第154話 海への道のり――強さの秘密とパラシュート
「長が決定できない理由を聞いても?」
レンがそう尋ねると、アイリーンは楽しげに笑った。
「呵々! 妖精を知るヌシならそう問うわなぁ」
アイリーンの言葉に、クロエとラウロの視線がレンを捉える。
その視線に苦笑しつつレンは、なぜそう質問したのかを口にする。
「他の人間種族と比べて力が弱い分、妖精は群れで行動するんです。特に戦闘時の群れはリーダーに絶対服従……服従じゃないか……群れはリーダーの手足。ヒトの軍隊の指揮官は兵士を手足のように指揮しますが、そこには言葉による命令が必要です。でも妖精は戦いになると無言です。人間が歩くとき、右足を挙げ、体重移動を開始、右足前へ、なんて命令しませんよね。そのレベルで妖精は動きます」
軍を含め、組織は上意下達で動く。
だが、個人同士であるため、命令が届かなかったり、命令の意味を取り違えたり、反抗したりという事は常に発生しうる。平時は問題が顕在化しなくとも、戦時ともなれば外的要因その他から、そうした問題の発生確率は上昇する。
それを十分に理解しているラウロは、レンの言葉に息を飲んだ。
「レン殿、その効果は……隊が広がっても、なのか? 兵士から長に対して連絡も可能となるのかね?」
「範囲は長の力量と運用次第だったかと。俺の知る最大規模だと、単体でオラクルの村程度を指揮範囲に収められる長とかもいました。連絡については、その範囲内であれば、好き、嫌い、心地よい、みたいな感覚的な情報までは伝えられて、詳細な情報は無理だったはずです。でも、どこにいる妖精がそれを伝えてきたのかは何となく分かるとか」
「それは……強いな」
距離があってもノータイムでざっくりとした状況把握ができ、命令は即時実行される。
伝令が不要となり、指揮官の狙ったとおりのタイミングで、狙った行動を取ることができる。
「強くなどある物か。花の蜜を集めるための能力じゃ。じゃが、魔法戦に限定すれば、妖精はそれなりに戦えるぞ?」
「……魔力操作は人間種族随一。ただし魔力は少ない。妖精はそういう種族なんですよ。個体の魔力が少ないから、継戦能力は低いんですけど、群れで小さなフレイムランスを無数に生み出して、でかい魔物を灼き尽くしたりもします……ただし、相手が魔法抵抗のある魔物だと逃げるしかなくなりますし、使える回数が2,3回だから、数が多いと押し切られもします」
「そう聞くと、まるでミツバチだな……だが、妖精には個人という概念や個性はあったようだが?」
「人間の他の種族と異なる点も多いが、文化は似通っておるのじゃよ。個人の概念もあるし、個性もある。虫とは違う」
「ラウロさん……アイリーンさんはこう言ってくれていますが、妖精に対して虫だの鳥だの言うのは、最大の侮蔑と取られかねません……」
「これは……知らぬ事とはいえ申し訳ない。いかようにも謝罪する」
「頭を上げよ。妖精を初めて見たのじゃろ? 部分だけを見ればそう思うのも仕方ない。が、
アイリーンがずれた話を元に戻す。
「そうです。それだけの決定権を持つ長なのに、皆と相談が必要と言う理由を教えて貰いたいです」
「それが昔からの決まりだからじゃ。郷の入り口の場所は、皆の意見を聞いた上で決定する。対外的なアレコレは長の判断を最優先とするが、郷の入り口の位置は特別なのじゃ」
「なるほど。では、郷の候補地についてはオラクルの村の近くの森の中を第一優先と考えましょう。第二希望、第三希望があれば、そちらも聞いておきたいのですが」
「ふむ……ないの」
「なぜでしょうか?」
レンの質問にアイリーンは不思議そうな顔をレンに向けた。
「ヌシなら分かるじゃろ? 600年じゃぞ? 妖精の取り得る選択肢は、今のまま迷宮内におるか、まったく変わってしまっていたとしても、昔住んでいた場所に戻るか、未知の場所に住むかの3つだけじゃ」
「なるほど……600年の壁は確かに大きいですね」
600年。6世紀である。
飛鳥時代の始まりが西暦600年頃。歴史の教科書に聖徳太子や小野妹子の名前が出てくるのは大体この辺りである。
そこから600年となると、西暦1200年頃の鎌倉時代。源頼朝が鎌倉幕府を作った少し後である。
そこから更に600年だと江戸時代。田沼意次がいたあたりで、もう50年もすると黒船がやってこようという時代。
飛鳥時代から鎌倉時代であっても、鎌倉時代から江戸時代であっても、世の中は大きく変化している。
ある程度の文化が存在すれば、時間経過でそれは変化する。
この世界では結界杭の劣化により、変化が阻害されていたが、それでも全く変化がなかったわけではない。
