第152話 海への道のり――湖畔の土地と壊れた石臼

 アイリーンに温泉を見せたあと、クロエ達はアイリーンを神殿に案内した。

 エミリアが先触れとして神殿に走り、クロエが神官の装束を身にまとっている旨と、一神官として扱うようにと伝達し、ついでに妖精に関する手紙を渡したり、神殿の作りが面白いと暴走したアイリーンが、氷を入れたタンクに入り込んで静かになったりと色々とあったが、取りあえず全員、無事に神殿内を一巡りして外に出てくる。

 と、神殿の前には護衛を引き連れたレン達がいた。


「妾がここにいるとよく分かったの?」

「神官が連絡をくれたんですよ。村は楽しめましたか?」

「うむ。知らぬ村は色々と面白い。それにしても集めたのう」


 アイリーンはレンの後ろに並ぶ10人ほどの冒険者を眺めて呆れたようにそう言った。


「何かあったら結界棒で結界を作るので逃げ込んで下さい」

「うむ。では行くとするか」


 一行は、森の中を歩いて湖まで向かう。


 中心にレン・ライカ、クロエ・エミリア、リオが並び、エミリアは頭にアイリーンを乗せている。

 冒険者たちは、彼らを囲むように四隅、前後、左右前方、左右後方に配置されていた。

 ラウロとジェラルディーナは、冒険者の列に並ぶようにアイリーンを頭に乗せるエミリアとクロエを挟む位置に立つ。


「して、露頭した石炭をヒトが掘り出し、坑道から水が出て、湖ができておるという理解で良いのかえ?」

「そうですね。湖が出来て、そのそばに結界と村の敷地だけ作ってます」

「ほう。ヒトが暮らせるようにするのか」

「最終的には湖畔の村を目指しますが、今はまだ基礎と幾つかの公共施設が完成したところですね。森で採取する際の拠点みたいなものです」

「環境が良くないのかえ?」

「? いえ、わざわざ拠点にしようと思う程度には良い場所ですよ」

「ふむ……そういった点は以前と異なっているようにも感じるのう……」


 昔と違う部分とはどの辺りだろうか、とレンは首を傾げる。

 レンとて、600年前を知っているのだ。

 そのはずなのだが、答えは分からなかった。


「どの辺りが異なってますか?」

「ヒトは住める場所を見付けると、すぐにそこに街や村を作るじゃろ? 結界で覆っておきながら、拠点で留めておくなど昔ならあり得ぬことじゃよ」

「なるほど。その変化には理由があります……結界杭の維持のため、たくさんの人間が死に、人間は維持する街や村の数を減らすことで魔石不足に対処してきました。だから住めるけれど街や村が放棄された土地というのが各地にあります。開墾の手間を考えるなら、そちらの回復の方が簡単です。それともうひとつ。新しい町や村を作っても、そこに住むヒトがいないんですよ」

「……容れ物だけ作っても、移り住めるほどヒトが残っておらぬということか」

「そうですね。食料生産の為に畑を増やすにしても、ヒトがいないのでは話になりませんから」


 土魔法で畑を作り、種撒き辺りまでは魔法で出来たとしても、雑草を選別し、抜き、畑の外に取り除いたりするには人間の目と手が必要になる。

 殺虫剤や肥料は作れるが、小麦以外をすべて枯らせるような便利なポーションはないし、現時点では刈り入れも人手を要する。

 そして今現在、その人手が足りないのだ。

 人が増えるにはかなりの時間を要する。生まれるまでに約10ヶ月。

 無事に生まれるとも限らず、生まれても、畑仕事を手伝えるくらいになるには最低でも5,6年。畑を任せられるようになるまでなら十数年。

 そこまで育つ間に幾つかの大病を煩うのが普通で、生き延びられる子供は多くない。


 そして、そうやって大人になっても、魔物との戦いで命を落とす。

 だから当面はその流れを変えるのが優先されると言うレンに、それはエルフが考えるべき事なのか。とアイリーンが問うた。


「前にも言いましたけど、エルフなりの利己的な事情があります。ヒトが滅んでしまっては、街で買い物も出来ません。ヒトが滅ぶとしても、俺が死んだ後にして欲しいってだけです」

「……その理由で妖精も救うつもりかえ?」

「そっちはついでです。ヒトが生き残れば、それなりに賑やかでしょうけど、どうせなら大勢生き残った方が賑やかになるでしょうから」



 道中、昆虫の魔物に襲われること3回ほどで湖まで辿り着いたレン達は、まだ基礎と外壁と小屋くらいしかない村に足を踏み入れた。

 村の位置は湖畔の西側である。

 湖から流れ出る川を天然の上下水として利用する構造で、数本の暗渠が基礎の下に作られている。


 その暗渠の上には道路が敷かれ、道路と道路の間には建物を建てる際に利用する配水管などがむき出しになっており、遠くにはポツポツと公共施設の建物の基礎だけが作られている。

