第137話 海への道のり――探索開始と魔力の残滓

 朝。

 拠点一階の会議室に関係者が顔を揃えていた。


 そんな中、テーブルの上に置いたポーチと、チェックリストを見比べていたライカが顔をあげた。


レンご主人様、リストの品、全部入っています」


 水中呼吸ポーションの増産が終わり、迷宮内で必要となるであろう様々な品をポーチにつめたレンは、それをライカに確認して貰っていた。

 レンがチェックリストを作って、エーレン、ライカの意見を聞いて修正し、それに従ってレンがアイテムを詰めたのだ。

 そして二重チェックと言うことでライカが中身を確認しているのだ。そんなライカの隣ではクロエとレベッカが興味深げにライカの作業を眺めていた。


「なら、最後はリオの確認だ。リオ、エーレンに代わって貰っても良いから、中身はちゃんと見ておいてくれよ?」

「あー、うん。一回入ると中々出てこれないかもだからね」


 ポーチの中には2ヶ月分を想定した物資が詰まっている。

 それらの使い道、使い方はエーレンも把握しているし、黄昏商会の頃の資料からライカが書き起こした説明書マニュアルも同梱しているため、不測の事態があってもリカバリは可能だろう、とレンは考えていた。


「しかし、本当に武器も防具も要らぬか?」


 ラウロの、当たり前と言えば当たり前の問いに、リオは首を傾げた。


「一応、このマントが防具? だったよね、レン?」


 そう尋ねつつ、普通に服の上に羽織っていたフード付きのマントの前を閉め、身を守れるものだと表現するリオ。


「属性攻撃への耐性が高い素材にしているし、破れにくい素材だから、防具として機能するね。一応、黄金竜由来の鱗の粉を使ったりしているから、強度はソウルリンク中のリオの肌と同じくらいじゃないかな?」


 普通なら金を出しても買えるような品ではないのだが、見た目からはそうと感じられないマントに、ラウロはそうなのか、とファビオに視線を向けた。


「私では判断出来ない品です。分かるのはそこまでです」

「つまり、最低でもファビオが判別可能な品の上限を超えていると?」

「そのように見えます……いえ、レン殿が出したものでないなら、単なる布のマントと判断したでしょうね」

「……レン殿は、意識して性能を読まれないように作ったのかね?」

「多少は意識していますね。性能を読まれるというのは、弱点を読まれるのと同義ですから」


 弱点を読まれてもなお、破られない防具が理想ではあるが、そんなものは存在しない。

 そして、どこがどう守られているのかが分かるということは、どう攻めれば良いのかも分かるのと同じ事だ。

 だから、弱点を隠す方向で色々と工夫をしてあるとレンは答えた。


「……ところで、先ほどポーチと共にナイフのような物を渡していなかったかね?」

「ああ、ナイフはクローネお嬢様が作ったライトになるナイフですね」

「これだね」


 マントの前を開き、腰のナイフを抜き放つリオに、ラウロは苦笑する。


「リオ殿、貴族がいる前では、武器を抜かないようにしたまえ」

「あ、ごめん」

「それはともかく、そっちは何かね?」


 リオの腰には、もう一本、同じようなサイズ、形の黒い棒が刺さっていた。

 ナイフと同じような形とサイズでありながら、それはナイフには見えなかった。

 リオの腰にある物は、強いて言うならナイフに似た形状の棒であるようにラウロには見えていた。


 普通なら、グリップの部分があり、フィンガーガードヒルトのようなものがあり、その先には刃がある。腰に付けた状態なら、刃は鞘の中だが、基本はそういう造りになる。

 だが、そもそも鞘がなかった。

 グリップがあり、やや大きめのフィンガーガードヒルトがあり、その先には、グリップよりも細い棒があった。


「ああ、これ? ええと……工具? 穴掘りの道具かな」


 フィンガーガードこそあるが、ナイフなら刃がある部分は、先端がやや細いただの棒になっている。

 短い刺突剣に似ているので、マインゴーシュに見えなくもないが、サイズはナイフだしフィンガーガードも小さい、それに刺突剣にしては先端は尖っていない。


「穴掘り? それにしては棒状で使いにくそうだが」

「リオの説明は間違いじゃないですけど、分かりにくいですよね。それ、英雄の時代に知合いから買った品で、近接戦闘職に炸薬ポーションとセット販売していた品なんです」

「炸薬ポーション?」

「ええ。迷宮の壁に小さな穴を開けて、炸薬ポーションを埋め込んで点火すると、壁に大きな穴が空くんです」

「いや、それは知っているが……そうか、作れるのだったな。売っていたのか」

「そうです。迷宮探索の必須アイテムですね。で、土魔法使えたり、錬金術使えるなら問題はないんですけど、魔法系を育てていないと、壁に丁度いい大きさの穴を開けたりは難しいんですよ」


