第136話 海への道のり――幕間

 ほぼ完成状態だった拠点が完成した。

 外構は未着手部分もあるが、少なくとも屋敷の軀体くたいと最低限の家具は揃った。


 元々の構造は、1階に玄関、待合、受付、大食堂、風呂、洗濯部屋、看護師の詰め所、治療室、重篤患者用病室などがあり、二階は一般病室と談話室から構成されていた。

 また、施療院であり、多くの患者を預かることから、広い倉庫や多数のトイレがあった。

 病室は一部を除けば大部屋であり、どの部屋にもベッド、チェスト、簡単な排水施設が作り付けられていた。


 ライカはこの屋敷を後々、暁商会の商館として使うつもりでいたため、クロエの生活空間としては不要となるが、一階の待合室を兼ねた広い玄関ホールや受付兼事務室はそのままにした。

 食堂、風呂は綺麗に整え、トイレは数を減らす。

 一階の治療室などは、会議室、応接室、作業部屋とし、病室は予備の居住スペースとして整えていた。


 なお、ラウロ一行は一階の居住スペースを希望していた。

 建物の両端に階段があるため、護衛としてその階段を守るとのことで、玄関入って右の階段をレベッカとジェラルディーナが。左の階段をラウロとファビオが守る形となった。


 二階はと言えば、基本的に病室をそのまま居住空間としていた。

 コラユータの街におけるクロエの拠点という意味合いが強いため、中央の一番広い談話室をクロエの居室として整え、その両脇の部屋をエミリア、フランチェスカが押さえ、右の階段の上の部屋をライカ、左の階段の上の部屋をレンが使うこととした。

 リオは屋根裏を希望していたのだが、クロエに押し切られる形でクロエの同室となった。

 すぐに迷宮に潜る予定であるため、同室でいられる時間は短いが、ヒトの中では割と特殊な立ち位置のクロエは、立場を気にしないリオと同室になれることを喜んだ。




 なお、クロエの弟子のアリダ、ミラ、サブリナの3名は、必要なら使ってもよいとレベッカたちの隣の部屋の鍵を預かることとなり、ラウロに警戒される一幕もあった。


 大きい家具は屋敷の一部として職人が作るため、各部屋にはベッドなども据え付けられており、毛布があれば辛うじて寝ることが可能な状態で引き渡しが行なわれた。

 レン達、クロエ達はアイテムボックスを前提とした荷物選定をしているため、大抵の物は過剰なほどに用意されており、寝具も十分な用意があった。

 ラウロ達は馬での移動を前提としており、本当に最低限のものしか持っていなかったが、オネストから様々な物資が届き、不足している諸々があっという間に整えられた。


 またミラ、サブリナに加え、錬金術を学ばない、純粋な使用人が3名増員されることとなり、最低限ではあるが、貴族の屋敷としての体裁は整えられることとなった。


  ◆◇◆◇◆


 翌日、リオは風呂場を占拠して、レンに貰った水中呼吸のポーションの試験を行なった。

 なお、見張りとしてクロエが協力した。

 リオの状態でも、リオ=エーレンでも、エーレン=リオでも水中での呼吸が可能であることを確認したあと、クロエはリオを捕まえて、レンから貰ったシャンプーなどを駆使してリオを磨き上げる。

 そのために用意したとしか思えない、小さな固めのブラシで角を磨き、頬の鱗と皮膚の境目も丁寧に洗う。


 くすぐったそうにしながらも黙ってクロエの好きにさせていたリオだが、足の指の爪の手入れが始まるにいたって、くすぐったさに耐えきれず


「あたしは、明日から迷宮だから、そんな綺麗にしても無駄なんだけど?」


 と言い出した。

 が。


「私がやりたいからやってる。リオは気にしないで」


 とそれに取り合わず、クロエは楽しそうにリオを磨き上げるのだった。


「あー……うん、まあ、分かった、けどくすぐったくしないでね」

「……がんばる」


 風呂から出て作業室の前を通りかかったクロエとリオに、ポーションは問題なかったかとレンが尋ねたことで、風呂に入った目的を思い出したリオは問題なかったと答え、エーレンの声も伝える。


「さっき試したのは試作品だっけ? 数はこれから揃えるんだよね?」

「ああ。材料は揃ったから、後は作るだけだね。初級でも作れるものがあるから、そこはクロエさんに任せようと思うんだけど」

「私? ……わかった。やる。品質がばらつくかもだけど、アリダにも素材の加工とか計量を任せてもいい?」

「その辺の技能習熟が目的か。良いね、後からクロエさんがチェックして手直しが可能な部分なら、ミラやサブリナに任せてもいいよ」


 素材を揃えて洗う、干す辺りなら失敗しても酷いことにはならない。

 刻むのは技術がないと難しく、失敗した場合、素材が無駄になることもある。

 干した素材を薬研で粉にするのは、多少失敗しても、クロエが後からフォローできる。


 不慣れな者に任せても大丈夫な部分、駄目な部分を理由の説明を交えつつ伝え、必要となる道具を並べるレンに、クロエはうんうんと頷き、これから指導を開始する、と言うのだった。


