第128話 海への道のり――部屋数と領主サイド

 ラウロから、領主との会談の結果を聞いたレンは、ライカを呼び寄せた。


「ライカ。既に動いてくれてるようだけど、街での仮拠点の構築を頼む。過剰に贅沢にする必要はないけど、クロエさんが不自由を感じない程度に」


 レンからの指示に、ライカはレンに現状、手配している家の情報を伝える。

 ライカの説明を聞いたレンは首を傾げた。


「7部屋? 8部屋じゃないのか? 内訳は?」

「ラウロ様、ファビオ様、レベッカさんとジェラルディーナさんで3部屋。クロエさん、エミリアさんとフランチェスカさんで2部屋。レンご主人様、私で2部屋。合計7部屋ですが」

「……途中で追加になったから仕方ないけど、リオが抜けてるよ」

「! そうでした。すっかり失念しておりましたわ」

「リオは気にしないだろうけど、8部屋は確保できそうかな?」

「問題ありませんわ。元病室を寝室に改装しますので十分足ります。全員個室だと……大丈夫、いけますわね」


 廃墟になって久しいが、長く入院する患者のため、介助可能な広さの浴室や、大食堂もあるし、寝室に転用できそうな病室は10を越える。

 寝室への転用が難しいものの処置室や備品倉庫などもあり、各種作業部屋を設えるにも適している。

 と、ライカが売りをあげると、レンは苦笑した。


「なるほどね。売れ残るわけだ」

「……ですわね」


 レンの苦笑にライカも苦笑を漏らす。


「それだけの広さがあるなら、相応の値段になるだろうし、元が施療院では噂も色々あるだろうからね」

「実際は、噂だけなら色々あるようですが、私は幽霊を見た事がないので、楽しみですわ」

「……まあ、クロエさんもいるんだから、建物はしっかりとね」

「畏まりました。でも滞在期間はどの程度になるのでしょうか?」


 それ次第では間に合わないかも。というライカに、レンは分からない。と答えた。


「領主による調査の結果次第だからね。で、結果を受けて対策会議。そこから踏破となると最短で一ヶ月程度かな。工事は間に合いそうかな?」

「ギルドの見積もりでは不要な木部の撤去に丸二日。住めるようになるのに三日。といった所でしたわ」

「魔術師を使うのかな?」

「いえ、資材が用意されているので、組み立て以外にはあまり手間が掛からないようなのです」


 建物の造りそのものは異なるが、使用する部材は領主邸と互換性があるように作られており、非常時に備えて領主邸の部材は確保されているのだという説明に、レンはなるほど、と頷く。


「安価な建物では珍しくないけど、領主の屋敷でそれって珍しくないか?」

「その辺りの事情までは調べていませんが……」

「ああ、調査は不要だよ。単に珍しいと思っただけだから」




 そんな話をした後、レンはリオに声を掛けられた。


「何かあったか?」

「いや、迷宮の話を聞こうと思ってさ……あたし達は森のずっと奥の、竜の谷にある迷宮に住んでるから、一応、迷宮については知ってるつもりなんだけど」

「竜人ってそんな場所に住んでるんだ」

「それでさ、あたしが迷宮を踏破するってことだけど……迷宮の核はこっちで処分しちゃって構わないんだよね?」

「……素材に欲しかったけど、もしも欲しいなら、踏破の対価として持って行って貰っても構わない……けど、竜人が核を何に使うんだ?」


 レンの質問に、リオは暫く考え、まいっかと頷いて答えた。


「竜の谷の迷宮を拡張するのに使うんだ。過去に何回も拡張をしてるんだけど、飛ぶにはまだまだ狭いからね。そこそこ成長した迷宮の核は中々手に入らないから」

「え……迷宮って、別の迷宮の核で拡張できるんだ?」

「んー、例えば、迷宮にものを置きっぱなしにすると消えるのは知ってるよね? ああいうのって、核の操作盤で設定を弄ると変えられるんだけど、その設定の中に核の取り込みってのがあってね」


 リオの説明から、エディットモード、クリエイティブモードのようなもの、とレンは受け取った。


「そういえばリオって、出会ったときに俺のメインパネルが見えてたよな」

「あの変な板だね。他の人間はあれが見えないって本当?」

「英雄の持つ魔法みたいなもので、NP……普通の人間からは見えない筈なんだけどね」


 だが、そういう言葉が出ると言うことは、リオに取って、それは見えるのが当たり前のものなのだろう、とレンは理解した。

 ゲーム内の各種システム系のパネルの内、アイテム依存のものであればNPCは見ることができる。

 転移の巻物などが好例で、パーティーに加入していれば、NPCも操作可能である。

 異なるものの代表例は心話で、インターフェースからプレイヤーとは別仕様になっている。


「例えば迷宮の操作盤ってのは、他の人間にも見えるのかな?」


 レンはダメ元でそう聞いてみた。

 生活環境を弄ることができるシステムである。

 そんなものを他人に触れさせるはずがない。という考えから、ダメ元と考えていたのだが。


「無理だよ」

「試したことがあるのか?」

「ないよ、でもあれって、リュンヌ様が使えるようにしてくれたものだから、竜人以外は無理」


 そういうことか、と、レンは納得した。


 神々がゲームに於けるシステム管理者に近い権能を有するのであれば、権限付与や変更も可能であり、その一環として、竜人はメインパネルを見る権限を付与されたのだろう、と。


