第148話 海への道のり――ライカのフォローとそれぞれの望み

 議題

 ■前提の共有

  ・迷宮の影響

  ・お互いの現状の共有

 ■妖精との安全保障条約の締結の問題点について

  ・問題の有無

  ・問題について、解消手段の有無


「さて。続いては安全保障条約についての予定でしたが、先ほどのお話から、街や村への移住も視野に入れると言うことでよろしいでしょうか?」


 ファビオの質問に、リリアは頷いた。

 それを見て、ライカが溜息をつく。


「リリアさん。同じヒト種以外のよしみで補足しておきますわ。ヒトの街に住む――特に移住すると言うのは、普通、王国の臣民になるという意味合いですのよ?」

「臣民?」

「そう。おそらく、長は代官を務めるために爵位を賜る可能性が高いですが、大半は平民ですわね。王様を頂点とする階級社会の最下層が平民ですわ。そして、ヒトの街に定住する平民には国への納税の義務が発生しますの」

「えーと、あー、そうなると私だけじゃ判断出来ないから、話だけ聞いてく感じになるかな……てことは、ライカさんもリオさんも、臣民っていうのになってるの?」

「あたしは違うよ」

「リオ様は……それに、私もレンご主人様も、立場としては旅人のようなものですので、臣民ではありませんわ。国としてはレンご主人様を完全に取り込みたいようで、色々と動いているようですけれど」


 かつて、レンに村長の話があったのも、そこを足がかりに国に取り込むための布石だったとライカは考えていたが、その計画は『神の使徒に人間が命令するのは不敬である』という神殿からの言葉と共に潰えている。

 だからレンの立場は王国の片隅の村の村長だが、国家に属さず、納税も免除されているのだ。


 だが、安全を求めて街の中に定住するとなれば、普通はそうはならない。

 不用意にそれを望めば、種族の別なく、単純に転入者として扱われる。

 そうライカに指摘され、リリアはなるほどと頷いた。


「議長さん、帰ったらみんなに意見を聞いてくるって事で良いですか?」

「もちろんです。あなた方は、そのマントの所有者だからここにいるとの事でしたので、長のような権限はお持ちではないと理解しております」


 ファビオの言葉に、リリアはホッとしたように大きな溜息をついた。


「では、外での生活の詳細は後の調整事項としまして、以降はその前提で進めさせて頂きますので、コラユータ子爵もよろしいですな?」

「承知しました……では、まず、街から僅かな土地を提供すると仮定した場合の話だが、迷宮は処分してしまっても良いかどうか、リリア嬢には皆の意見をまとめておいて欲しい」

「迷宮をですか?」


 オネストの要望を聞き、どういう意味だろうかとリリアは首を傾げた。


「先日、迷宮から溢れた魔物の処理を街からリオ嬢に依頼しており、当時は迷宮に住人がいるなど思いもせず、迷宮の核を対価とすると約束してしまったのだ。だから、もしも妖精達が街に移り住み、迷宮が不要となるのであれば、迷宮を踏破して消し去ってしまいたいと考えているのだよ」

「分かりました。聞いてきます」


 頷くリリアにライカは溜息をついた。


「……補足しますわ……そこに住んでいる以上、妖精達が迷宮の所有者だと我々は考えています。だからこういう相談を持ちかけています。誰のものでもない森の木の実なら、こんなことは相談しませんものね。そして、所有者には責任も発生しますの」

「……所有者? 責任?」

「妖精が今後も迷宮の所有権を主張する場合、妖精の迷宮から出てきた魔物による被害は妖精の責任となります。その場合、被害に応じた賠償――要はお金の支払いが必要になりますの。迷宮の処分を否定した場合、そういう要求をされることを認めたのと同じ意味合いになりますから、しっかりと考えなさいまし……ヒトと取引していた妖精がいたそうですわね? なら、その妖精に聞けば、もっと分かりやすく教えて貰えると思いますわよ」

「なるほど?」

「随分と丁寧に教えるのだな」


 ラウロが面白いものを見るような目でライカとリリアのやり取りをそう評した。


「妖精と付き合いがないならご存じないのも当然ですけど、彼らに経済の概念はあまりありません。基本は物々交換ですし、契約を理解して貰うためには常に丁寧な説明が必要なのです……そうした契約のお手伝いも黄昏商会の業務でしたので、つい口を挟んでしまいましたの」

「妖精は、よく生き残ってこられたな」

「その疑問を胸に刻んでおくことをお薦めしますわ。物事には大抵理由がありますもの」


 ライカの答えとも言えない答えに、ラウロは妖精に生き残るだけの能力があったのだろうと理解する。

 そして、ここでの発言は契約の前段階の調整事項と受け取ろうと約束をした。


「ライカ殿は、妖精との契約にお詳しいのですね。もしも契約となった場合にもご協力をお願い出来るでしょうか?」


 オネストにそう尋ねられたライカは視線をレンに向けた。

 レンは小さく溜息を吐くと、


「……暁商会としてはその依頼をお引き受けするのも吝かじゃないです。詳細は後ほど詰めましょう」


 と答えた。

 頷くオネストを見て、ファビオは会議を進めることにした。


「では、続けましょう。私達からお願いしたいのは、迷宮から魔物が出ないようにして欲しい、魔素が流れ出ないようにしてほしい、もしくは迷宮の踏破の許可を出して欲しい。というものです。これらは、近くにある街の安全に関わる問題で、こちらも命が掛かっていると考えております」

