第145話 海への道のり――相談とコスプレ(?)
街の門は半開きで、リオが戻ると門番が慌てて事情を聞こうとするが、リオは
「緊急事態。レンたちに相談することがある」
と、振り切って街に駆け込む。
森側の門には冒険者が数名詰めており、彼らは慌ててリオを追い、一部が領主邸に走ることとなった。
◆◇◆◇◆
通称クローネ邸に駆け込んだリオは、レンを捕まえると
「迷宮に妖精がいたから、迷宮は踏破せずに戻ってきた」
と告げた。
レンがリオの言葉の意味を理解するのに数瞬の時間を要した。
が、すぐにライカ、クロエ、ラウロを、元看護師仮眠室を改造した会議室に集める。
会議室と言っても現代のそれとは異なり、応接間のような間取りで、クロエに付いてきたフランチェスカがお茶を淹れる。
「さて。リオ嬢が目的半ばで戻ってきたと聞いたのだが?」
お茶が並ぶのを待たず、ラウロが口火を切る。
「俺が聞いたのは、迷宮に妖精がいたため、踏破せずに戻ってきた。だけです……なので、今から情報共有をします。リオ、まず要点の確認をさせて欲しい。迷宮に妖精がいたから踏破はしなかったということだけど、妖精はどれくらいいたんだ?」
「分からないね。竜人は信用できないって言われて、あたしたちは相手の姿を見てないし、声も聞いてない。だけど、あたしとエーレンは迷宮は妖精の財産じゃないかって考えてる」
「なるほど……まず妖精を発見した経緯と、声も聞いていないのに相手を妖精と判断した理由を聞かせて欲しい」
レンの問いに、リオは迷宮内で感じた違和感と、声を掛けて相手がはっきりと気配を漏らしたので、第五階層に留まったこと。リオの要求に従って相手が灯りを灯したので、対話を試みたことを告げた。
「相手の声は聞いてないけど、手紙を2通貰った……あたしは読めなかったけど、エーレンはそれを見て妖精の
「妖精の手紙というと、もしかして木の葉の
ライカの問いにリオは多分それ、と頷く。
「それならば、少々お待ちを……ええと……ああ、ありましたわ」
ライカはポーチから小さなノートを取り出してページを開いて見せた。
薄いビニールに見えるページには、沢山の葉っぱが挟まれている。
その大半は虫食いの広葉樹の葉に見えた。
「こちら、木の葉の
「ん……これと……これ」
リオから受け取った葉っぱ二枚を、裏表を確認しつつ何も挟まっていないページに挟み込むと、ライカはその文面を読み上げた。
「こちらは、『ヒトの街の脅威を言うのであれば、最大の脅威となるのは魔王リュンヌの眷属、竜人であり、それをこそを排除すべきではないでしょうか?』とありますわね……で、こちらは『私達は妖精です。竜人は信用できません。竜人、エルフ以外を5人以上連れきてくだされば、対話に応じます』と……エルフもダメですか。妖精はもう少し自由な種族だと思ってましたけれど」
「ライカライカ。エーレンはもう少し違う読み方してたよ?」
「あら? 読み間違えましたかしら?
ライカからノートを受け取ったレンは、葉っぱに刻まれたくさび文字のような文字に目を通す。
久し振りに知らない知識が仕事をして、レンはその内容を読み取ることに成功する。
「ん。まあ、ライカの翻訳でだいたいあってるね。エーレンはなんて?」
「たしか一通目は『ヒトの街の脅威と言うなら、魔王リュンヌの眷属たる竜人こそが脅威だ』みたいな?」
「ああ……うん、どちらも間違いじゃないよ。妖精の木の葉の
それにしても。
とレンは二通目の手紙に目を落とした。
「で? 対話には応じるけど、竜人とエルフ以外限定って言ってるのか……1通目の内容も合わせると、魔王に深い恨みとかありそうだな。相手の要求に沿うなら、ヒト、ドワーフ、竜人以外の獣人を5人集めないとならないか……期限は切られてないようだけど、いつ行けば良いとかは?」
「うん。相談して戻ってくるのは早くて明後日……もう明日だけど、だから、色々用意をしておいてもらいたいって伝えといた。あたしらなら大丈夫だけど、迷宮内で対話とか、普通のヒトじゃ死んじゃうからね」
「ああ、ありがとう。その配慮は助かるよ。迷宮内に安全にヒトを入れるとなると結構手間だからね」
魔物対策は結界棒があればイベントエリア以外であればなんとでもなるが、魔素濃度対策は大半が不確実性を伴うため、相手が拒否しないなら街での対話が望ましいし、それが無理なら、今見張りがいる安全地帯の辺りが良いだろうと、などとレンが考えていると、ラウロが口を開く。
