第129話 海への道のり――調査とラウロの溜息

 まず最初は、森で魔物を狩ることを主な生業とする冒険者たちが、ライカが目星を付けた周辺の偵察を行なった。

 結果は黒。


 ライカの報告にあったように大量の小型の動物の死体があり、周囲の草木は枯死していた。

 枯れた木々の奥に洞窟があり、そこに近付こうとすると、魔力感知が誤作動を起こすほどに魔素が濃く、頭痛を訴える冒険者もいるほどだった。


「こりゃ、間違いなく迷宮化してるな……近付けねぇんじゃ中の確認も何もないが」


 コラユータの街の古参の冒険者ジョゼは、洞窟を見てそう呟くと、仲間に弓と火の準備をさせ、洞窟内に火矢を射込む。

 火矢は洞窟に入ってすぐのあたりで見えなくなる。


「入り口から4,5メートルから先が迷宮ってことか? もう少し手前の地面を狙って射ってくれ」


 二発目の火矢は、入り口から2メートルほどの辺りに着弾した。

 洞窟内がぼんやりと明るくなる。

 そして、その少し奥が、不自然な暗闇となっていることが見て取れた。


「おし、確認。みんなも見たな? なら撤収だ」


 本格調査を行なう際に問題となる点と表面上の状況の把握が彼らの任務である。

 調査の目的は達したと、彼らは無理をせずに調査をそこで切り上げた。



 二回目の調査は、魔術師と魔道具を投入しながらのものとなった。

 これが領としての本格調査である。


 騎士二名と冒険者11名。

 冒険者を5名ずつの2チームに分け、1名がリーダーとなって騎士との間に立つ構成である。


 騎士達は金属で補強された揃いの革鎧、冒険者達は思い思いの防具とまとまりがないが、その動きはしっかりと連携が取れている。

 この町の騎士は、魔物狩りに参加することもあるため、冒険者達にとって、騎士との連携は手慣れた仕事なのだ。


 魔素の問題の報告を受けていたレオポルドは、魔術が得意な冒険者をそれぞれ1名ずつ追加していた。

 魔法や魔道具を使えば、一時的ではあるが周辺の魔素が消費されるため、それを利用して、1チームが魔素の薄い空間を作りながら洞窟に接近する。


 洞窟の入り口まであと僅かというところで、後方で魔力感知で監視をしていた魔術師が声をあげた。


「中からでかいのが来る。みんな隠れろ!」


 慌てて皆が身を隠すと、程なくして、比較的ベア系の魔物が洞窟から走り出してきた。

 そして、そのまままっすぐ、枯れた木々をへし折りながら森の奥へと走って行く。


 狩りをする冒険者なら、ベア系の魔物程度は珍しくもないが、皆、言葉を失っていた。


「……今のは……なんだ?」


 レオポルドが呟くと、冒険者は、あんなのは知らないと激しく首を横に振る。

 姿形だけならこの辺りに棲息しているイエローベアと同じだった。


「突然のことで、はっきり確認出来なかったんだが、に見えた?」


 レオポルドの問いに、皆が顔色をなくした。

 魔物は色によって強さが異なる。

 最弱の緑、手強い黄色、最強の赤、というのが一般に知られる強さの色分けで、街の住人が白だの黒だの金などの魔物を見る機会などはまずない。


 そしてこのあたりは黄色の魔物の領域の筈である。

 だから皆、暗いところから突然出てきたから見間違えたのだと思っていた。いや、そう信じたがっていたのだ。

 だがレオポルドの言葉で、赤に見えたのが自分だけではないと理解してしまった。


「……赤、でした」


 騎士の一人、ノンベルトがそう答える。

 倒せない色、出会ったら逃げる以外にない色を聞き、ざわめく冒険者達。


「……レオポルドさん、どうします?」


 ノンベルトが問うが、どうもこうもない状況だった。

 イエロー相手でも辛勝というのが、つい最近までのこの世界の戦闘職の常識だった。

 そもそもレッド系の魔物をどうにかできる強さがあるなら、結界杭の維持で苦労はしていない。

 相手が一体だけであれば、罠を仕掛けまくり、飛び道具と毒などを併用すれば、レッド系の魔物を倒せる可能性はある。

 王立オラクル職業育成学園の卒業生なら、善戦するだろうが、それもサシであればの話。

 複数体が徘徊しているだろう迷宮内では分が悪い。

 そして、そもそもここには王立オラクル職業育成学園の卒業生はいなかった。


「……調査は中断する。皆は撤収作業に入ってくれ。撤収はジョゼが指揮しろ。ノンベルトは戻り次第オネスト様に状況を報告。私は入り口付近で魔物の痕跡を確認してから戻る。手ぶらでは帰れぬ」