 アイリーンはそれらを見て、


「存外狭く感じるの」


 と呟いた。


「比較する建物がもっと増えないとそうでしょうね……さて、それじゃこちらへ」


 レンが先導し、一行は街の東の端まで移動する。

 そして、外壁に取り付けられた突起を手がかりに、壁の上に移動する。


「ほ。湖じゃな」


 壁の上からは、遠くに小山が見え、その手前に湖。湖から流れ出た川が村の地下の暗渠に流れ込む水路が見えた。


「元々、ここは石炭の露天掘りをやっていたそうですが、途中で錫も出て、その鉱脈が奥に見える小山の地下に繋がっていて、そちらに坑道を広げたと聞いています。そして、最近になって坑道から水が溢れ出てきたんです。湖には小魚もいるので、どっかの川に繋がっているのだろうと言われていますが詳細は不明です。あと、その水路から向こうは結界の外になるので、出たいときは護衛を連れて行って下さい」

「うむ。しかしまったく面影がないのぅ」

「他に、何か目印になりそうなものはありませんか?」

「んー……郷の入り口のあった辺りは森に飲まれておるじゃろうし……この辺りだと……いやあれこそ埋まっておるか」


  ◆◇◆◇◆


 当時の面影はないとのことで、次にレン達は、昔、郷の入り口があったと予想される辺りに移動した。

 コンラードから見せて貰った地図から大凡の見当は付いているが、念のため、やや村寄りに進んで、まずは道の痕跡を探す。

 600年前の道など、欠片も残っていないのでは、と考えていたクロエが、最初にそれを発見した――躓いた。


「レン、石が埋まってる」


 エミリアにしがみついて転倒を免れたクロエは、自分が躓いたものを蹴飛ばそうとして首を傾げてそう言った。


「森の中だからね」


 周囲の警戒をしながらレンが答えると、クロエは言い直した。


「加工痕? のある石が埋まってる」

「加工痕?」


 クロエが爪先で石の周囲の土を少し取り除くと、そこには円に見える石が埋まっていた。

 石は、中央部が膨らむ凸面状で、その中央には綺麗な丸い穴があり、クロエはそこを指差した。


「ここに爪先が引っ掛かった」


 クロエが足を引っ掛けた穴の周囲には、沢山の溝が掘られていて、その一部が欠けているようにも見える。


「……離れて」


 クロエが頷いて離れたところで、レンは土魔法でそれを掘り出した。

 掘り出された石は円筒状で、皆にとっても見慣れた代物だった。

 そしてライカが代表してその正体を口にする。


「石臼の下臼したうす部分ですわね。臼面うすめんが欠けてしまってますし、ヒビも入ってしまってますわ」

「なるほど。修理を諦めて廃棄したのかな? でもこんな所で?」


 周囲は完全に森で、石が埋まっていたのは木々の間だった。

 周囲に建物があるわけでもなく、こんな場所までわざわざ石臼を運んでくるとは考えにくい。


「待つのじゃ。全員動くな」


 アイリーンが声を張り上げる。

 小さい体なのに、どういうわけがよく響く。


 その声に、周囲の護衛の冒険者達がその場にしゃがみ込んで結界棒の結界を展開し、周囲を警戒する。

 アイリーンはレンが掘り出した石臼の上に舞い降り、臼面に掘られた細い溝を検分する。

 そして、欠けた部分、割れた部分に触れる。


「む……確かにこの溝は……いや、まだ分からぬ……これの上臼うえうす部分はあるかえ?」

「どうでしょうか、レンご主人様?」

「ちょっと待って……錬成で土の中の様子を見てみるから……クロエさんも手伝って」

「ん。同じくらいの石を探す……」


 錬金魔法の錬成の範囲は狭い。

 だからレンとクロエは結界の中を歩き回って石臼の上半分を探す。


 半分ほどを見て回った後、


「あった、かも?」


 自信なげにクロエが灌木の根元を指差した。

 その場所を確認したレンは、土魔法で灌木を根元からひっくり返す。その根っ子に絡め取られるように、石臼の上半分が埋まっていた。


「アイリーンさん、一応あったけど、もう少し待って下さいね」


 根っ子と土を取り除き、生み出した純水を使って表面を洗いながらレンがそういうと、アイリーンは掘り出された石臼の上空をクルクルと舞い飛ぶ。

 付着した泥を洗い流し、乾燥させ、ライカが取り出したウェブシルクの上にそれを置くと、アイリーンがその表面に降り立つ。


「ふむ……なるほど」