「それで、誰が話し合いに赴くのかね? 我々は出来ることなら参加して、絶滅したと思っていた妖精がどのように生き延びていたのかを確認したいのだが」
「あー、ヒト限定ってことなら、まずコラユータの街から2名でしょうね。何しろ彼らは当事者です。出来ればオネストさんと騎士の誰か……オネストさんについては内務のヒトを代理にしても構いませんが」
「ああ、街近隣の話だし、場合によっては移住の話が出るやも知れぬと考えれば、それは当然か」
「そうです。後は、ヒトの国家代表でラウロさんとファビオさん。護衛としてレベッカさんかジェラルディーナさん。申し訳ありませんが、ラウロさんは外せません」
「うむ。まあ当然だな。街の人員から代理が出せるオネスト殿と、この場に代理のいない俺とでは同列には出来ん。これで相手の希望する5名となるな」
「ですね。でも相手の要求は5人以上ですし、もしもこの街にいるなら獣人、ドワーフも連れて行きたいところです。それと、可能ならクロエさんも」
クロエもと言われ、フランチェスカは眉をひそめた。
「レン殿、クロエ様もと仰る理由をお聞きしてもよろしいでしょうか? その、レン殿の目的を知ることで、クロエ様が、より適切な行動を取れるようにもなるでしょうし」
「ほら、相手はどうやら魔王に恨みがあるみたいだからね。リュンヌ以外の神様の代理人ってことで」
「分かってる。出席するようにという神託も貰ってる」
と答えるクロエに
「……はい?」
「クロエ様、初耳なのですが」
思わず聞き返すレンと、驚きの色を隠せないフランチェスカ。
「今朝、そういう神託があった。具体的には、迷宮の住人との会議に出席すること。その際、一般の神官の服を着ること。あと、今、この時まで神託については秘しておくようにとも」
神託があったと聞き、ラウロとフランチェスカの顔色が変わる。
それまでは普通の事件に過ぎなかったが、この瞬間から神託案件となったのだ。
神々を王家と並べるラウロであっても、王家と同格の存在からの指示ともなれば、慎重の上にも慎重を期さねばならないと気を引き締める。
「クロエ様が一般の神官と同じ装いをされるのですか?」
「準備して」
「ですが、クロエ様は神官の服は……あ、黒いワンピースをお持ちでしたよね?」
「ここの神殿で借りてもいい。本物を。余計な飾りとかもダメ。神官と同じにして」
一般の神官の服と巫女の服装は全く異なる。
神官は動きやすくて地味な墨染めの衣に、所属、身分などに合わせた飾りを合わせた物をまとう。
神託の巫女は、基本は古代ギリシャのヒマティオン――キトンの上に一枚布を巻き付けるようしてまとうワンピース型の外衣――のようなものが仕事着であり、クロエは神官服は持っていない。
「貴族の娘が興味を持っていると言えば神殿で購えますが……所属と身分の飾りは難しいと思います」
「……可能な範囲で本物を。この街のものでなくても構わない」
「かしこまりました。それらは私かエミリアのものを流用しましょう」
目の前のやり取りから、クロエの出席は可能だと判断したレンは、各自準備をして欲しいと告げ、必要なものがあれば可能な限り供出すると言って散会とした。
◆◇◆◇◆
ラウロ一行が領主邸を訪ね、ファビオが先触れとして門番に声を掛けると、お待ちしておりましたと迎え入れる。
ファビオひとりが代表で邸内に通されると、ルーナが待っていた。
「待っていたと言うことは、ルーナ嬢達も事態を把握されていると言うことで宜しいかな?」
ファビオの問いに、ルーナは首を横に振った。
「いえ。緊急事態でリオ嬢が戻ってきたとしか聞き及んでおりません。緊急事態にしては落ち着いていたことと、迷宮の見張りからの狼煙で「異常なし」「対象発見」「待機する。指示を請う」が交互に送られてきたことから、非常事態ではないと判断しております」
「良い判断です。バルバート公爵が急ぎ面談をしたいと申しております。緊急事態でもあります。即時で宜しいか?」
本来であれば先触れからもう少し時間をおくべきだが、軍で活動していたラウロは必要であれば即座に動く重要性を正しく理解しており、それは魔物と戦い続けていたコラユータの貴族も同じだった。
ルーナはファビオの言葉に条件付きでと首肯する。
