第153話 海への道のり――人間の歴史と移住先
オラクルの村に戻ったレン達は、学園に移動して冒険者と別れた。
ちなみにジェラルディーナはライカとラウロの許可の元、冒険者と一緒に訓練場に移動して訓練を行なっている。
残りのメンバーは校長室に移動する。と、待ち構えていたレイラに掴まり、ライカは大量の書類と共に別室に隔離される。
「……どうしても
と申し訳なさそうに頭を下げるレイラに、レンは、
「いいよ。今日いっぱいあれば足りるか?」
「はい。
そう言って下がるレイラを見送り、レンは溜息をついて皆に着席するように告げる。
なお、アイリーンは妖精サイズで作られた椅子を校長の机の上に置いて、そこに座らせる。
「さて。今が魔王戦争後だと信じて貰えたことだし、話し合いをしようか」
「何について?」
「まず、アイリーンさんに謝罪しなければならないことが一点」
レンがクロエにそう答えると、アイリーンは片眉を器用にあげる。
「謝罪じゃと?」
「はい、話を簡単にするため、ひとつ、隠し事をしています。クロエさん」
「わかった……私は神殿の神託の巫女であって神官じゃない」
「神託の巫女? はて、神殿にそのような者がおったじゃろうか?」
「魔王戦争当時、ソレイル様から直接神託を受けるために生まれた巫女」
アイリーンは目を閉じ、静かにクロエの言葉に耳を傾ける。
「神託の巫女は、夢の中でソレイル様から直接お言葉を賜ることがある。神託の灰箱では伝えきれないような事を伝えるため、ソレイル様は私達をお呼びになる」
「呼ぶ?」
「眠りの中、ソレイル様の夢を見る。そこで色々な物を見たりお言葉を賜ったりする。それが神託。逆に、私の記憶を映し出てご覧になることもある……私が神官の服装であなたの前に立ったのは、そういう神託があったから」
「妾のことで神託を受けたと申すか」
「妖精全体のこと。あなたのことじゃない。だからリリアやマチアスも私が巫女だと知らない」
クロエの返事を聞き、アイリーンはそうか、と呟く。
「つまり、その存在を知らぬ妾達の前に神託の巫女が現れ、神殿から来たと言っても、妾達がそれを信じぬだろうとソレイル様は考えたわけじゃな。実際、今もまだ信じられぬ思いじゃが、神殿で皆がお主を立てておったのも見た」
そして、アイリーンは分かったと、頷いた。
「ならば、その神託の巫女の装束を見せてもらえぬかの? 妾達がいた頃になかったものなら、是非とも見ておきたい」
「エミリア、ある?」
「用意はございますし、神殿にもございますが、どれになさいますか?」
エミリアに聞かれ、クロエは少し考えてから答えた。
「……聖域用?」
「それでは……レン殿、教室の一つをお借りしても?」
「ああ……隣でレイラに確認して。俺はどこが空き教室か分からないから」
「承知しました。クロエ様、こちらへ」
それを見送り、アイリーンは溜息をついた。
「隠し事はこれだけかえ?」
「意識して隠したのはこれだけです。言っていないことは山ほどあると思いますけど」
「ふむ、誠実な答えにも聞こえるが、それは無責任じゃな」
アイリーンの言葉を聞き、レンは笑いながら頷いた。
「そうですね。アイリーンさんは知らないことは聞けないのに対し、俺は知ってるのに話していないって事になりますね。でも物心ついてからの全部を話すことは不可能ですし」
「じゃな。詮無いことを申した。許せ」
「ええ……さて、そんな話をした直後に何ですが、質問はありますか?」
「魔王戦争はどのような決着となったのじゃ?」
答えようと口を開いたレンは何かに気付いたように、目線を落として口を閉じた。
「どうした、答えぬか?」
「リュンヌがエルフに騙されて魔王として立ったことはご存知でしたね?」
「うむ」
「そうすると、俺じゃ答えられないです」
「なぜじゃ?」
「俺の記憶にあるのは、まだエルフが黒幕だって分かる前でしたので」
レンの記憶にある『碧の迷宮』は、竜人が暗躍し、リュンヌが魔王であると分かった辺りで終わっている。
王都――当時、エルシアと呼ばれた街から東に行ったところにあるエルキアという小さな街の拠点でログアウトし、そこに戻るつもりでログインしたらこの世界にいたのだ。