  ◆◇◆◇◆


 街の壁と門の警備を冒険者達に任せたレオポルドが領主邸に入ると、ルーナが玄関でうろうろしていた。


「おや? お出かけですかね?」

「いいえ、ただ通りがかっただけよ……森の様子はどんな感じですか?」


 出掛けるにしては軽装で、供の者もいないルーナにレオポルドが尋ねると、ルーナは首を横に振る。


「今から報告に向かうところですが。そうだ、一緒に聞いて貰えると話が早い」

「なら行きましょう。必要なものはありまして?」

「必要なものはあるが、急ぎではないな」


 途中で見掛けたメイドにお茶の用意を指示しつつ、ふたりは階段を上っていく。と。


「おや、私の部屋ならともかく、外では珍しい組み合わせだな」


 階段を上った所でふたりはオネストと遭遇した。


「お父様の部屋に向かう途中でしたのよ?」

「報告に戻ったところ玄関で遭遇しただけですよ。報告する際に一緒に聞いて貰おうと思いまして」


 レオポルドの言葉に、オネストの目が真剣なものとなる。


「報告? 報告するようなことがあったのかね? ……いやそれは後回しだ、私の部屋で待っていてくれ、何、出すもの出したらすぐ戻る」

「お父様!」


 ルーナに下品だと怒鳴られ、オネストは笑いながらトイレへと向かった。


「部屋で待たせて貰おう……ルーナ嬢?」


 ドアを開けたものの、ルーナが入ろうとしない事に気付いたレオポルドは、どうかしたのかと首を傾げた。


「……ええ、いえ……頼んだお茶が遅いな、と思いまして」

「湯沸かしの最中だろ?」

「そうね分かってるわ。ほら何してるの部屋に入るわよ?」


 やや早口でそう言って部屋に入ったルーナは、いつもの席に座る。

 レオポルドはその向かいに座るが、背嚢を背負ったままで座りにくそうだ。


「荷物は降ろしなさいよ。椅子が傷むわ。何が入ってるの?」

「いや、これは……オネスト様に渡す物だ」

「まあいいわ。それで、詳細な報告はお父様が来てからとして、これだけは教えて。良い報告よね?」

「……なぜそう思った?」

「あなたが報告に来てるからよ。問題があったら、あなたは現場を離れない。それ以外であなたが戻ってくるなら、それは私たちを連れて逃げるような事態だから、こんなにのんびりもしないわ」

「……なるほど……まあ、確かに今日の報告は良い物だが」

「それは楽しみだな」


 ドアが開き、オネストが入ってきた。


「レオポルド、報告を」

「はい。森に巣くっていた魔物の大半は倒したとラウロ様から報告を受けました。現在冒険者達が調査に出向いていますが、私がこちらに戻ってくる直前まで、魔物発見の狼煙は上がっていません」

「……レッド系の魔物もいただろうに、本当に全部倒してしまったのか」

「はい。危険な魔物は結界で誘導したとは言え、街の門を守る位置には、我々でも無理なく倒せる程度の敵しかきませんでした」

「怪我人は出なかったのだな? 今はどうなっている?」

「怪我人らしい怪我人はいません。ポーションも大量に頂いていますし。今は、防衛規模の配置をやめ、壁や門に監視を置いて、一部を森の調査に向かわせています」


 敵が来ないのなら無駄になるので、規模を縮小し、万が一の場合は緊急動員できるように調整しているとレオポルドが答える。


「そうか……まず、初戦は我々の圧勝ということだな。ラウロ殿には感謝せねば」

「はい……それと、そのラウロ様からこちらを預かって参りました」


 レオポルドは背嚢を降ろすと、慎重な手つきで中から小さなポーチを取りだした。


「それは? ラウロ様たちが身に付けていた物に似ているかな?」

「ラウロ様から、入れ物ごとやるから持ってけと渡されました……魔法の旅行鞄の一種ですが、この街にあるものよりも遙かに高性能です」


 魔法の旅行鞄は稀に迷宮で手に入るアーティファクトで、その便利さと希少性から高値がつくことで知られている。

 そんな高価な物が貰えるのか、と驚くオネストとルーナだったが、オネストが先にそれに気付いた。


「待て、ラウロ様は入れ物ごとやる、と言ったのだな? 入れ物をやる、ではなく?」

「はい。中身は魔物の素材多数です……落ち着いて聞いてください。レッド系の魔物の、素材も魔石も相当数入っています」


 ガタン! と音を立てて立ち上がったルーナは、ポーチをひったくると、蓋を開いて指先を入れた。

 虚空を見つめるその目から光が消えていくようで、ひったくられたレオポルドとオネストは、どうしたものかと顔を見合わせた。


「……何よコレ……魔石がこんなに? 黄色も赤も緑も……素材……だけじゃない? 少ないけど、ポーションに武器や防具も混じってるわ」

「ほら、正気に戻れ!」


 オネストはルーナの額に軽いチョップを入れ、その手からポーチを奪い取った。


「……お父様、これ……街の年間予算より多いです」

「……ああ……それにこの容量なら、入れ物だけでも予算半年分にはなるな」

「オネスト様、その鞄に付与された重量軽減効果も加味してください」

「……これだけ入ってこの重さか……年間予算を軽く越えるな……これらは、本来は彼らの報酬なのだろう?」


 オネストの言葉に頷くレオポルド。


「街道封鎖の影響や、今回の討伐によって荒れた土地の修復など、金が必要になるだろうからと、ラウロ様とその配下が報酬の半分を供出すると言いだしたところ、それならばと、レン殿がポーチを提供してくれたと」

「返せるのか、これだけの恩義を」

「オネスト様がそれを気にされた際に伝えよ、と、ラウロ様からの伝言を預かっております」

「述べよ」

「気にするな。それが無理なら国のため、民のために励め。バルバート公爵家は王家繁栄のためにある。だそうです」


 自分にではなく、王家に返せということか、とオネストは改めて受け取ったポーチの持つ意味の重さを噛みしめるのだった。

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