第126話 海への道のり――自然の空戦とふたつの発見

 翌早朝、地図の写しを持ったライカは、領主の許可を得て、街から直接空にあがった。


 まっすぐに火山を目指さず、僅かに弧を描くように飛ぶライカを見上げ、クロエは首を傾げた。

 それに気付いたリオが


「どうした?」


 と聞くとクロエは、最短距離はこう、と上に向けた指を火山に向けて動かし、


「なのに、何かを迂回するように飛ぶ理由が分からない」

「……エーレンあたし達は別として、普通の生き物にとって、空ってのは割と危ないんだ」


 落ちたら死ぬ、飛ぶのを止めたら死ぬ、身を隠せる場所が少ないから遠くから発見されてしまう、など、危険を羅列するリオに、クロエは、それなら尚更最短距離が良いと思う、と呟く。


「クロエはあれだ、飛ぶのが危ないなら、飛ぶ時間を短くするのが良いって思ってるんだよね?」

「そう。危ない場所にいる時間を短くすれば安全」

「まあそうなんだけどね。飛んでると、遠くから見えちゃうんだよ」

「? それは聞いた」

「ならさ」


 リオは地面に棒で直線を引いて、こっちからこっちに向かう動きだ、と説明をしてから、クロエに棒を渡した。


「クロエがこの先の動きを予想して書いてみて?」

「? こっちからこっちに動いてるんだから」


 クロエはリオの引いた直線の続きの線をまっすぐ引いた。


「ならこういう動きなら?」


 リオは、緩やかなS字カーブを引いて、クロエに続きを書くように促す。


 クロエはしばらく考えてから、そういうこと、と呟く。


「……分かった。まっすぐだと動きが予想されるから危ない?」

「そ。直線は次の動きが丸わかりになるけど、こっちの曲がってる方は、ちょっとずつ曲がる時期や角度をずらしておけば、動きを予想して弓とかで射られても、そうそう当たらない」

「ライカはそのために弧を描いて飛んでる?」

「理由のひとつとしてはそうだろうね。後は、偵察って話だから、見える範囲を広げてるのかも?」


 リオは地面にまっすぐの線と、ジグザグの線を引き、


「見れば分かるだろうけど、ジグザグに飛んだ方が、時間は掛かるけど見える範囲は広くなるからね」


 と補足する。


「レン、合ってる?」


 クロエは後ろを振り向き、レンにそう尋ねる。


「俺はまだ自力で飛べないから、正直、分からないけど、多分合ってるんじゃないかな? ライカの動きは緩やかで不規則なジグザグにも見えるし」


 遠くの空の小さな点になってしまったライカを目で追いながら、レンはそう答えた。

 広範囲を調べるためだけなら、ジグザグで飛ぶ意味はあってもランダム要素は必要ない。


(速度は遅いけど、空戦ゲームで敵のロックオンを外す機動だと言われれば、そう見えないこともないかな)


 ライカが森の上空を行く間、たまに森から何かがライカに向かって飛んでいくが、ライカの軌道と交差するものは少なく、たまにライカに届くものも、風の精霊に阻まれて落ちていく。


「……でも、あれなら敵の攻撃を気にしなくても良さそうに見えるな」

「今のは空中で攻撃してくる中じゃ雑魚だから」

「そうなのか?」


 地上のことならプレイヤーとして色々知っているつもりでいたレンにも、空は未知の領域だった。


「一番厄介なのは、鳥の魔物だね。エーレンあたし達なら問題ないけど、奴らは空中での戦いに慣れてるし、中でもクロウ系は連携攻撃を仕掛けてくるからね」


 リオの話にクロエが興味を示した。

 既に芥子粒ほどの大きさになってしまった空の彼方のライカのことは忘れ去り、クロエはリオに詳しい説明を求めた。


「連携攻撃、どんなの?」

「鳥の戦いってのは、相手の頭を取るんだ」


 リオに言われてクロエは自分の頭を両手で押さえる。


「……その頭じゃない。相手よりも高い位置にいるようにするってこと。猛禽類同士の戦いなら、それで地面近くまで相手を追い落として勝負がつくことも多い」

「相手を地面に追い落とす?」

「まず、クロウと他の鳥……例えばファルコン系の魔物の戦いが始まると、最初は1羽が戦い、もう一羽のクロウが上空に上がる。この時点で勝負が決まったようなものだね」


 リオは、右手をファルコンの魔物、左手をクロウの魔物としてシザースマニューバしつつ降下する戦いを表現する。


「……で、高度が下がって、クロウが苦戦する気配でも見せようものなら、上空に待機していたのが急降下して助けに入る。攻撃を放置はできないから、ファルコンも急降下して、それを追い掛けるわけだ」

