第150話 海への道のり――サンテールの街とオラクルの村

 サンテールの街の泉の前に転移した一行は、素早く泉のそばから離れ、建物の影に移動する。


 時間帯はまだ日の出の少し前。空は明るくなりつつあり、大半の人々は起きだしているが、外を歩き回る者はまだ少ない。という時間帯である。

 水を汲みに出ている者もいるが、レン達はあまり人目を引かずに身を隠すことに成功した。


「さすがに誰にも見られないって訳にはいかなかったけど」

「この時間帯はみんな忙しくしているので、見られても一瞬ですわ。興味を引いたりはしないかと」

公爵の指示だと言えば、皆下がるだろうに」

「やめてくださいね。そういうやり方で下がらせたら、却って興味を持たれますから」


 困ったような表情のレンに、ラウロはさすがに冗談だ、と笑った。


「それで、ここからだと神殿も近いが、領主邸に向かうのだったね?」

「そうです。オラクルの村に行くのを最優先としますので」


 オラクルの村は、学生を戦力に数えた場合、近隣のどの街よりも魔物に対しての安全が確保されている。

 ただ、そこまでは森の中の小道を往くため、多少の危険がある。

 それを最小限にするため、レンはまず領主邸に向かおうと計画していた。


「妾はいつまで隠れておれば良いのじゃ?」

「領主邸まで我慢してください。ここからすぐです」

「うむ……しかし、この姿隠しのマント、中々面白いの」


 クロエの肩に乗ったアイリーンは、レンから貰った不思議な模様のマントをパサパサと振りながらそう言った。


「それは常時迷彩と弱めの認識阻害、サイズ調節がついてますけど、リリア達が使っていた姿隠しのマントより低性能です。過信はしないでください」

「この、模様が変わるのが面白いのう」

「周囲の景色に合わせて目立たないパターンに変化するんです。動かずにいると、遠目には背景と同化します……さて、そろそろ動きましょう」


 片手を広げ、楽しげにマントを揺らすアイリーンにそう告げ、レンは領主邸までのルートの気配を探るのだった。


  ◆◇◆◇◆


 まず、ジェラルディーナが単独で、サンテールの街にラウロが設けたラウロの部下達が待機する拠点に向かう。

 と同時に、エミリアが書状を持って領主邸に先行し、来訪を告げる。

 タイミング的には先触れとも言いがたいし、時間帯も早朝と褒められたものでもないが、今回の件は、ラウロ・バルバートと神殿がコンラード・サンテールに助けを求めるという体裁で行なわれるのだと暗に示すためである。


 そんな訳で、ラウロ達が到着する頃には、門に数人の使用人が控えており、敷地内に迎え入れられた一行から、ラウロが前に出て突然の訪問の非礼を詫びつつ、受け入れへの謝意を表明する。

 そして、緊急事態であると告げたラウロは、状況をまとめた紙をコンラードに渡し、オラクルの村まで馬を借りたいと依頼をする。


 ほどなくして、ジェラルディーナが街にて待機していたラウロの部下三名が飼育していた馬を引き連れてやってくる。

 そんな中、レンの背後に懐かしい気配がやってきた。


「お師匠様、何かあったのでしょうか?」

「シルヴィ、こっちにいたんだ?」

「はい、報告することが出来まして。アレッタお嬢様も中にいらっしゃいます。それで、旅は終わったのでしょうか? それにしては人数が少ないように思いますが」

「いや、まだなんだけどね、途中でちょっと想定外のことがあって、急遽オラクルの村に向かう必要が生じたんだ。で、まだ詳しくは話せない」


 レンがそう答えると、シルヴィは承知しましたと引き下がる。


 ジェラルディーナが連れてきた馬を確認したレンは、玄関前に馬車を取り出すと、ジェラルディーナに馬車の用意を任せる。

 馬三頭のうち、二頭が馬車を牽き、残り一頭にはラウロが騎乗する。

 そして、サンテール家から借りた一頭にジェラルディーナが騎乗するのだ。


 その用意が進む中、レンはコンラードに内密の話があると声を掛け、応接室に移動した。


「コンラードさん、経緯は省きますが、ラウロさんからの書状にあったように妖精が発見されました。絶滅したと思われていた妖精の生存ですので、俺はこれを神託の一部と考えて対処しています」