 騎士ノンベルトではなく、熟練の冒険者ジョゼに指揮権を委譲すると宣言するレオポルドに、ジョゼは無言で殴りかかった。

 突然顎を殴られ、レオポルドはその場で昏倒した。


「万が一、指揮権の委譲を言い出したら絶対に受けるな。殴ってでも連れ帰れ、とルーナ嬢ちゃんに言われてますぜ」

「殴る前に言ってやれよ」

「ルーナちゃんのお願いじゃしかたねーよな」


 冒険者達が引きつったような、それでも笑い声をあげる。

 そんな冒険者達を見て、ノンベルトは苦笑しつつも肩をすくめる。


「……ジョゼ、戻ったら取りなしてやるから、レオポルド殿を背負ってくれ……だが……感謝するぞ」




「赤……だと?」


 ノンベルトから報告を受けたオネストは、そう呟いてしばらく言葉を失っていた。


 公爵家の者だと自己紹介をされたが、オネストはラウロ・バルバートとは面識がなかった。

 年に一度、王都に貴族が集まるのになぜ、と疑問に思ったオネストは、だから調べた。

 そして、ラウロがここ数年、怪我で静養していたと知った。

 装備も士気も力量にも恵まれた公爵の部下達は、イエローとレッドの領域の境界付近に現れた、縄張り争い中のたった二頭のレッドの魔物の登場で壊滅した。


 冒険者を集めても、公爵の部下には及ばない。

 騎士の士気はともかく、装備その他も同様である。

 冒険者を集めても、普通の革鎧では、敵の攻撃を受ければひとたまりもない。


 そして迷宮だ。


 通常、迷宮内の魔物の強さはどれも同程度である。

 レッドベアが出てきた以上、中にいる魔物はレッド系であると考えられる。


「一頭だって倒せるかどうかってのが、複数? 勝てるはずがない……あ」


 オネストはショックから立ち直ると、外に出たレッドベアの行方を尋ねた。


「木々を倒して走って行きました。追跡はしていませんが、方向は南です。希望的観測ですが、外であれば弱体化するかと」


 魔物には色があり、色ごとに生息域が綺麗に分かれている。

 その棲み分けは、生息域ごとに異なる魔素濃度に依存すると言われている。

 グリーンの魔物がイエローの魔物の棲息域に入っても大した影響は受けないが、その逆のパターンでは魔物が弱体化することが知られているためである。

 弱体化に伴って色の変化が発生することさえもある。

 つまり、迷宮から強い魔物が溢れても周辺の魔物と色が異なれば、一定時間でその脅威は低下する。


 だから、迷宮の魔物が外に出て弱体化するかも知れないという推論の確度は比較的高い。


 ただし、弱体化の内容や速度は条件によって異なるため、安全であると言い切ることは出来ない。

 加えて。


「だが、迷宮内にいる限り、魔物は弱体化しない。赤の魔物がいる迷宮を踏破など……」


 それは、この世界の常識では、不可能なことだった。

 対策はひとつ。

 埋め立てである。

 しかし、埋め立てで高い効果があると噂される聖銀ミスリル鉱石混じりの残土の価格は最近になって高騰しているため、オネストはどうしたものかと唸った。


「提案があります」

「述べよ」

「バルバート公爵に相談されてみてはいかがかと」

「確かに、この街に拠点を作ろうとしていることから、我が街に協力する方向で公は動かれていると思われるが、貴族の責務の線での依頼か?」

「いえ、ご依頼ではなく、まずは状況をお伝えして戦い方の教示をお願いするだけでも良いのではないかと」


 ノンベルトの言葉に、オネストは熟考する。

 ラウロ一行は、護衛対象を含め、総勢11名で、男性は3名。護衛する側に複数人の女性がいることから、貴族の娘風の者が護衛対象だと思われる。

 ラウロ本人が、王命による護衛だと言っていたことから、護衛達は厳選された強者である可能性が高い。

 だが、仮に11名中、7、8名ほどが戦力になるとして、自分ならレッド系の魔物との戦いを選択するだろうか、とオネストは考える。


 自分なら、それが許される状況であれば逃げる。


 王命により、護衛対象を守ることを優先するという言い訳まであれば、そうしない理由はない。


「伝えれば、逃げ出すのではないか?」

「伝えず、公がレッド系の魔物に遭遇して総崩れになる方が危険です。それに、バルバート公爵はかつてレッドの魔物と戦った経験がおありです」

「敗退したがな」

「ですが、生きておられます」


 負けたと言ってしまえばそれまでだが、戦って生き延びた経験があると言い換えれば、そこには価値が生まれる。