「クロウはズルい?」

「頭が良いんだよ。そうやって、ファルコンが、ファルコンと戦っていたクロウを置き去りにして追い掛ければ、上から順にクロウ、ファルコン、クロウって位置になる。それを繰り返して、十分に高度が下がったところで、それまで同時攻撃をしなかったクロウも同時に襲いかかって、ファルコンの負けが確定するんだ」

「最後は数の暴力?」

「こういうのは知恵って言うんだってエーレンが言ってたよ。あと、普通じゃ勝てない相手に勝つ方法を考える知恵がある敵は厄介だって」


 ゲームの時は、知恵ある敵の最たるものが竜人達であったわけで、レンは思わず苦笑を漏らした。

 そんなレンに気付かず、クロエは猛禽類がどうやって獲物を獲るのかをリオに聞いて目を輝かせていた。



 ライカが戻ってきたのは、それから15分ほどが経過した後だった。


「お帰り、どうだった?」


 既に、待つのに飽きてしまったクロエとリオはいない。

 待っていたのはレンだけだが、ライカにしてみればそれで問題はない。気にせずライカは報告を始めた。


「レベッカ達は問題なく森を進んでいますわ……それで、魔物や獣が逃げ出すような何か、でしたわね。ふたつありました」

「ふたつか」


 あってもひとつ、そもそも考えすぎ、という結果を予想していたレンは、まあ、ソレイル、リュンヌの関係者がメンバーにいるのだから、何があってもおかしくはないのか、という身も蓋もない納得の仕方をする。


「ひとつはガス溜まりですわ。異臭と枯死した草木、大量の小型の動物の死骸からそのように判断致しました」

「ガスが溜まるっていうと、谷とかか?」


 日本各地にある地獄谷という名前を思い出したレンが尋ねると、ライカは頷いた。


「はい、谷と言うか深い盆地のような地形と言うか、判断に迷いますが。地図だと、このあたりですわね」


 ライカが指差したのは、レベッカたちが調査に向かった場所の更に奥だった。

 それならば問題はないか、とレンは次の報告を促す。


「なるほど。それで、もうひとつは?」

「ワイバーンの巣がありましたわ」

「? ワイバーン?」

「はい……あの、一般的にはイエローの森の最強の捕食者はワイバーンという認識されていますので」


 申し訳なさそうにそう答えるライカに、レンは引っ掛かったのはそこじゃないんだと答えた。


「当時の記録では、ベア系の魔物も多く確認されているんだよ。ワイバーンはベア系の魔物を襲ったりはしないだろ?」


 ワイバーンが他の生物を襲うのは食べるためである。

 そしてワイバーンには、餌を巣に持ち帰って食べる習性があるため、一定サイズを超えた魔物や獣は狩の対象外となる。


「なるほど……あ、でも、ワイバーンから逃げた獲物を追ってベア系の魔物が出てくる事もあるのではないでしょうか?」

「……んー、可能性はなくはない。けど、それならワイバーンの目撃情報もあるべきだよね?」

「……そういえば、記録にワイバーンはありませんでしたわね」


 獲物を追ってベア系の魔物が森から出てくるなら、空を飛べるワイバーンがそうしない理由はない。

 むしろ、獲物に逃げられたワイバーンこそ、そうした行動を取るはずだ、と理解したライカは考えが足りていなかったと頭を下げた。


「いや、ライカの意見で整理できたんだ。これからも気になったことはどんどん言ってくれて構わない」

「はい。これから、レンご主人様のおそばに仕えさせて頂きます」

「俺が迎えたのは使用人じゃなく義娘と義息子なんだから、そこらはおいおい直していってな」

「はい。善処いたします」

「ところで、昨日のノートの写しって完成したのか?」

「ええ、夜半には。まさか、定礎と書かれた石の裏にあんなものがあるとは思いもしませんでしたわ」


 今まで、どれだけの情報を取りこぼしてしまったのかを考えると気が遠くなりそうです、とライカは眉間を揉む。


「取りこぼし?」

「ええ。英雄の作った建造物は各地にまだ多く残っていまして、定礎がある建物は他でも見た覚えがありますの」

「なら、これからノンビリ調べて行けばいいよ。俺たちはエルフだ。まだ時間はたくさんあるんだから」

「……ですわね」


 元々、ライカが英雄の足跡を調べていたのは、レンにまた会うためだったわけで、再会が叶った以上、これ以上調べる意味は薄れてはいるのだが、他の英雄の足跡を追うことをレンが楽しんでいると知って、ライカはそう答えるのだった。

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