第123話 海への道のり――観察と目的

 雨上がりの荒れた街道を走る馬車と護衛たち。


 普段の彼らを知る者が見れば、その隊列に常とは異なる点があることに気付くことだろう。


 まず、先頭にジェラルディーナ、続いてラウロ。

 馬車を挟んで、やや距離を置いてファビオ、レベッカ。


 ラウロ配下が取り得る最強の布陣である。

 なお、普段からこの布陣にしないのは、ファビオの進言によるものだ。

 曰く、いつも同じなら簡単に対策されてしまうから、と。


 普段の護衛の配置は流動的で、毎回距離なども変えているのだが、それでも平均的だったり、守りやすい距離や速度というものはある。

 それと比較すると、本日の護衛達と馬車の距離は、ラウロとファビオはやや馬車に近い位置を進み、時折ジェラルディーナのみが、丁寧に先行偵察を行うため、全体の進みは緩やかなものとなっていた。


 なぜ、そのような事になっているかと言えば。

 その理由は、馬車の屋根の上にあった。


 即興で作り付けられた低い柵と小さな椅子がふたつ。

 そこにクロエとフランチェスカが乗っていた。


 街道のゴミが消えることは知っていても、今までそれを目にしたことがなかったクロエが、神々の奇跡であるなら、それを見るのは自分の義務である。と主張したためであった。

 結果、急遽、服装をスカートからパンツスタイルに替え、馬車の外に身を晒すため、装備もレンとライカの手で普段よりもガチガチに固めている。

 また、いざというときに身を挺して守ることが期待されるフランチェスカにも、金属を多用した防具を着せている。

 ラウロたちの配置の変更は、これに対応するためのものだった。


 ちなみに、エミリアは御者台の下の方に作られた使用人のための席、レンとライカは御者台である。


 なおリオは、クロエが乗るのならと天井を譲り、馬車の中で寝ていた。


「クロエ様、レン殿、街道のゴミが消えるまでは半日程度と言われていますので、そろそろ消え始める頃合いです」


 フランチェスカがそう声を掛けると、ふたりは目を皿のようにして周囲を見渡した。


 別に攻撃されるわけでもないため、こうした事に気配察知は使えない。

 もしも魔素に分解されるなら、魔力感知で確認ができるため、そちらでも周囲を伺うふたりが15分ほど周囲を観察していると。

 ふたりの視線が前方に広がる落ち葉に向いた。


 視線の先にある落ち葉の色がゆっくりと薄れ、輪郭がぼやけていく。


「あ、クロエさん、あそこの落ち葉が消えていくよ……魔素に分解されてるっぽいな?」

「うん。でも少ない?」


 落ち葉は軽く、体積は小さい。だから分解されて発生する魔素が少ないのは当然のようにも思えるが、クロエは違和感を感じた。

 その原因はすぐに分かった。


 魔力感知に反応がある落ち葉は、一枚や二枚ではない。

 同時期に落ちた葉っぱが一斉に魔素に分解されているのだ。

 そう考えると、魔素の反応のある葉の質量に対して、感じられる魔素量が少なすぎるのだ。


「レン。魔素になる葉っぱの分量と、魔素が釣り合わないような気がする」

「言われてみるとそうかな? それにしても、いったいどこで魔素化する物体なんて見たんだ? 何かと比べて言ってるんだよな?」

「……あれ? えーと、覚えてない……けど、これは少ないって感じる?」


 訝しげに首を傾げたクロエは、少し考えて思い出すのを諦めた。


「それはそれとして。レン、あれ見て」


 クロエが指差したのは、街道沿いの森の中の倒木だった。


 そばの木が半ば付近で年輪に沿うように縦に裂けており、裂けた傷跡はまだ新しい。


「倒木かな? あれがどうかした?」

「あの倒木。あんなに大きなものも葉っぱみたく魔素化するのか見たい」

「えーと?」


 良いのか、とレンが視線をフランチェスカに向けると、フランチェスカは頷いた。

 レンは溜息をつき、全員に向けて声を張り上げる。


「全員、停止! クロエさんがここで倒木の魔素化を観察するそうだ」


 すぐにラウロが近付いてきて状況を確認してくるので、その対応をエミリアに任せ、レンは馬車の中に入る。


「リオ、聞こえてたかも知れないけど」

「ああ、聞こえてはいたけどさ……あたしは、クロエはもう少し落ち着くべきだと思うんだ」

「それについては回答を保留で。で、今エーレンはどの辺にいるんだろう?」

「まだ昨夜の位置で気配を殺しているよ。呼ぶ?」

「呼ぶ必要はないけど、気配を殺すのをやめて貰えないかな、と」

「ああ、魔物避け? ……うん、伝えた。分かったって。あと、少し距離があって気配だけだと魔物対策としては不十分かもだから、方向を絞って威圧を放っておくって」

「ああ、助かるよ」


 レンは馬車を降り、ラウロにリオとのやり取りの内容を伝えた。


「なるほど……たしかに昨晩は魔物の気配もなかったですから、効果は期待できそうですな」