 容器試験管を水平に設置できることが望ましいが、そのためには狙った位置に適切な角度の穴を開けてやる必要がある。

 それは、そのための道具のひとつだった。

 迷宮の壁すら穿つ程に丈夫で、上手に使えば壁にそこそこの穴を開けることができる。


「ん? しかしエーレン殿は土魔法を使えたと思ったが?」

「ええ、だから普段はエーレン頼みです。あれは予備ですね」


 無敵に近い竜人だが、倒す方法はあり、レンはプレイヤーとしてそれを知っていた。

 その方法のひとつがソウルリンクの断絶で、だからレンは、最悪のケースとしてソウルリンクが途絶えた場合の対策も用意していた。

 その棒は、万が一の場合の備えのひとつだった。


 過剰なほどの安全策を用意したレン達は、迷宮に向かう。

 エーレンに掃討されたため、森の中はとても静かだった。

 いるのは鳥と羽虫程度で、まだ四つ足の獣や魔物の気配はない。


 迷宮のある洞窟前には、先日、リオとレンが設置した結界棒が残されていた。

 結界棒はライカが交換していたため、まだ結界は生きている。

 魔石の消耗状態を確認したライカは、結界棒を新しい物に交換して洞窟から魔物が出てこれないようにし、加えてすぐそばに結界未起動状態の小さな安全地帯を作る。


「それじゃ、あたしはそろそろ行くね?」

「ああ、気を付けてな」


 背中に掛けられたレンの言葉に、振り向かず、片手をひらひらと振って、リオは洞窟に入っていった。




(バカかね?)


 迷宮に入ったリオは、リオ=エーレンに姿を変え……る前に、暗闇の中で慌ててライトの魔道具を点灯する。

 そして服を脱いで姿を変え、諸々をポーチにしまい込む。


「……ちょっと忘れてただけじゃない」

(まあいい。それで、どう進むのだ? レン殿は、炸薬ポーションを使って壁を破壊しながら進めと言っておったが)

「あー、あたしの趣味じゃないけど、3階層までそれで行くよ。ルート分かってるし」


 そう答えつつ、腰から黒い棒を抜くリオ。


(ん? 土魔法は使わぬのか?)

「これが迷宮の壁に通用するか、試しておこうと思って」


 細剣レイピアを構えるように胸の前に棒を構え、迷宮の壁に向かってリオは大きく踏み込みつつ棒を突き出す。

 踏み込みの足音と、金属が岩を穿つ音が迷宮内に響き渡る。


「ちょっと斜め?」

(いや、多少は構わぬと聞いている。せっかくだ。一本試してみろ)

「んー、たしか蓋を手前にして入れるんだよね……結構穴が深いね」

(奥まで入れる必要はないぞ? 蓋が表に出ていないと点火できぬからな)

「……危ない所だった……そういうのはもう少し早く言ってよ」


 リオは、やや奥まで刺さってしまった炸薬ポーションを長くて細い爪で器用に摘まんで引っ張り出す。


「先端が穴から出てるくらいでいい?」

(ああ、点火しやすくするのが目的だ……火はどうする?)

「レンがなにか入れてた……糸と火付け棒? 先端に糸を巻いて、その糸を伸ばして……3歩離れる」


 導火線をつなぎ、安全距離まで離れたリオは、先端を削った鉛筆に似た棒状のものを取り出し、中程にある銀色の部分に触れて魔力を流した。


 棒の先端に小さな炎が浮かび、それを興味深そうに眺めたリオは、その炎を導火線に近付ける。

 ガスが吹き出る音と共に導火線が燃え上がり、3秒ほどで炸薬ポーションに火が回る。

 直後、軽い音と共に白い煙魔素が吹き出す。


 ライトの光で白い煙が発光し、穴の付近が明るく照らされるが、煙はすぐに消えていく。

 煙が晴れた後の迷宮の壁には、隣の通路に繋がる穴が出来ていた。

 新しい穴の地面には砂利が沢山あるが、素材に興味のないリオは無視して砂利を踏みしめつつ隣の通路をライトで照らし、踏み込んでいく。


「ふうん、壁の向こうに通路があるって分かってる時は便利だね」

(まあ、そのためにレン殿が大量に用意したのだ。好きなだけ使って近道をすればいい)

「うん、まあそうだね。あたしの記憶だと、階段はあっちなんだけど、あってる?」

(やや右……そこ。その辺だと思うぞ? まあ多少ずれても問題はあるまい)


 踏み込みの足音を響かせつつ、リオは棒で壁を突く。


(土魔法を使わぬのか。気に入ったのか?)

「感触が面白いんだよね。普通の金属の棒なら、曲がっちゃうでしょ?」


 リオ=エーレン状態のリオは、壁に穴を開けて最短距離を進む。

 と、不意にその歩みが止った。

 足を止め、出来たばかりの穴を慎重に覗き込む。


「……エーレン、今気配あったよね?」

(……炸薬ポーションは壁を砂利と魔素に変える。それに紛れて消えかけているが……)


 だが、魔力の残滓があった。

 何かがいたように思う。

 エーレンはそう答えるのだった。

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