第157話 海への道のり――回答と心話

 しかし、とアイリーンは首を傾げる。


「どのような毒を用意すべきじゃろうか?」


 獣系の魔物に効果のある麻痺毒、致死毒、カエルの魔物の動きを止める毒、虫の魔物が痙攣を起こす毒、色々あるが、持ち歩ける量は多くない、と呟くアイリーンに


「魔法の旅行鞄を持ち歩けば良いじゃないですか」


 とレンは事もなげに言う。


「じゃが、あれは妖精のサイズには出来ておらぬし、身に着けるものでもないからサイズ調整の付与が掛かっていることもないからの」

「600年前の技術でも十分にだって作れますよね?」

「妖精サイズのものなど作る物好きはおらんかったし、値段が高くて手が出んかったわ」

「作りましょうか? 多分、迷宮の最下層から出てくるときにも必要になるでしょうし」

「……そうか、その手があったか。手間をかけて済まぬが頼めるかの?」

「勿論」


 そう答えるレンに、アイリーンは喜色満面であった。


「そうなると持ち歩ける毒も増やせるのぉ。どの毒が良いじゃろうか?」

「……まず使い慣れた毒にすべきですね。慣れない毒は危険です。あと、槍に向かない毒もありますよね。それに合わせた使い分けが必要です。それと、人間種族相手なら麻痺系がお薦めですね。情報を聞きただしたいこともあるでしょうし、殺したら厄介な事になる場合もあるでしょう」

「なるほど……魔物の種類としては、獣、蛇、虫、辺りかの? まあ、虫なら大抵魔法が効くが」

「そうですね……でも虫は危険です。魔法が効く相手でも用意だけはしておくべきでしょう」


 虫は群れで出てくるタイプもいるため、数によっては魔力が続かなくなることもあり得る、とレンは指摘する。


「ああ、それは考慮が必要じゃ。迷宮では魔力切れも苦労の種じゃった」

「槍があれば、魔力切れでも多少は立ち回れます。妖精は大型種相手ならかなり有利なんですけど、小型の群れは天敵です」


 大型種の一撃には、当れば妖精を10人以上まとめて吹き飛ばす程の威力がある。だが当らなければ無意味だし、狙って当てるなら一度にひとりしか落とせない。

 対する妖精の一撃は、毒槍であれば剥き出しの部分に当れば相手の動きを悪くさせる程度の効果は期待できる。

 小さく素早く相手の死角から入り込む危険な敵が沢山いれば、相手はそれを無視できない。

 妖精には長という明確な弱点があるが、長は相手の攻撃範囲に入る必要はない。妖精は全方位から相手の死角を狙って攻撃を行なうことで、相手の選択肢を狭め、更に攻撃を行なうことができる。


 なお、この戦い方は、レンが思いついたものではない。

 モデルは第二次大戦以降の航空機と戦艦の戦いである。

 戦艦であれば、対空銃座にも主砲にも目と頭を持った射手がいるが、大半の魔物の目は2つ、頭はひとつ。まれに多い場合もあるが、それでも10を越えることは少ない。つまり、航空機よりも妖精の方が有利となり得るのだ。


「確かに相手が多数だと妖精の有利はなくなるかの。その場合の戦術も考えねばなるまい。なんぞ良い策はないかの?」

「お薦めは閃光目潰しみたいな、相手の視覚や感覚を奪う戦い方ですね」

「……ふむ、なるほど。相手によっては効果がありそうじゃ」


 妖精は長の指示で寸秒の狂いもなく動く。

 閃光弾を使うタイミングで、全員が目を閉じることも顔を背けることもできるし、それに失敗しても、長の視覚が無事なら、それぞれの目が眩んでいても全体を制御することで戦うことができる。

 視覚に頼らない相手には効果が薄いが、視覚を主たる感覚器としているなら効果は期待できる、とアイリーンは頷く。


「まあ、光源の種類や効果の有無は戻ってから色々試してみて下さい」

「うむ、献策に感謝する。いずれ、何かの形で返せると良いのじゃが」

「妖精には出来るだけ長く生き延びて貰いたいですから」

「ほ、ラウロが言っておった通り無欲じゃが、いつか必ず受けた恩義は返す。数世代後になるやもしれぬがな」


 エルフなら問題あるまい? と笑うアイリーンに、レンは覚えておきます、と苦笑を返した。


  ◆◇◆◇◆


 王都からの返事が届くまで数日を要した。

 その間、妖精が槍使いの職業を得られる可能性があることが分かったり、王都から早馬がやってきて、アイリーンと短い対話を行ない、ライカ経由で暗号とおぼしき言葉を王宮に伝えたりとポツポツと変化があり、その中でクロエが心話で返事を受け取ったと報告してきた。