当時はまだ、エルフが黒幕であることは知られていなかったため、それを知っているアイリーンの方がレンよりも後の時代の人間である、とレンは答えた。そして、魔王戦争についてはこの時代に来てから調べたが、その程度の知識しかないのだと付け加えた。
「……待て。つまりお主も時間を超えたと? 確か神託を受けて世界を救うために働いておるのじゃよな?」
「神託の詳細はあとでクロエさんに聞いて貰うとして、神託で具体的に何かをしろとは言われていませんね。自由にしてろと。あと、そうです。600年前から来ました。俺も状況を理解するのに結構掛かりました」
「ふむ。時を超えて、神託を受けたということじゃな?」
「神託を受けたのはクロエさんですけどね。詳細はクロエさんに聞いてください」
「妾達の時間転移も神々の手による物なのじゃろうか?」
「分かりません」
そう答えつつも、レンは多分何かしらの関わりはあるのだろうと推測していた。
だが、それが神々の手によるものなら、この世界の人間は、その事実を知った時点で『なぜ』を考えなくなる。
理由が明かされる日は来ないのかもしれない。とレンは嘆息するのだった。
「お待たせ」
クロエが古代ギリシャのヒマティオンのような体に布を巻き付けたような服装で現れた。もちろん、その下にも専用の黒い衣装を着用している。
初めてレンと会った時の服装である。
それを見て、アイリーンの目が輝いた。
「ほう、変わった服じゃの。黒のワンピースの上に大きな一枚布を巻き付け、ピンで留めておるのじゃな? 生地は、これは麻かの? ほう、一枚布の下のワンピースの上から胸帯、腹帯を巻くのか……履きものも変わっておるの。これは革の編み上げサンダルか。これでは森は歩けまいに」
「これは聖域の神殿の服。森に出るときは足元を変えて、ベルトを巻く」
「ベルトとな?」
アイリーンが首を傾げると、エミリアが幅広のベルトとフレイル、幾つかの革の小袋を取り出して見せた。
「こちらです。フレイルをこちらに引っ掛けるように出来ており、こちらには革袋を結びます」
「その袋には何が入っておるのじゃ?」
「それぞれ銅貨、岩塩、小麦と豆、ナイフです。昔、これらを祈りに使っていた名残ですが、今となっては儀礼的なものとなっています」
「ふむ。妾達の後から生まれた伝統ということか……のう、レンよ、ヌシらエルフもこうした感覚を味わうのじゃろうな。変化を嫌うエルフが多いと思っておったが、これが理由なのじゃな」
神託の巫女の服装に満足したアイリーンは、クロエの肩に移動する。
「ラウロさん、エミリアさん、アイリーンさんに魔王戦争後半から今までの話をお願いします。俺はその辺詳しくないので」
ライカがまとめた資料などから、大凡の経緯は理解しているつもりのレンだったが、現代の考え方というフィルタがあった方が、これからの生活に役立つだろうと、神殿、王宮の関係者に話をして貰うことにした。
顔を見合わせたラウロとエミリアだが、エミリアは、お願いしますとラウロに任せ一歩引く。
「……ふむ……ならばまずは俺から説明をするか。これは貴族がまとめた書物の情報だ。神殿側の情報があれば補足を頼む」
「承知しました。リオ殿もお願いします」
「ん。知ってる事と違ったら口を挟むね」
「魔王戦争か……当たり前だが俺たちはレン殿達と違って、書物でしかそれを知らぬ。アイリーン殿は、エルフを敵視していたわけだから、魔王戦争後期の魔王軍六天戦役が終わった所までは理解しておるな?」
頷くアイリーン。
ラウロは、ふむ、と考え込む。
「魔王軍六天を名乗る竜人たちとの戦いの中、真の黒幕がエルフであったことが判明した。そのエルフの名は残されておらぬ。長命種の中には覚えている者もおろうが、名を残すことを神々が禁じたためだ。だが、黒幕が分かっても、それですぐさまどうにかなる物でもない。当時の人間は、魔王を倒し、そのエルフを倒すことを考えた。そのため、竜人達との大きな戦の準備が始まり、そんな
(ゲームシナリオって考えると、その神託は多分運営の用意したものだろうな。シナリオ展開の方向性を固定し、用意したエンディングに向かわせるためか)
