそれを渡した理由を考えれば受け取るわけには行かないと答えるレンに、オネストは、ならば、と定礎の中身と本を差し出した。


「定礎の中身……発見の経緯と、発見者がクローネお嬢様であるとバルバート公爵がお墨付きをくだされば、妖精再発見の切っ掛けになった品として、後々高値で売ることもできるのではと思い持参した。本についてはこれは当家の書庫のごく一部だが……例えばこの本は」


 オネストはルーナが発見した本を開いてライカの名前を見せた。

 思わぬ所でライカの名前を見たレンは驚きのあまり絶句した。


「義娘さんは、英雄の情報を探して世界を巡り、得た情報を丁寧にまとめさせていたようで、他にも名前が確認できる本が数冊あった。コラユータの街は、その成立過程から英雄の伝承を好む当主が多く、当家の書庫にはそうした本がたくさんあるのだが、もしもその中にライカ嬢が欲しがるものがあれば、対価の一部として持って行って頂くということも考えている」

「それはむしろ俺も読みたいですね。でも先祖代々の品なら、軽々に持ち出したくはありません。ライカに必要な本を調べさせ、人を雇って写本を作らせることとしたいです。対価はそれで十分です。リオには俺から何か渡しておきますよ」


 そう言ってレンは定礎の中にあった木製の宝箱にも見えるアイテムボックスをオネストの方に押し返す。と、


「いや、せめてこちらは受け取ってもらいたい」


 とオネストもそれを押し返す。


 ふたりの間でアイテムボックスが2往復した所で、レンはそれを受け取ると、クローネ邸で保管するので必要になったらいつでも引き取りに来て欲しい、と答えるのだった。


  ◆◇◆◇◆


 クローネ邸は施療院であった過去があり、一階は大きく改装されているが、二階の大半は入院患者のための大部屋を改装した個室となっている。

 コラユータ家から預かっている使用人達にも部屋を割り当てているが、部屋はまだ余っている。


 そして、かつて病室があった2階の中央には比較的大きな談話室があった。

 陽当たりが良いサンルームのような構造のそこは、鉢植えを並べられるようなスペースもあり、かつては外出が難しい患者達の安らぎの場となっていた。


 が、現在はクロエがたまに日だまりでお茶を飲む程度で、あまり使われていない。

 そんなわけで、その一角に大きな金属の箱が設置されたことに最初に気付いたのはクロエとエミリアだった。


「レン、これ何?」


 奥行き60センチ。正面からのサイズは1畳ほどのそれを見たクロエはレンにそう尋ねた。

 見た目は、とにかくカラフルで、赤、青、黄色などの派手目の色を配したそれは、談話室に馴染むことなく異彩を放っていた。


「鍵付きのチェストかな」


 その答えに、クロエは何を入れるのかと質問する。


「クロエさんが見付けた、定礎の中にあったアイテムボックスを預かったから、その保管用にね」


 レンはカラフルな模様を指でなぞり、模様に隠れた聖銀ミスリルに魔力を流す。

 すると、箱は上下に分かれ、上半分がゆっくりと持ち上がる。


「大がかり……保護のため?」

「そうだね。こんなに大きくなったのは、どっちかって言うと、この保管箱そのものの保護が理由だけど。中身は時空魔法で守られてるけど、保管箱が壊れたらその時空魔法も消えるから」

「なるほど……それでなんでこれが?」


 クロエの問いに、レンは、リオへの報酬として迷宮の核を考えていたが、鍵がないため、核の破壊によって迷宮を踏破しなければならなくなり、街として可能な限りの品を提示してきた結果がこれだと答えた。


「鍵? 前に言ってたヤツ?」

「迷宮の核を台座に固定する鍵だね。英雄の時代にも、鍵を使わずに核を迷宮から持ち出すことは出来ないって言われていたんだ」


 鍵の破壊、台座の破壊、その他様々な方法が検討されたが、ゲーム内でそれが成功したという話をレンは聞いたことがなかった。


「鍵……どんな見た目?」

「外見的な特徴はないかな。いろんなのがあった。普通の鍵もあれば、水晶っぽいのとか、魔法金属でできたやつとか」

「なるほど……なら、心当たりがある、かもしれない?」


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