妖精からすればレンとは違う意味で、ここは紛うこと無き異境となるのだ。
「なお、ひとつだけ明確な事があるので伝えおこう。どこに移り住むにせよ、妾達は迷宮を放棄する」
その言葉に、ラウロが目を見開いた。
「先ほどの話と矛盾しないかね? 対価についてもまだ話しておらぬのに、そんなことを言ってしまって良いのかね?」
「迷宮内には郷の入り口は作れなんだ。だから、皆の意見を聞くまでもなく、迷宮内に居残るかどうかは長の専権事項となる。この前提を言わず、迷宮内に残れと言われて困るのは妾達じゃからの、ヌシらには言っておくべきと判断したまでじゃ」
「レン殿、迷宮内に郷の入り口は作れない物なのか?」
ラウロはレンに向かってそう尋ねた。
レンは苦笑しつつ、分かりません、と答える。
「昔は郷の入り口はあちこちにありましたけど、迷宮内ってのは聞いたことがありませんね。入り口を作れるのも入れるのも妖精だけ。外から眺めることは出来ましたけど、詳しいことは妖精以外は知らないと思います」
「そうか……仕組みが分かれば、対処方法を考えられぬかと思ったのだが……」
「なぜ作れぬのかは妖精も知らぬぞ。何回試みても失敗し、当時はまだ残っていた回数を消費して、迷宮内に作る方法はないというキュリオシティ様の御神託を得たのだ」
断言する根拠が神託にあると聞いて、ラウロは神託ならば仕方ないと納得し、レンはそういう仕様なら仕方ないと納得した。
「それじゃ、最終的な居留地については未定として、それ以外を詰めるとしましょうか」
「それ以外? なんじゃ?」
「まず、妖精を迷宮から連れ出す方法について。アイリーンさんもリリアたちも、基本的には自力で外まで出てきたんですよね?」
「うむ。リオが持ってきた姿隠しのマントを使っての。妾の場合はリオもおったで、自力とは言えぬが」
「で、姿隠しのマントはそんなに数はない、と……俺が作るにしても、迷宮産の性能には及びませんし、時間も掛かります」
レンがそう指摘すると、アイリーンはなるほどと頷いた。
「迷宮内を地上まで移動するとなれば、マントがないと無理じゃな。リリア達のマントは全員が使える状態になっておるが、それでもレン殿の分と合わせて3枚。なるほど、これは少々手間じゃ」
「いや、簡単な方法があるにはあるんですけどね……リオ、あの迷宮の第一階層に閉じられた小部屋とかなかったか?」
「ああ、踏破後に放り出される部屋? あたしは第一階層は最短距離で進んだから見てないけど」
迷宮を踏破――迷宮の主を倒し、迷宮の核を外したりすると、迷宮は1日ほどで消滅する。
その際、中にいた者は、迷宮の天井や壁を透過して第一階層の小部屋に放り出される。
転移と異なり、物理的に放り出されるようで、その方法で放り出されたプレイヤーはジェットコースターのような高速上下移動を経験することになる。
「迷宮の核を外してアイテムボックスにしまった時点で、迷宮消滅のカウントが始まる。誰か――例えば妖精が中に残った状態でそれを行えば、残っている者は全員、1日後には入り口に近い部屋に移動させられる。だから、小部屋付近に護衛を待たせておけば、妖精を脱出させること自体は難しくないと思うんだ……ただ、放り出されて怪我する者もゼロじゃないから、絶対に安全とも言えない。これで良いかは妖精に決めてほしい」
「ふむ……しかし迷宮の核を外すというのはどのように行うのじゃ?」
「? 持ち上げれば外れる筈……あ。もしかして、鍵が掛かってるタイプか?」
「妾は他の知らぬので比較は出来ぬが……ヒトの腰程の高さの台座の上に核があり、その核を覆うように金属のカバーがあって、カバーは外せないようになっておったな。言われてみれば鍵穴のようなものもあったわ」
アイリーンの言葉を聞き、リオとクロエが反応した。
「金属なら引きちぎれない?」
「金属なら錬成で外せる?」
と。
そしてふたりの問いにはレンが答えた。
「どちらもやれば核が壊れる。英雄の時代に大勢が実験してる。周囲の壁や床を破壊して台座ごと外しても同じ。鍵は魔力キーにもなっているから、鍵開けの技能があっても無理。ただ、その手の鍵付きは、鍵で開くと結構なお宝が手に入ることが多いんだよね……核はリオが受け取るとして、お宝は妖精の生活費に充てたいところだけど」
「それを知っていると言うことは、レン殿は開封できたケースも知っているのだな? 普通、その鍵はどこにあるのかね?」
「それはシナリオ……いずれかの神がどこかに隠していたりするので
ゲームのシナリオは一本道ではなく、その順序も定まっていない。