「補足します。神託では、リュンヌ様の座す場所に至る方法と、神の座に戻す方法も示されたそうです。ただ、エルフの名前同様、その具体的な方法を残すことも禁じられました」
アイリーンは首を捻って何かを考えていた。
そして、不意に顔を上げた。
「……妾達があの迷宮にいると気付いたのは、その辺りじゃ。エルフの名は知っていた筈じゃが思い出せぬ……神々に封じられたのかも知れぬの」
「そういう事もあるかも知れんな。さて、神託によって人間側の方向性が変じ、同じ頃、なぜか竜人の襲撃が散発となった。そして、人間側の本格的な反撃が始まった……英雄の一部は、空を飛ぶ道具を使って敵地に入り込み、護りの要となっていた竜人の足止めを行ない、その隙に別働隊がエルフの元に到達し、この排除に成功。神託にあった方法で魔王の元に辿り着いた英雄達が魔王を倒し、リュンヌ様は神の座に戻られた」
「あ、当時の竜人はリュンヌ様のお声に従って戦場を移動したって聞いてる。攻撃が散発になったのは、リュンヌ様のご指示に従った結果だって」
「エルフに操られておったのではないのか?」
アイリーンの質問にリオは分からないと首を横に振った。
「操られてはいただろうけど、狂いきってはいなかったってあたし達は信じてる」
「ヒトの見解もほぼ同様だ。記録では六天戦役の後、竜人達が空を飛ばず地上を移動するように変化した。展開速度が遅くなったことで、人間側の対処が間に合うようになったとされているが、普通に考えて身を隠さずに地上を走るなら、黄金竜に運んで貰った方が遙かに早い。当時の書物には、これはリュンヌ様がエルフに抵抗していたためではないかと記されている」
「ふむ……攻撃命令を受けたら攻撃させるが、現地までの移動方法を指定されておらなんだから走らせた、ということかえ?」
「推測に過ぎぬが、そういう説もある。そして魔王が斃れ、リュンヌ様が神の座に戻った後、ソレイル様より『罪はそれを行なった者にのみ課せられるべき』という神託があり、エルフ、竜人という種族そのものに罪を問うことはなくなったのだよ」
「でも、それは建前で、あたし達の先祖は何かと差別されてから、人間の世界から距離を置くことにして、黄金竜の翼でもないと辿り着けない場所にある迷宮をリュンヌ様に教えて貰って、その中に巣を移したんだ」
リオの言葉にラウロは苦い顔をするが、否定できない事実でもあったため、大きな溜息をついた。
そして、クロエが補足をする。
「当時の神殿は神託に従って、竜人、エルフを保護しようとしたと聞く」
それだけ言うと、クロエはエミリアに視線を向けた。
「その……戦争直後は竜人に家族を殺された人も多く、保護を訴える神殿が恨まれたりもしたそうです。その結果、普通の信者にも被害が出たため、神殿は中途半端な保護しか出来なかったと聞きます」
「その結果、エルフは氏族の森に引きこもり、竜人は、10年以上誰も姿を見ていないと、ある日誰かが気付いたのだ。当時の記録では、滅びたと皆が考えていたそうだ。その結果として、各種族間で色々な定期連絡が行なわれるようになったそうだ」
「ふむ……で、結界杭が劣化し、その定期連絡とやらで、妖精からの返事がないと気付いたのが80年前だったわけじゃな?」
「そうだな。ヒトの王国としては、妖精を保護する方向で動くことになるだろう」
「神殿もそう」
アイリーンは、ラウロとクロエの顔を見て頷いた。
「保護は助かるが、あまり甘やかしてくれるな。妖精はそこまでヤワではないぞ」
「うむ。それはそうだろう。迷宮の中で生き延びていたという一点だけでもそれは分かる……さて。それで、今後の話なのだが」
「あー、そうじゃな。皆と相談が必要じゃが、恐らく、先の石臼があったあたりを希望することになろう。コラユータ? あの街は住みやすそうじゃが、妾達の好みからは外れる……それと……郷の入り口を作れる場所を幾つか、各地に用意してもらいたいかのう……これはかなり先の話となるが」
「理由を聞いても?」
「……まだダメじゃ。確認したらきちんと報告する故、許せ」
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