第125話 海への道のり――ノートと魔物の動向
ノートの内容は、当時の状況の記録だった。
まず、壁を作る前に何が起きていたのか。
繰り返される魔物と獣による被害。その具体的な情報が記されていた。
情報を読み解くと、魔物に追われた獣が村を襲うのが始まりで、その撃退のために結界から出ると魔物の襲撃が始まる。
その波状攻撃が数日おきに続くのだと分かる。
結界を通り抜けられる獣によって畑は荒れ、多くの村人が傷付き倒れた。
プレイヤーの勝利条件は繰り返される全ての襲撃を退けること。
敗北条件は、村人の損耗1割以上。
その対策として、エボータが壁を作ったらどうなるのだろうかと考えた。
エボータは、クラフト系プレイヤーで、仲間には魔法を使える者も少なくなかったため、最初は、敵の攻撃を避ける小さな簡易砦が作られた。
それに一定の効果があったことから、まず、村の周囲に、監視塔を兼ねた砦が建造された。
そして続く襲撃に対して、それらの監視塔を連結する形で渡り廊下を作った。
渡り廊下は敵に対して上空から一方的に攻撃をするための場所となり、やがて、一部の廊下の下に壁が作成された。
敵を足止めすることによって攻撃の効果が増し、それならば村の全周を壁で覆えば、獣からの守りは盤石になるし、どこから敵が来ても壁の上から応戦が可能となる。外に出なければ村人の被害も減る、という思考を辿り、村の周囲に壁を作る作戦が真剣に検討された。
最初は否定的な意見が多かった。
一時的な簡易砦ならともかく、さすがに壁は運営に睨まれるのではないかという意見が多かったが、最終的に『面白そうだ』と皆がそれに乗っかってしまった。
そうした流れと、要所での発言者の名前の記録を、クロエは貪るように読み、そのそばではライカが内容を筆写していた。
読み物として面白くまとまっていたのは、壁を作り始めるまでで、作り始めた後は、誰がどういう協力をしてくれたのかという記録になっていった。
だが、時折
『「石材の調達が遅れている?! どういうことだ!」
石材不足というまさかの自体に、設定した期間内の工事完了が危ぶまれたその時、以前協力の依頼を断ったクロガネギルドが協力を申し出た。
「なんだなんだ、辛気くさい。祭りの会場はここだろ? まったく、こんな祭りだってんなら最初っからそう言えよな。石材? ああ、魔法使いもいるだけ連れてきたし、ポーションの用意も十分だ」
「これなら行ける!」
皆の瞳に希望の光が輝いた』
というような、本当にあったのかそれ、というトラブルが書き込まれていたりもして、クロエは更に夢中で読み進める。
なおそうした記述と、工事の記録が符合することから、似たようなことはあったのだろうとレンは読み解いていた。
ラストは壁が完成し、村に平和が戻り、その平和を恒久のものとしてもらいたい、と結ばれていた。
(こんなお祭りに参加できなかったのは、返す返すも残念だけど、これがあったから俺は今ここにいるんだと考えると、これもまた、巡り合わせなのかな)
レンがそんな感慨を抱いていると、クロエは壁の設計図を広げ始めた。
だが、まあ、所詮は設計図である。
それほど面白いものもなく、クロエは一通り図面を眺めると、すぐに設計図を片付ける。
次に開いたのは当時の、まだ壁がなかった頃の周辺地図だった。
模造紙半分ほどの大きさの地図は、縦に七つ、横に七つに分割するように線が引かれており、縦にアルファベット、横には数字が書かれており、A-7と言えば、一番上の右端を示すようになっていた。
やや雑だが等高線まで引かれた地球風の地図に、クロエは珍しいものを見たと嬉しそうである。
地図には獣と魔物の目撃情報があった地点がマークされ、倒した数と種類のメモが残されている。
地図上には『いつ』という情報がなかったが、ノートの記載と照らし合わせると、それらが分かるようになっていた。
それを見たレンは、魔物の出現位置と時期に、一定の法則のようなものがあると感じた。
そして敵が出てくる方角が大体固定化していて、時期によって、侵攻ルートが変化する。
そんな法則を読み解きながら、別の村で似たようなシナリオがあったことを思い出す。
そちらの原因は、森の奥に生まれた迷宮だった。
この手のシナリオには多くの場合『理由』があり、規模によってはレイド戦となることもあった。
だが、ノートにはそのような記載はなかった。
魔物から村を守れるようになってハッピーエンドとなっていた。
(いやいや、運営がシナリオに手を入れたんなら、原因も取り除かれてるよな。実際、600年以上、何事もなかったわけだし)
だが、そういう目で見ると、獣はともかく、魔物の出現する方向は北西方向が多いし、南東方向に走っていた魔物と遭遇したという記録も多い。
当時の村の南東に何があるのかと調べたレンは、目立ったものを発見できなかった。
水場も森もあるが、それらは他の方向にも多い。
ならば、と北西に目を向けると山があった。
街に来たとき、噴煙を上げていた山があったことを思い出したレンは、
(迷宮じゃなく、火山の影響ってシナリオか?)
