第146話 海への道のり――妖精とアジェンダ
オネストの懸念については、ライカが
「ありそうなお話ですね」
と肯定したため、翌日、リオが迷宮に向かう際に関係者は迷宮近くまで同行する形となった。
なお、レンとライカも同行しているし、出席しないつもりのフランチェスカ、レベッカも同道している。
結界による安全地帯は獣に襲われる危険性があるため、迷宮前に壁と屋根のある安全地帯を作成するという目的と、信用ならぬと言われていても可能なら立会人として出席しようというのがその目的である。
それらに加え、冒険者、衛兵が護衛として周囲を警戒しつつ森の中を進む。
迷宮からほど近い、魔素濃度が人間が耐えられるレベルの位置に作られた安全地帯では、見張りの冒険者達が皆を待ち構えていた。
その安全地帯の横に、レンは避難所用の試作結界杭を用いた避難所を作り始める。
土魔法で20m四方の地面を掘り返し、木々を撤去。
周囲の砂礫を用いて中央10m四方を土魔法でがっちり固めつつ、10m四方を囲む高さ2.5mほどの壁を作り、四囲の柱の上に同様に作った天井を乗せる。
元々が近くの火山の火山灰と火山礫からなる、鉄分を多く含んだ土壌であり、それらから作られた壁や柱、天井は赤褐色のツルツルした素材となった。
会議場の周囲の砂礫は10m四方の
四阿は7m幅と3m幅に区切られ、3mの側には、簡易トイレ、腰高の壁で区切られた小さな部屋、お茶を用意するためのエリア、屋根に上がるためのハシゴなどが作られる。
杭に関しては試作品の中から、耐久性に特化したものを選び、四囲の柱の外側に設置する。
そして、迷宮側の壁に開口部を作り、壁の一部に細かな穴を大量に作って窓とする。
開口部から堀の向こう側まで橋を渡し、開口部に用意してきた扉を設置し、魔石ランタン、泉の壺、魔石コンロ、会議テーブル、椅子などを設置するまでに掛かった時間は30分ほどである。
ちなみに会議テーブルはヒト・エルフ仕様なので、テーブルのお誕生日席には、台が設置され、その上にはレンが知る妖精の身の丈に合わせた椅子が固定された。
なお、お誕生日席は、何かあったら最初に逃げ出せるよう入り口に一番近い場所となっている。
こうした細かな配置は、ラウロ、ファビオの提案を入れて調整をしたものだった。
そして一通り完成したと満足したレンが外を見ると、皆が安全地帯からレンの様子を窺っていた。
◆◇◆◇◆
レンがそんなことをしている間、リオ以外の他の者は結界棒で作った安全地帯で待機していた。
リオは、と言えば、迷宮に入っていた。
「リオだ! 約束通り来た! 表にヒトとドワーフも連れてきている! 迷宮の中で彼らは長く生きられない! 迷宮外での対話を希望する!」
第一階層に入るなり、視線のようなものを感じたリオは、そう叫んだ。
すると、奥の方で風が吹き、一枚の木の葉が飛んでくる。
(ふむ……ヒトをひとり、迷宮内に連れてこい。ヒトの言葉を聞いた後、外での対話に応じる、だそうだ。外で希望者を募るしかあるまい……まあ、短時間ならどうとでもなる)
「ヒトを連れてくることについては、彼らの許可が必要だ! しばし待て!」
リオがそう告げると、リオから少し離れた位置の景色が歪み、ふたりの妖精が姿を現した。
身長20センチほどもなく、貫頭衣を着て、背には蝉やトンボのような透明な羽がある、が、羽は動いておらず、その体は魔法で浮かんでいた。
見た目から性別は分かりにくいが、リオが見たところ、男女のペアのように見えた。
彼らはそれぞれ彼らの体を覆うほどの布を持っていて、その布の周囲だけ魔素の流れが変化しているとリオは気付く。
「待って! リオ、さん?」
「ん。なんで今、姿を見せる?」
「連れてくるって言ったし、許可が必要だとも言ったからよ」
「あたしはまだ、信用に足る行動は取ってない筈だけど?」
(……リオの言動から、ヒトを無理矢理連れてきた訳でなさそうだと判断したのだろうな)