 勝ち戦の戦訓にも意味があるが、負け戦の戦訓の価値は計り知れない。

 逃げる前にそれだけは教えて貰うべきだ、というノンベルトの言葉に、オネストは頷きを返した。


「なるほど。ならば、情報を書簡にまとめる。しばし付き合って貰うぞ」

「畏まりました」




 ラウロの元にその書簡が届いたのは3時間後のことだった。


 まず一読したラウロは、今度は一文字一文字、誤解がないように文字を追う。


「……なるほど。こう来たか……ファビオ、レン殿とライカ殿に迷宮の件で相談があると伝えてくれ。できるだけ早急にと。それと、ファビオもこれに目を通しておくように」

「承知しました」




 5分後。


「出来るだけ早急に、とのことでしたので、そのまま来ていただきました」


 ファビオはレンを連れてきていた。

 だがライカの姿がない。


「ライカ殿は?」

「ライカにはリオを呼びに行って貰ってます」

「あの竜人の娘か」

「ええ。俺もライカも、赤の魔物なら倒せる程度の腕ですが、リオは俺たちよりもずっと強い可能性があります」


 初めて会ったとき、レンとエーレン=リオは一見すると互角の戦いを見せたが、リオの攻撃を捌くので精一杯だったレンに対し、エーレン=リオにはかなりの余裕があった。

 そもそもが、ただでさえ竜人は強い。人間の中で最強と言っても良い。

 そして、黄金竜とソウルリンクをした竜人は更に強く、プレイヤーでも手こずる相手となる。

 その中で、歳経た黄金竜のエーレンとソウルリンクするリオは、かつてのゲーム時代の名前付きネームドと呼ばれたレイド戦のボスキャラ相当の強さがあるのではないか、とレンは考えていた。


「レン殿達のように、職業レベルを上げていないのに、かね?」

「はい。赤の迷宮なら、俺でも踏破できます。ライカは600年掛けて、その領域に到達しているようです。でも、リオなら、赤の迷宮を片手間で踏破できると思いますよ」


 報酬として迷宮の核を与えるならやってくれる。というレンに、ラウロは胡乱な者を見るような目を向けた。


「それが事実とすれば、この国なぞ一溜まりもないではないか」

「……やれば出来ますね」


 レンが断言したことに、ラウロは驚いた。

 旅をする中で、ラウロはレンが平民としては慎重な言葉選びをすることを理解していた。

 それだけに、出来るでしょうね、ではなく、出来ますねと言い切ったレンに、リオの強さの評価脅威度を数段階上げた。


 と、そこでレンがドアの方に視線を向ける。


「リオが来ましたね。それで、迷宮の踏破方法についての相談という理解で良いですか?」


 続いてノックの音と共にファビオがドアを開き、ライカとリオを迎え入れる。

 比較的大きな部屋を使っているとは言え、ラウロの部屋では少々手狭になるが、リオを除いてそれに不満を表す者はいない。


 つまり。


「これだけいると狭いね」


 リオは文句を言った。


「ちょっとだけ我慢してくれ」

「いーけどさ、あたしは後で甘いものを要求する」

レンご主人様、私も我慢しますのでその」

「はいはい、ふたりとも落ち着いて。それでラウロさん、さっきの返事は?」


 脅威度が高い筈のリオが、子供のようにレンにお菓子を要求する様を見て、ラウロはやや混乱していた。

 だが、ラウロは貴族である。自分を律することで、すぐに精神の均衡を取り戻した。


「……こちらとしては、最初はどのような対策を講じるかという相談をするつもりだったのだが……レン殿は既に踏破方法を考えているのか……ライカ殿とリオ殿は、赤の魔物がいる迷宮で戦うとなったらどうするかね?」


 ラウロの問いは、戦うとなったらどのような覚悟と準備をして、どういう撤退基準を設けるか、という意味合いだった。


レンご主人様と共にであれば華麗に丁寧に。そうでないなら、適当に蹂躙しますわ」

「どうするって、倒すけど? エーレン入れる大きさならブレス入れてからだと楽だね」


 だがふたりは、倒し方は色々あるという前提で、戦いの見た目に拘ったり、楽が出来る方法について言及したりしている。


「………………なるほど。よく分かった。ありがとう」


 疲れたような表情で大きな溜息をつくラウロと、その横で言葉を失うファビオであった。

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