と考えた。
だが、それでは出来ることは限られる。
魔物なら倒せるが、火山をどうこうできる力は、プレイヤーにはない。
例えば、時空魔法の『黒き虚ろ』は、術者から10メートルほどの位置にマイクロブラックホールを生み出す自爆魔法と言われているが、その影響範囲は半径15メートルほどである。
なるほど、その範囲であれば、溶岩も土石流も消し去ることはできる。
だが、火山の被害というのは、そのような局所的なものではない。
氷魔法で溶岩を固めるのも同様で、狭いエリアを固めることは出来るだろうが、それで終わりだ。
事前に火山との間に溶岩が流れる空堀を掘っておくという手もあるが、それだって、溶岩の粘性が高い場合は効果が限られるし、噴石、火山灰をどうにかできる物ではない。
火山を仮想敵と見なした場合の厄介なところは、攻撃方法が多彩すぎること――溶岩、火山灰、噴石、土石流、地震――と、それらが洒落にならないほど広範囲を狙った範囲攻撃であること、そして、攻撃を受け流す以上のことができない点にある。
属性竜が相手なら、攻撃が多彩であっても、個々の攻撃の範囲は広くても半径50メートルを越えることはない。それなら対処できる。
だが、火山の影響は、半径数十キロ以上――更に一桁増えることも珍しくない――にも及ぶ。
そして、どんな攻撃をしても倒せない。
そう考えると、ゲームの敵として火山が出てくる可能性は低そうだが、別の村で避難誘導のシナリオがあったことを思い出し、レンは地図を見直した。
街の位置は、火山から10キロほどである。
この世界の火山活動は、比較的穏やかで、噴煙を上げるような火山は限られている。
街のそばの火山も、白い蒸気をあげてはいるが、その状態が長く続いているとのことで、いきなり噴火する可能性は低いようにも思える。
(火山の線は考えるのは止めておくか。出来ることと言ったら、避難訓練をするように伝える程度しかないし)
「ラウロさん、ファビオさん、ちょっと」
レンは、過去の記録から、魔物の出現する方向に偏りがあると読み取れることを伝えた。
傾向だけなら地図にマークされた魔物の情報だけでも見て取れる。
ファビオは、地図を見て頷いた。
「……確かに、そのような傾向があるようですね。ですが600年前の話では?」
「ええ、昔の話です。だから確認です。明日、レベッカさんたちが魔物を狩りに行く方向はどちらでしょうか?」
まったく関係のない方向であれば、自分の考えすぎで終わる話だ、とレンが言うと、ファビオとラウロは顔を見合わせた。
「ラウロ様、たしか火山の方向、と?」
「ああ、そうだな……まあ、そちらに昔から魔物の巣があるのかも知れぬが……レン殿は何か気になる点があるのかね?」
「明確な懸念があるわけではないのですが、過去の出来事との類似点があるのが気に掛かりますね。偶然の可能性もありますけど、心構えだけはして置いた方がよいかと」
「ああ、もちろん油断はせぬように命じるが……具体的に何かがあるわけではないのだな?」
「ええ。昔の魔物の出現位置が火山の方角に偏っているというだけで、何が原因なのかはまったく読み取れません」
レンは、昔の地図の村から、魔物の出現位置を指で辿り、その先に火山があることを示し、魔物が村を襲う類似の事象では、森の中に迷宮が生まれていたことがある、と補足した。
「迷宮だとすれば……ラウロ様、優先順位を考えねばならなくなりますぞ」
「今回に限れば、王家からの最優先の命令があるのだから、貴族の責務よりも護衛優先だ」
「貴族の責務?」
聞き慣れない言葉に、レンが首をかしげると、ラウロは少し考えてから説明をした。
「ああ、レイラ殿から聞いていないのか? ……そうだな、魔物による甚大な被害が予想される場に立ち会った場合、貴族はその撃退に尽力せねばならぬという取り決めのこと、だな」