 クロエが心話で受け取った連絡内容を記した書類を受け取ったレンは、それに目を通した後、書類をアイリーンの前に置き、クロエに、


「王都の話し合いは決着が付いたように見えるけど、その認識で良いのかな?」


 と尋ねる。

 文書の上ではそう取れるが、実際にはお互い納得していないということもある。

 見る限りその可能性は低そうだが、念のための確認である。また、そばで聞いているアイリーンへの説明も兼ねている。

 レンの問いに、クロエは頷いた。


「見ての通り、妖精についての確認が数回。最終的には誰が保護の責任者になるのか、窓口になるのかという話になって国が窓口になった」

「これは決定事項ってことだね。ニュアンス的な勘違いもない、と。神殿も協力するけど窓口は国。予算的にその方が妖精のためになると判断されたわけだね」


 神殿にも予算はあるが、国の税と異なりブレ幅が大きいため、確実に使えると約束できる予算は少ない。

 ブレがあるため、予算が増えることもあるだろうが、減る可能性を考えると、国に保護を求めた方が安定する。

 また、妖精が意図せず法に反した場合、国であれば法の解釈や緊急立法などで対応できるが、大規模な宗教団体でしかない神殿では、そうした手段をとることはできない。

 それらに配慮した結果であるとの記載を見て、レンは納得した。


「なるほど、まともな判断の結果っぽいね。アイリーンさんは何か確認しておきたいこととかない?」

「仮に郷の入り口をヒトの街や村にした場合、そこは租借地となり、将来的にも税は免除されるのじゃな? それは念押しをしておきたい所じゃ」

「最終的に正式な書面が届くので、そちらに住処の場所を書き入れて調印となる予定。あと、オラクルの村付近であれば、村の内外問わず、租借という扱いですらなく、妖精の土地として使って良い」


 クロエは書類の該当する部分を指差し、アイリーンに示した。


「ふむ……それが一番面倒がなさそうじゃな」

「オラクルの村の周辺の森は、学生が騒がしいかもしれませんが、その分、魔物が少ないですから割と安全ですし、移住先としてはお薦めですね」

「場所の選定にあたり、皆にもその辺りを伝えるとしよう……さて。調印があるということは、今暫くはここにおらねばならんのか?」

「私の方では聞いていない。ライカ経由でラウロが聞いているかも?」

「そうか、ならば後で聞きに行くとしよう……それにしても魔道具などは色々不便になっておるが、心話というのは便利なモノじゃのう。レンも使えるのじゃろ? 600年前、妾達の周囲にはそれを使える者はおらなんだが、今でも学べるものなのかえ?」


 アイリーンの質問に、レンは無理だと答えた。


 プレイヤーが職業を得る方法や育てる方法はイベントに分類されており、レンのメインパネルから、過去にクリアしたイベントや、受注可能なイベントを参照し、概要を確認することができる。

 だから、それがレンが取得可能または取得済みの職業である限り、レンがその存在を忘れていても、取得方法を知る事ができる。


 しかし、レンにとって心話は技能ですらなく、メインパネルの機能のひとつでしかない。メインパネルという技能があるとしても、それはプレイヤーにしか与えられていない。例外ケースであるライカはレンに作られたNPCであり、生まれた時点で心話を覚えていた。

 だからレンは、心話を覚える方法を他者に教えることはできないのだ。


「レンにも無理があったか。む? そう言えばクロエは神託の巫女となって心話を覚えたのじゃったか?」


 レンの返事を聞いたアイリーンは、もうひとりの例外であるクロエにそう尋ねる。


「私はそう。妹は私が覚えたとき一緒に。神殿では、神託の巫女と対となる誰かも心話を授かる」

「ふむ……そうなるとライカはどうなるのじゃ?」

「ライカたちは養子にした時点で使えていたな」


 レンがライカとディオを作った際に指定したのは、性別、年齢、大まかな外見と簡単な経歴程度で、職業や技能は一切設定していない――そうした設定画面は存在しなかった。

 後付けで決め台詞その他を変更できたりもしたが、それらは賑やかし要素でしかなく、技能などとは関係しない。

 生み出された瞬間からふたりは心話と、幾つかの基礎的な技能――冒険者初級になる前提技能――が使えたが、レンが学ばせるまでは職業は何も持っておらず、職業に付随する技能も持っていなかった。

 そして、レンがネットで見た限り、それは標準的なオンラインぼっちシステムNPCの仕様らしく、まれに、最初から職業を持った者が生まれることがある、ともあったが、レンが知る範囲では該当するNPCはいなかった。


