第131話 海への道のり――リオ=エーレンと観察者
「うん。ここだね……エーレン、力を貸して……今回はあたしがメインで行く」
(それは構わぬが、本当に良いのか? 我は止めたぞ?)
「大丈夫、今回は単なる偵察だから。情報は大事だってみんなも言ってるじゃない」
森の中。
まだ空は明るいが、近隣の山の影になるため、森の中は暗い。
リオはポーチを外し、服を脱ぎつつエーレンの力を取り込む。
体が一回り大きくなり、リオはポーチのベルトを調整すると、それを腰に巻いて脱いだ服をしまう。
レンに見せた状態をエーレン=リオとするなら、今のリオの意識を強く残しエーレンの能力を取り込んだ状態はリオ=エーレンとでも呼ぶべきだろう。
リオの意識がメインとなっているため、恥ずかしさを感じるのか、リオ=エーレンはオラクルの村で手に入れた革のマントを身にまとう。
「後は……あ、これを刺しとくんだっけ?」
リオ=エーレンはポーチから結界棒を取り出すと、自信なげな様子で洞窟の前に3本刺す。
「よし、と」
(待て。3本以上というのは正しいが、魔力を通さねば結界が生じぬぞ)
「……そか」
リオ=エーレンは結界棒に魔力を通し、洞窟の前に結界を形成する。
なお、竜人は獣人であり、獣人は人間であるため、ソウルリンク状態であっても結界の影響は受けない。
魔力感知で結界が生じる様子を物珍しそうに眺めたリオ=エーレンは、長く伸びた爪で、自分の頬の鱗に触れると、そのまま気負うことなく迷宮に足を踏み入れた。
「暗い……」
(1階層は入り口付近の影響を受けるものだ。洞窟内に入り口があったのだから当然であろう)
暗闇の中、大きく息を吸ったリオ=エーレンは、エーレンの力を借りて小さく火を吹く。
一瞬だけ明るくなった迷宮内に視線を走らせ、リオ=エーレンは、クロエから貰った魔石ライトが付いたナイフを取り出すと、それを点灯する。
照らし出された迷宮内は、天然洞窟に似た起伏に富んだ景色が広がっていた。
あくまでも『似た』であるが。
天然洞窟と違う点も多く、壁、床、天井の表面に起伏こそあれ、基本的に通路が直線であるとか、分岐が直角である点など、よく見れば迷宮独特の特徴もある。
見える範囲、及びリオ=エーレンの感知範囲に警戒すべき強者の気配はない。
(
「あたし、あれは嫌い」
(頭の上に光の珠があるのは確かに邪魔になるが、手を空けておける意味は大きいぞ?)
「魔物が出てくるようなら考える」
リオ=エーレンは外の森を歩くのと同じ調子で洞窟内を歩き回る。
時折、細い横穴を見付けて覗き込んだりもするが、そうした穴は迷宮の装飾に過ぎず、大半の深さは1mとない。
(なぜそんな穴を覗く?)
「大きな迷宮だと、隣の通路に繋がる穴もあるからね。そういうのがないか確認」
(その穴を通れるような小物なぞ、踏み潰せば良かろう)
「あたしたちなら踏み潰せる魔物でも、ヒトは死ぬから」
(……オラクルの村で暮らした成果とすれば、その理解は期待以上だが……しかしお前は、この迷宮にヒトを入れるつもりなのか?)
「あ、そっか。調べる必要もないね」
自分一人しか入らないなら、中の警戒は自分を基準にすれば十分であると理解したリオは、スタスタと歩き回る。
「壁を壊すポーション貰ってこなかったのは失敗だったね」
(準備も何も整ってはいないからな。戻ったら怒られる覚悟をしておけよ?)
「エーレンもレンもライカも情報は大事って言ってたから大丈夫」
(……言ったかもしれぬが、それは別にいきなり迷宮に入ることを勧めるものではない……まあ、レン殿は我らの巣が迷宮にあると知っているから心配はしてはおらぬだろうが)
「あ、魔素の流れ、見付けた」
洞窟の分かれ道で、リオは片方の通路から緩やかに流れ出てくる魔素の流れに気付き、そちらに足を向ける。
(……待て、偵察であろう? どこまで降りるつもりだ?)