「……無償でですか?」
「気になるのはそこかね? ……建前としては、実費の請求はできるが、甚大な被害が生じてしまえば、払えないということもある……一見すると、協力するのが馬鹿らしくなるような話だが、自分が救われる側に立つこともあるのだから、無視は出来ぬのだよ」
ルールに沿って皆を守るから、皆も守ってくれる。
義務を果たす者は、権利を主張出来る。
この世界では、義務と権利は表裏一体のものと考えられていた。
当たり前のようにも見えるが、これは日本に於ける権利の考え方とは真逆である。
例えば、生まれたばかりの赤子は、なんの義務も果たしていない。この場合の義務とは、例えば皆の生存に必要な品物の調達である。
そういう考え方の元では赤子の人権(権利)はとても低く見積もられる。
義務と権利が表裏一体という考え方の元では、赤子と働き盛りの人間の片方しか助けられないような状況であれば、働き盛りの人間を助けることが正義となる。
そういえば、ライカがそんなことを言っていたような気がする、などと考えながら、レンは地図の火山周辺に目を向けた。
「……結構広いですけど、レベッカさんたちは、どのあたりの魔物を間引くのですか?」
「うむ。火山の手前の森だな。明確な範囲は定まっておらぬが、明日の早朝から3時間で回れる範囲と言っていたから、半径1キロほどの範囲だと思うが」
「半径1キロだと、3時間じゃ厳しそうですけど」
直径2キロで円周の長さは6キロ強。
円周部分を歩いてから、中央部をまっすぐ踏破するだけでも8キロ。地元の冒険者の案内があると仮定すれば、森の中での平均時速は2キロ程度。
3時間では少々厳しい。
というのがレンの計算だった。
「レベッカとジェラルディーナの師匠は狩人だ。森の中の活動には慣れておるから、3時間あれば、それなりに動けると本人達も言っておるが?」
「ああ、本人の自己申告なら問題はないですね」
「さて、それでは、レベッカ達への命令を出すが、レン殿はどうするかね? 気になるなら同行できるように手配するが」
「あー、今回は不参加です。ただし、念のため、ポーションなんかはもう少し提供しましょう」
「ふむ、それは助かる」
「明日、俺はクロエさんの護衛をします。それとは別に、明日、ライカに飛んで貰って周辺の状況を確認します。火山方面に何かないか、程度は確認しておきたいですからね」
自分が呼ばれると思っていなかったライカは、やや慌てたように、レンに向かって頷いた。
「飛ぶのは構わないのですが、探索の目的の目星がついているなら教えて頂けないでしょうか。何かないか、程度ですと、目の前にそれがあっても報告すべき対象と判断出来ないかも知れませんわ」
「……んー。まず、異常な魔力の集中。迷宮なんかだね。それから、この辺はイエロー系だけど、イエロー系にしては強すぎる魔物、とか?」
「迷宮と強力な魔物ですわね?」
「具体的に言うとその辺だけど、意図としては、魔物や獣が逃げ出すような何か、かな。こっちには自然現象も含む」
「承知しましたわ。飛ぶのは明日の早朝でよろしいでしょうか?」
ライカの問いに、レンは首肯を返した。
「優先すべき目的は過去の記録との一致を見せている現状の調査。できるだけレベッカさん達と同じタイミングが望ましいかな」
「かしこまりました」
ライカがそう答えると、クロエが後ろからレンの袖を引っ張った。
「レン、私も空から見てみたい」
「エミリアさん達が頷いたら考えるけど、説得には協力しないからね?」
レンの返事を聞き、エミリア達はほっとしたような溜息を漏らすのだった。
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