「ヒトを連れてくるなら、捕虜を連れてくれば済むけど、それなら相談するとか言わない。だけど、リオはこの前も今日の事をヒトの街で相談してくると言ってたわ」
「……そうやって騙すのがあたしの手かも知れないのに」
リオは溜息をつくが、妖精達はそれでも構わないと答えた。
「私達は良いこと、悪いことの判別はできるわ。あ、私はリリア、こっちの落ち着きがないのはマチアスね。フレーア氏族の
「ふうん。妖精って初めて見たけど、羽を使って飛ぶわけじゃないんだね」
「羽? 普段は羽を使うけど、音がするから」
リリアは羽を震わせ、ブウンという音を響かせた。
(隠密行動時は、音が出る羽を使わぬようにしておるのだろうな。さて、では外に案内しようか)
「外に、ヒトが沢山とドワーフがひとり、エルフがふたりいるけど、案内しても良いかな?」
「うん。信じると決めたからいいわよ……外はちょっと怖いけどね」
リオが妖精を迷宮から連れ出したのは、レンが避難所の屋根を作ったあたりだった。
安全地帯でレンの作業を眺めたリリアとマチアスは、凄い凄いと興奮したように宙を舞う。
そのマチアスをリオが片手で捕まえる。
「あぶない。そっちにはイエローマンティスがいる」
突然捕まえられて驚いたマチアスは、リオの顔を近くでマジマジとみつめる。
「鱗? 角?」
「竜人だからね」
「面白ーい! ねね、触っていい? いいよね? ありがとー!」
と言いつつ、リオの返事を待たずにペタペタとリオの頬の鱗に触れ、皮膚との境目をカリカリと指先で掻く。
「くすぐったいからやめて」
ぶらりとマチアスをぶら下げ、リオは結界棒で作られた安全地帯から呆然とリオ達を見つめる会議出席者に見えるように、マチアスを高く掲げる。
「全員注目ー! こちら、妖精のマチアスとリリア……リリア、あたしの角から離れてみんなに挨拶」
ぶら下げられたマチアスが、やほーと片手を挙げ、リリアはマチアスの隣に浮かんでやや高度を下げ、また浮かぶという形のカーテシーを披露する。
「フレーア氏族の
それを受け、この場でもっとも身分の高いラウロが一歩前に出た。
「ヒト種、バルバート公爵のラウロだ。護衛任務で近くの街に立ち寄っただけだが、遺構の調査の対価として、森に溢れていた魔物の対処に協力している」
「その近くの街の領主、オネスト・コラユータ。子爵だ。良い関係を築けることを希望する……ここには護衛を含め、多くの人間がいるが、全員の紹介はまた後にするとして、代表者を紹介する。クローネ嬢、前へどうぞ」
墨染めの神官服を身にまとったクロエが一歩前に出る。
「ソレイル様の神殿のクローネ。神殿代表として来た」
いつもの調子で、しかしやや頬を上気させ、クロエはそう名乗った。
「続いて、ドワーフのデニス、前へ」
声を掛けられ、ドワーフのデニスはやや落ち着きがない様子で数歩前に出た。
身体的特徴としてはずんぐりむっくりで、手足は太い。なお鍛冶職の特性上、ヒゲはない。
「ドワーフの鍛冶師、デニスだ。なんだ。よく分からんが、まあよろしく」
「コラユータの街の冒険者から……ジョゼ、前へ」
「俺っすか……はぁ、まあその、ご紹介にあずかりました、冒険者のジョゼです。護衛ってことで雇われてきたっすけど、なんで俺が挨拶してるんすか?」
ども、と頬を掻きつつやる気のない挨拶をするジョゼ。
「最後に、エルフのライカ嬢」
「……
スカートではないため、軽く膝を曲げるだけのカーテシーを披露するライカ。
「竜人、エルフ以外を5名以上。たしかにリオは約定を守ったわ」
「あたしはまあ、みんなに話を通しただけだよ……それじゃ、後はみんなで会議してね?」
「会議場は、もう暫くお待ちくださいまし。興が乗ったようで、
ライカの言葉を聞き、全員が避難所に視線を向ける。
レンが顔を出したのはその直後のことだった。
◆◇◆◇◆
「あれ? なんでみんなこっち見て……って、リオがいるってことは、妖精との話は付いたのかな?」
森の中には迷宮から流れ出た魔素が不規則に流れるため、レンはリオの気配に気付いていなかった。