「なるほどね。リュンヌからの声って、もしかしてこんな感じで届くのかな?」


 レンは、メインパネルを開くと、プレイヤーの心話のインターフェースを表示して見せた。


「だからリュンヌ様と呼べって……あ、リュンヌ様のお声を聞くときに出てくるのに似てる、かも? ここまで複雑じゃないけど」


 面白いものを見付けたと、リオはレンのメインパネルに手を伸ばすが、他者のメインパネルを操作することは出来ない。


「出来るわけないだろ?」

「えー、なんで?」

「これって、結構大事な情報を記録してたり操作したりするためのものだから、他人が操作出来ないように作られてるんだ」

「そんなに大事なもの、あたしが見ちゃってもいいのかな?」

「……そういえば、参照権限は本人とパーティーメンバー限定にしてたような」


 メインパネルで設定を確認すると、開示関連の設定はレンの記憶と異なり、本人とパーティーメンバーに加えて、リオとなっていた。


「あれ? おかしいな。本人以外に設定変更は出来ない仕様のはずだけど」


 他人による操作が可能になってしまえば、様々な面で悪用が可能となるため、それは出来ないようになってる。

 例外があるとすれば管理者権限を持つ運営のみである。


「運営がこの事態に関係している可能性……ないな」


 この世界がゲームの世界の中である可能性。

 それはレンにとっては既に否定された可能性だった。


 法規制でハード制御されたアイコンや時計が表示されるというのは、画面に物理的にマジックで書き込みをするようなもので、ソフト制御では絶対に消せないのだ。

 ソフト制御で消せる余地がある信号なら、そもそも国が許可しない。

 その現場を知っているからこそ、運営がこの事態に関係している可能性をレンは否定していた。


 ただし、ゲームとの関係性が深いことも事実で、だから、レンは別の可能性に思い至った。


(竜人への権限付与や、今までのことを考えると、リュンヌが運営の権限を握っている可能性はありそうかな)


 ゲームに似た世界ではなく、ゲームの世界を下敷きにした世界であること。

 プレイヤーだったレンが呼ばれたこと。

 竜人に与えられた能力。

 レンの推測はその辺りからで、ではなぜ、そんな事になっているのかは想像も出来ていない。


 だが、どこかに管理者のような存在がいるのではないか、と思うこともあったため、その推測は、ひとつの検討すべき仮説としてレンの中に根付くことになった。




 ラウロが滞在のための屋敷を調達中である旨の連絡が領主の元に届いた結果、工事は最優先で行うように指示が出た。

 その結果、工期が短縮し、ラウロ側の工事責任者であるライカが、森の調査から外れることとなる。


「……レンご主人様と森の調査、行きたかったです」

「迷宮があった場合、その対策があるから、一緒に行くのはその時にしよう」

「約束ですわよ?」


 ちなみに、クロエ達はライカと共に設計や建築に口を出す係となった。

 皆が別の仕事を始めると、護衛が十分に出来なくなる可能性があるため、安全で、かつライカがそばにいる環境に隔離された、という言い方もできる。




 オネストは凡庸な領主だ。

 特殊な成立過程を持つコラユータの街の領主という立場から、オネストは英雄達の伝承を集めた本を読むのが好きだったが、特徴的なのはその程度で、街の管理は可もなく不可もなく。

 だがこの時勢では、それこそが重要なのだ。

 冒険は空想の中だけで、結界の維持に全力を尽くし、日々のやりくりと他の街との交易で人々の生活を守る。


 そのために魔物を狩る必要があるが、それは領主の仕事ではない。


 だから、森の調査は冒険者ギルドと、街に3人だけ存在する騎士に任せることとした。


「む……迷宮ですか。確かに最近の森には異常な点もありましたが、まさかそんなことになっているとは」


 3人しかいない騎士でも序列はある。

 筆頭であるレオポルドは、オネストの執務室で、話を聞き、唸り声を上げた。


 執務室にいるのは部屋の主であるオネスト、騎士筆頭のレオポルド、オネストの長女のルーナの3人だった。

 ルーナの立ち位置はオネストの秘書兼財務管理官である。


「騎士の皆さんが主張されていた、結界杭が修復され、結界の維持に必要な魔石が緑になり、危険を冒して黄色の魔物を狩らなくなったから魔物が増えた。という説は間違いだったようね」

「待て待て、それを間違いと言い切るのは時期尚早だ。間違いだという証拠がないなら、それとこれとは別の問題として扱ってくれ」

「いいでしょう……それで、計画は?」

「冒険者を使うのは既定路線だ。人数は9名。それを3回。一回目は明日。公爵の協力を頼むのは3回目だ」

「待ってください。3回? なぜですか?」


 ルーナが目を丸くする。

 が、レオポルドはそれを芝居だと言い切った。


「芝居はいい。毎度そうやって、分かってることを聞くのはやめてくれないかね?」

「では答え合わせを。予備調査1回。領としての本格調査1回。公爵の部下を招いての調査1回の計3回。あってますかしら?」

「ああ。予備調査は危険域の確定のため。2回目が本当の調査で、3回目がアドバイスを貰うための調査だ」

「……順当ですね。予算は通しますが、安全に最大の配慮をお願いします。最近は中級のポーションも安く出回っていますので、必要なら使用を躊躇わないようにしてください」

「当然だ」

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