「……あー、えーと……」
エーレンの質問にリオは目を泳がせた。
(何も考えておらんかったか……迷宮内だが記憶を共有するぞ)
久し振りのレッド系の魔物の領域と言うことで、万が一にも邪魔にならないように意識と記憶の共有を控えめにしていたエーレンは、そう断ってリオの考えを覗く。
(……ふむ……なるほど……まあそうだな。お前が知っている情報からすると、三階層まで降りれば十分だな)
「なんで?」
(迷宮内の様子が不明であるからこその偵察、と主張するなら、3階層まで降りれば、迷宮の性質と深さの予想が可能となる)
内部の魔力量が増大していると、その間だけ変化したりもするが、迷宮の1階層は、迷宮の入り口のある場所の影響を強く受ける。
今回で言えば、入り口が洞窟内にあるので1階層も洞窟状の迷宮が広がっている。
迷宮の2階層は広さの違いこそあれ、石積みの遺跡風の迷宮であることが多い。
迷宮の特色が現れるのは3階層から下であることが多く、例えば、迷宮内なのに空があったり、海があったりということもある。
そして階層ごとにその特色が変化するのだが、ラスボスは3階層の特色に関連することが多い。
また、3階層の魔素の状態を見れば、リオとエーレンであれば、迷宮の規模を予想できる。
「そこを知っておくのは無駄にならないよね?」
(……赤の迷宮程度でその情報がお前に必要になるのか、と問われた場合、必要なかろう、と答えることになるがな)
「それはそうだけど……そう思うなら、もっと強く止めてよ」
(それではお前が成長せぬ。失敗は糧だ。致命的なものでないなら、我らは苦言を呈するに留める)
「それは知ってるけどさぁ……まあいいや、それじゃ、三階層目指すね?」
(残るかどうか分からぬが通った道に印を残すのだぞ)
「本番に備えた目印だね」
リオ=エーレンが迷宮探索を開始して暫くした頃、レンとライカが迷宮の前に辿り着いた。
クロエのそばで拠点のアレコレを調整する任に就いていたライカを伴っているのは、ひとえに速度を優先したからだが、空を飛んでもリオが迷宮に入るのを阻止することは出来なかった。
迷宮前に雑に刺された結界棒を見て、それを理解したレンは溜息を
現在のクロエの守りは本来の護衛であるエミリアとフランチェスカの二名のみとなっているが、まだ手を入れねばならない拠点とは言え、その一室はライカとレンの手によって安全が担保されており、そこから出なければ然したる危険はないという判断がされている。が、クロエの護衛が少ない状態をあまり宜しくないと考えているレンは、どうしたものかと考えた。
「
「……追跡はここまで。ここに来たのは、間に合うなら止めるためだ……間に合わなかった以上、追跡は中断だ。ライカはリオにポーションとかどの程度渡してるんだ?」
「結界棒を数セット、回復系のポーション類を上級、中級、各10本ずつですわ……万が一の事態にクロエ様を守って頂く目的と考えておりましたので……後は、リオ様が希望された魔道具は幾つかお渡ししていますが、炸薬ポーションなど、迷宮探索用の品はまだ殆ど渡してはおりません」
「正しい判断だ……リオは食料は持ってるのかな?」
「オラクルの村にいた頃に数箱。森の中に隠れ家を作ったからと言われて相当量を渡しました。それを持っていれば恐らく……」
「なら大丈夫かな。一応、この結界の中に食料とポーション類を残しておこう」
この場所の魔素濃度であれば、一定以上の魔力操作が出来ない者――ヒトでも獣でも――が生きて迷い込んでくることはない。
加えて定期的な結界棒の交換をする限り、結界の中の荷を魔物が荒らすこともない。
そう判断したレンは、結界の中に食料などが入った
そして、洞窟からやや離れた、魔素濃度が少し安定した位置に結界を造り、そこに椅子とテーブルを置く、
「レベッカさんとファビオさんは、かなり遅れそうだな」
「はい。お二方は地上から来ますので」
「周囲は割と綺麗になってるっぽいけど、半径300mほどの安全確保と、街方面の見通し距離の確保を頼めるか?」
「はい、周囲の魔物を片付け、魔物忌避剤を散布し、灌木を処理します……
「……ファビオさん達が来るのを待った後、俺はクロエさんの護衛に戻って街の状況を確認する。ライカもファビオさんを待ち、その後は状況次第で残るか戻るかを判断してくれ」
「かしこまりました」
ライカが森の中の魔物を射貫き、風の精霊闘術で灌木を処理しつつ魔物忌避剤を散布するのを横目に、指向性を持たせたライトの魔道具を取り出したレンは、目印になるように街の方向けて設置する。
それに加え、近くの数本の木に魔石ランタンをぶら下げて周囲の魔素濃度を僅かなりでも下げたレンは、リオの洞窟で寛ぐために作ったビーチチェアのような寝椅子を広げ、体を休めるのだった。
ジェラルディーナから話を聞いたラウロは、即座に
ラウロに命じられ、オネストに状況を伝えたジェラルディーナが一歩下がると、オネストはどうしたものかと考え込む。
「言っておくが、リオ殿の救助は不要だ」
「その、リオという娘さんは、今回の作戦の要ではないのですか?」
「そもそもが単騎で迷宮の踏破をしようという存在だ。救助が必要な状況ならこちらが全滅する……ただ、先ほどの日程を早める必要がありそうだ」