「600年前、英雄の仲間になった者の一部は心話が使えた?」


 レンがそれ以上を語らなかったため、首を傾げつつクロエがそう発言する。


「……そうだね。英雄は使えたし、英雄と共にいた者は使えた可能性が高いから、気付かなかっただけで、アイリーンさんの回りにもいたと思うよ」

「レンの仲間になれば使えるようになるのかえ?」


 アイリーンの質問に対し、レンは少し考えてから、それはないと否定した。


「……ここに来るとき、みんなパーティ登録したわけだから、それで覚えてないなら、仲間になるだけじゃ無理だと思うよ?」

「ライカはレンの養子」

「ふむ。ならばレンをお義父様と呼んでみるか?」

「それも無意味だと思うよ……関係性が重要なら、ライカの娘のレイラは俺の義孫にあたるけど、心話を使えないからね……多分だけど、魔王戦争に関わった英雄とその関係者にだけ、神が心話を授けたって所じゃないか?」


 レンの説明を聞いたアイリーンは、そういうものか、と肩を落とす。


「ならば心話は諦めるとしよう」


  ◆◇◆◇◆


 その日の夕刻、追加の情報として、ライカが王宮側から受けた連絡をまとめた書類を持って現れた。


レンご主人様、王都から連絡がありました。王都側の心話の使い手がイレーネさんしかいないため、神殿の報告が優先されましたが……連絡内容は書面に二部用意し、一部は公爵にも渡しました。今、お時間を頂けますか?」

「うん、聞こう」

「妖精との窓口は国と神殿が共に行ないます。国側の窓口は外務そとつかさですが、予算は王宮の予算からで、上限はありますが妥当な理由があれば相談に応じるとのことです」

「神殿も窓口になるのか? クロエさんの話とは違うけど」

「窓口と予算の管理は国です。妖精は官吏でも神殿経由でも、好きな方をから話を通せます。万が一、国の官吏が無能なら神殿を窓口にしても一向に構わないという話です」


 ライカはそう答え、苦笑を浮かべつつ補足をする。


「過去、妖精がいなくなったと気付くまで長く掛かりました。ヒト以外には外務そとつかさのような組織はなく、問題があった場合にのみ連絡をするような関係だったためですが、その反省を踏まえたやり方ですわ」

「なるほど。続けて」

「妖精と国の調印についてですが、当面はこちらの書面を仮とします」


 ライカは一枚の、それなりに丁寧に書かれた書類を取り出し、レンに渡した。


「心話で伝えられた情報を私が書き起こしたものですが、これをサンテール伯爵がお持ちの正式書類用紙にバルバート公爵が書き写し、バルバート公爵、クロエ様が全権代表として署名をして、アイリーン様の署名を頂きます。それで十分に効力はありますが、妖精の郷の場所が決まったあと、そちらに王の署名が入った同じ書類が届くそうですわ」

「……随分と変則的なやり方だな」

「私とクロエ様がやり取りした内容も保存されますので、齟齬があっても後の調整は可能ですわ」


 法を自由に出来る国が決めたやり方なのだから、問題はないか、とレンは溜息をつき、気付いた。


「ラウロさんが調印書を書いているって?」

「正しくは清書をしている、ですわ」

「……清書する前にアイリーンさんに確認して貰うべきじゃないか?」

「調印の場で、ラウロ様の権限での修正が許可されてますが……そうですわね……その旨をラウロ様に伝えて参ります」

「俺はライカの書いたのをアイリーンさんに見せてくる」


  ◆◇◆◇◆


「ふむ……概ね問題はなさそうじゃ」


 書類を見たアイリーンはそう言ったが、どこか納得が出来ないという表情をしていた。


「今なら修正できるから、気になることがあるなら言った方が良いと思うけど?」

「気になるというか……妾達にも文字はある。通常、そういう場合、両方の言葉で書面を作るのではないかえ?」

「あー……妖精の文……あれは紙に書けないからなぁ」


 くさび文字に似た妖精の文字は、用いた葉、くさびを刻む角度と深さにも意味がある。

 紙に書くことを前提としていないため、紙に書こうとしてもどこかに無理が出る。

 例えるならそれは、電話の言葉を全て文字に書き起こす事に似ている。

 妖精の文字は思いの強さや感情を表現することができるが、ヒトの文字ではそれができない。


「馬鹿野郎」


 という台詞を怒鳴るように言ったのと、笑いながら言ったのでは、文脈が同じでも意味は全く異なる。


 ヒトであれば、調印書に感情など不要と考えるが、文字で思いの強さや感情までを伝えることに慣れている妖精からすれば、感情の籠もっていない文など信用できないと考える。


 しかし、それを書いたり、そこまで読み解いたり出来るのは妖精くらいのものなので、現実問題として、それを用意出来る者は、この辺りにはアイリーンしかいない。


「アイリーンさんが自分で書くというなら、調印書を保存するための容れ物を作りますけどどうします?」

「むう……今回はヒトの流儀に合わせることにする……が、こちらでも文官を育て行く故、今後はやり方を変えていくつもりだと伝えおいて欲しい」

「承知しました」


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