「うむ……詳細を聞きたくはあるが、戻ってきたときの楽しみにしよう……それで内密の話とは?」

「本件は神託の一部と考えます。なので、割と勝手な事をさせて貰いますのでご勘弁を。というお願いと、サンテールの騎士に王宮まで手紙を届けて欲しいのです。内容が内容ですので信用できる方にしかお願いできません。あと、経緯についてはこちらの手紙に記載されています。ラウロさんと、コラユータの街の領主の署名入りです。クロエさんの署名入りの書状が神殿側にも届きますので、何か不都合があった場合はこちらを提示して、王宮と神殿の指示であると言って下さい。責任はラウロさんとクロエさんが取ってくれるそうです」

「ありがたいが……このようなものを用意するほどの事なのかね?」


 コンラードの不安そうな言葉に、レンは首を横に振った。


「いえ、そこまでのことはないと思います。ただ、妖精を守るつもりで口を挟んでくるヒトがいないとも限りませんので」

「善意からの干渉か。ありそうだな」

「あと、教えて頂きたいのですが、保護している妖精はかつてゲズイッフィの村の近くに住んでいたそうです。ご存じでしたか?」

「妖精? ……聞いた覚えはあるが……たしか、村を抜けてまっすぐ進んだ小山のそばの草原にいたとか」

「抜けてまっすぐ……坑道がある方でしょうか」

「いや、まったく分からん……ああ、少し待ちなさい」


 コンラードは自室に戻ると領の歴史を書き記した本と、古い地図を持ち出す。


「お待たせした。こちらがうちに残る最古の地図の写しだ」


 広げられた地図は、地図とも言えないような、道と街と村が記されたものだった。

 そしてコンラードは地図の一点を指差す。


「ゲズイッフィの村から北に向かって道が記されているだろ? 当時はまだ坑道がなかったのに道だけが記されている」

「なるほど、その道の先に妖精がいたのではないかということですね?」

「坑道のあるのは……たしかこっちの方だから、方向も違うし、その可能性が高いかもしれんな……まあ、この地図では参考にもならぬだろうが、当時の税収の記録に、妖精の蜜を売買してた者の情報もあった」


 レンは一言断りを入れると地図を書き写し、礼を言った。


「いえ……まったくの手探りになると思ってましたから助かります」

「その妖精は、まだ今後のことを決めてはおらぬのだよな? サンテール領であれば、村一つほどの土地で良いなら提供は可能だと伝えては貰えぬか?」

「伝えますが、彼らは結界杭を持ちませんよ。対価は?」

「妖精には何も求めぬが、国に対しては結界杭4本だな。街の中に居住区を作るなら、それは不要だが……必要なら杭の維持や土地を切り拓く程度はこちらで行うし、食料については微妙だが、畑を作るなら協力は惜しまぬ」

「妖精は花畑が欲しいと言ってますけど……まあ、魔王戦争時の記憶が確かなら、普通に何でも食べてましたから、序盤は穀類の提供で行けるかもしれません……ただ、コラユータの街でも妖精を受入れる方向で調整を始めてますので、最終的には妖精の判断になると思います……そんなにヒトが集まりますか?」


 レンがそう尋ねると、コンラードは頷いた。


「今の世のヒトで、妖精を見た事がある者はおらぬ。それだけでも興味を惹かれるが、妖精が集める蜜については様々な言い伝えがあるのだよ」

「言い伝え? 昔、黄昏商会も取引してましたけど、普通よりもやや透き通った蜜って以外、特筆するところはなかったように思いますが」


 むしろ甘さは普通の蜂蜜の方が強かったくらいで、というレンにコンラードは頷いた。


「サラサラとしてやや黄色みが薄い蜜。だが、時折その中に酒となる蜜がある、という言い伝えだな」

「ああ、それは本当ですね……でもそれは単に事故ですよ?」

「保存しておいた蜜が酒になったというのは普通にあることなのかね?」

「その言い伝えを酒職人や蜂蜜採取する冒険者に話したら、多分笑われるレベルで普通にあることです……でもそうですね、そういう言い伝えがあるなら、少しだけ手を入れてみるのも面白そうです」