当然、リオよりも小さい気配にも気付いていないレンは、
「入ってもいいぞ!」
と、大きく手を振った。
その声に誰より早く反応したのはマチアスだった。
リオの手の中で羽ばたくと、羽でリオの手を弾いて一直線に避難所に飛び込もうとする。
さすがに単独で接近する妖精にはレンも反応を見せたが、飛んでくるのが妖精であると理解して迎撃を中止する。
ゲームの中、妖精は好奇心の赴くままに飛び回るトラブルメイカーという位置付けで、思わずこっちくんなと言いそうになるレンだったが、今回の目的を思い出して思いとどまった。
避難所に飛び込んできたマチアスは目を輝かせて壁から天井から、あちこち飛んで見て回り、最終的に疲れ果てて会議卓の上に落下する。
跳ねるように飛び回る様子を見て、まるでスーパーボールのようだと、レンはやや見当違いの連想をした。
「えっと、満足したか?」
「……奥の部屋はまだ見れてない」
「部屋? 入れない場所っていうと左奥のドアのことか? 便所だよ」
レンは、マチアスを手の上に乗せ、トイレのドアを開いて見せた。
「便所? あー、ヒトとかが使う排便施設」
感心したように辺りを見回したマチアスは、自分を持ち上げているレンを見て、びくりと震える。
「……えるふ」
「一応言っておくと、俺は人間の味方のエルフだったよ。まあ信じろとは言わないけど」
レンがマチアスを会議卓の上に戻す頃には、護衛の一部以外は避難所に入っていた。
護衛が避難所の外周で警戒するのを見て、レンは彼らに声を掛ける。
「護衛の皆さんは、ここの屋上の方が安全だし、遠くまで見えますよ!」
「お、屋根の上に上がれるのか……しかし、これが今できたばかりってのが、見てたはずなのにちょっと信じられんのだが」
そんなことを言いつつ、入り口にひとりを残し、残りの護衛は屋上に上がっていく。
手摺りも何もないが、屋上からは周囲の森がよく見えた。
地面と比べると高さがあるため、森の中の見通し距離は短くなるが、元々暗い森の中は見通せないのだから大差はない。
そう判断した護衛達は屋上から周辺の警戒を開始する。
「さて。会議を始める前にリリア殿にはひとつ判断をして頂きたい」
リリアとマチアスがテーブルのお誕生日席の台の上に作られた椅子に腰掛けるのを待ち、ラウロが口を開いた。
「なんでしょうか?」
リリアは落ち着いた声で答える。
「竜人のリオ、エルフのレン、ライカの3名をこの会議の間、あちらの小部屋に入れておきたい」
ラウロが指差したのは、トイレやお茶を淹れるエリアの並びにある腰高の壁で区切られた部屋だった。
「会議に出席させないにしても、後で彼らに意見を聞く可能性が高いのだよ。魔王戦争後、ヒト種は衰退しているのは知っておろう? その後、回復の兆しが見えてきたのは、彼らの力に因るところが大きいのだ」
「待って待って。幾つか質問が……ああ、その前にエルフとリオ? は会議に出席しても構わないわよ。リオは信じられるから、リオが紹介した皆についても一定の信頼を置くわ」
「……頼んでおいて何だが、それでいいのかね? 竜人とエルフを警戒していたようだが」
「警戒していたのは竜人と、魔王の眷属が紹介しようとするエルフね。街にいるエルフが魔王に与していないことくらい知ってるわ」
「そうか……うむ、ならばよい。感謝する。レン殿、リオ嬢も参加してくれ……それでは会議を開催する。議題はこちらだ」
若干の違和感を覚えつつもラウロは、用意した模造紙をファビオに張るように命じる。
壁に貼られた模造紙には、
議題
■前提の共有
・迷宮の影響
・お互いの現状の共有
■妖精との安全保障条約の締結の問題点について
・問題の有無
・問題について、解消手段の有無
と記載されていた。
それを見て、レンはなるほど、と楽しげに頷くのだった。
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