そのため、Aの街で情報を手に入れ、その情報を元にBの街でキーアイテムを手に入れ、Cのシナリオでそれを使う、というロングパスは序盤のシナリオではあまり使われていなかった筈だ、とレンは当時を思い返す。
「つまりコラユータの街付近にあると?」
「ただし、カプアの村の襲撃は600年前の話です。今から探して手に入るかどうか」
ゲーム内の時間制限がないシナリオなら、いつであっても条件さえ満たせばキーアイテムは手に入るだろうが、現実となってしまった以上、それは望めない。
NPCが所有していて話しかければ手に入るタイプなら、当該NPCが生きている必要があるし、森のどこかに埋まっているなどであれば、先日の魔物退治でエーレンが吹き飛ばしたかもしれない。
「まあ、鍵がないならあたしが破壊してくるよ」
「リオはそれでいいの?」
元々、迷宮の核はリオの報酬である。
それがなくなっても良いのかと問いかけるクロエに、
「勿体ないけど、使えないなら残しておく理由はないから」
とリオは答えた。
それを見たアイリーンは、つい、と浮かび上がってリオの肩にとまり、その耳に囁く。
「600年前、竜人は暴虐の限りを尽くす悪逆無道、極悪非道の者と聞いておった」
「そう思うなら、なんで肩に乗るの」
「それを確かめるのも長の役目じゃての。それに今は違うのじゃろ?」
「あたしたちはリュンヌ様の眷属。リュンヌ様の命じるままに」
「ならば平気じゃな」
さて、とアイリーンがリオの肩の上で伸びをし、羽を震わせる。
耳元でビビビと羽音がして、リオがピクリと震える。
「レン殿、リオ嬢の協力を得れば妖精を迷宮から出すことは可能と仮定した上で、安全な場所までどうやって運ぶ? コラユータの街なら護衛を増やせば徒歩でも行けそうだが、その先となると移動方法が必要になろう? 転移の巻物にはそこまで余裕があるのかね?」
「転移はパーティ単位ですから、上限はありますね……ラウロさん、冒険者ギルドでパーティ登録した場合って、上限は何人です?」
「16人だな。軍もそれを基準としている」
「16人。妖精の人数が200人として……13回かな? 往復って考えるとそこまでの余裕はないですね」
実際の余裕はさておき、2桁回数には抵抗があったレンはそう答える。
「200人の妖精って、どのくらいの広さがあれば全員が座れる?」
クロエが尋ねると、アイリーンは首を傾げた。
「分からん。採蜜や戦いの時以外、妖精は自由じゃから、ひとところに留まったりはせん。じゃが、戦いの時を基準にするなら、全員地面に座る形なら、サンテールの街から乗った馬車ほどの大きさがあれば入れるじゃろう。恐らく中で飛び回るじゃろうが」
「エーレンが、馬車を掴んで運ぶかって言ってるけど?」
「なるほど、それなら荒天でも問題はないな……当面はそれを第一候補にしよう。その場合、馬車じゃなく掴みやすい箱にして、万が一に備えてライカにも乗って貰おう」
「ライカ?」
クロエがなぜ、と首を傾げる。
「落下時の安全装置を付けるから、万が一の場合はその操作をしてもらうのと、エーレンが戻ってくるまでの護衛だね。まあ妖精は自力で飛べるから必要ないかもだけど」
「エーレンは落とさないよ」
「落下時の安全装置って何?」
「どのようなものじゃ?」
リオに分かっていると頷きつつ、クロエとアイリーンには、
「大きな布で落下速度を落とす方法があるんだ。魔法も何も使わない仕組みで、英雄はそれをパラシュートって呼ぶ。丈夫な素材と道具さえあれば細工師の初級でも作れるよ」
「大きな布……マントを着て風に吹かれるとフラフラするのと同じ原理?」
「そうだね。風の抵抗によって落下速度を落とす。十分に高いところから落ちたときでないと効果がないし、うまく広がらなくても危ないから、普通だと使う機会なんかはないけど」
「レン、レン、それを使って降りてみたい」
「神殿の許可が出たらね……空から落ちるから、危険は0にはならないよ。まあパラシュートがあれば、今後、空を飛ぶ際、何かあっても少し安全になるってことだから開発する意義はあるだろうけど」
「ゆっくり落ちるだけでは妖精には無用の品じゃの。妖精は皆飛べるぞ?」
アイリーンの言葉にレンはそれは頷いた。
「まあそうでしょうけど、こういうのは用心して色々準備して、結局使わないってのが一番良くて、次が、準備していたから選択肢が増えましたってことだと思うので、俺が安心するためにも、準備だけはさせて欲しいです」
「ヌシの手間とならぬなら、構わぬのじゃが……」
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