「商品価値を上げるということかね?」

「そうですね。彼らはしばらくは色々物入りでしょうし、ベースなる糖分があるなら、錬金術師がひとりいれば、変わり種の酒とか作れますから」


 郷ごと来たのであれば最低限は揃っているだろうが、突然異境に放り出されたという点では、レンもそれなりに苦労していて他人事とは思えない。

 加えてレンは、本件はレンが呼ばれた神託に関連する案件だと捉えており、多様性維持のためにも可能な限り協力するつもりでいた。


 ただ、妖精が200人というのはレンからすると絶望的に少ない。

 妖精は人間種族の中で、唯一、他の人間種族との交配ができないが、この事実も大きなネックとなる。

 ヒト、エルフ、ドワーフ、獣人は、他の種族と交配することで、多様性を取り入れることができるが、妖精はその手段がとれないのだ。


 だから、手の打ちようのない部分は仕方ないとしてもそれ以外の部分ではできるだけ協力するとレンは決めていた。


「何にしても、そろそろ行きます。さっきのは伝えておきますので」

「うむ、頼む」


  ◆◇◆◇◆


 その日、アレッタ達も村に戻る予定だったため、レン達に先行すること1時間ほどでアレッタの乗った馬車は街を出た。

 これはアレッタが言い出したことで、万が一があって困るなら、自分たちが露払いになるとのことだった。


 だが、露払いは不要だった。


「アレッタお嬢様、結局、ホーランラビット一匹、出てきませんでしたね」

「この辺りは学生が掃討してますもの。予想できたことですわ。それに大切なのは魔物を狩ってみせることではなく、妖精の長を守ることですもの」


 肝心なのはそこだ、と、アレッタは綺麗な笑みを浮かべる。

 その結果、恩義に感じてくれれば良し、そうでなくとも友好的な態度を示しておく事で繋がりが出来るかも知れない。

 その狙いをシルヴィに告げたアレッタは、学園に到着次第レン達が来ることをレイラに伝えるよう、指示をするのだった。


  ◆◇◆◇◆


 一時的にレンが戻ってくるとの連絡を受けたレイラは、学園内に残っていた生徒達に対し、サンテールの街側の素材収集の許可を出した。

 サンテールの街の住人のため、普段はそちらでの採集は控えるように通達が出ているため、生徒達は勇んで素材を集めに森に散っていく。

 その多くは、職業を中級まで育てた者たちで、ヒト種の一部は錬金術師の護衛としてやってきた冒険者などである。

 戦力としては、小規模な騎士団を圧倒する力があり、この結果、レン達の道中は更に安全になる。


 何事もなくオラクルの村にやってきたアイリーンは、

 馬車の中ではなく、屋根の上でリオの角に掴まっていた。


「妾の知るゲズイッフィの村とは似ても似つかぬのう」


 村の入り口を見上げ、アイリーンがぽつりと呟く。

 リオは当たり前だと切って捨てる。


「木は育つし、村の壁や建物も、何なら道までレンが作ったらしいから、完全に別物だろうね。北の方には最近、池ができたって聞くし、覚えてる地形があるかどうか」

「郷の入り口があったあたりが残っていれば分かるかも知れぬが、日当たりの良い場所じゃったから草木で埋まっておるじゃろうな」


 人間の手が入らなければ、森の中の草原など、数年で埋まってしまう。

 600年が事実なら、面影も残っていないだろう、とアイリーンは寂しそうに呟く。


「何か、消えないような目印はないの?」

「郷の入り口には結界杭による結界があったが……魔石の補充をやめた後、錆びてしまっただろうな。後は小川、小さな崖などもあったが」


 いずれも森の中では数年程度で消えてしまってもおかしくない物をあげるアイリーンに、大きな岩などはないのかとリオが問うと、アイリーンは埋まったとしても消えなさそうな場所なら心当たりがあると答えるのだった。

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