「街道と街の封鎖ですね? 街の封鎖だけならすぐにも可能ですが、街道を封鎖せずにそれを行なえば、他から来た者が立ち往生することになります」
「受入れのみ行なうのだな。何が起きているのかと、街に入ったらしばらく出ること禁ずると教えた上で」
街の封鎖は門を閉じれば済む。
だが、街道には移動中の商人がいるはずで、街の封鎖は彼らを見捨てることを意味する。
だからこそ、先に通達や街道の封鎖が必要なのだが、街道沿いの隣の村の協力がなければ街道封鎖はできないし、通達も間に合わない。
分かりやすい問題が出た上でなら街の封鎖も出来なくもないが、現時点では赤とは言え森の中で迷宮を発見しただけであり、これでは説得力がない。
「……ふむ。ならばバルバート公爵として命ずる。先の手紙を隣の村に送り、合わせて状況の変化があった旨を知らせよ。赤の迷宮の魔物があふれ出す可能性があるため即座に街を封鎖すると。伝令は隣の村までの間にいる者たちにもそれを伝え、街に来れば受入れるが、ひとたび入れば半月は出られなくなる可能性があると伝えよ」
「はっ! ……ご配慮に感謝します」
「赤の迷宮を単騎で踏破できる者が暴れる可能性があるのだ。なれば、陛下の臣民を守るために力を尽くすのが我らの務めだ。で、俺はどこにいればよい? 命令系統の混乱を避けるなら、一旦、宿に戻るが」
「いえ、たまたま街道を貴族が通行中であったりすれば、私では舐められますので……ですが、そういう場合以外は出て頂く必要はございませんので、くつろげる部屋を用意させます」
「承知した。1名だが部下もいるので、できれば2部屋頼む。だが我々の扱いは臨戦時のもので良い。携行食があるゆえ、水だけ貰えれば十分だ」
外がそんな状態であるというのに、リオ=エーレンは、迷宮内を楽しんでいた。
魔素の流れを調べることで、ほぼ最短距離で1階層も2階層も走り抜け、3階層に到達していた。
「ひゃー!」
歓声をあげつつ、身長の6倍ほどの高さから水面に飛び込み、片足を前に出して踵を水面に叩きつけ、高い水柱をあげるリオ=エーレン。
周囲には魔物の気配があるが、格の違いを理解出来る魔物は出てこない。
格の違いを理解出来ない程度の魔物は、接近するなり、意識すらされることもなくリオに蹴り飛ばされて一瞬で光の粒とドロップアイテムに変化する。
崖下から平泳ぎで珊瑚があるエリアまで泳ぎ、波に洗われる珊瑚礁の上に立ったリオは、太陽に向かって大きく体を伸ばす。
そして、海面下を泳ぐ魚に目を輝かせ、海面ギリギリの珊瑚を選んで跳びはね、鰯にしては大きな魚を素手で捕まえる。
3階層は群島だった。
外周数キロ程度の島が幾つかと、植物も生えないような小さな島が無数に。
大きめの島には如何にも怪しげな遺跡があり、下層に繋がる階段はそこにあるのだろうとリオは考えていた。
(リオよ、多少遊ぶ程度は良いが、ここまでで気になることはなかったのか?)
「え? 階段なら、多分遺跡にあるだろうとは思ってるけど?」
さすがにあそこまで見え見えだと、魔素を辿らなくても分かるよ。
と、鰯の頭とエラを指で弾いて、残りをパクリと丸呑みにするリオ=エーレン。
(レン殿の話を聞いておったろ? なぜ、この迷宮の踏破が必要になったのかは覚えておるか?)
「迷宮の魔物が外に出てきたんだよね? あたしはそのくらいの認識だったんだけど」
(迷宮内の魔素が増えなければ、そうはならない。実際、潜ってみた限り、魔素は異常なほどに多いからレン殿の懸念は当たっていたと言えるが……)
「つまり、現象と原因が繋がってるって事だよね。なんだっけ、いんが?」
(因果が正しく成立しているとして、ひとつ見落としておるだろう?)
なんだろう、と体ごと首を傾げ、足で珊瑚に捕まったまま海面に顔を近付けるリオ=エーレン。
その視線は、泳ぐ魚の群れを追っている。
「ごめん、わかんない」
(……森から獣が消えるほどに魔物が外にいて、それがこの迷宮に起因するなら、魔素があふれ出ているという推論が成り立つ。実際に中の魔素も多い。そして、魔物というのは周囲の魔素量で変化する)
「だね。それは分かる」
(にしては、この迷宮内の魔物は弱すぎるとは思わぬか?)
「……そうなの?」
リオ=エーレンにとって、この迷宮の魔物は、無意識に倒してしまえるほどに弱い。
改めて弱いだろうと問われても、いつもと同じ程度に弱いとしか感じない。
(ソウルリンクをカットすれば分かるだろうが、理由が分からぬ状態で行なうのは避けたい……四階層に続く階段を見付けたら帰るぞ)
「いいけど……迷宮の核を持ち帰ったら、みんな、迷宮内に海作ってくれないかな?」
(海か……既存の階層があれだから、自由度は低いだろうが、拡張時に海岸線を追加する程度なら許可されると思うぞ……そうだ。偵察のもう一つの目的も考えを聞いておきたい)
「えーと、迷宮の深さだっけ? 魔素は多いけど、流れは思ったほど強くないし、10階層前後かな」
(ふむ。だが、中にいる魔物が弱いという事実もあるゆえ、潜れば変ることがあるやもしれぬな)
「その辺もレン達には伝えておくよ」
(ああ、忘れずにな)
そんなリオ=エーレンの姿を、遺跡から見つめる目があることに、リオもエーレンも気付いてはいなかった。
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