 石臼の上を歩き回ったアイリーンは何か納得したようにそう呟いた。

 それを見ていたリオは首を傾げ、数瞬の後、へぇ、と頷く。


「アイリーン様、何か納得されているようでしたが」


 とライカが問いかけると、アイリーンは顔を上げた。

 その頬に涙が光っていることに気付いたライカは、こちらを、とヒト用の手拭いを石臼の上に置く。

 うむ、と頷いたアイリーンは、それを使って顔を拭く。


「ここは確かに妾達のいた時代ではなさそうじゃ」

「この石臼から何かお分かりになったのですか?」

「この石臼は、当時出入りのあった商人に頼んだものなのじゃよ。かなり薄れとるが、この草木模様は見覚えがあるわい」

「草木模様、ですか?」


 ライカは石臼に顔を近付け、マジマジと見る。

 石臼は、上側だけがガラス質の何かでツルツルにコーティングされているが、その下には普通の石臼があるだけだった。

 ライカがレン謹製の拡大鏡を取り出して更に検分をしても、目立った模様は見付けられない。

 どういうことかとライカが首を捻ると、リオがその答えを口にした。


「エーレンが言ってる。妖精は他の人間に見えないものが見えるって」

「ああ、そう言えば石臼を運んできた商人もそんなことを言っておったのう。そうか、お主らには見えぬのか……すると、花や花粉の輝きも知らぬのだな。可哀想なことよ」


 花や花粉と聞き、レンは妖精が花の蜜を集めることを思い出す。


「もしかして紫外線が見えるのか」

「シガイセン? 知らぬ。なんじゃそれは?」

「生き物はそれぞれ見える景色、聞こえる音などが違う……という説があるんです。そして、ヒトやエルフが見る光を英雄達は可視光線、見ることができる光と呼んでいるのですが、可視光線とは別に見えない光もあると考えていて、紫外線はそのひとつです。太陽の光にはその紫外線が含まれていて、花は紫外線をよく反射するので、花を利用する生き物は、紫外線を見る事が出来るという説ですね」

「ふむ……花を利用する生き物か……妾達の他だと蝶や蜂、鳥たちの一部か。ほ、皆羽を持つのは面白い偶然じゃの」

「アリなんかも蜜を利用するのがいますけどね。それにしても紫外線の塗料なんてあったんだ」

「大工が工夫したようなことを言っておったが、詳細は知らぬ……さて。ここに石臼があったと言うことは、この辺りは当時、結界杭の中じゃったのじゃろう……結界の中には郷の入り口があり、外には小屋があった。石臼は小屋の中に置いてあり、様々な品を粗く挽いて貰ったもらったものじゃ……そうじゃな。あの木の辺りに結界杭があったように思うぞ?」


 アイリーンが指差す辺りを調べた冒険者は何かを見付けたと手を挙げた。


「結界杭とは違いますが、銀色の棒が地面に刺さってました」


 レンのそばに駆け寄った冒険者は、小声でそう言った。


「色合い的には聖銀ミスリルに似てます」

「……なるほど。表面の鉄が錆び腐って、中身だけ残ったのか。他のも探してくれ」

「了解です」


 郷を囲んでいた結界は、比較的狭い範囲に刺さっており、残り3本も時間をおかずに発見された。


「600年というのは分からぬが、随分と昔にここに郷の入り口があっただろうことは認めよう……うむ。認めよう。今はもう魔王が倒れた後の時間だと。ここまで手間を掛けて騙しても主らに益などないしの」

「もう少しこの辺を見たら一旦村に戻りましょうか。戻った後、何か希望はありますか?」

「そうじゃの。学園とやらもまだ見ておらぬし、600年で何がどう変化したのかも知りたいが、時間はどの程度取れるのじゃろうか?」

「10日程度なら問題ないです……こちらからも聞きたいことがありますし」

「10日か。ならば少しこの辺りを散策するとしよう」


 アイリーンはリオの肩に乗って角に掴まると、行きたい方向を指差してはリオがそちらに向かうというやり方で散策を始めた。

 森の中である。

 枯葉や倒木で地面は埋まっていて、当時の面影は殆ど残っていないが、フラフラと歩き回ったあと、石臼が埋まっていた位置まで戻ったアイリーンはそこから辺りを見回し、


「木々の形も土のありようも、全てが変わっておるが、確かにここじゃ……妾から見れば僅か一年。懐かしさも感慨もないが……ふむ、面白い感覚じゃ」


 と呟くのだった。

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