「あー、あたしからいい?」


 リオが声を挙げた。


「どうぞ」

「ちょっと補足ね。竜人も迷宮の中に巣を作って住んでるんだけど、迷宮から魔物が外に出ると外が荒れたりして色々面倒だから、迷宮の入り口に落とし穴作って、落とした魔物を処分してるんだ。でも、妖精の迷宮には飛ぶのもいるみたいだから、落とし穴では出るのを防げないんじゃないかなって思ってさ」

「……だが、迷宮の核で迷宮内を自由に変えられるなら、もっと簡単な方法もあるのではないかね?」


 ファビオの質問に、リオは首を傾げる。


「あたしはそこまで詳しくないけど、エーレンは無理だって言ってるね。階層の地形を変化させても、元々そこにいた魔物と同じ形質をもった魔物が生まれるし、魔物の発生は核では制御しきれないんだって。あと? 魔物が生まれる条件として、牢屋とか閉じた場所には生まれない? 落とし穴で出入り口を通りにくくするのはそのギリギリのライン? とか言ってるね」

「……なるほど。長年、迷宮内で過ごされた竜人の言葉ならば、事実なのでしょうな……後ほど、詳しいお話を伺いたいところですが……そうすると取れる手段は限られてきますね」

「踏破以外に手があるの?」

「難しいところですな。魔法金属の鉱石による出入り口の埋め立てというのが従来の手段ですが、妖精が住んでいるなら勝手に埋める訳にもいかないでしょうし」


 考え込むファビオ。

 他の面々も、理解出来ない者も含めて首を捻っている。

 それを見たレンは、思いついた対処方法を提案してみた。


「……まとめて解決しようとすると、踏破と埋め立てくらいしかないけど。片方ずつなら手はありそうな気がしますね」

「ご教示頂けるだろうか?」

「魔物対策ならファビオさんは答えを知ってますよ。結界です。今も迷宮の入り口前に結界を作って、魔物が出てこないようにしてますよね。あれを恒久的なものにすれば良いんです」

「恒久的? ……結界杭ですか? しかし結界杭にはそんなに余裕など……」

「新造の結界杭の試験を王都の方でやってますよね。元からある杭の本数は限られてますけど、新造のものならそこそこ数があるはずです。まだ王都の方で試験中ですけど、ここで使う分には機能不全を起こしても迷宮から魔物が出てくるだけで、結界内の誰かの命が危険に晒されることもありません。そういう事情を説明すれば、こちらで試験するって体で借りられると思います。今後、結界杭の保守の難易度も下がりますから、コストも抑えられるのでは?」


 グリーン系の魔物の魔石なら、相手を選べば大きな危険を冒さずに手に入る。

 保守する杭が増えるというデメリットこそあるが、近隣の森にレッド系の魔物が増えるよりはマシだ、とレンは主張した。


「それはそうだが……それで、魔素の方は?」

「結界杭の保守の時以外、周辺の立ち入り禁止ですね」


 窪地になった部分に魔素が溜まるとは言っても、影響範囲は限られているのだから、基本はそれで十分だ、とレンは答える。


「ちなみに、一番後腐れがないのは、迷宮の踏破でしょうね。妖精が許可するなら妖精を中に残したまま、入り口を魔法金属の鉱石で埋めてしまう方法もあります。だから、リリアさんにはその辺についてしっかり聞いてきて貰いたいね」

「あ、うん。頑張る……マチアスも覚えといてよね?」

「んー」

「ライカがまとめてるから、後で決定事項を書いたメモ渡すよ」

「ありがと」

「コラユータの街からお願いしたい事項は、とりあえずここまでで良いですな?」


 ファビオの問いにオネストは頷く。

 魔物が出てこないようにして欲しい、可能なら魔素も止めて欲しい、というのが適った後であれば、また別の話もできるだろうが、まずその前提部分を埋めるのが先である。と。


「それでは……現状では妖精側の方針は決まっていないようですので、持ち帰って貰う質問を、オネスト殿?」

「あー……先の要求を受けてもらえると仮定した場合、何らかの対価を用意するつもりなのだが、妖精側からの希望があったら聞かせて貰いたい……こちらから提示可能なのは、街の中の土地……租借という形でも構わない」

「そしゃく?」

「あー、妖精を国の民とせず、土地だけ貸し出すというやり方だな。英雄の時代から来たということなら君らはまず、この時代について学ばねばならないだろう? だから50年ほど、街の中の土地を無償で貸し出すという形だな。もちろん、土地の外では我が国の法に従って貰うが、土地の中では、外に影響がない限り自由で構わない……これが租借というやり方だ」