「こちらの準備がないことを不問としていただけるなら、いつでも問題ありません」
「承知しました。門前に主達を待たせているので、呼んで参ります。私を含め、ラウロ様麾下3名です」
「お待ちしております」
ファビオを見送った後、ルーナは控えていた使用人達に声を掛ける。
「ルチア、バルバート公爵がいらっしゃったら応接間にお通しします。今のうちに再度の確認を。ニルデはお茶の用意を。ヴァルフレードはお父様をお呼びして」
全員が仕事を始めるのを見て、ルーナは、ファビオの後を追って門の内側でラウロを迎えるのだった。
◆◇◆◇◆
ルーナの案内で応接間に通され、オネストと形式張った挨拶を一言二言交わしたラウロは、
「迷宮内に妖精がいたらしい。妖精は竜人、エルフ以外がくれば話し合いに応じると言っているそうだ」
と切り出した。
オネストはしばらく考えてから、情報量の多さに頭痛を感じた。
ラウロが告げたのは短い言葉だったが、その前半の『迷宮内に妖精がいた』という部分だけでも、背景と整合性を取ろうとすれば、その情報量は極めて大きくなる。
「あの赤の魔物の棲む迷宮……あの魔素濃度の中に失われた種族が生き延びていたと仰るのですか?」
赤の魔物が棲む迷宮。
魔素濃度が高く、ヒトでは迷宮の前に立つことすら難しい空間。
そこに30年以上前から存在が確認されていなかった妖精がいた。
オネストがその前半を噛み砕いて飲み込むと、ラウロは頷いた。
「生き延びていたのか、最近になって侵入したのか、それ以外なのかも不明だが、リオ嬢が迷宮に侵入し、内部で妖精を名乗る者と接触した。姿も声も未確認だが、妖精しか使わぬ魔法を使ったそうだ」
「それで話し合いとは? 目的はなんなのでしょうか?」
「まずは顔合わせと自己紹介だろうな。何しろ、こちらは相手の名前すら知らないのだ。その上で頼みがあるのだ」
「何でしょうか?」
「妖精が迷宮の住人である場合、踏破による迷宮の封鎖は難しい。だから何か方法はないかを話し合いたいというのが最終的な目的だ。そして相手は話し合いの相手としてエルフと竜人以外の5名以上を指定している」
ラウロの言葉から要望を推察したオネストは、だが、ラウロの言葉を待った。
「……話し合いには、俺、ファビオ、護衛としてレベッカかジェラルディーナのいずれかで3名が出席する。加えて俺の護衛対象のお嬢様……神殿関係者だが、これを2名。これで5名だが、この街との関係を決める話になる可能性もある。だから、街からも最低2名出して貰いたい。可能であれば、それに加え、信用できるドワーフ、獣人がいたら、それぞれ1名」
「……街からは私と騎士1名。信用ができる者というとドワーフの鍛冶師がおりますが……会談はいつ行なう予定ですか?」
「それすら未定だ。明日、リオ嬢がこちらの出席者を伝えに行き、そこで日程が決まる」
「なるほど……」
オネストは目を閉じ、天井を見上げ、大きな溜息を吐いた。
「正しいかは不明ですが、昔の本で妖精について読んだ事があります。その生態は人間種族随一の好奇心旺盛で、短気というと少し違いますが、こらえ性がないとか」
「む、そうなのか?」
ラウロはファビオにそう問いかける。
ファビオは少し考え込むように記憶を探る。
「……戦記の類いにそのような記述があったように思います。好奇心旺盛というのはあちこちの書物で見掛ける表現ですな」
「何が言いたいかと言いますと、リオ嬢が伝えに行ったら、即時会談となる可能性もあるのではと思った次第です」
「なるほど。こらえ性がないか。つまり、即時会談を希望される可能性を考慮し、そばに控えておくべきという意見かね?」
「はい、無駄になるかも知れませんが」
オネストの言葉に、ラウロはファビオに、どう思う、と視線を向ける。
「……ヒトの階級にはあまり興味を示さないという記録もありますし、記録の半分程度も彼らが自由なら、そういうこともあるでしょう……ですが、我々の側には妖精との付き合いがあったエルフがいます。彼らの意見も聞いた上で判断すべきかと」
「なるほど……では、戻り次第確認だ。結果が分かり次第連絡するが、オネスト殿は、明日の会談の可能性があると考えていて貰いたい」
「承知しました。ドワーフの鍛冶師にもそのように伝えておきます」
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