 結界の外は危険で、普通であればそんなところで野営をする者はいない。

 が、魔物討伐中の軍人はそんなことを言ってはいられない。

 街道から離れた位置に魔物の集団が巣を作ったりすれば、それを排除するため、必要であれば森の中での野営も行う。

 そうした経験と比べ、ラウロは、街道沿いであることを差し引いても、昨晩は静かすぎたと評した。


「野営の経験があるんですか? やっぱり、結界棒を使ったり?」

「今はそうでもないが、昔は金を積んでも手に入るとは限らなかったから、結界棒は滅多に使えなかったな」

「そうすると、魔物忌避剤とか? どういうものか教えて貰えませんか?」

「まあ、魔物忌避剤と、後は地形を利用したり、木の杭を地面に打って綱や網を張った簡易陣地を作ったりだな。3交代で、一部は朝まで熟睡、別の一部は夜半まで見張り、残りが夜半から見張りというやり方だ」

「なるほど……監視そのものは交代は一回だけなんですね」

「うむ。そうだな。ちなみに野営の時間は大凡12時間だ」


 随分と長いな、と考えるレンにラウロは、


「この話をすると、皆そういう反応をするのだが、レン殿も同じ反応をするとは少々驚いたよ。レン殿にも知らない事があるのだな」


 と笑って説明を付け加えた。


「野営というのは準備から始まり、撤収作業で完了となるが、最低限、野営地点の安全確保、可能なら食事も明るい内に完了しないと危険なのだよ。だが、誰もがレン殿のように魔法で避難場所を作れるわけではない。だから、遅くとも日没の2時間ほど前には野営の準備を開始する」


 日没を18時と仮定すると、16時である。

 そういえば、学生の頃に研修で行ったキャンプも、明るい内にテントを建てていたな、と、レンは頷く。


「まず、遅番の連中の天幕を張り、携行食を食わせたら即座に眠らせる。そして、必要な数の天幕と食事の用意をする。必要な者には備品の支給もする。そうやって、日が落ちる前に、見張りを除いて就寝となる」


 2時間で野営地を整え、順番に眠る。

 見張り番は5時間ほどの睡眠が取れるため、翌日もそれなりに動ける。

 見張りをしない組は、その分、早起きをして食事の支度をしたり撤収作業の手伝いをする。


 夜間、焚火を囲みつつ食事というイメージを持っていたレンは、しかし、安全に食事を摂るのなら、確かに周囲を見渡せる明るい内が安全なのかと納得する。

 そんなことを考えているレンに、ラウロはクロエの方を指差す。


「レン殿、呼ばれていますぞ」

「あ、クロエさんか。それじゃ失礼します」

「ああ、今度はレン殿から英雄たちの野営について聞きたいものだ」




「レン、レン、あれ見て!」


 レンが来るのに気付き、クロエは興奮したように倒木を指差した。


 見れば、その倒木の輪郭が少し膨らんで曖昧になりつつあり、に薄くなっていく。

 肉眼で見えるのは表面だけだが、レンの魔力感知にはそう感じられた。


「葉っぱだと厚みがなくて分かりにくかったけど、表面から魔素になるって訳じゃないんだな」

「どういうこと?」

「輪郭が薄れていくように見えるけど、全体が均等に魔素になってるから、見てても表面から透明になるわけじゃない。氷が溶ける時は表面から溶けるよね、あれとは違うんだなってこと」

「それは大切なことなの?」

「さあ? なぜそうなのかも分からないんだから、大切かどうかなんて調べてみるまで分からないよ……ただ……」


 レンは続きを口に出さずに飲み込む。


 レンが飲み込んだのは、


(ただ、植物が魔素に分解されるなら、同じように街道に放置された動物はどうなるんだろう。消えるとしたら、この世界の生き物はどういう存在なんだろう? そもそも、この世界はどういう仕組みなんだろう)


 というものだった。


 ゲーム世界が過去の歴史となっており、当時のプレイヤーのことを記憶する者もいる。

 だから、ここはゲーム世界をベースとして生み出された世界である、というのがレンの予想で、それ自体は今も変っていない。

 だが、地球の常識では、物体は放置しても魔素に分解されたりしない。


 神がいて、魔法がある。生態系は似ている部分が多いけれど、異なる部分も多い。

 ラノベの中でなら、そういう世界があっても、気にせずに楽しめるが、今後1000年生活する世界のことと考えると、しっかりと調べておく必要がある、とレンは考えていた。


(まずは、世界創世……ゲームのじゃなく、ゲーム後の世界がどうやって生まれたのか……ゲームとどうやってリンクしたのか……まあ、考えても答えは出ないだろうけど、そういうのは調べるのを当面の目的にするのはアリか)


 こうして、街道のゴミ消え観察が、いつの間にか、レンのスローライフにおける目的探しへと繋がっていくのだった。

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