「50年……」

「期間については相談に応じるが、領主の権限ではこれが上限なのだよ」


 領地、国民は王の所有物であり、貴族はそれを預かって管理するという立場であるため、領主であっても結界に囲まれた土地を中心とした一定範囲の土地を国民以外に与えることは許可されていない。

 出来るのは、一時的に貸し出すことで、それにも上限が定められていた。

 仮に妖精が住んでいるのが街にほど近い土地であれば、オネストは立ち退きを請求できる立場にあるのだが、住んでいるのが迷宮の中となると、途端にややこしいことになってくる。

 、法がそのようになっているのだ。


「他に提供できるものは、金銭だが、動かせる金額はそう多くはない。ヒトひとりが十年、街で生活できる程度だろうか。租借地ではなく商会などに管理を任せた土地を有料で借り受けることもできるな。コラユータの街にはレン殿の黄昏商会や暁商会の出先機関が出来るようだから、そちらと契約を考えてもよいだろう」

「土地を借りる方法が2通りあるってこと?」

「まあその理解で概ね正しい」

「あの」


 レンが挙手をした。


「レン殿、どうぞ」

「現在、妖精に提示している選択肢は、大きく、迷宮に残る。迷宮を踏破させて貰い、対価としてコラユータの街に移住して貰うという2つですが、あとふたつ、選択肢を提示しても良いですか?」

「俺も興味がある。是非聞かせて欲しい」


 レンはラウロに頷き、思いついた選択肢について話を始める。


「地上に安全な土地を用意するので、迷宮の核をリオに譲って貰いたい。迷宮の踏破はリオが行なう。なお、それを選択する場合に発生する細かな経費はオネスト殿に支払って頂く。というものがひとつ。なお、移転先はオラクルの村――妖精に分る名前で言うならゲズイッフィの村――から奥に新しく生まれた湖の付近と考えていますが、王立オラクル職業育成学園が管理する土地の中なら、どこでも構いません。村の中に租借というのもありです。彼らの故郷に近い場所なので、提案しておこうかと」

「それは、レン殿の、領主としての権限を越えるのではないかね?」


 オネストがそう尋ねると、レンは大丈夫だと笑った。


「オラクルの村より奥は国に認められた自治区のような場所ですから、俺の権限は領主の権限とは少し違うんですよ。ただ、手前側はサンテールの街の管轄になるので、そちらは譲れませんけど」


 本当に大丈夫なのか、と不安そうなオネストにラウロは、問題ないと告げる。


「村から向こうはレン殿の管轄で、それは王家も認めている。その範囲でレン殿が自由に出来ないのは王家が投資した王立オラクル職業育成学園だが、レン殿あっての学園だ。余程のことがない限りレン殿の要求が却下されることはない……それでレン殿、先ほど2案あるように言っていたと思うが?」

「もうひとつは、クローネお嬢様からですね」


 目を閉じ、机にもたれかかるようにしていたクロエは、目を開くとレンに向かって頷いた。


「私からは神殿に身を寄せる事を提案する。テーブルサイズの土地なら、街の神殿ならどの街であっても貸し出せる。対価として迷宮の核をリオに渡して貰いたい。希望する街があればこちらで調整する」

「神殿ってソレイル様の? でもなんで?」

「そう、ソレイル様の神殿。失われた人間種族の再発見は、神殿としても放置できない?」

「人間種族の保護は、神殿の存在意義のひとつですので」


 なぜか疑問形でクロエが答えると、フランチェスカが補足をする。


「神殿に保護というケースは思いもしなかったな」


 とラウロが感心したように呟く。

 そして、それは神託に基づく物なのか、と言い足そうに口をもにょもにょさせる。

 それを控えたのは、クロエが神官の装いでここにいるからだった。


「発言を許可してくれねぇか?」


 ドワーフのデニスがゴツゴツした右手を挙げたのを見て、ファビオはどうぞと頷く。


「鍛冶師のデニス。見ての通りのドワーフだ。妖精ってことは、あんたら、妖精の銀は作れるのかい?」


 リリアは首を傾げながら、マチアスを見るが、マチアスも首を傾げていた。

 そして、苦笑しながらレンがそれに答える。


「妖精の銀は、聖銀ミスリル魔銅オリハルコンの合金で、妖精は関係ないですよ」

「そういうモンだったのか。勉強になったよ」

「王立オラクル職業育成学園に行けば、その辺の勉強ができますよ?」

「あー、レン殿。デニスはアリダ待ちなんですよ。数人まとめてなら、旅費なんかを圧縮できますから」

「あれ? そういう事なら、アリダは学園に行けるレベルだよな?」


 レンの言葉に、クロエは頷いた。


「技能は全体的に育ってる。到着すれば即日イエロー・リザードの所に向かえる」

「クローネお嬢様から見て問題ないようなら、彼女には学園に向かってもらおうか。他のふたりは?」

「まだまだ。技能にむらがある」

「……って、まさかその嬢ちゃんがアリダの師匠かよ?」


 デニスが驚いたように口を挟む。

 クロエはそんなデニスに向かって、嬉しそうに頷くのだった。

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